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沖縄で3万枚の号外を配布  『語れなかった東京空襲の真実』  第2次大戦の全貌を暴露

 沖縄県那覇市の奥武山陸上競技場で19日に開催された「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」に向け、本紙は前日の18日から当日にかけて、現地の協力者とともに本紙号外「語れなかった東京大空襲の真実――首都圏制圧の為25万人殺傷」を3万枚配布した。
 
 対米従属覆す世論を激励

 号外は、安保法制反対の国民的運動が盛り上がった昨夏、東京都内でおこなった原爆展キャラバンのなかで体験者から語られた内容をもとに、東京大空襲の真実と、戦後首都圏を制圧したアメリカがどのように対日支配を敷いていったのか、天皇制軍国主義の戦犯はじめ為政者たちがいかに国を売り飛ばして軍門に降っていったのかを都民の経験や歴史の事実から浮き彫りにしている。なぜ敗北がわかりきっていた戦争を続けて、広島・長崎への原爆投下や東京大空襲、沖縄戦、全国空襲など320万人もの生命が奪われなければならなかったのか、第2次大戦の全貌を明らかにするとともに、戦後も革新勢力をはじめすべての政党が親米派となり、対日支配を支えてきた構造を明らかにしたものである。今回、沖縄で海兵隊の撤退を求める世論が高揚するなかで、昨年東京都内に配布した号外に改訂を加えて発行した。米軍基地が対日支配の根幹を為しており、この植民地支配をうち破るためには全国と連帯した斗争こそ展望があることを訴えている。
 県民大会前日の18日には、沖縄市、那覇市、浦添市、宜野湾市の四市で住宅地に入り、約1万3000枚を配布した。十数年来の「原爆と戦争展」を知る県民もおり、「いつも原爆展をしている人たちではないか?」と声をかける人や、「山口県から来てくれてありがたい」「暑いなかご苦労さん」と、どの市でも温かく歓迎された。内容に目を通した人が号外を預かる姿が特徴的だった。
 那覇市で号外を受けとった商店の女性はスタッフを呼び止め、「ときどき長周新聞を配ってくれる人がいて読んでいた。長周新聞には今まで知らなかったことや真実が書いてある。なぜこれだけのことが書けるのか。どこかの政党に頼んで情報をもらっているのか、一度聞いてみたかった」と話しかけてきた。「この号外を知り合いに配りたい」といい、「手に持っているだけほしい」と50枚ほど号外を預かった。また買い物客や観光客で賑わう公設市場でも、商店主たちや通行する買い物客などが号外を次次に受けとった。そのなかで、「殺されたのが娘の友だちだ。読ませたいからもう一部ほしい」と呼び止めた女性商店主もいた。
 ある商店に集まっていた3人の婦人たちは、「明日は孫を連れて県民大会に参加したいと思っている」「私たちも沖縄県民だから、絶対に参加しないといけない」と口口に語っていた。本紙号外を受けとり、「暑いなか、山口県からわざわざ来たのか。頑張ってほしい」と期待を寄せた。
 年配の女性商店主は見出しを目にして、「日本全国が同じようにひどい目にあったのだから沖縄県民だけが騒ぐなと、県民大会の前日にいいに来たのか」と、厳しい口調で問いかけた。話をするなかで、2面に掲載した沖縄戦の写真などに目を通しながら、「あの戦争を体験していない人たちには、あのむごさは話すだけではわからないと思うが、私たち体験した者は忘れていない。見出しだけ見ていろいろいってはいけなかった。しっかり内容を読ませてもらう」といい、号外を受けとった。
 酷暑の号外配布を気にかけて、ゴーヤの煮物やお茶を出してねぎらう住民もいた。
 19日の県民大会当日は、会場周辺3カ所で号外を配布した。

