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町議選を前にして祝島で反乱 反対派に潜んだ鵺(ぬえ)が始動

分断と自爆を仕掛ける不思議

 

5月の連休に帰省者でにぎわう祝島の船着き場

 中国電力の上関原発建設計画が浮上して35年が経過する山口県熊毛郡上関町では、来年2月に町議会選挙が控えている。全国最後の新規立地といわれる上関では、祝島をはじめとした地元住民や全県の頑強な反対運動によって建設を押しとどめてきた。福島事故を受けて新規立地のメドは遠のき、実質的には塩漬け状態に置かれているなかで、この選挙では国策に投機して振り回されている町政をどう転換するのかが最大の争点になっている。町議選をめぐる情勢と同時に、上関は今どうなっているのかを記者座談会で論議した。

 

 司会 まず現地の最近の状況から出してほしい。

 

  まず、町議選がどうなるか以前に「上関町はどうなってしまうのだろうか…」が町民の切実な問題意識だと思う。町議選が3カ月後に控えていることすら知らない町民が多いし、「知ったことか」とそっぽを向いている人も少なくない。「原発乞食」というネーミングがあるように、推進も反対も幹部たちが原発を飯の種にして寄生していることへの批判も強い。それらの就職合戦になぜ熱を上げなければならないか? と冷めている町民が大半だ。町議選の度に推進反対の頭数の推移だけをメディアは追いかけてきたが、それでどうなったかというと、町議たちは推進、反対を叫んでさえいれば安泰という怠け癖がついてしまい、町民の暮らしを心配するようなのが1人もいない。そして推進派は「原発がくれば町が発展する」「原電の夢」といい続け、反対派は「反対」だけを35年間唱え続けた結果、町は電力会社に売り飛ばしてしまって産業は衰退し、住む人間がいなくなろうとしている。どのような町にするのかという主体性を放棄してしまって、国や電力会社に運命を委ねた悲劇でもある。

 

  町議会では定数10に対して推進が8議席、反対が2議席を持っているが、この議席割合が9対1になろうが7対3になろうが「原発ができる」わけではない。さすがに反対派がゼロになると「上関は反対派が消滅した」といって経産省や推進勢力が大騒ぎするかもしれないが、上関原発を押しとどめているのは町議会の反対派議員ではない。この頭数が1増えようが減ろうが、祝島の漁業権問題にケリがつくわけでもないし、行き詰まっている権利関係の問題が解決するわけではない。ここは俯瞰して見ておかなければならない点だ。選挙結果に一喜一憂する意味などないということだ。

 

  町内では人口減少が著しい。これは35年にわたる廃町政治の産物だ。来年の町議選挙の有権者数は2600人程度だという。原発計画が浮上した時点では町内の人口は約6000人で町議の定数は18だった。この間に人口は半減している。室津、上関、白井田、四代、戸津、蒲井、祝島、どの地域もおしなべて人口が半減している。どこも高齢化が著しく、取材で世話になってきた人たちも随分と亡くなった。自宅に行くと包丁を振り回して追いかけてくる名物おじさんとか、まず怒鳴らないと気が済まない漁師とか、各地区にユニークな人たちがいたものだ。推進であれ、反対であれ、分け隔てなく取材せよ! がデスクの指示で、そうやって何度も足を運ぶうちに仲良くなったり、漁師なら魚をくれたり、町のいろんなことを教えてくれたものだ。35年も経ったのだから亡くなる人がいるのも無理はないが、それにしても寂れ方があまりにもひどいというのが実感だ。

 

  室津では最近、近藤医院が閉めることになった。診療所として後を引き継ぐ医師があらわれたが、小さな医院でありながら800人の患者をかかえており、引き継ぎが錯綜し、規模縮小で検査ができなかったり、薬がもらえないなど住民は困っている。医者がいないことは住民生活にとっては切実な問題だ。これまで室津、上関で医院は1つずつで、他の地区には医院はなかった。従って、週に何回か医者が通ってくる診療所があるだけだ。それが室津も医院が閉鎖したため、町内では病気になるとかかれる医者がいなくなった。大きな病気をしたときに柳井市まで出て行かなければならなかったのは昔からだが、さらに医療過疎状態が深刻なものになっている。いよいよ看る者がいなくなった年寄りは光輝病院に放り込まれるのが宿命のようになっている。

