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『海に生きる』12月より発売 魚食文化を支える生産現場のいまに光をあてて

 昨年から本紙に連載してきた『福寿丸に乗って』『密着・角島の鰆(サワラ)漁』を1冊の書籍にまとめた『海に生きる 本州最西端・下関の漁業密着ルポ』が完成し、12月より書店店頭で発売を迎える。本紙は先行して地元下関の漁業者や仲買、市場関係者、水産研究者に本を見てもらうと同時に、23日に下関漁港で開かれた下関さかな祭でも先行販売をおこなった。このなかで、基幹産業である水産業をいかにして振興していくか、また魚食文化を支えている水産業の役割をいかにして地元や全国の消費者にアピールしていくか、関係者のなかでさまざまな角度からの論議が発展している。

 

 

 

 23日に開催された下関さかな祭には大勢の客が訪れた。11月の「勤労感謝の日」といえば、さかな祭は農業まつりやリトル釜山フェスタと並ぶ恒例イベントとして認知され、朝早くから多くの市民が新鮮な魚を求めて行列をつくる。水産都市として発達してきた街の歴史ともかかわって、魚に目がない消費者が多いのも特徴だ。この日は下関中央魚市や唐戸魚市の関係者たちがあんこう鍋や鯨鍋、ふく鍋を格安で振る舞い、競り場では水産加工業者や沖底関係者、漁協などが鮮魚や水産加工品を販売したり、フライにして熱熱の一品を提供したり、思い思いに客をもてなした。水産関係者にとってはこれだけの消費者と直接ふれあえることができるのは年に一度のこの祭しかないため、準備段階から力がこもる。

 

鯨鍋を振る舞う婦人たち

水産加工品コーナー

 消費者も慣れたもので、常連になるとクーラーボックスを抱えて行くのがさかな祭の作法にもなっている。ブリやヒラマサを一本丸ごと買っていき、自宅でみずからさばく人もざらだ。包丁販売業者曰く「研いでほしいといって刺身包丁や出刃包丁を持ち込んでくる客の割合が、魚に馴染みの薄い他都市とは比較にならない」というのも、水産都市としての歩みや魚との距離感の近さを思わせるものだ。

 

 サザエのつかみどりに懸命な人、タッチングプールで生きた魚を手づかみにする子どもたち、ふく鍋やあんこう鍋に行列をなす人人など、祭は魚好きな市民によっておおいに賑わった。水産関係者たちによると、早朝に魚を買い求めに来る人人は、購入した魚の鮮度を気にしてあまり滞在せずに帰って行く。その後、胃袋を満たしたり祭そのものを楽しみに来るファミリー層や年配層など、別の客層が足を運び始めるのも特徴のようだ。

 

     

 そんな祭に今回、実行委員会の人人や水産関係者の協力を得て『海に生きる』の先行販売コーナーをもうけ、書籍の完成をPRすることができた。一般の来場者もさることながら、以東底引き関係者や水産大学の学生たち、沿岸漁師やその家族など、水産業に関わる人人が興味深く書籍を手にとり、足を止めていった。

 

さかな祭会場の『海に生きる』販売コーナー

 事前に『海に生きる』に目を通してもらった水産関係者のなかでは、衰退著しい水産都市ではあるが、その存在や頑張り、最前線で汗を流している漁業者の奮闘をより広く世間に知らせてほしいという願いが共通して語られてきた。また、市場関係者や仲買にとっても、漁師がどのような努力や苦労をして水揚げするのか知らないことも多く、ふんだんな写真を見て新鮮な思いがしたという感想が多かった。そして、生産者と市場、さらに消費者とをつなぐような第2、第3の企画を練ってほしいという要望も多数寄せられている。

 

 市場関係者の男性は、「水産業の最前線を担っているのは漁師。市場は魚をとってくる漁師が神様で、魚が集まらなければ卸も仲卸も商売にならない。だからこそ生産者を大切にしなければ意味がない。市場建物の構え以上に生産者や船の心配をしなければならない気がする。水産業といったときに、どうしても魚を美味しく食べるといえば調理法に焦点がいったり、市場から後の流通・消費に目が奪われがちで、メディアも水揚げされた後の魚から追いかけていく。漁師がいて魚が食べられるのだという当たり前のことをもっと強調してほしい」と話していた。

 

 仲買の男性は「実際に船に乗って密着したのが醍醐味だろう。私たちには知りようもない世界で、従業員のなかでも回し読みしている。同じ下関で水産に関わっている人間でも知らないのだから、一般の消費者や市民にとってはもっと知らない世界だと思う。こうやって産業の実際を人に伝えて、相互理解が広がることが下関にとってもプラスに働けばと思う。漁師と市場、仲買といっても専門に特化されてそれぞれの役割は異なる。知らないことがあるのは当然だが、こうやって他の頑張りを知ったうえで、全方良しで商売を盛り立てていくことができなければ歯車は回らない。どこかだけが良くなっても、その分どこかにしわ寄せが行ってしまうからだ。水産都市として昔ほど元気はなくなっているが、産地としてのアピールをいろんな形で発信していくべきだ。日頃は漁港市場と縁遠い市民のみなさんにも知ってほしい」と語った。

 

 以東底引き関係者の男性は「この本だけで終わらないでほしい。山口県内でも頑張っている漁業者はもっとたくさんいる。北浦や萩などみんなの頑張りにスポットを当てたらどうだろうか。あと、どうやって販売する工夫をしているのかや、加工や流通のことなど、より深く水産業に迫ってもらいたい」とのべていた。今回の書籍に収録されたルポは水産都市下関のほんの一部分にすぎず、より広く豊かに水産都市の今を捉え、第2弾、3弾の特集を準備せよという意見や、下関の水産業振興のために各方面から知恵や技術を出し合い、課題も浮き彫りにしながら一緒に盛り立てていこうという意見が数多く寄せられている。

