(2026年1月12日付掲載)

米軍による攻撃を受けたベネズエラの首都カラカス。攻撃により少なくとも100人(ベネズエラ当局発表)が死亡し、米軍は同国のニコラス・マドゥロ大統領をアメリカ国内に拉致した。(3日)

西谷修氏
2026年の年頭に、アメリカは「無法者」国家であることを隠さないというより、公然と表明するようになった。それも一方的に「脅威」とみなした近隣国への軍事的潜入強盗誘拐行為によって。それは昨年秋以来のカリブ海でのあいつぐ「不審船」撃沈で始まったが、それが事実上、世界から目立った抵抗を受けなかったため、今度は(これが当面の目標だった)ベネズエラの首都を急襲、特殊作戦でマドゥロ大統領夫妻を拘束・拉致、アメリカに連行して「裁判」にかけるというのである。
あられもない「国家テロ」だが、それを公然と自慢するトランプの頭の中には、国際法も国際秩序も何もない(本人もそう公言する)。あるのはアメリカ合州国(USA)の強権が、世界を管理・統治し他国の大統領を拉致して裁きさえするという問答無用の暴力発動なのである。(付け加えるなら、トランプの頭の中では、合州国大統領という公的職務と、私人トランプの肥大した欲望との間に区別がない。自分が「偉大なアメリカ」の大統領なのだから、自分の意志と行為がアメリカ国家の権力遂行だということなのだ。ちなみに、この私的願望と公権力との癒着は、公的立場と私的発信とが無差別になるSNSのメディア環境によって「実現」されている――「敵」を捕らえたとSNSで発信すると、それがそのまま国家意思の表明と受け取られる。)
考えてみてほしい。正当な理由もなく強盗のように外国内に踏み入って大統領を拉致し、石油資源強奪の脅しをかける――これだけのことをされたベネズエラ(政府)が、アメリカに宣戦布告して戦争を挑むことができるだろうか? 同じくコロンビア、ブラジル、メキシコ政府にそれができるだろうか? 圧倒的な軍事力の差を前に、彼らは国連に訴え、国際社会に米国の暴挙を抑えてもらうしか手立てはない。
だが、ロシアがウクライナを侵攻したときに万雷の拍手でロシア非難を決議したように、とりわけ影響力を持つはずの「西側」諸国はアメリカを弾劾するだろうか?
コロンビアやドイツの大統領のように「トランプのやっていることは強盗行為だ」と公然と非難する者もいるが、日本のメディア状況をみても「在外ベネズエラ人たちが歓喜して花火を上げた」「国内も独裁者マドゥロから解放されて喜んでいる」「力がものをいう時代に入ったのだから、世界は米中露の大国によって三分割される」「トランプの軍事作戦で救われた人もいる」などの言説とともに、「やり方に問題はあるが、結果的によかったのでは」といった調子の世論誘導に染め上げられている。
しかし今、私たちは、「侵略者によって国際秩序が脅かされている」「最も厳しい安全保障環境」などの言葉とともに「戦争に備えよ」という風潮が当たり前のように覆う世界において、その戦争を誰が仕掛けているのか、平和を維持する国際秩序を誰が必要としているのかをしっかり目に焼き付けなければならない。
今起きている「世界の危機」の根本はそこにある。「最強国」アメリカによって国際法秩序が根本から否定されているのだ。ジェフリー・サックスが国連安保理の緊急会合で発言したように、マドゥロ政権の性格云々をここで持ち出すのは、アメリカ合州国の「暴力」で法秩序を吹き飛ばす振る舞いを追認することにしかならない。
それにまた、これはトランプ個人の問題ではなく、サックスが簡潔に示しているように、アメリカ国家の持続的な意志の現実化でもあるのだ(度重なる「体制転換」戦略、とりわけラテンアメリカに関してそうである)。つまり今、私たちの前に立ち現れているのは、ベネズエラ問題ではない。まぎれもなく「アメリカ問題」なのである。
ベネズエラはどうなる 剥き出しの軍事恫喝の下で

マドゥロ大統領解放を求めるデモに参加してインタビューに応えるデルシー・ロドリゲス暫定大統領(6日)
