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『私は本屋が好きでした』 著・永江朗

 著者は書店員をへてフリー・ライターになり、ここ30年余り全国のさまざまな書店を取材してきた。この本を書いたきっかけは、2000年頃から北朝鮮や韓国、中国への憎悪や暴力を煽る「嫌韓反中」のヘイト本や雑誌の特集が増え、それが日本の現状肯定にいきつく退廃的思考を根底に持ち、何の罪もない在日朝鮮人の子どもたちに精神的な抑圧を与えていることに黙っていられなくなったことだ。しかし、その経過を取材していくなかで、出版業界全体が抱えている大きな問題に行き着いた。

 

 日本では大半の出版社がつくった本は、日販やトーハンといった取次に運ばれ、取次から全国の本屋に送られる。多くの本屋は、売れる本を自由に仕入れられるわけではない。発注しなくても取次から配本される本がほとんどで、自分の店に来週、どんな本が入ってくるかすらわからない。入荷した箱を開けて初めて「こんな本が出たのか」と知る。しかもしっかり代金を請求される。

 

 さて、ヘイト本について街の本屋はどういっているか? 最近の各出版社の案内が「あればっかり」で、取次もどんどん配本してくるという。出版社の営業マンが「うちにはちょっとあわないんだけど」と言い訳しながら。要するに「売れてるからうちも出そう」という出版社ばかり。その実、売れているといっても若い人やサラリーマンは買わず、60代以上の年配層が買っているぐらい。だから独自に工夫して、それを批判する本を一緒に並べ、客に考えさせている店も多い。

 

 大手のチェーン店ではどうか? この20年で全国に2万店あった書店が半減し、チェーン店のシェアが増した。チェーン店の責任者は、「本部の指示で積極的にヘイト本を売るということはない。どの本を何冊配本するかは実際には取次が決めている。現場の声はあまり反映されないし、現場が出版社や取次に発注することを禁じている店舗もある」という。なかには「あの店に書店員はいない。いるのは作業員だけ」という元責任者もいた。この20年余りの出版不況で、書店でも正社員からパートへの置き換えが進み、本の中身まで気にする余裕がないと訴えるところもあった。

 

 取次も同じで、本を読まない取次の社員が多いと大手取次の社員が嘆く。「本が好きでこの業界に入ってきたのに、仕事をするうちにだんだん本が嫌いになっていく」と。前述したように取次が配本を決め、大きな書店にはいろんな本をたくさん、小さな書店には少しの種類の本を少しずつおろすが、最近では本の平均返品率は約4割にものぼり、今や取次の最重要課題は返品率を下げることだ。返品率を下げようとして配本を減らし、そのため売れる本が入ってこず、閉店した書店もあるという。

 

 さらに大手出版社・講談社の編集者に聞くと、「ビジネスとしての出版はオセロゲームと同じ。アンチ自虐史観の本でどれだけ世の中の石をひっくり返せるかだ。アンチ官僚でも同じ」。要するに売れれば何でもいいのである。嫌韓反中の本でヒットを生み出しながら、同時に日中友好や韓流スターの本もつくっている。売れるからヘイト本をつくっている編集者が主流で、「こんなの読むのはバカだよね」といいながらつくっている編集者が多かった、と内情を暴露した人のインタビューも本書に掲載されている。

 

 こうして本書を読み進むと、次の事実が浮き彫りになってくる。経営が苦しい出版社はカネのためにとりあえず売れそうな本をどんどん出版し、経営が苦しい本屋は当面のカネを得るためにどんどん返品し、年間に新しく出版される本はこの40年間で3~4倍に増えたが返品率も4割にのぼり、こうして突き進んだ結果、よい本をつくり、よい本を選んで読者に届けるという本来の社会的使命が極端なまでに劣化してしまったのだ。個々の本の内容云々より、売れるとなればイナゴの大群のように飛びついて食いつくして次にいくという業界全体の商業主義こそ問題ではないか。

 

 加えて、POSレジによるデータ管理が進み、どの書店も大手書店チェーンのランキングをつねにチェックして、品揃えがどこも金太郎飴状態になってしまったことが、いっそう客を遠ざけている。

 

独立系書店が続々と誕生

 

 その結果、出版業界は壊滅状態になっている。とくに雑誌は深刻で、販売金額も部数も1990年代後半の3分の1にまで落ち込んでいる。目先のもうけを第一にし、本の社会的な有用性を見失った結果である。

 

 著者は本書のなかで、ここ数年、小さな独立系書店が次々と誕生していることも伝えている。その特徴は、店主や店員による選択的な仕入れを重視していることだ。そうした書店ではヘイト本を見かけることはほとんどなく、書店員は本が社会に及ぼす影響についての責任を自覚していると著者はいう。

 

 ある店長の意見は印象深い。それは次のようなものだ。

 

 「ヘイト本に対する法規制をしても、それは物事をますますおかしくするし、諸刃の刃として自分に返ってくる。違った思想を排除するなら、そうした思想に共鳴する人が実際にいるという事実を隠しつつ温存してしまう。自分たちは中立だというのではない。書店人としての意見を旗幟鮮明にしつつ、第二次大戦の歴史や日韓・日中の歴史について真面目に研究した本を含めて多様な意見の本を置き、読者がそこからしっかりした判断力を持てるよう援助するのがわれわれの役割ではないか」

 

 こうした問題意識を持った書店員は、もはや無視できない勢いで増えているそうだ。  


 (太郎次郎社エディタス発行、四六判・256ページ、定価1600円+税

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この記事へのコメント

  1. 京都のジロー says:

    本屋の玄関先にヘイトスピ-チ本が山積みでしたら本屋に入るのをためらいますよね
    せめて「アダルト本」コ-ナと同じ様にカ-テンで仕切って欲しいです。
    学生時代は本屋を冒険するのが楽しくって待ち合わせの時間を潰すのに重宝してまでした。
    年間60冊くらい本は購入していますが、通販です。確実に探せますし、口コミが
    本選びの参考になります。 
    本屋さんも利用者目線で工夫をしないと取り残されてしまうでしょう。
    京都でも大型書店の店じまいが増えました。

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