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制裁の応酬で世界的混乱 原油や小麦の高騰、各国に跳ね返る ドル依存からの脱却が進行

 ウクライナに侵攻したロシアに対して、アメリカやEU、イギリス、韓国、そして日本などがあいついで制裁を決定している。その影響でロシア国内ではルーブルが暴落し国民生活に大きな打撃となり、相場暴落や貿易の混乱も起きている。ロシアも制裁に対して対抗策をうち出し、これに対して米欧やG7が追加制裁を加えるなどの応酬が過熱している。一方、対ロ制裁やウクライナへの軍事支援を強硬におし進める米国に対し、エネルギーや穀物などロシアとの依存関係が強い欧州各国の間では、制裁による関係悪化を懸念し慎重な姿勢も見え隠れしている。こうしたなか、制裁の反動で世界的に原油が高騰し、それが「ブーメラン効果」となって制裁をうち出した各国の経済を直撃するなど、世界的な影響が拡大している。

 

制裁参加国は196カ国中48カ国という現実

 

 対ロ制裁のなかでの大きな動きとしては、2月27日にEUやアメリカ、イギリス、韓国、日本がロシアの銀行に対してSWIFT(国際銀行間通信協会)へのアクセスをブロックした。SWIFTとは、世界中の国や地域の1万1000以上の金融機関などが利用する国境をまたいだ送金情報を電子的にやりとりするインフラで、海外送金の事実上の国際標準となっている。ここから排除されてしまうと、送金業務が著しく滞ってしまう。

 

 ロシアには約300の銀行があるが、この制裁ではまず大手7行を対象に国際決済から締め出すことを決めた。12日には正式にSWIFTが大手7銀行グループを排除したと発表した。

 

 だが、SWIFTから排除された7つの銀行のなかには、ロシア最大手銀行のズベルバンクとエネルギー部門に強いガスプロムバンクは含まれていない。EU内でもロシアへのエネルギー依存度が高い国が多くあるなかで、自国に影響がはね返ってくることを避ける思惑があるからだ。そのため当初はドイツやオーストリア、ハンガリー、イタリアはロシアからの天然ガス供給が断たれることを懸念し、SWIFTからのロシア銀行の排除に抵抗していた。

 

 その他にもアメリカ、EU、イギリス、スイスはロシア中央銀行、財務省などとの取引を禁止。さらにロシアのオリガルヒ(新興財閥)への資産凍結など、経済的な制裁を強めている。

 

 また、欧米各国や日本は追加制裁をあいついで表明している。11日には、アメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダからなるG7が、ロシアへの追加制裁として貿易優遇措置である「最恵国待遇」の撤回を表明。これにより、輸入品に高関税を課すなどの制裁がさらに加わることとなる。バイデン大統領は11日におこなった演説のなかで、北朝鮮に対する関税(30%)並みに税率を引き上げることも示唆している。

 

 ロシアは2012年にWTOに加盟し、アメリカではロシアからの輸入品への関税は平均3%だが、今回の制裁により「敵対国」とみなす北朝鮮やキューバ同様、30%をこす関税を課すことが可能になる。すでにカナダはロシアからの輸入品に35%の関税を課す方針を示している。

 

 ロシアの資源供給に対する制裁もあいついでいる。すでにアメリカ、イギリス、カナダが原油、天然ガスの輸入禁止を決めている。またEUも、2027年までにロシア産化石燃料(天然ガスや原油など)依存脱却をめざすため、5月までに具体案を提示することを発表している。

 

 EUによるロシア産原油の禁輸に対してロシア側は、「ロシア産原油を拒否すれば世界市場は壊滅的な打撃を受ける」と強気の姿勢を見せ、1バレル300㌦もの原油高になるとの懸念を示した。そのうえで欧州が原油の代替輸入源を探すには1年以上かかるとし、「ロシアからのエネルギー供給を拒否するならすればよい。ロシアには代替輸出先がある」と対抗する姿勢を示している。

 