そのなかでベネズエラが今どんな状況に置かれているのか。
マドゥロ大統領を拉致されたベネズエラでは、その職務を代行する臨時大統領としてデルシー・ロドリゲス副大統領が政権を担うことになった。その段階でトランプは、その政権を認めながらも、軍事制圧を背景に実質は政権転覆と同じ要求を彼女に突きつけている。
ノーベル平和賞を受賞して「自分が新しい政府の後継者だ」と売り出していたマチャドは表向き外されたことになっているが、それは今後トランプがベネズエラを「運営」するうえで、息のかかった人物を新たに据えるよりも、現体制をそのまま使った方が民心を掌握するうえでも有効だからだ。戦後日本の占領統治でもそうしたようにトランプもそう考えている。
しかし、実質的にロドリゲス臨時大統領には何の権限も与えられず、彼女はトランプの言う通りにしなければ、マドゥロと同じ目に遭わされるか、米軍が直接手を下さなくても内部ではCIA(米中央情報局)による個別の切り崩しが必然的に強まる状況にある(ラテンアメリカ諸国は常にそういう状態に置かれてきた)。だから彼女はアメリカの要求を受け入れつつ、内部の動きにも対応しながら現体制を維持しなければならないという極めて難しい仕事を強いられている。
一方、ベネズエラ社会では、チャベス政権の末期に始まり、彼の死後、国内に無数に広がった地域生活共同体(コムーナ)に集う大多数の人々がいる。マドゥロ体制を支えてきたのは、その「強権支配」でも「独裁」でもなく、主権者意識に目覚めたこの全国幾千ものコムーナに集う人々の活動である。彼らこそがベネズエラが経済危機を耐え抜き、成長軌道に乗るまでに押し上げた原動力にほかならない。
彼らはアメリカの軍事支配に決定的に反対する。なぜなら、このようなアメリカの支配がチャベス以前のベネズエラを瀕死の淵に追いやったからだ。それに対してコムーナがつくられ、「持てる者の自由」の体制下では貧困にあえぐしかなかった貧民窟や地方の荒廃した農村の人々は、この地域生活共同体を組織することで、通常の経済システムとは相対的に自立した地域で社会生活を営むことができるようになった。だから当然、彼らはアメリカの支配を受け入れない。
もしアメリカが軍事的に侵攻すれば、800万ともいわれる民兵が全土で米軍に抵抗することになるだろう。そうすればかつてのベトナム戦争同様の泥沼状態となり、米軍は増派を余儀なくされ、介入は長期化する。そうなればアメリカは決定的に立ちゆかなくなり、必ず打ち負かされる。しかし、そのために失われるベネズエラの犠牲(人命喪失や国土の荒廃)を考えれば、そこに至らないようにするのもロドリゲス体制の役割ということになる。
そのためロドリゲスは「アメリカとベネズエラの関係は、もともとこのような敵対的関係ではない」と打ち出して、国際政治の中での政治的主体性を確保しつつ、なおかつチャベス以来のベネズエラの改革の体制を保とうとしている。
しかし、その間もトランプのアメリカは、軍事制圧を背景にあらゆる諜報戦を駆使し、現体制の柱となってきた人材を落としていくだろう。それがある程度進めば、選挙をやらせる。それは米軍による「解放」状態のなかでの「自由」選挙だ。そのときにはマチャドが帰ってくるか、あるいは別の代理人が出てくるのかもしれない。それをアメリカが承認し、ベネズエラをチャベス登場以前の「親米国」にする――このような筋書きは、トランプのみならず歴史的にアメリカがラテンアメリカで当然のようにやってきた常套手段である。
さらにトランプは、ベネズエラの石油を「無期限」にアメリカが管理するといっている。原油販売収益をすべてアメリカが手に入れ、その一部をベネズエラに回し、そのすべてを米国製品を購入するために使わなければならないと決めた。これは「全部俺たちのもの」といっているに等しい。
