いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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記者座談会 参院選の展望


 参院選が22日に公示を迎え、18日間の選挙戦に突入した。昨年の今頃、安保法制を巡って安倍政府が武力参戦の道に踏み込もうとするのに対して、国会前をはじめ全国津々浦々で戦争阻止の課題を掲げた抗議行動は空前の盛り上がりを見せた。あれから1年が経過したこの夏の参院選は、まさに戦後70年の歩みを覆して「戦争できる国」へと段階を画して突き進むのに対して、人民の側はどのようにこれを迎え撃ち、日本社会の進路をどうするのかが問われている。参院選の真の争点は何か、記者座談会を持って論議した。
 
 低投票率で勝ち抜き願望の自民

  公示を迎えたが、巷では選挙の雰囲気がまるでない。候補者や陣営、各種政党が有権者から浮き上がっていることをあらわしているが、目の前に提示されている選挙構図に対して冷め切っているのが特徴だ。自民・公明野党共闘などといってきたが、しらけてしまっている。
  安倍晋三のお膝元である山口県では、長年下関市長として安倍代理市政をやってきた江島潔が自民党に担ぎ上げられ、2期目を目指している。とくに下関では「江島だけは当選させてたまるか!」と各所で語られ、県内の知り合いに「絶対に入れるな!」と念を押しているとかの話が絶えない。市長時代からの女狂い、カネ狂いは舛添要一など足下にも及ばないほど話の種が尽きないが、これが市民に蛇蝎の如く嫌われて市長を退いたと思ったら、「君は市長ではなく参議院に回りなさい」と安倍晋三が指示したという噂通りに、数年後の参院選に出てきて国会議員にとり立てられた。国会議員とか知事は有権者が決めるものではなく、安倍晋三が決めるものになっている。その取引で自民党林派が市長ポストを分け与えられたり、県議会副議長ポストをもらったり、あるいは国会議員でも高村正彦が自民党副総裁になり、河村建夫が自民党本部の要職をもらったりして棲み分けしている。
 C どれだけ嫌われているのかと思うほど、企業関係や団体の集まりでも江島についてはこき下ろす人が多い。それを本人も自覚しているのか、下関にはなかなか姿をあらわさない。県東部では江島の顔写真入りのポスターが街中に貼り出されているのに、下関ではまったく見かけない。顔を見ただけで市民が腹を立てるのをわかっているから、あえて刺激せず、寝た子を起こさない選挙に徹している。その代わり企業関係には「この道を。力強く、前へ」の安倍晋三ポスターが貼り出されている。票田であるはずの下関では上積みの得票が見込めないから、自民・公明、そして首相の出身企業である神戸製鋼や三菱などの労働組合も含めた組織票で乗り切ろうという算段のようだ。
 D 江島が国会議員に出世した前回の参院補選は投票率が30%台に落ち込んだ。自民党県連の得票目標だった45万票に対して、江島が獲得したのは28万票だった。そのうち下関では安倍事務所が引き締め、公明党や労働組合の連合が必死にかけずりまわってかつがつ4万9000票だった。これは市長選の当選ラインよりも低い。選挙構図をしらけさせたものにして、6割以上の有権者を排除した選挙によって組織票で勝ち抜けていった。投票率が低ければ低いほど自民党県連は大喜びで、知事選など選挙の度に「投票率が上がったら負ける!」などといって怯えている。オマエたちは本当に政治家か?と思うものだ。しかし、近頃の選挙は有権者排除の法則で自民党がポストを抑えていくのが常套手段になっている。6割の寝た子が起きたら全有権者からの支持率が二十数%しかない自民・公明など吹き飛んでしまうからだ。
  山口県の場合、自民党に公明党がくっつくだけでなく、諸諸の新興宗教も含めた宗教団体、さらに労働組合も連合は表向き民進党を支持しながら、神鋼や三菱、日立、中電などのように裏では自民党支持で走り回るのがいる。宇部興産の労働組合は今回から正式に連合を脱退して、名実ともに自民党で動くのだといっている。さらに「野党共闘」といっても、日頃はオール翼賛体制で県政も市政も運営しているのが実態だ。「日共」集団まで含めて飼い慣らされて対立などない。それで選挙になると日頃の運動など何もないまま、直前になって野党がアリバイ的に当て馬を担いで、どうしようもない選挙にしてしまう。自民党が強い訳でも何でもないが、有権者からすると選択肢の乏しい選挙構図が押しつけられ、嫌気がさして投票すら行かないというのがパターンになっている。このなかで、有権者としてはどう意志表示するのかが迫られている。