 

  年寄りが多い町になってしまったが、昔からそうだったわけではない。これは原発依存の町政が続いた結果で、「原発がくれば」を唱えるだけで産業政策を放棄してきたからだ。この廃町政治を転換させなければ、どこまでもズルズルと衰退してしまう。国なり電力会社からすると、人口減少と同時に抵抗要素がなくなる関係だ。人口6000人の町を買収するより2600人を買収する方が安上がりでもある。コントロールしやすいからにほかならない。本当に罪作りなやり方だ。

 

 漁業が基幹産業の町でありながら、また瀬戸内海の心臓部を漁場に持ちながら、漁協組織もバラバラで共同出荷すら発達していない。そして品質の良い魚でありながら買いたたかれて漁師が泣いている。発展の可能性がないわけではないのに、「原発が来ないから町が発展しないのだ」に収斂してしまって打開策につながらない。町が寂れるのは「ほかに産業がなく原発が来ないから」にいつも結論づけて推進の道具にするというのが悪癖になっている。この発想からして転換しないと、できもしない原発の夢とともに共倒れだ。

 

  今年は岩国沖にサワラが大量発生しているという。餌になる鰯が多いこととも関係しているようだ。例えばだが、北浦の角島でもサワラの締め方や品質管理を徹底して魚価向上につなげている。努力や頭の使い方次第で稼ぎは俄然違ってくる。今は角島のサワラでもキロ1500円くらいだが、さらに締め方が徹底している山形県のサワラはキロ3000円で取引されているという。下関の水産大学にサワラ研究の教授がいるから、一本釣りの漁師たちはヒントをもらいに行けばいい。それで、浜のみんなで品質管理を徹底したら、「上関のサワラ」等等のブランド化や魚価向上にもつながるかもしれない。

 

 祝島の鯛についても、福山の水産市場まで持って行って買いたたかれるのでは展望がない。唐戸魚市で近年、「肥塚の鯛」なるブランド鯛が登場しているが、ゴチ網で獲った鯛にストレスをかけないように工夫して水揚げし、なおかつ生け簀に移してからも水圧調整と関わって空気袋のエア抜きを段階を追ってやったり、締める際の技術も研究して高値を付けている魚がある。身持ちが明らかに違うから「肥塚の鯛がほしい」と料亭などが欲しがる。同じ魚でも、そのように努力すればまったく価値が違ってくる。「原発がくれば」と口を開けて待っているようなことでは基幹産業が寂れるのは当たり前だ。そして産業が育たないから若者がやむにやまれず都会に出て行く。

 

 A 「いつもバラバラ」な状態こそが狙われて立地町としてターゲットにされた。そして、この35年間は中電の分断支配が産業振興の障害になってきた。小さな町で推進と反対に町民を二分してきた国策の罪深さが、今の上関町にあらわれている。そして、原発計画を受け入れた当時の加納町長も、田中商工会長も、西元議長も鬼籍に入ってしまい、誰も責任をとるものがいない。電力会社にぶら下がって広島流川や柳井あたりでタダ酒をくらったりイイ思いをした者もいたが、後は野となれだ。やはりこうした惨憺たる衰退状況について責任を負う者がいないというのが一番問題だ。このご時世に新規立地などメドはないのだから、いい加減に産業振興に舵を切らなければならない。原発に決着をつけて、町作りを本格的にやらないとどうしようもない。35年にもわたって国策に踏み荒らされた町だが、産業振興を軸に立て直すしか選択肢はない。

 

原発依存町政の転換を 選挙で注目される「尾熊毛票」の行方

 