チャベス登場以前のベネズエラ経済は石油産業に依存し、それで稼いだ外貨であらゆるものを輸入する構造であったため国内産業が育たなかった。だがベネズエラでは近年、チャベスが方針にした石油に依存しない国づくりが進展し、たとえば以前は10%に満たなかった食料自給率は現在では90%をこえている。それだけ農業が展開され、それに伴って関連産業が成長した。すでにベネズエラには石油以外にも社会を継続できる生産手段が育っている。
だから、ロドリゲスは「アメリカに石油を売ってもいい」と表明はするが、再植民地化にほかならないトランプの要求には、あらゆる形をとりながら抵抗するだろう。
権力の行使に歯止めがないトランプ(ルビオ、ヘグセス)のもとでは決して楽観視はできないが、ここ数十年のアメリカの軍事的、経済的圧力のなかで、ベネズエラ社会ではコムーナ・ネットワークを基礎にかつてない抵抗の基盤が育っていることは確かだ。そこにベネズエラの命運がかかっているといえるだろう。
ドンロー主義とは何か アメリカ形成原理に由来

ベネズエラへの軍事作戦後に演説するトランプ大統領とマルコ・ルビオ国防長官
しかし、冒頭のべたように、今、私たちが国際社会において取り上げるべき問題は、ベネズエラの政権評価ではない。国際社会の模範たるべきアメリカが明け透けな強盗行為に出ている。しかもそれは単なるトランプ政権の独自性ではなく、アメリカの1世紀におよぶラテンアメリカへの姿勢の激発であり、それによって国際法秩序そのものが根本から脅かされている。それこそが現在の危機である。
その危機をもたらしているトランプの振る舞いは、実はアメリカ国家の本質である。世界はそのことをしっかり認識して批判しなければ、その力を崩壊させていくことも、そのための方向性を見出すこともできない。
トランプが「ドンロー主義」(「ドナルド」の名前と19世紀のアメリカの外交方針「モンロー主義」をかけた造語)を打ち上げると、主流メディアに登場する「講釈家」たちがいっせいに「モンロー主義」の解説を始める。しかし、にわか勉強で教科書をおさらいしても、これがアメリカ国家(合州国)の形成と不可分の「原理」だということには思い及ばない。
もともと、国家間秩序=国際法体制を作り出したのは17世紀のヨーロッパである。領土を分け合い、国境で接した国々が互いを「主権国家」と認めることで、神的正義を排して国家の権限を認め合う、それが国家間秩序であり、国際法体制である(ウェストファリア体制と呼ばれる)。
だが、アメリカ合州国(合衆国)はどうやってできたのか? そのヨーロッパに居場所を見出さなかった「清教徒」たちが「信仰の自由な地」を求めて大西洋を渡り、「無主の地」(持ち主がいない!)を「自由取得」して、実際にはそこで暮らしていた先住民を締め出し、聖書に基づいて「新しいイスラエル」を作った…これは誰も隠していない「アメリカ」の建国神話である(『アメリカ 異形の制度空間』参照)。
この事態を世俗的に見るなら、初期のイギリス移民たちは、植民会社の株主兼担い手となって入植し、イギリス国王の与える特許に従って土地を獲得する。ニューイングランド、マサチューセッツなどの各ステートを開発経営し、そうしてできた13の民営ステートが、本国の課税権を嫌って連合して抵抗し、イギリス王権支配を排した、というのがいわゆる「独立革命」の内実である。
その連邦政府が、先住民を排除してできた「自由の領域」を私的に所有することで確立された「権利の空間」を支えることになる。いってみれば合州国(United States)とは、私企業連合であり、連邦政府はいわば武装した持ち株会社なのである。そこでは先住民を根扱ぎにした所有権者(株主)たちの「民主主義」が政体となる。
つまりこの国の成立ちは、領土分割からできたヨーロッパの国家間秩序とはまったく違う。むしろヨーロッパがいわゆる国際秩序を全世界に広げていくときに「そんなものはくそくらえ」といって作った領域だ。だからこそ合州国はみずからを「新世界(新しいヨーロッパ)」だと主張し、その後に続いてスペイン支配から独立したラテンアメリカ諸国を、ウェストファリア体制の外に開かれる「自由の領域」だとして、「古いヨーロッパ」から「西半球」の分離を主張したのである。それがモンロー主義だ。

