(2025年11月24日付掲載)

停戦合意後もイスラエル軍の攻撃は続き、ガザ地区の死者は7万人をこえた(11月24日)
「全世界の衆人環視のなかで、イスラエルのパレスチナ人に対するジェノサイドが続いている。イスラエルの戦争犯罪、国際法違反が処罰されないのは何故か」――この問題意識から11月15日、東京大学本郷キャンパスで、公開講演会『イスラエルの不処罰が世界について物語ること』がおこなわれた。講師はカナダ・モントリオール大学名誉教授のヤコブ・ラブキン氏。ラブキン氏はユダヤ史や国際政治、科学と政治の関係を研究してきた研究者で、とくにユダヤ教研究者の立場からシオニズムとイスラエル国家のあり方に対して鋭い批判をおこなってきたことで知られる。講演会は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門の3者が共催した。
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はじめに司会者の黒木英充氏(東京外国語大学教授)が挨拶に立ち、「2023年10月7日以来、2年以上にわたってイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区での民間人の大虐殺が続けられている。われわれはこのジェノサイドをなぜ止めることができないのか。この問いを世界の何十億人もの人たちが抱えてきたと思う。今日はこの問題をともに考えたい」とのべた。
そして、日本で刊行されているラブキン氏の著作として、『トーラーの名において シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(菅野賢治訳、平凡社)、『イスラエルとは何か』(菅野賢治訳、平凡社)、『イスラエルとパレスチナ ユダヤ教は植民地支配を拒絶する』(鵜飼哲訳、岩波書店)を紹介した。
本質はシオニズム国家 イスラエルの成立ち

ヤコヴ・ラブキン氏
ラブキン氏は、イスラエルが戦争犯罪や国際法違反を続けながら処罰されない理由を考えるうえで、ユダヤ人(ユダヤ教)とシオニズムの違いを明確にする必要があるとのべた。
「(ユダヤ人、ユダヤ教と違って)シオニズムは政治運動だ。どの政治運動もそうであるように、それを支持する人と反対する人がいる。ニューヨーク市長選で、イスラエルのジェノサイドを批判するゾーラン・マムダニをユダヤ人が支持したように、反シオニズムとユダヤ人であることは両立する」。
「アメリカには約5000万人のクリスチャン・シオニストがいる。それに対して世界各地にいるユダヤ人の総人口は約1500万人だ」
では、なぜ両者が混同されるのか。「そこにはイスラエルによるプロパガンダがある」。イスラエルはユダヤ人とイスラエル、ユダヤ教とシオニズムを意図的に混同させ、イスラエルに反対することは「反ユダヤ主義」だといって攻撃している。かつて、「イスラエル外交の主な目的は、シオニズム批判と反ユダヤ主義を混同させることにある」といったイスラエルの外務大臣がいた。
ラブキン氏によれば、イスラエルは「ユダヤ人国家」ではなくシオニストの国家であり、これに対して大勢のユダヤ人はシオニズムを拒絶し、イスラエルのジェノサイドを非難している。
この問題の歴史的経緯をめぐってラブキン氏が講演で語ったことを、著書『イスラエルとパレスチナ』を参考にして概括すると次のようになる。
19世紀半ばのオスマン・トルコ領パレスチナは、どちらかといえば平和な辺境の属州で、宗教、種族、言語の異なるさまざまな集団のモザイクだった。この時期、パレスチナに住んでいたユダヤ教徒にとって、またイスラム教徒とキリスト教徒にとっても、ナショナリズムは馴染みのない外国思想だった。
ユダヤ教の原典は、ユダヤ人の起源を、出エジプトとシナイ山におけるトーラー(神の教え)の授受のさいに体験した共通の経験に帰している。ユダヤ人は「自分たち」の土地の民として生まれたのではない。ユダヤ人を伝統的に結びつけてきたものは、地理的同一性以上に、トーラーが規定する戒律を遵守する義務である。