  それで町議選だが、現議会の構成を見て町民がゲンナリしている気持ちもわかる。「もうちょっとマシなのはいないのか!」と怒っている人もいる。先程来から論議してきたが、町政が「原発の夢」依存で経産省や電力会社におんぶにだっこできた結果、主体性がない。ここに最大の問題がある。町議会の顔ぶれが少し変わったところで、この原発夢追い町政を続けている限り根本的には何も変わらない。これに対して反対派も受け身で「反対、反対」といっているだけでは町民からそっぽを向かれる関係だ。いわんや反対を飯の種にして議員報酬300万円の上にあぐらをかいているなど話にならない。こういうことは反対を唱えているから良いという代物ではない。35年の振る舞いも生態も知り尽くしている以上、はっきりと批判を加えるべきは加えなければならない。常にその緊張感がないと、反対運動は内部から瓦解する。そのことは上関の35年の全過程が教えている。

 

  町議選と関わって無視できないのは、ここにきて祝島で波乱が起きていることだ。祝島では13日に島民の会の会合があり、その場で原発に反対する町民の会と島民の会が推薦する町議候補が発表され、全体で承認された。推薦候補は、清水敏保、山根善夫の2人。ところが突然、山戸貞夫の息子である孝が挙手して町議選に立候補することを宣言して島民を驚かせた。参加者は意見の違いはあっても、会が決定したことに協力することがこれまで35年間貫いてきた原発反対の運動を発展させることにつながること、分裂した行動をとることは原発反対運動を弱めることになると諭し、立候補を思いとどまるよう説得した。だが、山戸孝はそれならば島民の会を脱退することも辞さないといい、あくまで町議選に出るといいはったようだ。島内ではこの話題で持ちきりだ。

 

  町民の会と島民の会で清水、山根の2人を町議候補として推薦するに至った経緯を関係者に聞いて回った。当初は祝島でも人口が減り、祝島から2人を出すことは難しいのではないかという声も出ていた。そこで長島側から1人、祝島から1人という案があった。長島側では高島美登里(自治労書記出身で室津に移住した「自然保護活動家」)が出るのではないかという話もあったが、高島本人は立候補しないといい「祝島から2人出してほしい。1人は山戸孝がいいのではないか」と主張したそうだ。だが、祝島側は誰を出すかは祝島に一任してほしいとして、清水、山根に決まったといういきさつがある。町民の会も祝島側の人選を了承した。町民の会との話し合いの席では、山戸孝に対しては周囲が「あと4年間、祝島をはじめ町民の信頼を得るよう努力すればまた機会もある」と説得し、本人も「はい」と答えたという話も出ていた。ところがその後に開かれた祝島での島民の会の会合では、突然立候補する意向を表明した。

 

  島内で山戸孝の行動について「山戸貞夫、孝親子はこれまでも反対運動を攪乱するようなことばかりやってきた。今回孝が島民の会に真っ向から対抗して町議選に立候補するということは、反対運動を妨害することで、推進派を利する行動だ。みんなの前で本人がはっきり示した。これである意味すっきりして原発反対運動を一丸となって強めることができる。いい機会になったのではないか」と語る人もいる。島内で長年原発反対で頑張ってきた住民たちは、孝の行動を意外とは受けとめていない。「また反対派を内部から揉ませるんだな」と思っている。こういったら何だが、慣れっこになっている。自信のある表情を見て「よほど当てがあるのだろう」と話す島民もいた。さあ、いったい誰を当てにしているのでしょう? という話だ。

 

 島民の会が清水、山根で行くと決めたら祝島の大半の票はこの2人に流れる。山戸孝には戸津地区出身の嫁の実家や親戚以外に長島側の基盤はないし、高島が応援するといっても前回選挙で落選した高島の得票が示す通り基盤は乏しい。祝島で見てみると、もともとの推進派は孝には入れない。反対派のふりをして実は漁業補償金がほしくてたまらない一部の人間が応援するだろうが、とても当選ラインの200票にはおぼつかない。それでも当選ラインに乗せてきた場合、町民には見えない隠密の力が働いたと見なすのが自然だ。