 参議院選の争点は何か

  選挙の争点は何かだ。メディアの報道は全般的に「憲法改正か」「アベノミクスか」「いや、子育てだ」「税金の使い方だ」といった調子で、個別バラバラの経済要求みたいな次元に終始していて、日本社会の進路をどうするのかがぼけている。それぞれの個別問題を切り離して、何のことだかわからない印象にしてしまっている。
 安倍政府は「憲法改正は次の国会から」などといって、選挙前には消費税増税を延期したり、年寄りに3万円配ることを決めたり、経済問題に視線をそらしている。だが、前回選挙でも「アベノミクス」を前面に掲げて選挙を勝ち抜き、その後実行していったのは安保法制をはじめとした戦争国家づくりだった。今回の選挙も、直接には憲法改定の発議に必要な3分の2の議席を獲得することを狙っている。維新やその他の第2、第3自民党を含めると改選議席のなかから十数議席を上積みすれば手が届く状況だ。
  ただ、いわゆる憲法を守るか守らないかに矮小化していては争点を切り縮めてしまう。憲法も含めて安倍政府が何をしようとしているのか、どこに向かっているのかを捉えないといけない。安倍政府は再登板以後、特定秘密保護法の制定や日本版NSCの設置、武器輸出三原則の改訂、マイナンバー法の整備などを次次と実施し、防衛省の「文民統制」規定廃止やODAの軍事転用に舵を切るなど、戦争のできる国づくりを一気に進めた。それは戦後70年の歩みから段階を画したものだった。戦争体制とセットで国民統制、言論統制も強まり、メディアでもものがいいにくい状況がつくられた。憲法を変えて戦争放棄の国是を覆したり、基本的人権の尊重や国民主権を否定するのは、戦争を実行する支障になるからにほかならない。「立憲主義か」「非立憲主義か」という定義や形式の問題を細細突つく以上に、戦争体制に投げ込んでいくのに対して、国民の側はどう立ち向かっていくのかを鮮明なものにしないといけない。世界的に資本主義が行き詰まりを見せるなかで、戦争を欲している勢力がいる。破壊によってしか打開できない矛盾を抱えている。武器輸出で三菱などが浮き足立っているが、アメリカに従属しつつ戦争経済によって寄生して生き残ろうというのが独占大企業だ。
  この間、百田尚樹とか幕僚長の田母神俊雄とか、極端に脳味噌が右に偏っている友だちをとり立てたり、NHK会長に籾井を登用したりさまざまあった。総選挙で各社に「公正公平に報道するように」と文書を送りつけたり、テレビ朝日や朝日新聞がやり玉にあげられて叩かれたり安倍政府になってから熱心に言論統制をやってきた。右傾化勢力はその後、田母神のようにカネに汚いことが暴露されたり、一人一人世論から袋叩きにあって自滅していったが、あそこでやろうとしたのは恐怖で脅しつけて「ものがいいにくい空気」で支配してしまい、戦争に持っていくというものだ。国民弾圧ともつながっている。マイナンバー制度などが連動している。それで恐れおののいてみずから引き下がっている言論人というのもジャーナリストとして失格だが、結果として今日のメディアの萎縮ぶりは大手紙を見てもテレビを見ても歴然としている。以前が素晴らしかった訳ではないが、自主規制がより露骨になった。それで収録時間が一分過ぎたくらいで安倍晋三から激高されている。キャスターたちの降板もそうだ。
