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「都市部ではすでに医療崩壊」 PCR検査拡大と財政出動求め 全国医学部長病院長会議が声明

 新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、感染者の多い都市部の医療機関を皮切りに全国各地で院内感染があいつぎ、医療現場は「すでに医療崩壊を迎えている」と悲鳴に近い叫びを発している。コロナ対応に追われる大規模病院ではトリアージ(優先順位を付けた縮少)が始まり、通常の医療体制が崩壊の危機に直面している。救命とパンデミックを制圧する最前線の医療までも「市場原理」「自己責任」に委ねられ、非常時に対応した国のバックアップがあまりにも遅く、乏しいことが背景にある。危機に瀕した医療現場を守るための大胆な発想の転換と体制づくりが急務となっている。

 

全国医学部長病院長会議の記者会見(20日、東京)

 全国80大学の附属病院長などで構成する全国医学部長病院長会議(会長/山下英俊・山形大学前医学部長)は20日、新型コロナウイルス感染症の医療実施に関する声明を発し、内閣府、総務省、厚生労働省、文部科学省に提出した。


 同日開いた記者会見には、山下英俊会長、専門委員長会委員長の嘉山孝正・山形大学名誉教授をはじめ、東京医科歯科大学医学部附属病院の大川淳理事と北川昌伸院長、東京大学医学部附属病院の中島淳副院長、京都大学医学部附属病院の宮本亨院長(オンライン出席)が、各地の大学病院で起きている逼迫状況と国への要望内容について説明した。


 同会専門委員長会委員長の嘉山氏は、「すでに医療現場は戦時体制に入っている」と強調し、「三次感染(市中感染)が普通に起きている。無症状感染者からの感染、あちこちで院内感染が起きているのもそのためで、すでに医療崩壊が起きている。すべての大学病院、一般病院も平時の診療でなく、戦時の医療体制へ移行すべき段階だ。もはやクラスター追跡をしている状態ではない。誰が感染してもおかしくない状態。大学病院では医療従事者、入院患者すべての検査が必要である」と窮状を訴えた。


 また「現在多くの大学病院では、新規の外来診療をすべて断り、多くの病床やスタッフを新型コロナ患者の対応に向けている。集中治療部では、ICU(集中治療室)とER―ICU(救急集中治療室)もすべてコロナ対応に充てているため、通常の心血管疾患、癌患者の十分なケアができない状態にある。予定していた手術もトリアージせざるを得ない。一般病床もコロナ対応に供給するため大きく稼働額が下がり、病院経営を圧迫している」と現状を説明。規模の大きな病院では月間約7~8億円の減収が見込まれるという。

 

 声明文は以下の通り。

 

 

新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の医療実施に関する声明


 新型コロナウイルス感染症が蔓延し日本国内においても感染者が急増しております。全国医学部(大学)附属病院においても、各都道府県の協力要請のもとCOVID-19課題に誠意をもって対応しています。各都道府県の状況が異なるとはいえ種々の要請が各大学から集積いたしております。感染症指定病院でなくとも、COVID-19患者への直接的な対応だけでなくCOVID-19に纏わる種々の医療上の課題があります。すなわち、COVID-19に関しては無症状であっても、手術や分娩、内視鏡検査、病理検査あるいは救急医療などの診療実施前、また病理解剖を行う際に院内感染を予防するための水際対策として無症候の患者に対してPCR検査が必要です。このPCR検査の必要性が京都府立医科大学附属病院及び京都大学医学部附属病院より4月15日に共同声明として提言されました。


 患者の命を守る医療現場が機能不全に陥る状態を避けるため、上記の共同声明に加えて全国医学部長病院長会議としては、関係行政機関に対して以下の点を要望いたします。


 1.院内感染を防ぐ水際対策として、無症候の患者に対する新型コロナウイルスのPCR検査を保険適用(ないし公費で施行可能)にしていただきたい。
     積み上げ概算:210億円