パレスチナの地はユダヤ的アイデンティティにおいて重要な位置を占めてはいるけれども、シオニズム以前のユダヤ人は、そこに大挙して定住しようとするいかなる努力もしなかった。
一方、シオニズムは政治運動である。17世紀から「聖地」にユダヤ人を集めようとしたのは、おもにキリスト教徒であり、プロテスタントの福音主義派だった。その目的は、キリストの「再臨」を早めることであり、ユダヤ人をキリスト教徒に改宗させることだった。今日、プロテスタントの福音主義派が何千万人もいるアメリカやその他の国からイスラエルが強い支持を得ているのは、そうした歴史があるからだ。
ユダヤ人のシオニズムはずっと後になってからのもので、19世紀の終わり頃にあらわれた。シオニズム運動の主な目的は4つある。
1つは、ユダヤ教の信仰に従っているというだけの、世界中に四散したばらばらな集団から、他のヨーロッパ諸国民と同様の、一つの新しい国民をつくり出すこと。
2つは、新しい自国の言語、つまり聖書とラビのヘブライ語にもとづく新しい国語を発展させること。
3つは、ユダヤ人をそれまで住んでいた国からパレスチナに移住させること。
4つは、パレスチナに政治的、経済的支配を確立すること。
当時、ヨーロッパの他のナショナリズムが自国の政治的、経済的支配のためのたたかいに集中するだけでよかったのに対し、シオニズムがとりくもうとしたのははるかに大きな挑戦だった。この思想があまりに革新的で、無謀に思われたため、当時大多数のユダヤ人は反対した。
ユダヤ人にとっては、「聖地」への帰還は日々の儀礼の一部をなしていたとはいえ、この帰還は政治的な、ましてや軍事的な目標などではなかった。ユダヤ教のラビ(宗教指導者)たちや知識人たちは、シオニズムがこの世に誕生した19世紀末から、「ユダヤ人国家」という思想そのものを、ユダヤ人にとってもアラブ人にとっても命取りになりかねないものとして批判してきた。
ところが第一次大戦後、イギリスが領土を中東に拡大する意図から、「パレスチナにおけるユダヤ人の民族的郷土」への支持を表明した。それがシオニストたちを激励した。
この意味でシオニズムは、ヨーロッパの植民地主義的冒険の一部をなしていた。シオニズムはヨーロッパ的なくわだてであり、その根は東欧・中欧の種族的ナショナリズムにある。ユダヤ人のシオニストたちは、ポーランドやウクライナのナショナリズムの排他的側面の影響を受けていた。そしてアメリカ大陸に渡った清教徒と同じように、「約束の地」にたどりついたシオニストは、原住民は始末しなければならない部外者とみなした。
20世紀初頭のヨーロッパでは、こうした入植者植民地主義は正当なものとみなされていた。しかし今日、イスラエルのこうした時代錯誤的な特徴こそ、この地域における絶え間ない紛争の原因になっている。
国際法弱体化の最前線 イスラエルの役割
続いてラブキン氏は、世界の広範な世論がイスラエルを非難しているにもかかわらず、イスラエルは国際法や国連を無視し、蹂躙(じゅうりん)し続けていることについてのべた。
「イスラエルの不処罰は今に始まったことではない」
シオニストたちは1948年に一方的にイスラエル国家の建国を宣言し、何十万人ものパレスチナ人の土地を強奪し、強制移住を強い、民族浄化をおこなった。同年、国連総会は決議194号を可決し、パレスチナ難民の帰還する権利を認めた。しかしイスラエルはそれを無視した。それ以降、イスラエルは何十もの国連決議を無視してきた。
イスラエルは1967年の第3次中東戦争で、2回目の大規模な民族浄化をおこなった。多くの国々がこれを非難し、ソ連はイスラエルとの国交を断絶して、エジプトのナセル政権をはじめとするアラブ諸国を支援した。しかし、ソ連崩壊でアメリカ一極支配の時代が訪れ、イスラエルの立場も強化された。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻(2022年)に対して、欧米をはじめとする世界各国はロシアに大規模な経済制裁を課した。しかし、イスラエルはそれと比較できないほど民間人の犠牲を増やしているにもかかわらず、経済制裁の対象になっていない。