  戦後70年にわたって非戦を貫いてきたのは、憲法があったからというだけではない。320万人もの生命を失った第2次大戦を経て国民世論との力関係でできなかったのが現実だ。さらにアジアで日本が再び侵略をやるとなったら、恨みを買っているから少少ではない。そうした国民との矛盾、アジア近隣諸国を含めた国際的な力関係のなかで70年やってきたが、いまやアメリカに余裕がなくなって、日本を盾にしなければ保たない。それで前面に立てて中国を含めたアジア近隣諸国と衝突させている。尖閣問題にしても火を付けたのは石原慎太郎の背後にいたアメリカのネオコン勢力だった。
  多くの国民が「戦争まではしないだろう」と思っていた。ところが本気で戦争をしかねないから世論が変化している。議会や政党があてにならないとして直接行動が始まっているのも特徴だ。安保法制は戦争ができる国の一つの通過点だったが、日米関係ではガイドライン改定で早くから突っ込んだ約束を交わしている。新ガイドラインは米軍の指揮下で自衛隊を戦地に駆り出すことを最大の眼目にしていた。「周辺事態」などの文言をとり除き、日本が直接攻撃を受けていなくても集団的自衛権を行使して米軍と共同作戦に乗り出すこと、その活動範囲は極東地域に限らず地球的規模に広げるとした。これまでは日本が攻撃された場合や朝鮮半島有事を対象として防衛協力を定めてきたが、「存立危機事態」すなわち時の政府が「日本国民の生命・権利を根底から覆す明白な危険がある」と思ったなら武力行使が可能というものだ。中東海域における機雷掃海や米軍を狙った弾道ミサイルの迎撃、米艦の保護、不審船の臨検、弾薬の提供、戦闘機への給油などが具体的に想定されている。民主党時代からそのようなガイドライン改定を日米間で準備してきて、安倍晋三にバトンタッチした。そして憲法改定でも「緊急事態条項」を重視し、時の政府がどうにでもできる仕組みに変えようとしている。
  70年代半ばのベトナム戦争に敗北する過程で、アメリカはアジア人同士を戦わせる戦略に転換していった。ガイドラインはその産物だ。九七年に有事法制など朝鮮の緊張を通じて、アメリカはより日本を動員するグローバル戦略を望んだが、当時は日本国内の抵抗も強くそれほど動員できなかった。しかし近年の新ガイドライン改定や昨年の安保法制ではいっきに日本を動員する方向に舵を切った。アメリカ自身が財政的にも内政的にも保たないことが背景にある。それで安倍晋三の尻を叩いてごり押しさせ、反知性にしかできない大暴走をやらせた。
  それで守ろうとしているのは何か。自衛隊が地球の裏側まで行って守るのは何か。まず第1に米軍だ。さらに後進国に進出している多国籍化した独占大企業の権益だ。「日本(国民)を守る」の大義名分は吹っ飛んで、「アメリカを守る」「大企業の権益を守る」ために自衛隊員や日本の若者が鉄砲玉としてかり出され、死ななければならない。アメリカは自衛隊に戦地任務を肩代わりさせようとしている。そのための改憲なり安保法制だから、アメリカ議会にまで行って「夏までにやります」と約束するわけだ。自衛隊と米軍の一体化も早くから先行して進めてきたし、横田基地を司令部にして連動して動く体制ができあがっている。安保法制や改憲は後付けのようになっている。
 この戦争体制と真っ向からたたかっていくことが、日本人民の生命や安全にとって最も抜き差しならない課題になっている。目先の経済的利害など戦争になればたちまち規制され、奪われていく関係だ。