 2.PCR検査に必要な個人防護具と試薬を確保していただきたい。


 3.大学病院はもちろんの事、診療所、病院を含むすべての医療機関において新型コロナウイルス感染症対策のため業務内容を変更した場合、例えば集中治療室確保のための手術件数制限や、院内感染防止のための外来診療制限、侵襲的検査の制限などの、診療内容変更に伴う診療報酬減少等への損失補填をしていただきたい。
     積み上げ概算:2000億円


 4.各都道府県は新型コロナウイルス感染症に関しての状況に関する情報(感染状況、診療体制などについて)は、大学病院、医師会に対して開示し共有するようにしていただきたい。


 5.人材確保の目的で、種々の方策(臨床研修医を振り分ける等)を立てることも重要であるが、現在機能している人材が有効に活動できるような環境を作ることが人材確保の最も適切な方策と考えます。現場での人材の配置は現場に任せることが適切と考えます。


 
 以上の課題への解決策が速やかに施行されれば、新型コロナの感染減に直接貢献し、新型コロナに携わる人材の確保も可能になると考えます。
 国の関係部署が全力を挙げて取り組んで頂くことを切に要望いたします。

 

令和2年4月20日

 一般社団法人全国医学部長病院長会議   
   会長  山下英俊  
 同   専門委員長会    
  委員長  嘉山孝正  

 

 また、全国の国立大学附属病院(42カ所)、私立大学附属病院(29カ所)では、ICU、HCU(高度治療室)をすべて新型コロナ対応に使用しているため、年間の手術件数が通常の3分の1ほど激減し、手術料(1件約50万円で試算)だけで年間約1000億円(管理料含め2000億円)程度の減収となる見込みを示した。「現在の病院運営は、平時の医療体制とはまったく建て付けが変わっている。戦時下といえる国難に対応するロジスティクス(資金、物資、人員、行政との調整を含むバックアップ機能全般)の確保をしなければ、この“戦争”に勝つことなどできない。国に積極的な財政出動を求める」(嘉山氏)と要求した。


 日本病理学会理事長でもある北川氏(東京医科歯科大)は「新型コロナウイルスによって、素早い診断が求められる細胞診断、手術中の迅速診断は、いずれも生の検体を使う検査であるため、無症状の患者さんからとった場合でも非常に危険(感染リスク)がともなう。とくに手術中の迅速診断は、生検体を扱うためさまざまな注意が必要となる。また病理解剖では、新型コロナウイルスが陰性であることを確認できていない患者さんの解剖は、陰性であることを確認してからおこなわなければならず、陽性の患者さんの解剖は、特別な設備が整った万全の体制でやらなければ危険が増す。現在は各大学の判断に委ねている状態だ」とのべ、無症状患者へのPCR検査の必要性を訴えた。


 東京大学附属病院の中島副院長は「東京都からの要請を受けて、新型コロナの重症患者と中等症患者を受け入れている。現時点での重症者は11名、中等症は54名だ。重症者治療には救急ICUを使用し、中等症には使用していないフロアを新たに病床として開いている。二つ半の病棟の通常業務をやめ、入るべき患者さんをお断りしている。救急の重症患者には、他の病床を6床減らして診療を続けている。一般病床の看護師を減らし、全科から医師を集めてコロナ対応に充てている。そのため手術部の使用を63%まで落としている。とくに感染リスクの高い耳鼻科や口腔外科の手術を縮小し、重症度の患者さんを選んで手術を実施している状態だ。この状況も今後のコロナ感染の増減で変わってくる。病院の収入は、一般的な入院患者とくに手術患者によるところが大きい。当院では年間約100億円の減収が見込まれる」と報告した。


 京都大学附属病院の宮本院長も「無症状の患者さんからの三次感染(院内感染)のリスクが高まり、医療従事者や周囲の患者さんへの感染で診療ができなくなり、さらに感染者が増えるという負の連鎖が起きる。それを防ぐには、水際対策として一般から救急病棟にいたるすべての入院患者、医療スタッフへのPCR検査を実施することは不可欠」と強調した。