二つの半球に分けられた世界地図(18世紀、ギヨーム・ド・リル作)
略奪地となった西半球 「自由」「解放」を掲げ
合州国は「独立」から半世紀あまりで、北米大陸を横断し、先住民をほぼ殲滅して、彼らが生きていた広大な大地をすべて国有地にし(私有地として払い下げる)、不動産として国家の登記簿に登録、自由売買できる資産にした。そこにはあらゆる資源が含まれている。だからアメリカは膨大な資産を元手に一挙に産業化し、19世紀末には世界一の工業国となった。そこから海外進出が始まるが、その手始めはスペイン植民地だったキューバとフィリピンの「解放」である。
「解放」とは何か? それらの地域を「古い帝国の軛(くびき)」から「解放」し、土地等を一挙に私有した有力者たちの「自由」支配に委ねることだ(持てる者だけが自由)。それによって「解放」された小国は、親米家たちが民(多くは先住民)を「自由」な権力で収奪し、合州国に富をもたらす属国になる。これがその後のラテンアメリカ諸国の運命だった。そのため合州国は「北の巨人」と呼ばれる。

これに逆らえば、ジェフリー・サックスが要約したように、諜報機関・企業エージェントが介入し、所有権者たちの不満を糾合し、軍に工作し、PR会社による世論工作で社会を不安定化して政権転覆し、たいていはアメリカの庇護を受ける軍事政権のもとで、民衆は長く弾圧や貧困のなか塗炭の苦しみを味わうことになる。これが潜在的には現在まで続くラテンアメリカ諸国の状況であり、今ベネズエラをめぐって起きている状況は、その最新の激発にほかならない。
そんな「政権転覆」が起きるたび、いつも必ず「アメリカによる解放」を求める現地の特権・富裕層の「ヒーロー」がいた。それを「私的所有権」を絶対とする「西側」諸国、つまり西洋先進国は、メディアなどを使っていつも「反共・自由の闘志」として擁護してきた。それは先住民殲滅を「野蛮からの解放」としか考えられない「西側=西洋」の抜きがたい文明イデオロギー(啓蒙思想)である。
グローバル統治の破綻 没落する欧州と米国
ただ、注意すべきは、この間約1世紀、アメリカはモンロー主義に蓋をして世界統治に関与してきたということである。
欧州大戦でヨーロッパが仲間割れして大混乱に陥ると、アメリカは「西洋覇権」を維持するためにヨーロッパ的「国際秩序」に回帰し、最強国として「力」を通して世界を管理するようになる。
だが、アメリカではモンロー主義が根付いていたため(私営企業主体が権力を自由にするアメリカ的形態は、ヨーロッパから世界に広がった主権国家体制になじまなかったのだ)、アメリカの為政者たちは「旧世界」の戦争に「国民」を動員するために、強力なイデオロギーを打ち出さなければならなかった。
最初は「ヨーロッパにアメリカの民主主義をもたらす」、ついで第二次大戦では「ファシズムvs.民主主義」、その後は「共産主義vs.自由世界」、そしてソ連が崩壊すると今度は「文明vs.野蛮(じつは西洋文明vs.イスラーム)」の「テロとの戦争」…。しかし、「テロとの戦争」は国家間秩序を都合よく無視してしまうので、収拾のつかない混乱を引き起こし、そのコストも大きいため、バイデン政権はふたたび国家間秩序を活用しようと、今度は「民主主義国vs.専制主義国」の対立図式を作るが、これは冷戦の焼き直しのようなものだった。
そこへ登場したのが復活トランプである。トランプは「空疎なイデオロギーで糊塗して世界に良い顔をしようとするから、アメリカはもたれる国々の割を食った。おかげで国内社会は零落し、アメリカ人がないがしろにされている」と唱え、国際秩序をかなぐり捨てて「アメリカ」の利益をはばかりなく担って追求する。
