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人種差別に全米で抗議 「Black Lives Matter!(黒人の命も大切だ)」

 アメリカのミネソタ州ミネアポリスで5月25日、白人警官が武器を持たない黒人男性を死亡させる事件が起き、これをきっかけに全米各地で黒人差別への抗議行動が起きている。事件から1週間が経過した現在も抗議の世論と行動は拡大している。アメリカで奴隷制度が始まって以来400年以上続く人種差別や、新型コロナによる圧倒的な黒人の死亡率の高さなど社会格差の矛盾が激化していることを背景に、全米で世代をこえた抗議行動が強まっている。

 

首を膝で押さえつけて窒息死させた警官(ミネソタ州ミネアポリス)

 事件は5月25日、偽札を使用したとして黒人男性を拘束した警官が、丸腰の男性をうつぶせにして約9分間にわたって首を膝で押さえつけて殺害したものだ。事件の様子を周囲にいた人が撮影しており、その映像には黒人男性が「お願いだ、息ができない」「殺さないで」と叫ぶ様子が映っている。その後黒人男性が目を閉じて言葉を発せず、微動だにしなくなった。ほどなくして救急隊がかけつけて男性の目を開け瞳孔を確認する最中も警官は首を膝で押さえつけ続け、周囲の人々が口々に抗議したが、この警官は黒人男性がストレッチャーに乗せられる直前まで動かなかった。検視の結果、男性の死因は窒息であり、警官のおこないは殺人と断定された。この白人警官は事件直後に解雇され、同時に逮捕・起訴された。また、現場にいた3人の警官も免職処分となっている。

 

 事件の動画がSNSを通じて発信されると、翌日からミネアポリスを震源に全米各地で「Black Lives Matter」(黒人の命だって大切だ)をスローガンにした大規模な抗議行動がくり広げられるようになった。

 

 抗議デモはまず事件現場になったミネソタ州ミネアポリスで26日に始まった。翌日には西部のカリフォルニア州ロサンゼルスや南部のテネシー州メンフィスにまで広がり、現在までに少なくとも40州、140都市で抗議行動がおこなわれている。

 

テキサス州でのデモ

マサチューセッツ州で抗議する人々

事件が起きたミネアポリスでの抗議デモ

 

 参加者たちは「正義なくして平和なし」「黙っていては承諾と同じだ」「黒人の命も大切だ」などの段ボールプラカードを手に、抗議のデモ行進を連日おこなっている。ワシントンDCでの抗議行動が激化したさいにはトランプ大統領はホワイトハウスの地下シェルターへと避難し、ホワイトハウスのライトアップの灯りが消された。

 

 また、ニュージーランド、アイルランド、カナダ、イギリス、ドイツ、イタリアなど欧州各地をはじめ世界各国に黒人差別抗議への連帯が広がっている。イギリスでは5月31日、ロンドンのトラファルガー広場に数百人が集まって抗議の声を上げ、アメリカ大使館までデモ行進した。こうした抗議活動はマンチェスターやカーディフでもおこなわれた。人々は「人種差別に存在の余地はない」「もうたくさんだ」と訴えた。

 

 あるデモでは中継をおこなっていたCNNの黒人記者と白人記者のうち、社員証を提示しているにもかかわらず黒人記者だけが逮捕される様子の一部始終がリアルタイムで放送されたり、トランプ大統領がツイッターで「略奪が始まれば銃撃する」と発信したことに、歌手のテイラー・スイフトが「大統領就任期間、ずっと人種差別と白人至上主義を焚きつけてきたくせに、切迫した暴力を前に高潔なモラルを持っているふりがよくできますね。『略奪が始まれば、銃撃も始まるだろう』だって? 11月に落選させてやる」と激しく批判するなどしたことから、同時多発的に鬱積した黒人差別への抗議の世論が全米に広がっている。

 

 抗議デモでは一部が暴徒化して略奪や破壊行為などに及ぶケースも増えており、警官や兵士との衝突も起きている。23の州とワシントンDCで州兵が動員され、トランプ大統領は軍の動員も辞さない構えだ。また、40都市以上で夜間外出禁止令が出されているが、これほど大規模な禁止令が出るのはキング牧師が暗殺され抗議が激化した1968年以来だという。

 

 銃規制や黒人差別抗議運動の支持者であり、「Women’s March」の活動家、タミカ・マロリー氏はミネアポリスでおこなわれた集会で「警察を逮捕することだ。警官を告発する。一部の警官だけでなく、ここミネアポリスだけでなく、全ての警官を告発する。アメリカ中の全ての都市で告発しろ。国民が殺されている場所で、全ての街で告発するんだ。それが肝心だ。警官を告発しろ。仕事をしろ。この国は自由の国だというならいっていることをやれ。黒人にとっては自由ではなかった。我々は疲れた。略奪の話はやめろ。お前らこそ略奪者だ。アメリカは黒人を略奪してきた。アメリカはネイティブアメリカンを略奪してきた。だから今略奪が起きるんだ。私たちは暴力を学んだ。私たちはあなたたちから暴力を学んだ。私たちにもっと良いことをして欲しいのなら、もっと良いことをしてくれ」と訴えた。