 EU側も今すぐにロシアからの資源依存脱却などできるはずもなく、14日にはロシア石油大手のロスネフチ、トランスネフチ、ガスプロムネフチに対する制裁を強化する方針を進めているが、これら3社からの石油購入は今後も継続するとしている。

 

 また、アメリカやイギリスがロシア産原油の輸入を止めている反動から需給バランスが狂い、原油価格は暴騰している。イギリスでは現在、ガソリン価格が1㍑当り1・55㍀(240円)と昨年同期比25%も値上がりし、今後は2㍀をもこえると予想される。同じくアメリカでも14日時点のレギュラーガソリン小売価格の平均は1㌎(=3・78㍑)当り4㌦31㌣となり、2008年7月以来、13年8カ月ぶりに最高値を更新。ロシアへのエネルギー制裁が「ブーメラン」となって自国経済にはね返っている。

 

 一方、EU各国は依然として天然ガス輸入のうちの約41%、石油の27%をロシアに頼らざるをえない状況だ。そのためロシアはアメリカやイギリスの制裁を尻目に、高騰した資源をそのままEU各国へと売り続けている。

 

 EU圏内では天然ガス供給をロシアに頼るドイツ(49%)やイタリア(46%)でもすでにガスや電気料金が大幅に値上がりしており、対ロ制裁による反動が直撃している。

 

 今回対ロ制裁に動いたのは世界196カ国のうちEU27カ国を含む48の国と地域であり、世界の全人口約78億人に対して、制裁参加国の人口は約12億人【地図参照】。単純に人口だけで比較することはできないが、ロシアは近年隣国の中国や大国インド、また中東などとも連携を強めようとしており、今後これらの国々との経済連携が進むとの見方もある。ロシアのルシアノフ財務省は13日、ロシアの中央銀行が保有している外貨準備と金のうち、欧米や日本などの制裁によって凍結されているのは約半分にあたる3000億㌦(約35兆4000億円)だとのべている。

 

ロシアの制裁対抗策 影響は波及・深刻化

 

 ロシア側の対抗措置もあいついで発動している。ロシア政府は7日、ウクライナに加え対ロ制裁を実施及び表明している48の国や地域について「非友好的な国・地域」に指定し、そのリストを公表した。これには日本も含まれている。ロシアの企業や個人が、今後リストアップされた国や地域と取引をおこなう場合の決済には、ロシア当局の許可が必要になるなどの制限がかけられることとなる。

 

 リストに入っている国は以下の通り。
 アメリカ、カナダ、イギリス、ウクライナ、モンテネグロ、スイス、アルバニア、アンドラ、アイスランド、リヒテンシュタイン、モナコ、ノルウェー、サンマリノ、北マケドニア、日本、韓国、オーストラリア、ミクロネシア、ニュージーランド、シンガポール、台湾、EUに加盟する全27カ国(アイルランド、イタリア、エストニア、オーストリア、オランダ、キプロス、ギリシャ、クロアチア、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、チェコ、デンマーク、ドイツ、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、マルタ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ルクセンブルク)。

 

 日本や各国の制裁への対抗措置ともとれるロシアの非友好国リスト公開に対し、日本の松野博一官房長官は8日の記者会見で、「ロシアが日本を非友好国とし、日本の国民や企業に不利益が及ぶ可能性のある措置を公表したことは遺憾であり、抗議をした」 とコメント。アメリカ主導の対ロ制裁に積極的に参加しているにもかかわらず、ロシア側から日本への被害のリスクが高まると 「抗議」 に出るというもので、7日には外交ルートを通じて、日本国民や企業の正当な利益が損なわれないようロシア側に求めている。

 

 この他にもロシア政府は10日、日米欧などを対象に通信機器、医療機器や自動車など200品目以上の輸出を2022年末まで禁止すると発表した。禁輸対象には鉄道車両やコンテナ、タービン、農業機械、モニター、穀物、肥料、砂糖なども含まれており、他にも外国企業がロシア国内で製造する製品の輸出も禁止とする。非友好国に指定した48カ国に対する木材輸出も禁止した。

 