 現在、新型コロナのPCR検査(健康保険適用)は、4日間以上の発熱(37・5度以上)や肺炎などの重症状が出た場合に限られ、実施には都道府県の保健所など指定機関の許可を必要とする。
 無症状者のPCR検査は保険適用外であるため、費用(1回1万5000~2万円)は全額本人負担となる。そのため各大学病院は、手術をする患者には、術前に2週間入院させて症状の有無を観察するなどの対策をとってきた。また、院内感染を防ぐため、発熱外来用のテントやプレハブを屋外に設置するなどの対策を施しているが、もはやそれだけでは感染を防ぐことが不可能であるため、先週からは自衛策として自腹で無症状患者へのPCR検査をおこなう施設も出てきている。

 

 21日には、慶應大学病院が新型コロナウイルスと関係ない手術目的で入院した患者のPCR検査を実施したところ、約6%(67人中4人)が陽性だったと報告している。

 
 会見では「このままでは医師や看護師への危険手当どころか、病院経営が成り立たなくなる」「患者さんが陰性か、陽性かが確認できないため、手術は防護服を着用しなければならないが、防護服が枯渇して手術そのものができなくなっている病院もある」「多くの病院でトリアージ(手術の縮小)をしなければならないという異常事態を通常の医療体系で補うことはできない」との報告があいつぎ、大規模病院が複数ある首都圏で「医療崩壊」を食い止められなければ、特定機能病院が一つしかない地方ではそのまま地域医療全体の崩壊に繋がることも指摘された。


 専門委員長会委員長の嘉山氏は「現在は三次感染、つまり人から人に感染するようになった状況下で、無症候の患者が8割いる。この人たちを分別しなければ、安全な医療ができないというのは、科学者であるなら当然の予測だ。きちんと検査をして、患者がコロナウイルスを持っているのか、持っていないのかを確認して治療しない限り、他の患者にも医療従事者にも伝播するのは当たり前だ。初期の来院制限で抑制できるという段階はとっくに過ぎている」と語気を強め、「すでに地方でも感染者は倍から倍に増えている。これ以上放置すれば、あらゆる病院で医療崩壊が進み、市中に患者が溢れてカオスが訪れる。その前に手を打ちたい」と訴えた。

 

各地で広がる院内感染 現場の実情に応じた行政措置が急務

 

新型コロナ患者を収容するICU(集中治療室)病棟(2月、中国武漢)

 財政面でも人材面でも比較的恵まれた大学病院が「医療崩壊」の危機を訴えるなか、その他一般の総合病院、小規模病院はさらに深刻な状況に陥っている。


 新型コロナ感染者数が日増しに増加する首都圏や大阪などの都市部では、多くの民間病院で「すでに医療崩壊が始まっている」といわれ、診療停止や救急搬送の受け入れを拒否する病院があいついでいる。


 直近では、がん研有明病院(東京都江東区)で、主に手術室で勤務していた看護師一人の感染が確認され、接触した可能性のある看護師など職員110人が2週間の自宅待機となった。同病院の年間手術件数は8900件(一日最大40件)と国内最多だが、その8割を当面休止せざるを得ない事態に陥っている。癌など進行性の疾患を抱えた患者にとっては、手術が一日遅れるだけ転移リスクが増すことにつながり、すでに「命の選別」が始まっていることを意味している。


 また、東京都内では、慶應義塾大学病院(新宿区)で研修医18人が感染、永寿総合病院(台東区)では医療スタッフや患者187人が感染し、新型コロナに感染した入院患者24人が死亡した。中野江古田病院(中野区)では、入院患者や医師、看護師など合わせて92人の集団感染が確認された。いずれも東京都指定の救急医療機関であり、進んで救急患者を受け入れてきた病院だ。


 また、札幌市、神奈川県、名古屋市、大阪市、京都市、兵庫県、富山市、福岡市、北九州市……など、全国各地の救急病院で院内感染や医療従事者への感染、集団感染が連日のように報告されている。全国で発生する院内感染は、現在までに医療機関で140カ所以上、また重症化リスクの高い要介護高齢者や障害者などをケアする介護・障害福祉サービス事業所で30カ所以上にのぼり、今もなお増加が続いている。高度な対策を講じている感染症指定医療機関でも院内感染が発生しており、大阪市では4つの第三次救急病院が急患の受け入れを停止した。もはや全医療従事者や入院患者へのPCR検査の実施と、物資、人員、財政面における行政(国)のバックアップが待ったなしの状況となっている。