 対米従属の打破が課題

  政治や国家機構が万事アメリカのために機能する。この植民地支配、対米従属構造を打破しなければ問題は何も解決しない。TPPにしても譲歩に次ぐ譲歩を重ねて丸腰でみな国益を差し出してきた。50万円の賄賂に目がくらむ甘利明みたいな男が交渉役になって、いったい何を守れるのかと思わせたが、案の定、みな譲歩していた。アベノミクスにしても、国際金融資本に踊り場を提供しただけで、GPIF(年金基金)など国民の金融資産を吸い上げられただけだった。原発再稼働にしても日米原子力協定の鎖につながれ、アメリカの要求に沿って再稼働している関係だ。「北朝鮮がミサイルを撃ってくる」といいながら、国土に54基も原発を抱えているのだから、存立危機事態をみずからつくり出しているような愚かな行為だが、統治の側、アメリカの側にとってそんなことはどうでもいいわけだ。
 C 国民の生命や安全を守る政治ではない。東北や熊本の被災地を見てもずっと放置されている。全般的に政治を見ていて、国民を守る意志も能力もないことをみなが痛感している。食料自給すらままならないような政策もそうだ。一握りの大企業がもうけるに任せ、国民の金融資産にしてもアメリカがみなかっさらっていく。誰のために政治が機能しているのかだ。
 D そして政治は腐敗堕落している。舛添とか甘利明などはなれの果てで、小汚い銭稼ぎがはびこっている。統治の側に緊張感がなくなっていることを象徴的にあらわしている。ポストをとったら私物化してしまい、みな「僕のもの」にしてしまう。政治家の社会的使命みたいなものが否定され、建前としても吹っ飛んでいる。党首討論を見ていても、まさに政治の貧困を感じさせるものだ。安倍晋三がベラベラと中身のない話を大演説したり、他人を小馬鹿にして得意になっていたり、思い上がっているだけで格調みたいなものがまるでない。これら含めて植民地的退廃だ。官僚機構はホワイトハウス直結で、政治家も年次改革要望書とかアーミテージ・レポート丸写しの政策を実行してさえいれば地位が安泰という環境で質的劣化がすさまじい。しかしバカみたいな反知性でもコソ泥でも権力を与えられて、検察も甘利明のような男の犯罪には目をつむってやるわけだ。それで「守られている」と思って調子づく。
  安倍晋三が独裁者というが、アメリカと独占資本の代理人であり、ただの使用人だ。背後勢力のバックアップがあれば何でもできると思って勘違いしているだけで、本質は「収録時間が一分過ぎた!」といって激高しているような程度だ。再登板後にアメリカに飛んでいって「アーミテージさん、ジョセフ・ナイさんありがとう。わたしは戻ってきた」と大喜びで挨拶したが、飼い主が誰かを本人が一番自覚している。背後勢力は安倍がつぶれても次なる人間にとって替えて操縦していく。安倍を使っている本丸、背後勢力の米日独占資本、とりわけアメリカの存在を鮮明にしないと、いわゆる「安倍政治」を目の敵にしているだけでは終わりにならない。自民党であれ、民主党であれ、どの政党が与党になっても同じことをする。その根拠となっている植民地支配の構造を根本からひっくり返さなければ、日本社会の展望は開けない関係だ。
 D 参院選に際して、経済か安保かと混在させているがすべて同一の問題だ。アベノミクスも正体は暴露されて、国際金融資本からは既に用済み扱いだ。この間、非正規雇用は四割を超え、実質賃金も低下してきたのが実際だ。3本の矢とか新3本の矢はみな的を外れて、国民生活の窮乏化が進んだ。アベノミクスのエンジンを吹かし上げるというが、エンジンを吹かせば吹かすほど国民は貧乏になる。というより、「オマエが吹かしているのはホラだけだろうが…」とみなが話題にしている。
  経済的にも破綻している。リフレ派は「トリクルダウン理論」を披露して、大企業が潤えば下下までおこぼれが滴り落ちるといっていたが、まったく落ちてこなかった。むしろ実質賃金は低下した。労使協調の時代には欺くことができただろうが、労働と資本の相反する関係においてあり得ないわけだ。資本は労働者を搾取するから利潤を獲得できるのであって、労働者を養うために経営しようなどとはこれっぽっちも思っていない。外国人労働者を次から次へと国内に呼び寄せて低賃金のアンカーにして、日本人労働者全体を貧困にいざなっている。それで人口減少に一層拍車がかかって市場が狭隘化し、ならばと海外市場を求めて世界に権益を求め、帝国主義各国と矛盾を深めている。その際、海外で権益を守るために必要なのが軍事力だ。国内を窮乏化させて最後は戦争に訴える。これは明治維新を経て新興の資本主義国家として急激に台頭し、最後はアジア侵略にたどりついた天皇制軍国主義の経験も同じだ。