トランプが不動産屋であることは偶然ではない。先住民の生きていた大地を、法権利で守られた切り売りできる資産(私財)にし「自由取引の世界」を作り出すのに最も貢献したのは、不動産業者と法律家である。彼らが「新世界」創出のブルドーザーであり、そのおかげで強奪の事実(無法)が法として設定され、その無法=法が通用する圏域を「西半球」として指定する基軸を担ったのである。(だから筆者は「トランプはアメリカの地金」なのだと何度も言ってきた)。
しかしアメリカ合州国は、「古いヨーロッパ」(モンロー宣言に使われた用語だ)の自壊のために世界統治に関与せざるを得なかった。そのときに、正統性と合意を得るために、そして戦後の国際連合を使うためにも、国際法秩序の衣を被らざるを得なかった。
だが、冷戦後の「テロとの戦争」あたりでは、もう無理が出始めていた(だからこの「アメリカの戦争」は国際法をまず無視して、それを認めるかどうかを各国に迫っておこなう――「敵につくか、それとも味方か」)。
しかしその後、同盟間秩序(民主主義国vs.専制主義国)に形だけ戻っても、結局ヨーロッパも同盟国も、国連も国際機関も、アメリカにもたれるだけでその管理の甘みを吸っているだけではないか、というので、トランプは“だからもう国際秩序などくそくらえ。アメリカは本来のやり方(強盗と不動産屋)で勝手にやってゆくのだ”と宣言する(それをMAGA運動が支え、ビッグ・テックも初めは支えた――彼らはITヴァーチャル「新」世界の「私的所有者かつ不動産取引業者」だから)。
要するに、トランプ大統領とは「アメリカ」というこの「異形の制度空間」の権化、剥き出しの権力形態なのである。
非同盟の相互協力拡大 国連の新たな担い手に
重要なことにふれておけば、ヨーロッパの崩壊(世界戦争)から、ウェストファリア体制を原理的に修正して普遍化するような国連体制が生まれた。ウェストファリア体制は諸国家の戦争する権利を軸にその抑止体制として組まれていたが、国連体制は「非戦」を原則にしている(強国の権利を制限できないので「自衛のための戦争」だけを許している)。
初めはこれは戦勝国秩序だった。だが、万人の生存権を謳い、他民族支配等を否定しているので、その後、それまでの西洋諸国の植民地があいついで独立し、米ソ冷戦下でそれらの国々はどちらの陣営にも属さず、相互の自立と発展をめざす「非同盟諸国会議」の連携を作った。

加盟国120カ国の国家元首や代表等が出席した非同盟諸国首脳会議(2024年1月、ウガンダ)
初めにこれを作ったのはアジア・アフリカの新興諸国だけだったが、60年代に入るとアメリカ合州国の事実上の支配を受けていた中南米諸国がここに合流するようになる。1970年代には国連加盟国は200カ国近くになり、そのなかで「非同盟諸国」は多くの割合を占めるようになる。これが「第三世界」と呼ばれた。
すると安全保障理事会の常任理事国(つまり大国群)の意向は全員1票の国連総会ではほとんど通らなくなる。たとえば、イスラエル非難決議やキューバ制裁解除決議が何度も総会で議決され、そのつどアメリカは拒否権を行使しなければならない。
そこで、冷戦の終結を見越して西側先進国は国連外に「G7」なるものを作り、この先の世界経営の舵取りをしようとする。それがソ連崩壊後の「市場のグローバル一元化」の時代に、国連体制を脇において「世界のリーダー」のような振る舞いをする(毎年のサミットという「リーダー」たちの国際顔見世興行)。
そのうち、ゴールドマン・サックスのアナリストが、G7に続く「有望投資先」としてBRICS(ブラジル、ロシア、インド、チャイナ、南アフリカ)の5カ国を指定するが、これらの国々は成長してもG7+に入れてもらえるわけではない。というのも、G7はじつは(軍事)同盟関係であって、「西側的諸価値」を共有していることが条件だからだ(日本もそうだ)。
