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嘘だった「電力不足」  供給過剰で送電網はパンク

 九州電力が再生可能エネルギーの固定価格買取制度に基づいた新規契約を中断した問題とかかわって、この間、メガソーラーや太陽光パネルの設置に目の色を変えていた人々がガッカリしている。2012年夏に制度が導入され、1㌔㍗当り40円(20年間固定、2014年度契約は32円まで値下がり)という高額な買いとり価格を国が設定したため、もうかると見なした外資ファンドや大企業、地方の中小企業などが飛びついて普及をはかってきたが、爆発的に増えすぎて電力会社が買いとり手続きを中断する事態に発展している。東日本大震災以後、電力供給が逼迫するから原発を再稼働するのだといって計画停電してみたり、電力会社や政府は国民生活に揺さぶりをかけてきた。しかし原発が54基停止しても電力は十分にまかなえており、むしろ供給過剰であることが浮き彫りになっている。
 
 54基原発停止してもなお 環境ビジネスに沸く金融市場

 今回、九州電力は受付中断の理由について、太陽光や風力による発電量が管内の消費電力量を上回ること、供給過剰になったり天候によって安定性が欠けると周波数が上昇したり不安定になり、発電機の自動停止や大規模停電になる恐れがあることをあげた。


 7月末までに買いとり申し込みされているすべての太陽光発電が送電網に接続されると約1260万㌔㍗にもなるが、九州管内の秋季の電力需要は800万㌔㍗(夏場のピーク需要が1600万㌔㍗)とされ、大幅に供給過多となることが指摘された。7月末時点の「接続検討分」まで含めるとその供給能力は1940万㌔㍗にもなり、これらが確実に発電を開始して九電の送電網に接続した場合、川内原発や玄海原発の再稼働だけでなく、火力発電すら必要なくなる勢いとなっている。


 ただそれだけでなく、問題の背景には、今年に入って太陽光発電の接続申し込みが殺到したことと、その際、接続契約を申し込んで設備認定されたものの、認定をとるだけとって未稼働となるケースも多く、発電量や供給量が管理しにくいこともあげられている。


 送電網の容量が限られることから他の電力会社も買いとりを中断しているところが出ている。東北電力や東京電力、関西電力も一定規模以上のものについては受け入れを制限し、風力発電が集中的に建てられてきた北海道電力も、既に供給過多でその受け入れ能力が限界にきているとされている。送電網の容量、つまり原発54基が停止してなお、それほどの電力が有り余っている事実を物語っている。


 固定価格買取制度では、電力会社が買いとる再生エネルギーの費用についてはみな電気代に上乗せして国民に転嫁する仕組みになっている。国や電力会社の腹は痛まない構造で、一般家庭の負担額は平均して年間2700円にもなった。従来から電力という独占分野は1円値上げするだけで膨大な利益が電力会社の懐に転がり込む構造であるが、電力会社を迂回して再生エネルギーを手がける者が膨大な利潤を獲得していく仕組みである。


 東日本大震災の後、当時の民主党政府のもとで再生可能エネルギーの導入は花盛りとなった。ソフトバンクの孫正義が外資ヘッジファンドと組んでメガソーラーを手がけたり、世界各国と比較しても高額な固定買取価格に飛びつく形でビジネスモデルとして広がった。各地で空き地さえあればソーラーを設置し、山には風力発電がそびえ立つ動きとなった。そうして「もうかる」といって無政府状態で広まった結果、供給過多という現象が起きている。電力が足りない、あるいは需要を満たすために電力を生み出すのではなく、「もうける」ために電力を生み出し過ぎているのである。経済産業省が認定済みの全発電設備が稼働すると原発約70基分に匹敵するというから、いかに電力不足の心配など必要ないかを示している。

 米国発のエコバブル 工場閉鎖で需要は減少

 原発が54基停止しても電力は余裕で足りている。東京電力が消費者を揺さぶるために自作自演で計画停電した以外は、その後も支障なく日本社会では電力がまかなわれてきた。発電設備容量は需要を大幅に上回っており、供給体制が万全だったからにほかならない。日本列島全体の発電設備容量すなわち最大供給容量としては2億4000万㌔㍗近くあり、従来から原子力が定期点検などで停止した場合も火力発電でまかなったり、余裕を持った仕組みになっている。


 それに対して資源エネルギー庁が発表しているエネルギー需給実績を見てみると、電力使用量がもっとも多いのは製造業などの産業分野で90年代までは全体の50%近くを占めていた。民生部門は30%である。2004年度に民生部門も含めて全体で1万6043PJだったのがエネルギー使用量の最高値で、2012年度には1万4347PJにまで落ち込んでいる。近年、各地で工場閉鎖があいつぎ、製造業などはみな低賃金労働を求めて拠点を海外に移していった。おかげで産業部門がエネルギーを必要としなくなったからである。


 全体としてエネルギー需要は減っているのに、供給体制だけは必要以上に伸びていく。このアンバランスが今回の再生エネ新規契約の中断にまで発展した。太陽光、風力など「自然エネルギー」がエコ利権とセットになって台頭し、今や原発再稼働の理由すらかすんでいる。原発を推進するさい、上関などの新規立地予定地では「現代の満ち足りた生活を犠牲にして、ろうそくで生活できるのか?」などと吹聴してきた。しかし、そうした心配はまったく必要ないこと、電力会社は平然とプロパガンダ(扇動)をやることを示している。


 原発を筆頭にエネルギー政策を巡っては歴史的に嘘がはびこり、その時時の政財界が都合よく産業構造の転換をはかったり、ビジネスモデルをつくり上げてきた。「地球温暖化」「CO2削減」というのも大がかりなプロパガンダであることは、良心的な科学者たちが指摘するところである。リーマン・ショック後、次なるバブルはグリーン・ニューディールだといって旗を振り始めたのが米国で、ゴア副大統領が素人を扇動するため『不都合な真実』という衝撃的な映画を発表し、それに対して多くの科学者が科学的根拠が乏しいことを指摘する事態になった。