 最も医療が必要とされる公衆衛生危機のもとで進行する医療崩壊は、「病院側の感染症対策の不備」などという個別責任で片付けられる問題ではない。医療という公的部門が「市場原理」に委ねられ、国が担保すべき公的支援が乏しいことと深く関係していることを多くの関係者が指摘している。すでにコロナ患者の受け入れ病床がオーバーフロー状態にある東京都内では、都医師会が独自に最大47の「PCRセンター」の設置を決めるなど、動きの鈍い行政判断の外側で現場主導型の危機対応がはじまっている。


 前述の全国医学部長病院長会議の声明とかかわって、大学病院の関係者は以下のように現状と課題を語る。


 「現在は、感染症リスクをともなう診療に必要な医療用N95マスクも、防護服(ガウン)、シールド(目の防護具)も病院が独自で調達するか、都道府県行政と交渉して確保しなければならない。これも都道府県によって差があり、大阪市のように需要に対して圧倒的に供給量が不足している地域では、一般から雨ガッパを募集するような異常事態を生んでいる。多くの病院ではマスクでさえ在庫が底をつき、看護師や医師も2~3日に1枚という通常では考えられないような不衛生な状態で診療しなければいけない状況にある。使い捨てマスクを再滅菌して使い回す現場も多い。医療従事者の感染防止は、感染症治療にとっていろはの“い”であり、まずこの圧倒的な物資不足を行政が補充しなければ医療崩壊は防げない」


 「意志決定のプロセスが医療現場の実情とかけ離れている。例えば、行政側から“臨床研修医を何人集めてどこの医療機関に配置しろ”という指令が下りてきたり、“医師が足りなければ医学生を動員すればいい”という発言も見受けられるが、その度に現場は大混乱する。そのような判断を、状況を熟知している現場に委ねるという発想が乏しいことが一番の問題だ。重症患者を受け入れることは大学病院の使命だが、新規感染者が出てから急に“100床を開けて用意しろ”といわれても、そのためには他の患者を他に移動しなければならない。新卒の研修医も海外渡航者も多く、すぐに現場での治療には参加できない。当初は軽症と発表された患者も10日以内に重症に発展する可能性もある。厚生労働省や都道府県が把握している感染者に関する情報が十分に医療機関に開示・共有されていないので事前の準備ができていないケースも多い。危機的状況になってからではなく、先を見通した行政と病院間の綿密な情報共有が必要だ」


 「コロナの重篤者が増加するなかで、ICU(特定集中治療室)が絶対的に不足している。ICUの認定(管理料の支給)を受けるには、その基準に達するベッド数、看護師、医師、人工呼吸器などの器具を確保しなければならない。今回のような突発的な危機に対応するためには、それらを余分に確保していなければならないが、病院経営からすれば“あそび(赤字)”を抱えることになるため多くの病院は稼働率に応じた数しか持っていない。例えば20床あっても、コロナ患者を受け入れるためには、すでにいる患者を他に逃がさなければいけない。安倍首相が『コロナ重症患者への診療報酬は2倍にする』と発言したが、それは文字通りコロナの重症者のみを対象としたもので、その他の面倒はみないということだ。ところが病院は全体で動いており、コロナ重篤者を受け入れるために心臓病や癌患者の大移動をどうするのかについて考えなければ対策にはならない」


 医療従事者のなかでは、武漢やニューヨークが2カ月前にたどったパンデミックの道を国内の医療機関がたどっていること、「非常事態」を宣言しながらそれを抑止するための行政対応があまりにも遅く、個人の「自粛」や病院の「自己責任」に委ねるのではなく、逼迫した医療現場の要求を土台にした意志決定のプロセスを早期に構築し、医療・介護従事者が安心して治療や介護業務に専念できる体制づくりを急ぐ必要性が切迫感をもって語られている。

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