 県民大会でも反響 全国と共に基地撤去を

 開会時間が近づくと、直近の駅である壺川駅(モノレール)周辺には大型バスが横付けし、市や町、村ごとの幟を立てて会場に向かう人たちが押し寄せ、次次に手を伸ばして号外を受けとっていった。近くの木陰や会場で新聞を広げてじっくり読む姿が各所で見られ、「山口県から来たのか。山口県にも岩国基地があるから頑張ってほしい」「首相のお膝元で頑張っている新聞があったのか」「昨日家に入っていた。頑張ってほしい」などと声をかけていく人や、内容を読み「これだけ骨のあることを書く新聞があったのか」と強い共感が寄せられた。「友人にも渡したい」「家族にも読ませたい」「本土の人に送りたい」といって10枚、20枚と預かっていく人もいた。同時に「沖縄だけが反対してもダメだ。全国の人たちと一緒に基地撤去でやらないといけない」という思いが口口に語られていた。
 50代の娘とともに大会に参加した年配の婦人は「私は沖縄戦体験者だ。沖縄は今も戦場だ。号外を読んだが、東京は慰霊碑が建てられないんですね。それもアメリカが建てさせないようにしていることを初めて知った。沖縄も東京も全国も同じだ」と話した。娘は、「沖縄のことを本土の人が知らないように、本土のことを沖縄の人は知らない。号外はすごく勉強になった。やはりアメリカが問題だ」と話し、友人に渡そうと40枚の号外を預かった。
 60代の女性は、「山口県から来たのか。安倍総理のお膝元だから頑張ってほしい。安倍総理や政治家が机の上で考えたことばかりいっているが、沖縄の現実や沖縄の人たちの思いをまったくわかっていない。米兵の犯罪も安保条約から考えなければ解決しない」と話し、会場へと向かった。
 また県民大会には、名古屋や大阪など全国から駆けつけた人人もいた。名古屋から数人の仲間と一緒に来たという婦人は、号外を受けとり、木陰に座って時間をかけてじっくりと読んでいた。「名古屋でも長周新聞を知っていたが、こんなところで会うと思わなかった。号外を読ませてもらったが、すごく貴重な資料だった。今まで東京大空襲が悲惨だったことや、皇居が焼かれなかったことなどは断片的に知っていたが、軍事施設やアメリカが支配のために使えそうなところを残していたことなど、初めて知ることが多かった。ぜひたくさんの人に読んでほしい」と強い共感を寄せた。
 県民大会を終えて会場から出てきた84歳の男性は、13歳のときに終戦を迎えたことを語り、「東京大空襲も語れなかったと書いてあるが、沖縄戦も語れないほどの経験をみんなしてきた。今回の事件でも女性が犠牲になったが、沖縄戦のなかでも、戦後も、女性が一番大変な思いをしながら、子どもや家族を守って生きてきた。戦争の惨さは経験した者が一番知っている。海軍の役付きで当時は軍国主義だった人たちも、戦地から帰ってきて“二度と戦争だけはしてはいけない”といっている。安倍総理や今国会にいる政治家たちは戦争を知らない者ばかりだ」と話した。そして、「日本の平和を守るためとか、尖閣諸島の問題が騒がれているが、琉球人は中国を恐れてはいない。琉球人は長い歴史のなかで話しあいで隣国とつきあってきた民族だ。一時は譲ることになっても平和を守ること、ともに生きることを大切にするのが沖縄人の考え方だ。尖閣諸島周辺も昔から共存共栄でやってきた地域だ。米軍が日本を守るというが、アメリカが中国と戦争を始めれば、中国は必ず米軍基地に向かってミサイルを撃ち込む。一度戦争を始めたら、沖縄の人はもちろん日本人の半分くらいが死ぬようなことになる。それで戦争に勝ったところで何の意味があるのか。だから絶対に戦争を始めさせない、話しあって平和を守ることが必要だ。むしろ米軍がいることの方が沖縄の平和を脅かしている。このことをしっかり本土の人たちに伝えてほしい」と思いを語った。
 屈辱的な対米従属の鎖につながれて71年が経過したが、軍事支配のもっとも強烈だった沖縄から独立と平和を求める斗争の狼煙が上がり、それは全国を激励してきた。このなかで沖縄と本土の分断が意図的に煽られ、「日本人同士を争わせる」構図に乗って「第二の加害者」「被害者」等等といって切り離れていたのでは、アメリカによる軍事支配を覆す力にはならないが、県民の底流に流れる世論は「基地全面撤去」「アメリカは出て行け!」であり、安保法制をめぐって全国的に高まった運動・世論と呼応し、全国団結を求める力が脈脈と流れていることを感じさせる行動となった。

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