 

 大手企業なども黒人差別への抗議の声を上げている。ナイキ社は「今だけはやめてくれ」と題した映像を公開。そこでは「アメリカには何の問題もないなんてふりをするな。人種差別から目を背けるな。目の前で無実の命が奪われることを受け入れるな。自分には関係ないなんて思うな。見ているだけで沈黙しているのはやめろ。自分は変化に関われないと思うな。みんなが変化に参加するんだ」とのメッセージが添えられている。この動画は最大の競合会社であるアディダス社がリツイートしている。また、ストリーミングサービス業界大手のネットフリックスやフールー、映画業界からはディズニー、ピクサー、マーベル、ルーカスフィルム、20世紀スタジオ、ユニバーサル・ピクチャーズ、パラマウント・ピクチャーズ、ライオンズゲートなどが黒人差別への抗議行動に対する連帯の声明を公表している。

 

「テロ」のレッテル貼り 真剣な訴え歪曲の手法

 

 トランプ大統領は州知事らとの電話会談で「知事は威圧する必要がある。そうしなければ時間を無駄にするだけだ。抗議者に圧倒され、愚か者と見られるのがオチだ」と語り、国旗を燃やす行為を禁止する条例の制定などを求めた。だが一方で、ツイッターに「メディアが憎しみを扇動している」と投稿したり、野党や民主党を引き合いに出して「政治的な動き」だとアピールするのに躍起になっている。大統領として国民に和解と沈静化を呼びかけることはいっさいしておらず、それどころか「略奪をすれば銃撃する」という威圧的な態度をとり、国民の反感を煽るような言動を続けている。

 

 また6月1日に国民に向けておこなった演説では、デモの一部暴徒化を「テロ行為」だと非難し、各州知事らに直ちに州兵を動員して制圧するよう要求し、これを拒否した場合米軍を投入すると宣言した。また、ワシントンDCには数千人の米軍を投入すると宣言し、火に油を注いでいる。

 

 トランプ大統領が「暴動を扇動した極左勢力」と名指ししてテロ組織指定を呼びかけている「ANTIFA(アンティファ)」について、詳しいことはあまりわかってはいないものの、カリフォルニア州在住のコラムニスト町山智浩氏は以下のように解説している。

 

 ――ANTIFAとは、「アンチファシズム」(Annti―Fascism)運動から派生してでてきた人々で、トランプ大統領を支持する右派や、白人至上主義者に対して対抗して暴力的な行動もとってきた。トランプ大統領はANTIFAを「テロ“組織”と認定する」としているが、ANTIFAにはリーダーもいなければ会員になるということもない。SNSの投稿を見て抗議に集まりはするが、お互いに話もしないことがルールになっており、行動が終わればすぐに解散する。お互いを知れば共謀したとされることから繋がりをもっていないため、「組織」としてテロリストに認定しても無駄だ。――  

 

 今回のトランプ大統領の宣言は、組織のないANTIFAを見せしめ的に名指しすることで、テロ取締の標的を曖昧にし、一般市民に対しても間接的に抗議行動への軍事的圧力を強めるものでもある。「テロリスト」というレッテルを貼ることで、一部の過激な行動をあたかもすべてであるかのように切りとり、圧倒的多数の真剣な訴えを世間の関心から切り離すよう扇動する手法は、フランスの黄色いベスト運動などにおける民衆行動弾圧にも共通する権力側の常套手段でもある。

 

 また、2日には「ANTIFA」組織に属していると主張し、進行中の黒人差別への抗議活動に関連した暴力的で巧みな発言を広めているツイッターアカウントが、白人民族主義者グループ「アイデンティティー・エブロパ」にリンクされていたとの事実がNBCニュースの取材で明らかになった。

 

 ツイッターの広報担当によると、このアカウントは同社のプラットフォーム操作とスパムポリシー違反、具体的には「偽アカウントの作成」に該当しているという。ツイッターの運営側はこのアカウントを一時停止した。

 

 NBCニュースは記事のなかで「トランプ大統領は、いくつかの抗議活動で見られる暴力と財産破壊のいくつかの背後にある力としてANTIFAを標的にしているが、そのような主張を裏付ける証拠はほとんど提供されていない」としている。

 