 各国からのあいつぐ制裁と、それに反応したロシアの対抗策の応酬はヒートアップしている。こうしたなかで、経済的な打撃を受けているのはロシア国内に暮らす国民や企業だけでなく、今後さらに世界各国に影響が波及・深刻化することは必至だ。

 

日本に重要なサハリン開発  原油やLNG輸入

 

サハリン2の海上プラットホーム

 欧米各国の大企業がロシアから撤退や営業停止を発表しているなかで、日本企業もロシアから退く動きが出ている。ロシアに進出している日本の上場企業168社のうち、現地での事業停止や中断を決めているのは37社(22%)となっている。製品の出荷を見合わせる「取引停止」や現地工場の生産停止、店舗の一時閉鎖などの動きが目立っている。

 

 ロシアと国境を接する日本にとっても欧米やロシアとの狭間で対応を迫られている。日本企業がロシアで出資する原油・LNGをはじめとしたエネルギー事業をめぐり米欧がロシア制裁のために輸入停止や撤退を始めているなかで、問題になっているのは「サハリン」プロジェクトだ。同事業には、原油生産が中心の「サハリン1」と、LNG生産が中心の「サハリン2」があり、様々な国が出資してエネルギーを調達している。

 

 だが、アメリカがロシア産の原油、天然ガスの輸入禁止を決め、サハリン1から米エクソンモービルが全面撤退を表明。ロシアの天然ガスに大きく依存する欧州は全面撤退まではしていないものの、英シェルがサハリン2を含むロシア事業からの全面撤退を表明した。この他にも、英石油大手BPが、ロシア石油大手ロスネフチの保有株を売却し、ロシア事業からの撤退を表明している。

 

 日本はこのサハリン事業を国策として進め、原油の約4%、LNGの約10%を輸入している。三井物産や三菱商事、伊藤忠商事、丸紅、さらに国も出資して事業運営に注力してきた。

 

 現在日本は原油の92%を中東に依存している。だが、中東で有事の際には輸入が寸断され、エネルギー供給が滞ってしまう。そのためサハリンは中東とは別で日本に近い場所でエネルギーを確保し、さらにわずか数日で資源を確保するという意味ではたとえ小さなシェアであっても重要な「権益」として位置づけられてきた。また、現在日本が輸入しているLNGのうち一割はこの「サハリン2」からのものだ。東京電力や東京ガスも長期契約している重要な資源であり、これが寸断されるとなると都心部をはじめ国民の生活に重要なライフラインを失うことにも繋がる。

 

 ロシアとの経済協力プランについて、岸田首相は14日の参院予算委員会で「修正は考えていない」との意志を表明した。経済協力プランは2016年に当時の安倍首相がプーチン大統領に提案したもので、エネルギー分野の投資拡大や日本とロシア両国の中小企業の交流推進などが含まれる。また16日におこなった記者会見でサハリンでの事業について問われた岸田首相は、サハリン2をはじめとするプロジェクトは日本が権益を有し、長期的に低価格でエネルギーを調達できることから、「エネルギーの安定供給上、日本にとって重要だ」との見解を示した。

 

 一方で「ロシアの今回の暴挙は歴史に刻むべき非道な行為だ。断固として糾弾する。制裁措置に対しロシアは対抗措置をとり始めた。エネルギーと食料の純輸入国である日本の経済と生活への打撃が懸念される。ロシアの揺さぶりや脅かしに屈することは決して許されない」「G7首脳で発出した声明を踏まえ、ロシアに対して外交的、経済的圧力を一層強める」ともコメントしており、米欧による制裁にも同調姿勢を示している。

 

ロシアは中・印と関係強化  中東の産油国とも

 

 連日の報道では、世界各国からの制裁強化によりロシアの国際的な「孤立感」が演出される裏側で、ロシア側はこの数年の間ですでに隣国にして最大の貿易相手国である中国との経済連携や貿易を強化していた。今回の制裁を機に中国との結びつきがいっそう強まるとの見方もあるなかで、中東の産油国などとも連携を強化する可能性も出てきている。

 