だからこの5カ国は自分たちで集まってBRICSを形成する。このグループは「非同盟」であり、いわば「非同盟諸国会議」の延長線上にある(ロシアも中国ももはや「共産主義国」ではない)。これらの国々(やそれに続く国々)は、いずれもかつて西洋諸国の植民地支配や帝国主義的進出を受け、その後も独立・自立のために塗炭の苦しみを受けてきた。そのなかでも西洋のルールを国際秩序として受け入れ、その枠の中でそれぞれが独立国家を作ってきた。これらの国々はこの国際法秩序なしに自分たちの立つ瀬はない。ベネズエラの独立を保障するのも国際法秩序だ。
だから、これらの国々は事実上の西側先進国同盟であるG7にさまざまに取り込まれる工作を受けても、自国の発展のためにはむしろBRICSに近づき、今ではその友好国は20カ国を数え、いわゆる「グローバル・サウス」の国々もそちらに自国の将来を託そうとしている。そして今ではBRICSとその友好国は、GDPにおいても人口でも、すでにG7を上回っている。
西洋的世界統治の終焉 NATOも日米同盟も
そこに、アメリカの「原点回帰」の理由を見ることもできる。
第二次大戦以後、アメリカとヨーロッパは北大西洋同盟(NATO)を鎹(かすがい)として「西側」による世界統治を続けてきた。だがこれは、「植民地も失って老いぼれたヨーロッパ諸国」の面倒を「自由のアメリカ」が一方的にみるだけであって、その間アメリカはいいように体力を吸い取られ、こんなに衰弱してしまった。ウクライナの戦争もそうだ。アメリカのカネをあてにしてロシアと戦争なんかするな。やりたければ自分たちで勝手にやれ――というのが、トランプの言い分である。
日本も例外ではない。「同盟国」とか言ってすがってきて、自分たちだけ稼いでいるじゃないか。ふざけるな! 税金払え、みかじめ料を出せ、というのがトランプのアメリカである(じつは日本は「みかじめ料」をすでにふんだんに払って、アメリカの言う通りに「構造改革」もやり、新自由主義体制も進んで受け入れて、兵器も底なしに買って、「失われた30年」といわれるほど貢ぎまくっているのだが、そんなことはトランプの眼中にない)。
つまり、アメリカは「衰退と没落」を自覚しており、トランプはそれを「同盟国」のせいだとみなしているのである。だから、もはや「国際秩序維持」などには関与しない。ロシアやとりわけ中国とはケンカせず、むしろ相互利益のディール(しかし影では強奪合戦だ)をやろうとしている。
それがあからさまであるだけに、ウクライナの混乱やイスラエルのジェノサイド、あるいはその他の国際問題について、ここに来て――これまで常に一方的に「黒い野心」を責められてきただけに――、きわめて公正な姿勢を取り続け、その発言が重きをなしているのは、どうみても中国の方である(アメリカの積年の「敵」認定に従うのでない限り)。そして事実上も、トランプのアメリカは中国に対しては関税も押しつけられない(米国債やレアアース等の弱味がある)。
これで明らかなのは、NATOを基軸とした「西洋的世界秩序」は終わったということである。それがまた、アメリカがモンロー主義に還るということの意味でもある。だから、現在における「国際環境の急激な変化」とは、アメリカが世界管理の「重責」から手を引き、同時にこの100年以上に及ぶ「米中関係」が逆転したということである。
2020年に発足当初のバイデン政権は、中国使節団を、19世紀末にアメリカがロシアから買い取った極寒のアラスカに呼び寄せて、その「貿易不正」や「領土的野心」を居丈高に譴(けん)責したが、そのとき中国使節団は、その年が北京議定書120年の歴史的屈辱の記念の年であることを想起させて、その譴責をそのまま米国代表に突き返した。現在の状況はその帰結でもある。
もし、この時もアメリカに理があると見るなら(西側や日本のメディアのように)、そしてまさに「西側」によって作られてきたそのような認識(アメリカの戦争イデオロギー)にとどまるなら、人は「逆さまの世界」を生きているということになる。
日本はどうするか? 「対米従属」「脱亜入欧」からの自立
この「国際環境の激変」を前に日本がとるべき道は、アメリカ自身がもはや認めてもいない「日米同盟」に必死でしがみつくことではなく、「ドンロー主義」トランプが求めるように、もはや「アメリカにもたれない」自立の道を開き直すことである。