それどころか、国際刑事裁判所(ICC)がガザでの戦争犯罪などの容疑でイスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を発付したことに対して、アメリカのトランプ大統領はICCへの制裁を発動した。
ラブキン氏によれば、「イスラエルは長年にわたって国際法のシステムを弱体化させる動きの最前線に立ってきた」「これに対してイスラエルは、アメリカによる揺るぎない支援、軍事的政治的な保護を受けてきた」という。
戦争犯罪処罰できぬ訳 米欧の利害と一体化
では、こうして国際法を踏みにじるイスラエルを世界が処罰できないのはなぜか。
「一つの理由として、イスラエルが世界の資本主義経済にとって必要不可欠な国になっているということがあげられる。イスラエルは長年、パレスチナ人を実験台に、最先端の軍事技術、監視技術を開発してきた。このノウハウは世界中の支配階級が求めているものだ」。
各国政府は、イスラエルとのサイバーセキュリティに関する協定を締結している。日本政府も安倍政権の時期の2014年、ネタニヤフ首相が来日したさい、軍事面での連携強化を約束するとともに、サイバーセキュリティ分野での協力に関する覚書を締結した。ラブキン氏は、「こうした協定の締結がイスラエル政府の重要な目標だ。なぜなら、協定を締結した国々はイスラエルの行動に言葉で非難する以上の対応がとりにくくなるからだ」と指摘した。
ラブキン氏はまた、イスラエル国防軍の「8200部隊」についても注意を喚起した。この部隊は高度なサイバーセキュリティーとサイバー戦争能力で知られる特殊部隊だが、その退役軍人が監視技術関連企業を設立し、その多くはアメリカに拠点を置いている。それらの企業の時価総額の合計は数千億㌦にのぼるともいわれる。
これらの企業は、インターネット上でイスラエル支持派の声を増幅させ、パレスチナ連帯の声を封じ込めるための手を打っている。また、SNSや公的記録をもとに、パレスチナとの連帯にとりくむ活動家の個人情報を収集し、各国政府と連携して、大学において大学生に退学処分を下したり、活動家を勾留したり、国外追放を命じたりしている。
「イスラエルの不処罰のもう一つの理由は、ナチスによるホロコーストの経験を武器化していることだ。20世紀にヨーロッパで殺害されたユダヤ人の運命は悲劇的なものだったが、イスラエルはこの経験の継承者であるとみずからを位置づけている。ドイツをはじめとする他の諸国もこの立場に同調して、イスラエルへの支持をそれぞれの国の国是のレベルに高めてきた」。
イスラエルのこの政策は戦後のかなりの間、有効に機能してきたが、今ではそれはあまり有効ではなくなっている。多くの人々が、イスラエルのジェノサイドをまのあたりにして、シオニズム国家イスラエルのやっていることがナチスの経験に似ていると確信するようになってきたからだ。
ラブキン氏はさらに、もう一つのイスラエルの不処罰の理由として、イスラエルの存在が、中東地域で欧米諸国の代理国家の役割を果たしていることにあると指摘した。
それは今年の夏、イスラエルがイランを攻撃したときに浮き彫りになった。そのときドイツのメルツ首相は、「イスラエルはわれわれのかわりに汚れ仕事をしている」とのべた。イスラエルは欧米諸国にかわって、その覇権を維持する役割を果たしているということだ。
歴史的に見るとイスラエルの国家創設は、アラブ民族主義を弱め、抑圧するものとして構想された。イスラエルは中東地域における欧米諸国の地政学的な利益を守っているとみなされている。