 米国は2000年のITバブルがはじけた後に住宅バブル(サブプライムローン)をひねりだすなど、常にバブルを演出することで市場を活性化させ、金融立国の立場を築いてきた。リーマン・ショック後は「地球温暖化防止」「低炭素社会」を掲げて、今度は自然エネルギー導入による産業創出、投資拡大へと大きく舵を切った。CO2排出権という気体を金融商品化したり、温暖化防止とかこつけて投資をひねり出す手口で、その中心は原子力、太陽光、風力などであった。


 政府が補助金等の公共投資によってスマート・グリッド(電力網のIT情報技術との融合)を進め、各戸にスマート・メーター(電力網を監視する装置と情報をやりとりする装置)を設置するなどの利権を創出し、そこにヘッジファンドなどの金融勢力が飛びついて「再生可能エネルギー」ビジネスに火が付く構造となっている。米国発のエネルギーバブルを反映して日本国内でも急激に環境ビジネスの市場が拡大している。投資分野では「いずれ100兆円規模の市場になる」と見なされる由縁となっている。人人が生活していくために必要だからエネルギーを生み出しているのではなく、また地球に優しくしたいからでもなく、単純に金融市場の都合から盛り上がっている。そのためには手段を選ばず、「温暖化」によって都市が水没するような大げさな映像を作成して不安を煽ったり、ハリウッドやアメリカ仕込みの手法が用いられている。


 エネルギー政策を見たとき、「地球に優しい」割には人間に優しくないのも特徴で、前述したように固定買取制度によって一般家庭は年間2700円も負担が増すこととなった。また、ビル街や官庁などでも電力が余っているのに原発再稼働の必要性を印象付けるために節電が強調され、みなが汗をかきかき仕事をさせられている。地球に優しいわけでも人間に優しいわけでもなく、「電力会社や金融市場に優しい政策」といった方が正解かもしれない。人人の不安をかき立てながら、いったい誰がはしゃいでいるのかを見てみたら、大企業やヘッジファンドとつながった孫正義みたいな者ばかりなのである。


 なお、科学者や研究者のなかでは、化石燃料に依存しない自然エネルギーとして目を向けるべきなのは、効率の悪い風力や太陽光ではなく、日本なら地熱発電や水力であると指摘されている。産業技術総合研究所地熱資源研究グループの試算では、日本の推定地熱資源量は約2347万㌔㍗で、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界3位の地熱大国とされている。この地熱資源を活用するなら現在の電力需要の二割をまかなうことも可能と見られている。


 地熱発電は地中まで掘削した坑から噴き出す蒸気(温泉)を利用してタービンを回す発電方式として知られてきた。日本国内に温泉地が多いのは、地球を構成する10枚の大陸プレートのうち四枚が重なり合う場所に位置し、そのことによって地震が頻発し、地表近くにマグマ溜まりが多いことがあげられている。そのマグマで温められた高温の岩体に水を注ぎ、発生する蒸気でタービンを回す高温岩体発電とあわせて地熱発電を普及するなら、火力発電や原子力発電にも負けず劣らずの規模で電力を供給することも可能と見られている。


 さらに水力発電もバカにできず、風力発電よりもはるかに効率のよい発電方式とされている。水流のある河川でこまめに電力として取り込めば、相当規模の電力がまかなえると見られている。

 福島事故にみる利権優先の無責任体制

 ここまできて、原発54基はいったい何だったのか? を問題にしないわけにはいかない。米国がその核戦略のために持ち込み、自民党政府のもとで長年かけて地震列島に54基もこしらえてきた。前代未聞の爆発事故を起こしておきながら、事態収拾すらままならず、汚染水対応、核燃料棒の処理、メルトスルーした核燃料の回収など、どれを見ても技術的対応は追いついていない。後は野となれで持ち込んだ結果が福島で、あれほどの大惨事をひき起こしておきながら、歴代の政府責任者や東電幹部は誰一人逮捕すらされていない。彼らにはもうける自由だけが与えられて、責任を負う体制など何もないことが暴露された。避難民に対する補償など尻拭いはみな国家財政から拠出されている。小渕優子経済産業大臣の後釜は、東電の株を大量に保有している宮沢洋一で、いったい何のマッチポンプが始まるのかと思わせている。


 エネルギー政策が社会の必要性という社会的役割からかけ離れていることが、安全性など放棄していく問題の根底にある。原発だけでなく、低周波の影響が取り沙汰されている風力しかりで、大企業のビジネスのために住民生活がないがしろにされるのだから、「地球に優しく」どころの話ではない。福島でも「地球に優しい」といっていた原発が14万人もの避難民を生み出したばかりである。


 国民生活に対する無責任体制は、今やエネルギー政策だけでなく、医療、福祉、労働、教育など社会の全分野で共通の問題になっている。大企業は国内の失業や貧困の解決よりも海外移転を選択し、その移転先を整備するために安倍首相がODAを山ほどばらまく。東北の被災地はもうじき四年もたつのに、「花が咲く♪」どころか雑草が覆い茂っている。高齢者は年金から次次と税金や保険料が天引きされて生きていけず、高齢化社会にあって介護難民や医療難民は増えるばかり。現役世代も非正規雇用が蔓延し、まともに食べていけないから深刻な少子化になった。正規労働が増えるわけでもなく、むしろ海外から低賃金の外国人労働者を招いてばかりいるのが為政者である。
 大企業や独占資本が好きなだけもうけていく社会運営が大矛盾をきたしている。

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