 限界にきた現政治体制

  重要なのはこれからの運動方向だ。頼るべき政党はないなかで、昨年来から下からみんなが自主的に動き始めた。目の前の選挙への対応ももちろんだが、人民はどう進むべきかだ。選挙構図からすると限界性がある。しかし、各政党も含めて世論で包囲し揺さぶり上げることが重要だ。その上で、どの政党や候補者に投票するかは各各で判断してやることだ。
  低投票率で勝ち抜ける。これが自民党の常套手段で全国的にも流行っている。選挙が選挙でない。有権者に選ばれるというものではなくなっている。参院選についても露骨だ。自民党の国政選挙における絶対得票率は、前回衆院選でも17%程度だった。公明も合わせてせいぜい24~25%。ところが小選挙区制度のテクニックで国会の3分の2の議席を獲得した。野党がつぶしあいをしたり、それを上回らなければ当選できるわけだ。しかしきわめて脆弱な権力基盤でもある。大衆を動員できないが、大衆を幻滅させて政治参加から追いやることによって地位を守っている。メディアが発表する内閣支持率などはゲタを履かせた数字で、実際の支持率は選挙であらわれる。
  今回の選挙では「野党共闘」という動きが出ている。昨年の安保法制に反対した知識人らが主導する形でできた流れだが、有権者がドッとわき上がるような雰囲気は乏しい。既存の野党の寄せ集めというか、自民党以上に支持基盤が乏しい勢力、つまり大衆的に信頼が乏しいから勝てない連中が烏合の衆になって、50%程度の日頃から選挙に足を運ぶ有権者の枠内だけで数字合わせを考えている。安倍政治に対抗するという思いを否定するものではないが残りの50%の有権者を引きつけて揺り動かすような事態をつくり出さなければ、本当の意味での勝負にはならない。大衆主導の世論と運動をいかにつくっていくかが課題だ。
  議会主義に傾斜しても魅力はない。野党も目先の経済要求だけに汲汲としている。民進党といっても消費税増税や原発再稼働など自民党に道筋をつけてバトンタッチしたわけで、説得力がない。しかも消費税は増税を叫んでいる始末だ。そもそも安倍の暴走体制は、2013年の年末に野田が自爆解散したところからはじまった。自民党野田派による大政奉還だった。それで今なお自民党と変わらない連中をたくさん抱えている。「野党」なり安倍政治の対抗勢力とは見なされていないのが現実だ。
 E 各政党が嫌われている原因はすべて自分たちの利害、損得のためにやっているからだ。その個人主義を基調にしたアメリカ民主主義万歳だ。革新系についても、かなり暴露されている。最近はメディアが「日共」修正主義集団を持ち上げているが、野党共闘も「我が党」の議席増が最大の関心事で見透かされている。屁理屈だけはよくこねるが、この性根はアメリカを正面から暴露して斗争するという構えがまるでないことだ。戦後出発からしてアメリカ解放軍規定で、懐に核を忍ばせて叫んでいる「廃絶」なのに、オバマが「核廃絶」と叫んだら大喜びしているような有様だ。原爆投下の犯罪を暴露した1950年8・6斗争では東京の共産党本部が中国地方委員会を弾圧したが、その性根は今につながっている。支配の枠内で棲息し、大衆運動が盛り上がったら破壊や分断をいつも仕掛けて敵に恩を売る光景は、地方政治の現場でも飽きるほど見てきた。首相お膝元の下関でも口先で批判するだけで、実態は完璧な与党だ。市民運動の破壊ばかりにこの連中が役割を負っている。
  現状では自民党離れもすさまじいが、だからといって野党に得票が集中するような雰囲気にはない。戦争政治、安倍政治に対する有権者の思いは鬱積したものがあるが、選挙の枠内だけで見たら受け皿が見込めないからだ。そのなかで、批判票をどう形にしてあらわすかをみなが考えている。あてにならない政党に半数の有権者が幻滅している。その次の勢力が登場しないことには、この状況は打開できない。裏返すと、政治体制としては限界まで来ているということだ。低投票率に支えられた自民党の好き放題などいつまでも続くわけがない。
 B アメリカ大統領選がまさにそうだが、共和党も民主党も主流派が総瓦解し、サンダースやトランプの躍進に手が付けられない。大衆あっての政治であり、為政者どもも勘違いしてはならないということだ。世界的に体制が崩壊し、スペインでも30~40代の知識人などが立ち上げた新政党・ポデモスが社会的要求を掲げて大躍進している。新自由主義によって社会が崩壊させられ、これに対して大衆的な世論と行動が噴き上がっている。世界的に人民世論が呼応しながら行動が始まっている。民主主義を圧殺する独裁政治の真似事みたいなことがくり広げられているが、大衆を動員できない統治など長続きしないということだ。
  その点で沖縄は先陣を切っている。政治を大衆の世論と運動によって揺り動かしてきた。自民党なりアメリカの手先のような政治家はたたきつぶして、大衆世論が為政者を引きずり回す。候補者どうのこうのではない。基地撤去世論を突きつけている。それで手がつけられない状況になっている。辺野古に基地を建設するつもりが「海兵隊の撤退」「基地全面撤去」まで運動は広がり、日米政府を麻痺させている。暴走する者は何度でもたたきつぶす。それで大衆の要求を貫いている。
  このままアメリカについていったら戦争に巻き込まれるという意識は強い。独立の課題が沖縄でも鮮明だ。提示される選択肢のなかでどうこうというよりも、もっと日本社会の進路を巡って深いところをみんなが見ている。戦争を阻止するために全国的な統一戦線の力を強めることが待ったなしだ。対米従属からの脱却、独立の課題を鮮明にして、戦争に立ち向かっていく力を強めることが第一義だ。目先の議席数以上に重要なのは、選挙を通じてそのような政治意識をいかに高めていくかだ。
 参院選は、目先だけでなく日本社会の展望を見据えながら、まず大暴走をくり広げている自民党に鉄槌を下すこと、安倍晋三含めて思い上がってきた為政者を震撼させることが重要だ。いずれにしても大衆運動で締め上げなければ政治は動かない。それは世界各国の様相もだが日本社会の歴史においても証明されている。

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