ジョー・バイデンは米大統領になるだいぶ前、「もしイスラエルが存在していなかったら、アメリカはこの地域で自国の利益を守るために新しいイスラエルをつくり出さなければならなかっただろう」と発言している。
ラブキン氏はそれに加えて、「イスラエルへの支持は、世界で拡大する右派思想や人種差別思想と密接にかかわっている。反ムスリム、反アラブ感情がイスラエルに対する自然な連帯感を生み出している。それは世界におけるファシズムの台頭と関連している」と指摘した。
凶暴さは弱さの表われ NY市長選の変化

NY市長選でマムダニ候補(手前)とともに支持を訴えるユダヤ人団体の人たち
さて、イスラエルは長年、国際法や国連を弱体化させる動きの最前線に立ってきたことを見たが、ラブキン氏によれば、それはアメリカも同じだという。「トランプ政権は国連などの国際機関への攻撃を激化させている。最近の例としては、今年の国連総会に出席する予定だったパレスチナ代表団へのビザ発給を拒否した」「カリブ海でベネズエラの小型船舶を沈没させたり、イランへの攻撃を継続していることにも、それはあらわれている」
そして、「こうした動きは、強さよりも弱さをあらわしている。衰退し没落していく帝国主義は、より暴力的に振る舞う。これは貿易関係においても見られる特徴だ」と指摘した。
今日、「自由貿易の守り手」として君臨し、自由貿易からもっとも大きな利益を享受しているのは、アメリカではなく中国だ。アメリカは逆に政治的な目的から自由貿易を妨害しており、EUもそれに追随している。その結果、自国で諸物価が高騰して庶民の生活を圧迫しており、その対応に苦慮している。
また、以上のような世界の力関係の変化は、「ドルの地位を深刻に弱めている」。ユーロが導入された1999年以降の25年間で、各国が外貨準備として保有する通貨に占めるドルの割合は、71%から57%へと大幅に低下した。
そして、「イスラエルによる暴力の激化というのも、欧米諸国の覇権が衰退していくのと同じ傾向を示しているのかもしれない。欧米諸国の支配階級とは違って、それらの国の大多数の市民は、イスラエルこそ世界の平和と人権を脅かしているとみなしている。イスラエルをめぐって、民意と支配階級との間の溝が大きくなっているという視点は非常に重要だ」とのべ、その典型的な例としてニューヨーク市長選でゾーラン・マムダニ氏が圧倒的な支持を得て当選したことに注目するよう呼びかけた。
これまでアメリカで選挙がおこなわれるさいは、共和党であれ民主党であれ、候補者はつねにイスラエル支持を掲げてきた。だが、マムダニ氏はニューヨーク市長選で、イスラエルのジェノサイドを公然と批判した。マムダニ氏はまた、ムスリムであって、社会主義者だった。したがってマムダニ氏の台頭には、ニューヨークの不動産業者だけではなく、遠く離れたシリコンバレーの実業家たちも不安を抱き、マムダニ氏を「反ユダヤ主義」と攻撃し、資金を出して彼への支持を押さえ込もうとした。しかし、それは果たせなかった。
市長選では、ユダヤ系有権者の3分の1がマムダニ氏に投票したといわれている。ニューヨークはイスラエル以外では最大のユダヤ人人口を抱える都市だ。ラブキン氏は、「彼のイスラエル批判は、支持を弱めるどころか、多くのユダヤ人の間で支持を高めた可能性がある」とのべた。
ラブキン氏は最後に、「パレスチナに連帯する人々への抑圧は、他の抑圧にもつながっていく。世界の人々は、もしかしたら今後、パレスチナ人と同じような運命に陥るかもしれない。だから、イスラエルに対する不処罰というのは、どこまで世界の支配階級が人々を管理できるかのバロメーターとして見ることもできる。この不処罰を覆すということを、私たちの住んでいる世界の変革につながるものと見なすことができれば、パレスチナ問題というものが私たちの本当に身近なできごとなんだと意識することになるだろう」としめくくった。

在米ユダヤ人団体の呼びかけでガザの「即時停戦」を求めてグランドセントラル駅を占拠する人々(2023年10月27日、米ニューヨーク)




