じつは「アメリカにしがみつく」ことは日本にとって必要なことではまったくない。それは戦前・戦後を通してこの国の統治権を占有してきた集団が、自分たちの根っからの「反中」姿勢を正当化し擁護してもらうためにのみ必要なことだった(自民党清和会系に代表されるその集団に、たゆまぬ資金援助をしてきたのが旧統一教会だろう)。だがもうアメリカは「守って」はくれない。強奪するか好き勝手に使うだけだと知るべきだろう。
明治以来、「脱亜入欧」でひたすら「西洋化」を目指し、西洋が「没落」で変わり始めたのにそれに気づかず「領土拡大」を目指して戦争に突入し、一敗地にまみれた近代日本は、そこで「別の近代化」を目指すはずだったにもかかわらず、今度は「アメリカ隷従」で「冷戦期」を潜り(兵器産業をやらなかったから経済的には大いに発展した)、冷戦後にはまったく指針を失って自壊没落するアメリカに「盲従」、「失われた30年」を経てついにアメリカに三行半を突きつけられたからには(それをタカイチ政権はまったく理解していない――理解したくないようだ)、「アメリカ様」(宮武外骨)に「ながらくお世話になりました、今後はご迷惑をおかけしないよう、あなた様の邪魔にならない世界で生きてゆきます」と、「対米隷属」を清算し、本来なら日本も初めからそこに伍すべきはずだった「非同盟諸国」の連携の中にこれからの活路を開いて行かねばならないのである。再び「入欧・入米」してはならないのだ。
ともかく、今瓦解する世界秩序のなかで「国際法秩序」を必要とするのは、この「非同盟諸国」である。中国やロシアがそこに入っているのは両国とも「西側」からつねに排除されてきたからだ。排除されながら「国際法」遵守を頼みの綱になんとか正当性を確保してきた。その国々がトランプのようにならないよう「国際法秩序」の軸にしてゆけばいい。それをとりわけ中国は拒否しないだろう(トランプのアメリカとロシアとチャイナとが地球を三分割する時代が来る、などというのは、冷戦期の未来小説家ジョージ・オーウェル――西洋的想像力――の読みすぎであるか、「逆さまの世界」をまだ生きているに過ぎない)。
【関連】アメリカはなぜベネズエラを嫌うのか――ボリバル革命とコムーナ 東京外国語大学名誉教授 西谷修
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にしたに・おさむ 1950年、愛知県生まれ。哲学者。東京大学法学部卒業後、東京都立大学大学院(人文科学研究科)、パリ第8大学などで学ぶ。明治学院大学文学部教授、東京外国語大学大学院教授(グローバル・スタディーズ)、立教大学大学院文学研究科(比較文明学) 特任教授を歴任。東京外国語大学名誉教授。著書に『不死のワンダーランド』(青土社)、『戦争論』(講談社学術文庫)、『世界史の臨界』(岩波書店)、『「テロとの戦争」とは何か』(以文社)、『アメリカ異形の制度空間』(講談社選書メチエ)、『私たちはどんな世界を生きているか』(講談社現代新書)、『戦争と西洋』(筑摩選書)など、訳書にブランショ『明かしえぬ共同体』、ボエシ『自発的隷従論』(ちくま学芸文庫)など多数。




















アメリカ合衆国を形成した原理について学ばせていただきました。まさに目から鱗でした。以後、アメリカ合衆国を見る目が大きく変わると思います。と同時に世界を見る目も変わるはずです。混乱を極める世界情勢の中で、真実だけが頼りです。その真実を教えてくれた西谷修教授に深く感謝申し上げます。
「アメリカ隷従」で「冷戦期」を潜り、冷戦後にはまったく指針を失って自壊没落するアメリカに「盲従」、「失われた30年」を経てついにアメリカに三行半を突きつけられたからには「対米隷属」を精算し、本来なら日本も初めからそこにごすべきはずだった「非同盟諸国」の連帯の中にこれからの活路を開いて行かねばならないと思います。