 2014年にロシア軍がウクライナのクリミア半島を併合して以後、ロシアに対する国際的な制裁はすでに始まっており、以来8年間、ロシアは経済制裁への備えを強化してきた。とくに米ドル依存からの脱却のための政策を急ピッチで進めており、ドル建てで保有する外貨の比率を減らし、金や中国人民元での保有の比率を増やしてきた。ロシア中央銀行によると、2017年9月末時点では外貨準備の46・5%をドルが占めていたが、昨年6月末時点では16・4%まで減っている。逆に金は22%、人民元が13%にまで増加している【グラフ参照】。

 

 また、ロシアが輸入する半導体の3分の1、コンピューターとスマートフォン輸入ではすでに半分以上を中国製が占めている。アメリカは今回の制裁でコンピューターや半導体の輸出規制によりロシアの「絞め出し」を強化し、iPhoneを手がけるアップルや、マイクロソフトなどのテック大手もロシアでの商品の販売を停止しているが、すでに中国とのパイプが強化されている。

 

 そのなかにあってロシアが技術的に孤立する可能性は極めて低いと見られている。
 また、中国税関総署が7日発表した今年1~2月の貿易統計によると、対ロ貿易総額は前年同期比38・5%も増えており、全世界向けの伸び率15・9%を大きく上回っている。

 

 さらに2月4日、中国はロシアの天然ガスを年間100億立方㍍追加購入すると発表。また病害を理由に制限していたロシア産小麦輸入の全面解禁を決めた。

 

 今後ロシアと中国間では、ロシアの銀行と中国の国際銀行間決済システム(CIPS)を使った人民元決済をさらに広げる可能性もある。CIPSを使えば、ロシアの銀行や企業がCIPS口座を持つ銀行を経由して貿易代金や金融取引を人民元で決済することが可能だ。

 

 ロシアへの金融制裁の下で、ロシア現地の中国国有商業銀行支店ではロシア企業による口座開設申請が殺到しているともいわれている。

 

 ロシアはインドとも関係を強めている。昨年末におこなわれた印ロ首脳会談では、経済や防衛を含む幅広い分野での協力をうたった共同声明「平和・進歩・繁栄に向けたパートナーシップ」を発表した。経済分野では、両国間の貿易額を2025年までに現在の3倍以上となる300億㌦にまで拡大することや、貨物通関の合理化を図るために認定事業者(AEO)制度の相互認証に向けた協議を開始すること、両国の投資家保護を目的とした二国間投資協定の早期合意を目指すことなどを盛り込んだ。ちなみに、インドも国連のロシア非難決議については棄権している。

 

 中東の産油国も今回の対ロ制裁やエネルギー政策をめぐって、米欧とは協調しない姿勢を示している。ロシア産エネルギーからの脱却を掲げ、ロシア産原油輸入禁止や、石油大手のシェル、BPのロシア事業撤退を進めているイギリスのジョンソン首相は16日、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)を訪問し、エネルギー安全保障について協議したが、原油増産の確約はとり付けられなかった。また、米国もこのたびの制裁でロシア産原油と天然ガスの輸入禁止を表明しているが、サウジアラビアやUAEからは増産要請を拒否されている。

 

 エネルギー供給や世界経済からの「ロシア締め出し」を狙う米側制裁の思惑が外れる一方で、EU各国もロシアと関係を断絶するわけにはいかない事情も露呈している。同時に制裁・対抗措置の応酬がくり広げられるなかで、世界的な「ドル依存からの脱却」の動きも進んでいることが浮き彫りとなっている。

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この記事へのコメント

  1. グローガー理恵 says:

    今、第三次大戦が勃発するかもしれない、という差し迫った危機に瀕しているヨーロッパに住む者として、できるだけ、様々なソースから情報を入手して、どの情報・どのソースに信憑性があるのか、考察するように努めていますが、ロシア制裁に関する状況について、これほど正確に全体像をつかんだ情報は、どこにもないと思います。

    長周新聞の優れた報道に感謝申し上げます。

    グローガー理恵

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