 高級ブランド店などで略奪を働いたり、車や建物に火をつける行為なども日増しに増えているのは事実だ。だが、デモ隊通行予定の道路にあらかじめ煉瓦を積み上げてデモの暴力化を誘導したり、デモ隊に紛れて周辺の店舗にスプレーで落書きする白人女性をデモ隊の黒人女性が制止する動画などもSNS上にはアップされており、一部の報道でセンセーショナルに報道される暴動については、一連のデモを醜悪に描くプロパガンダの要素が伴っている。デモの一部が暴徒化しているのは事実だが、大多数は暴動とは一線を画した平和的な抗議行動を続けている。

 

コロナも黒人に集中 奴隷制、貧困を背景に

 

 現在くり広げられている「Black Lives Matter」運動は今回の黒人殺害がきっかけだが、運動が始まった契機は2013年、米フロリダ州で黒人の高校生が白人警官に射殺された事件をきっかけにSNSを中心に運動が広がったことだった。この運動はとくに白人警官による無抵抗な黒人への暴力をはじめとする人種差別の撤廃を訴えるものだが、根底には400年以上前から続く奴隷制度やそれにかかわる差別や社会構造の問題が横たわっている。

 

 米疾病対策センター(CDC)によると、黒人男性の死因として一番多いのは心臓病、2位は癌だが、3位はケガ、4位は殺人である。5%の黒人男性は殺害されているということになる。脳卒中、アルツハイマー病、糖尿病などによる死亡よりも殺される人の方が多く、25~29歳の黒人男性に絞ると、死因の7位はなんと「警察による殺害」である。

 

 さらに、コロナ禍において黒人が受けるダメージは白人のそれより大きい。職種や貯金額などの違いから自宅待機ができないなど、さまざまな理由から感染率が高い。そもそも黒人の医療保険の加入率も予防治療を受ける割合も低く、総合的に黒人が受ける医療の質も低い。その結果全国平均で、黒人のコロナによる死亡率は白人の死亡率より2・4倍も高く、2000人に1人が死亡している。

 

 ワシントンDCでは人口の45%に当たる黒人が、死亡者数の約80%を占めている。ミシガン州では人口のわずか14%にすぎない黒人が、死亡者数の40%を占めている。ヴァージニア州リッチモンドでは住民の40%が黒人だが、死亡者は14人中13人が黒人である。

 

 健康格差について研究している科学者は「健康格差は新型コロナウイルスそのものとは関係ない。健康格差を引き起こしてきた人種差別、貧困、制度構造や政治が何十年も続いていることと、おおいに関係がある」と指摘している。黒人の場合、スーパーのレジなど、最前線で働くソーシャルワーカー、高齢者介護施設の看護師、社会生活の維持に必要不可欠な職場の管理人など、テレワークができない職についている割合が白人よりも高く、より感染する確率が高い現場で働いていることも統計にあらわれている。コロナによってアメリカでは10万人もの死者が出ているが、その多くが最下層の人々であり、直接的な人種差別はなくとも社会制度や格差拡大の矛盾に対する人々の問題意識や怒りが現在の抗議デモにも繋がっていると見られている。

 

 人種間の経済格差について研究しているプリンストン大学のキーアンガ=ヤマッタ・テイラー准教授は、報道番組の取材に対し「私たちが目にしているものの一部は何年もの間の衝動的な怒りだ。重要なのは、これらは過去の出来事のくり返しではないということだ。これらは、この国の政府や政治体制、経済体制が危機を解決するために失敗した結果だ。それが現在、沸騰している。想像してほしい。新型コロナウイルスによって2万4000人の黒人が死んだ。もっと端的にいうと、アメリカでは2000人に1人のアフリカ系アメリカ人が死亡している。そのような状況の中で、人々が路上に出てくることがどれほど難しいことかを。警察の残虐行為の継続、警察の虐待や暴力、殺人が、このような状況に人々を駆り立てているのだと思う。運動を再燃させたのは、1週間前にミネアポリスで起きた事件だが、大規模な失業やパンデミックによって引き起こされた死者の状況がより広範囲に及んでいるため、これは単なる警察の残虐行為に対する抗議だけにとどまらないものだと思う」と指摘している。

 

 また、黒人だけでなく多くの若い白人が行動に加わっていることについて「多くの白人の若者がこのような反乱に参加し、多民族の反乱を起こしていることは重要なことだ。白人の参加を外部の扇動者と表現する人もいるし、白人至上主義者がデモに潜入しているという報告もある。そのようなことに注意を払い、追跡し、理解しようとしなければならないが、白人の若者の参加を一概に否定することはできない。過去10年間に起こったことが彼らの生活をも破壊してきたことを見なければならないからだ」と人種をこえた格差の拡大も背景にあるとの見解を示している。

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