いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『日本インテリジェンス史』 著・小谷賢

 インテリジェンスとは、国家の政策決定のために情報分析や諜報活動をおこなうことと定義される。それは、映画『007』(英国のMI6がモデル)では勧善懲悪のヒーローと描かれるが、現実世界でそうだった試しはない。米国のCIAの戦後史は、反米国家を転覆する政治クーデターに関与してきた、血なまぐさい事件の連続だった。

 

 著者(日本大学危機管理学部教授)は、戦後日本のインテリジェンスが米国の下請的役割しか果たしてこなかったことから、より独自性を持った、また省庁の縦割りをこえた一元的なものにすることを政府に提言してきた一人である。ただ、ここで書かれている内容からは、戦後日本社会が抱える根本的な矛盾も浮き彫りになる。

 

 敗戦後の日本のインテリジェンスをめぐって、まず最初に登場するのが、大日本帝国の参謀本部情報部のトップだった有末精三(元陸軍中将)だ。有末は敗戦間際、米軍の占領を見こしたうえで、自己保身のために国家の機密情報を個人で秘匿し、それを交渉材料に使ってGHQ参謀第二部(G2)のウィロビー少将と関係を築いた。

 

 当時、天皇やその側近は自己の地位を守るため、占領者アメリカに膝を屈しその支配下で生き延びる道を歩んだ。国民の苦しみをよそに、国家権力は上から下までそんな調子だった。

 

 次に登場するのが、吉田茂と緒方竹虎だ。1952年、G2のキャノン機関(下山・三鷹・松川事件などへの関与が疑われる謀略機関)が吉田茂別邸を訪問したとき、吉田は、米軍から情報機関設置の要請がきていること、公職追放されていた緒方竹虎を長とする情報機関の構想を考えていることを伝えた。

 

 緒方は朝日新聞主筆で、戦時中は「鬼畜米英」「一億玉砕」を煽った情報局総裁である。吉田はその緒方を官房長官に抜擢し、その下に内閣総理大臣官房調査室(現在の内閣情報調査室)をつくった。任務は米国への情報提供だった。支援したのはアメリカであり、緒方はCIAのエージェントだったことが後にわかっている。このとき緒方は「日本版CIA構想」を持っていたが、国民の反対世論のなかで頓挫した。

 

大韓航空機撃墜事件の顛末

 

 戦後の冷戦時代で典型的な事件は、大韓航空機撃墜事件だろう。

 

 日本は中露や朝鮮半島に近いうえ、これらの国から発せられる超短波を受信するには都合のいい位置にあったため、米軍は戦後、旧日本軍の通信傍受施設を利用し始めた。その後、各地の施設は日本側に返還されるが、1980年代からは日米共同作戦で、NSA(米国家安全保障局)と米軍の要員が北海道・稚内通信所に配置されることになった。しかし、米英が傍受情報を共有していたのとは対照的に、ここでは米側が情報だけもぎとっていき、日本には提供しない関係だったという。

 

 そんなとき、1983年9月1日、大韓航空機が旧ソ連の迎撃機スホーイ15のミサイル攻撃で撃墜された。その証拠となる旧ソ連側の交信記録を自衛隊が傍受していた。

 

 アメリカはこの事件を「ソ連による非人道的行為を非難する」という政治的目的におおいに利用しようとし、国連安保理の場で自衛隊が傍受したテープを公開することを要請してきた。しかし、日本政府にとって対ソ通信傍受活動は極秘裏におこなっていることで、公開要請に飛び上がった。だが米国務省の要請は記者会見一時間前で、拒めるはずもない。後藤田官房長官(当時)が「米国が先、日本が後。これでは米国の隷下部隊」「国の安全は全部米国任せだから、今のように属国になってしまったんだ」と、後に新聞のインタビューに答えている。

 

 つまり、冷戦期にも日本のインテリジェンスは、ただ米国の下請として機能していただけだった。それは日米安保体制のもとで、日本が独自の外交・安全保障政策をとれないことと結びついていた。

 

本当に自立したのか?

 

 後半で著者は、冷戦後の90年代後半から、防衛省に情報本部ができたこと、独自の情報収集衛星を持つようになったこと、安倍政権のもとで特定秘密保護法が成立したこと――などをもって日本のインテリジェンスが自立に向かっていると評価している。だが単純にそうとはいえず、多面的な視点から検証してみなければならない。

 

 元NSA職員のエドワード・スノーデンは、米NSAが世界中の人々の個人情報を大量に無差別に収集している事実を暴露した。2017年には、日本に関する機密文書の一部が公開された。

 

 それによると、NSAはスパイのグーグルと呼ばれる大量監視システム・エックスキースコアを日本に提供し、日本の防衛省情報本部電波部がこれを受け入れた。2013年頃から、NSAの指導のもと、防衛省情報本部・大刀洗通信所(福岡県)などでデータの収集を開始し、盗聴データはそのまま米軍に集中されている。それを主導したのが内閣情報調査室である。

 

 すなわちNSAは、日本で暮らす人々のメールや通信、チャット、ネットの閲覧履歴など、ネット上の無差別大量監視を実行している。ところがこれは日本の法律では違法なので、米側は秘密保護法や共謀罪の制定を日本政府に強力に持ちかけた。特定秘密保護法や共謀罪は、安保法制と緊密に結びついたもので、反政府的な市民運動の抑圧や若者の戦争動員にも利用される可能性がある。

 

 日本に関する機密文書のなかには、NSAが日本のダムや発電所などインフラのコンピュータをハッキングし、マルウェア・ソフトを埋め込んで、日本のインフラを人質にしている、という記述もある。もし逆らえば、どうなるかわかっているなという脅しだろう。

 

 このように、日本のインテリジェンスの中心である防衛省情報本部や内閣情報調査室が、これまで以上に米軍の下請として機能している。そして「中国やロシアの脅威から国を守る」と息巻く政治家が、現実に国民の安全が脅かされていることには口をつぐみ、ただ自己保身のためにアメリカのいいなりになっている――それは、統一教会の件と同じ構図ではないか。

 

 (中公新書、280ページ、定価900円+税)

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