 

  上関の選挙というのは小さな町でガチガチに地縁血縁で固まっている。有権者2600人の流れを掌握するなど中電にとっては朝飯前で、そのために35年間立地事務所の立地マンたちが情報収集してきたわけだ。選挙プロこと小池(元中電立地マン)が今回の選挙にも首を突っ込むのかはわからないが、住民の地縁血縁や就職先など知り尽くしたうえで捻っていく。選挙期間中の上関には、それこそ「おい! 小池!」の貼り紙をしなければならないほどだ。ここ最近の選挙では反対派崩しがひどく、前回推進派から出た海下、嶋尾などはもろに親戚崩しを狙った配置だった。露骨だ。町長選もそうだが、候補者擁立に至るまで完璧に中電にコントロールされてきたのが実態だ。推進派でも中電にたてつく者は切り捨てられてきた。この立地事務所直結の「尾熊毛票」がどんな動きをするのかも注目だろう。

 

 B 反対派を揉ませる行動ばかりしているが、柏原町長といっても山戸貞夫の親戚で、反対派でありながら山戸は町政与党なわけだ。これで反対派が仮に共倒れして1議席になった場合、山戸孝は推進派にとっての功労者ということになる。わかっていて反対派を割って出るというのは、そうなってもかまわないという意志を持っている人間にしかできないことだ。当たり前に考えれば祝島から3人の議員を輩出することなど不可能だ。しかし、島民を上回る得票によって3人が当選したとして、さあ、誰が何のために票を回したのでしょう? 誰が支えたのでしょう? となる。町外の人にはわかりにくいかもしれないが、「尾熊毛票」の動きをみんなで観察しておくことが大切なのかもしれない。

 

 C 山戸貞夫については「祝島千年の島づくり基金」の私物化や不透明な運営実態が暴露され、島内で問題になってきた。孝もこの疑惑解明が済まない状態ではだめだということで、島民の会の役員からは外されている。山口県漁協を呼んで補償金受けとりをごり押しするべく立ち回ったり、どうも近年は見境がない。反対運動を内部から破壊したくてたまらないのだろうと島民の多くは批判的に見ている。かつてはメディアが持ち上げて「反対運動のカリスマ」のように扱ってきたが、現状では祝島のなかでも存在感がまるでないし信頼がない。

 

 A 本紙は90年代の107共同漁業権の放棄問題をきっかけに山戸については「反対の仮面をかぶった推進派」「反対運動を敗北に導く推進勢力にとっての支柱だ」と書いてきた。あの漁業権書き換えを認めたことによって、頓挫していたはずの上関原発計画は息を吹き返して今日に至っている。祝島が地先の漁業権を手放さなければ問題はここまで長引いていない。この裏切りに真っ向から批判を加えたが、当時は山戸を支える自治労や反原発勢力から随分と反発があった。「長周新聞は中電の手先だ」「反対派を分断しようとしている」などと主張する者までいた。

 

 98年の山戸暴露からもうじき20年近くたつが、結局どうだったのかだ。「中電の手先」などといっていた者は正正堂堂と出てこい! と思う。祝島ではすっかり「反対派のカリスマ」の正体は見透かされている。反原発勢力のなかに存在するインチキとは一線を画さなければ反対運動は破壊されてしまうし、運動が敗北する場合は必然的に敗北するわけではない。祝島でも島民がそのような内部から破壊する存在と対峙してきて今がある。わかったうえでみなが力を合わせて動いている。

 

  反原発を叫ぶ者のなかに山戸の仲間たちが一定数おり、これらが「長周新聞は祝島に上陸できないのだ」「島民からは話しもしてもらえないのだ」といまだに嘘を吹聴しているのがいる。基本的に町外の人間だが、浦島太郎みたく祝島の情勢から取り残されている。祝島には頻繁に取材に行っているし、伝聞や憶測でこの20年来の祝島の記事が書けるのだったら、それほど楽な話はない。祝島では力関係はひっくり返っているのだ。

 

