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『そらのレストラン』  深川栄洋・監督

 北海道の道南にあるせたな町で、循環農業にとりくむ自然派農民ユニット「やまの会」をモデルにした映画。制作者側が何度も現地に足を運び、メンバーの生い立ちや経験を聞いてドラマに仕上げたという。

 

 海の見える丘陵で、輸入飼料を使わず、牛を放し飼いにして牧草の餌だけで育てる酪農をとりくんでいる、設楽牧場の牧場主・亘理(わたる)。10年前には急死した父親にかわって牧場を継ぐかどうか悩み、牛たちの前で立ちすくんでいた。そのとき、「あんたの牧場のミルクがあるからおいしいナチュラルチーズがつくれるんだ」と励ましてくれたのがチーズ職人の大谷で、以来、牛たちの乳をしぼって放牧ミルクを届けながら、その師匠のもとでここでしかできないチーズづくりを学んでいる。10年の間に妻・こと絵と結婚し、かわいい女の子・潮莉も生まれた。

 

 あるきっかけから亘理は、有機農業にとりくむ仲間とともに、こだわりの食材を広く届けるため、1日限りのレストランを開こうとする。ところが夢が膨らむその途上で、大谷から「もうここに来なくていい。お前が学ぶことはない」と突き放され、理由を聞かないうちに師匠は倒れて帰らぬ人になる。10年努力してなにも進歩がないのか、俺は…。10年間もなにをしてきたんだろう。どうせ見込みがないなら、もう牧場もやめてしまおう…。

 

 ふさぎ込む亘理を、牧羊を受け継いだ陽太郎、コメと大豆をつくっている甲介、トマトや野菜をつくっている芳樹、漁師の隆史が入れ替わり立ち替わり訪れ、ときには厳しく叱咤激励する。それは、彼らがなぜこの土地で農業をするようになったかの告白でもあった。

 

 「僕は東京の大企業でコンサルの仕事をしていた。どうせなら会社で一番の成績をあげようと朝から夜中まで頑張り、そうして一番になったけど、そのときには上司や同僚が、姿はあるけど、誰も周りにいなかった。僕はひとりぽっちになった。それでも頑張ったけど、身も心もつぶれそうになった。それで人生変えようと、ここの牧場に来た」

 

 「俺は職場に入ったとき、ぜんそくとアトピーで苦しんだ。苦しいのとかゆいのとで夜も眠れなかった。そのときわかったのは、食べ物をかえることだった。だからここに帰り、農薬を使わない有機農法でコメと大豆をつくって、みんなに健康を届けたいと思って頑張っている。病気のときに支えてくれた看護師が、今は俺の妻となり、農業を一緒にやっている」

 

 映画のなかでなにより印象深いのは、登場人物が人生の岐路で思わずつぶやく「おいしいね」の言葉。それは、こと絵が吹雪のなかを倒れるようにして牧場にたどり着き、Iターンの意志を告げたときに差し出された、心まで温まるミルクに対してであり、ヒツジの牧場を引き継いで3カ月目の陽太郎が、かわいそうで口にできなかったマトンの肉を初めて味わったときの泣き笑いで発した言葉である。チーズ職人をあきらめかけていた亘理が、師匠が亘理に後を託そうと残してくれていた熟成チーズを食べたときの叫びである。その仲間たちを、牛たちや、金色の穂波や、海を臨む草原の向こうに沈む太陽が見守っている。

 

 この映画は、いったいなにが人生にとって大切なものなのかを問いかけている。それは金や地位ではないし、目先の自分だけの快楽でもない。大切なものとは、「おいしいね」といえる安全安心の食べ物であり、それを育てるための労働であり、なにかにぶちあたって身動きがとれなくなったときに支え合う仲間であり、「みんなのためにおいしいものを届けたい」という志である、と。

 

 北海道の開拓の歴史のなかで、最初に注目されたのが、寒さに強い牛を育てる酪農だったという。現在、北海道農業のなかで酪農部門の売上は全体の4割弱を占め、北海道の生乳生産量は全国の5割以上を占める。北海道に酪農家が6490戸あり、そのなかで放牧酪農をやっているところが477戸ある。そして、日米FTAでもっとも打撃を受けるのもこの酪農家だ。

 

 この映画は昨年1月に全国のいくつかの映画館で上映された。現在、DVDで鑑賞することができる。     

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