 

 水産大学や水産行政関係者のなかでも、もっと一般の消費者や都市部も巻き込んだ形で水産業に目を向けられるようなとりくみや工夫をできないものかという論議が広がっている。

 

首都圏に持込んでみて

 

 下関漁港に水揚げされる魚の多くは、巨大消費地である関西や関東などの都市圏に「上送り」されている。産地市場として国内で最も早い競り時間が設定され、そこからトラック便で東京や大阪などの消費市場めがけて大量の魚が輸送されている。首都圏だけでも3500万人の人口を抱え、そこに暮らしている人人の胃袋を満たしているのもまた産地だ。そんな首都圏の消費者にも、地方に生きる人人がどのようにして魚をとっているのか、日頃触れることのない生産現場の今を伝えようといくつかの書店に本を持ち込んだ。

 

 大型書店の担当者の1人は、1ページずつめくりながら時間をかけて吟味した後、「水産業の本の場合、魚なら魚というようにテーマが絞られがちだが、魚を獲り流通にのせるうえでの努力まで見せることで、より消費者に強いインパクトを与えることができると思う。東京はとくに自分たちが購入する場合は加工済みの魚ばかりで、現場とは切り離された世界にいる。こうして現場で働く人がいるからこそ自分たちが食べられる」と関心を示し、注文冊数を書き込んで番線印を押した。

 

 他の書店でも以東底引きって何? から始まり、水揚げされた網のなかに大量に詰まっている魚の写真に興味を示す書店員など、日頃目にすることのない生産労働の光景は、見ていて新鮮なようだった。近年、出版の世界では農業系は体験本などが充実しているものの、水産系は扱いが少なく、誰がどのようにして魚をとってくるのかに光を当てた書籍はあまりないのだという。別の書店員は見本を見ながら「漁師飯といった類いの本はあるが、生産現場そのものに密着した出版物は少ない。そういう意味で差別化できるのではないかと思う。写真の臨場感があるし、他に類似本がないのがいい。取次から現物が届くのを楽しみにしています」と話し、店先で表紙が見えるよう置いてくれることを約束した。

 

 なお、書店員の多くが帯を見て「のどぐろ」の名前がスッと出てくるのも特徴で、関東圏でののどぐろ人気は確かなようだ。ただ、首都圏では産地の違いもあるためか、その旬は冬という認識が強く、盆過ぎにもっとも脂が乗っている以東海域ののどぐろの特徴はあまり知られていないようだ。下関漁港で競りにかけられるのどぐろが冬場にかけて高値を付けていくのも、この首都圏の認識や上送りに左右されている側面が大きい。地元では仲買や漁師たちが盆過ぎから9月が一番旨いと太鼓判を押すのに、その時期は1匹2000円弱で取引され、年末にかけて3000円台へと跳ね上がっていく。以西海域、以東海域、さらに島根や北陸地方で水揚げされるものなど同じ魚でも質や味には違いがあるが、巨大消費地の好みや認識ギャップでどうしても産地の価格は規定されてしまう。

 

 下関の仲買関係者の1人は、「高値の花なのでどうしても地元流通より関西や関東への出荷に偏るが、盆過ぎの穴場こそ地元で楽しむ食文化を根付かせられないものか」と話していた。土用の丑の日にうなぎを食べるなら、せっかくなので下関ではまだ値が「安い」盆過ぎに七輪でのどぐろを塩焼きにして贅沢をしてみるとか、水揚げ日本一の港町で楽しみ方を広げていく工夫をすることが、より以東底引きの魚の特徴を世間に認知してもらうことにつながるのではないかという提案だ。のどぐろに限らず、そうやって楽しそうにしている産地こそが都市部の消費者にとっても魅力となり、地方に根ざした産業への理解が深まったり、魚そのもののプロモーションにつながるのではないかと話していた。

 

 こうした旺盛な論議や知恵の出し合いによって、水産都市としての活路を見出すことへの期待は強い。また、そのためには耳に痛いことや課題を導き出していくことも欠かせない作業だ。よその水産都市がどのような努力や工夫をしているのか、鮮度保持や締め方の研究をしているのか、自分たちの努力だけでなく他者の努力に学ぶことの必要性や、浜では協同組合の結束を強めることこそが水産振興の原動力であることなど、論議は多方面に及ぶ。水産大学が地元にある強みを発揮して、より最先端の水産技術や研究の成果を現場に生かしたいという要望も強いものがある。

 

 なお、『海に生きる』の本格的な販売は12月からで、長周新聞社の直売のほかに、下関市内ではくまざわ書店(シーモールエスト4階)、明屋書店(長府店、新下関店)、明林堂書店(長府店、新下関店)、宮脇書店(ゆめシティ店、ゆめモール下関店)、梓書店(田中町)、金山堂下関川棚店(豊浦町)で取り扱うことが決まっている。さらに北九州市では喜久屋書店小倉店、福岡市内ではジュンク堂福岡店、丸善博多店。広島市内では丸善&ジュンク堂八丁堀店、ジュンク堂広島駅前店、紀伊國屋そごう店。東京都内でもジュンク堂、丸善、紀伊國屋書店、八重洲ブックセンター、往来堂書店(文京区千駄木)、Title(荻窪)をはじめとした各店舗で扱っている他、ネット販売のアマゾンやハイブリッド型総合書店・honto、紀伊國屋書店のウェブストアからも入手可能。

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