 これは以前、漁業権問題を裏から誘導していた県当局を取材した際に「おたくの新聞は祝島に上陸できないんでしょ?」と聞かれたことがあって、「この役人は何を言っているんだろう?」と思ったことともつながるが、彼らが情報源にしている祝島の人間、つまり推進勢力にとって秘密裏につながっている支柱が、みずからの形成不利を正直に報告せず、嘘をついているんだと瞬間にわかった。本紙が何度も何度も上陸して島民のなかを歩き回っているのを知られたら困るからだ。反対の仮面をかぶって敗北にいざなう任務を任されている自分の存在意義が消えてしまう。推進勢力から見て力を失っていることがわかると、鵺は鵺たる価値を失ってしまう。その自己防衛意識が虚偽報告になる。そして、県当局や山口県漁協も嘘を鵜呑みにして祝島をだませると思ったのが大間違いで、何度も補償金を受け取らせる企みに失敗しているのだ。水産部審議官だった梅ちゃんがこの記事を読んでいるのだとしたら、「そういうことですよね?」と放り込んでおきたい。あんたたちは頼りにしていた祝島の支柱から賞味期限切れを誤魔化され、欺されていたんだよと。だからあてが外れるんだよと。

 


  祝島では、来年の町議選には山戸貞夫は原発反対派として祝島から出馬させられないという話は早くから出ていた。そこで高島などが「孝を町議に出したらどうか」という案を出してきたが、これも祝島側は、孝に原発反対派として出馬する資格はないとして断固として蹴った。祝島をはじめ全町の原発反対の会の決定に対抗して孝が出馬するということは、どういう意味を持つのかだ。出馬するのは個人の自由だ。

 

  祝島の運動路線も紆余曲折はあったが、原発反対を身体をはって貫いてきた。今の島民の会はすっきりとしているし、純粋に団結して反対を貫こうとしている。全国から寄せられるカンパが会計不明瞭になるとかの問題もなくなった。私物化状態でないのが一番いい。それでも「山戸貞夫を批判するのはけしからん!」という反原発勢力がいるなら、祝島にいって会計問題だけでも自分の足を使って島民の意見を聞いて回れ! というしかない。ついでに「長周新聞は中電の手先だ」とハンドマイクで吹聴して回ればよい。その反応を見て自分で判断しろというほかない。もう面倒臭いし、その方が話が早い。福島事故後に真面目に原発問題を考え始めて運動に加わっている人もいるだけに、反対運動に巣くう汚れ勢力は一掃しないといけない。上関の反対運動は、そのような紆余曲折を乗りこえてきたからこそ、建設を押しとどめる力を発揮することができた。

 

  原発建設の無謀さはゴチャゴチャ書き立てなくても、いまや誰の目にも明らかだ。第2の福島にするなとみんなが思っている。もっとも甚大な被害を被るのはほかならぬ上関町民そのものだ。双葉町とか大熊町の住民のように、着の身着のままで郷土を追われるような目にあってはならないし、上関だけの損得のために瀬戸内海沿岸を同じような目にあわせてはならない。原発の夢が実現して町にデラックスな施設ができたとしても、ゴーストタウンになったら箱物もすべて無意味だ。人が住めなくなるのだから。いまある産業に根ざして生活をつくっていくしかないのだ。

 

 町議選は、それ自体で原発建設の行方がどうこうなる代物ではないが、どうせやるなら反対派の得票を目に見えて増やすような努力が必要だ。そして、原発に決着をつけて町作りに乗りだそうという若い力を登場させなければならない。反対運動についても、反対だけ受け身になって叫んでいるのではなく、産業振興の道筋を見出すとりくみを開始することが重要だ。そうやってみんなで面白がって地域振興や町作りを進めていくことが、町民を二分してきた原発騒動の傷跡を修復することにもつながると思う。次のリーダーを育てていく過程にもなる。「町がつぶれる…」「寂れる…」といって嘆いているだけでは光は見えないのだから、開き直って反転攻勢をしかけるしかない。

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