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溶解始まる「安倍王国」 亡霊讃えるキモい弔い合戦 朝から晩まで泣き濡れて「安倍先生が-!」大概くどいぞ 【衆院補選めぐる記者座談会】

4区の有田芳生、吉田真次、2区の平岡秀夫、岸信千世

 安倍晋三元首相の急逝と、その実弟である岸信夫前防衛大臣の辞職によって執りおこなわれることになった衆院山口2区、4区の補欠選挙は終盤を迎え、いよいよ23日に投開票が迫っている。戦後からこの方、岸・安倍家という山口県政界を地盤にして中央政界で幅を利かせてきた自民党を代表する政治家一族が、お家断絶の趨勢に抗ってその血脈を引き続きつないでいくのか、はたまた3代で幕引きとなり力を失っていく瞬間になるのか、選挙結果に関心が高まっている。終盤にさしかかった選挙情勢やその特徴について、取材にあたってきた記者たちで情報を持ち寄って論議、分析してみた。

 

◇        ◇

 

  今回の選挙は、何度もいうように10増10減の選挙区再編を前にした最後の衆院選になる。根拠は不明だが内閣支持率が45%超えとかで、G7広島サミットの後にひょっとすると解散総選挙が実施されるのでは? という憶測も永田町界隈では飛び交っているそうだ。長期政権を敷くために、タイミングを見計らって解散総選挙に打って出るというのはままあり得る話だ。

 

 従って、この選挙で選ばれた2区、4区の代議士が何カ月の任期になるのかは定かではない。数カ月後には再編された新選挙区を巡るポスト争奪という展開にもなりかねないし、しばらくこうした喧騒が続くのだろう。いろんな意味でこの選挙は終わりの始まりに過ぎないのだ。誰が勝っても負けても、ほっと一息というものではない。

 

  ただ、岸・安倍家としては選挙区再編前に世襲や紐付きに現職代議士としてのポジションは引き継いでおきたいという願望があって、2区には岸信千世を担ぎ上げたし、跡取りのいない4区は市議だった吉田真次を、安倍昭恵なり清和会幹部の面々が派閥の選挙区確保という意地もあって擁立した格好だ。無理を押せば道理が引っ込むというが、地元の事情などお構いなしにかなり無理を押している。

 

 いずれにしてもこれまで1区高村正大、2区岸信夫、3区林芳正、4区安倍晋三だったのが、新1区高村、新2区岸、新3区林になるのか、はたまた新1区林、新2区岸、新3区吉田になるのか、イス取りゲームがたけなわになる。4人の代議士のうち1人ははじき出されることになる。仮に今回の2区補選で岸信千世が落選した場合、自民党県連としては1~3区総なめの願望も計算も吹き飛ぶことになり、4議席だった代議士ポストが2議席ともなりかねない。

 

山口県内の衆院選挙区再編(議員は2023年2月時点もの)

  林芳正が新3区に挑むのか、はたまた宇部を地盤にした新1区にエントリーして高村と対決するのか、この辺りがいまのところ釈然としないし、本人が安倍派を恐れて「新3区に挑む」と明言しきらないものだから、曖昧模糊としたまま事が動いている。その過程での補選だ。

 

 自民党関係者たちの常識としては林芳正が生まれも育ちも地元の下関、すなわち新3区に戻るのが筋というのがあるが、「安倍晋三の鉄板の選挙区」に遠慮して隣接の河村建夫の選挙区(3区)を横取りしたばっかりのタイミングで安倍晋三が銃殺され、「やっぱり戻ります」といい出すのも間が悪いというか、人としてどうなの? というか、なかなかのハレーションをともなうものがある。しかも安倍派からは「戻って来るな!」の攻勢がすごい訳だ。林芳正はそこでモジモジと足踏みしている。

 

 今回の吉田擁立もはっきりいってしまえば「林を戻してなるものか!」の意地だけで安倍派はムキになっている。はっきりいって、吉田だろうが誰だろうが構わないといった調子だ。だから、出陣式等々で候補者は吉田真次なのに、あろうことか後援会長が「安倍真次」と名前を間違えて叫んだりする。伊藤会長はそのことでずいぶんと落ち込んでいるらしいが、ある意味正直に現状を映し出した一幕だったのではないか。吉田だろうが誰だろうが、安倍派の牙城を林に侵されてなるものか! の意地だけでどうも動いている。だから「吉田」の名前以上に「安倍」を前面に出しているし、これはいったい誰の選挙なのだろうか?と思うほどだ。

 

吉田陣営の出陣式。安倍昭恵を筆頭に、萩生田光一政調会長、下村博文元文科相、江島潔参院議員など統一教会の関連議員が勢揃いした(11日、下関市海峡ゆめ広場)

 D 4区の自民党というか、安倍派の戦術としては徹底的に弔い合戦を仕掛けていて、寝ても覚めても「安倍先生がー!」「安倍先生がー!」と叫んでは泣いてをくり返している有様だ。まるでどこかの将軍様が亡くなって泣き濡れている国民とそっくりというか、第三者からすると偶像崇拝を見せつけられているような気がしないでもない。それこそ統一教会が問題になっている折に、極めて宗教チックな選挙戦をしているなと思う。

 

 まず第一に吉田に付きっきりの安倍昭恵がそうであるし、「主人の最後の選挙!」などと吹聴しているくらいだ。もう亡くなっているのに――。それは裏返せば、吉田の選挙ではないといっているようなものでもあるのだが、応援演説する者のなかには「安倍先生の霊が彷徨っている」「この選挙で圧勝すれば魂が乗り移るのだ!」とか宗教みたいなことを叫ぶのもいる。本人たちは大真面目なんだが、「霊が彷徨っている」などといわれると、それって往生できないだけではないか? とも思ってしまう。いずれにしても霊がどうとか叫んでいる。

 

  「安倍先生がー!」といっては泣き濡れる――。あんまりくり返すものだから少々しつこいというか、くどいというか、コイツらいつまで泣いているのだろうか? という受け止めは一般の有権者のなかでも正直あるようだ。安倍派に涙は似合わないというのがあるからだろう。

 

 歴史的にこの選挙区を見てみても、安倍晋太郎の代から秘書には警察上がりが配置され、力でねじ伏せてきたのが実際だ。晋太郎から晋三へバトンタッチするさいに古賀敬章(元代議士)が“ケチって火炎瓶”のように叩きつぶされたのも極めて暴力的であったし、そのように逆らったら徹底的に制裁を受けるという恐怖政治によって一強が君臨してきた経緯がある。林派と持ちつ持たれつしながら、絶対的な権力を我が物にしてきたし、そのピラミッドの構造に投機する形で支援者・企業も形勢されてきた。利権だってでき上がっている。

 

 安倍8年の長期政権時期には下関でも林派はどちらかというと冷や飯になって、市長、議長、副議長からすべてのポストを安倍派が牛耳って、しまいには芳正も3区に追い出される始末だったのだ。

 

 そうやって威張り散らしてきた連中が、いまになってお涙頂戴をしても周囲としては萎えるというか、なんじゃそれ? と思ってしまうのも無理はない。林派なんて、ほんとに性格が悪いなぁ…と思うのだが「アイツら朝から晩まで泣いてるぞ」「いつまで泣いているのか」といって選挙模様を眺めながら笑っている。同じ自民党として選挙をとりくまないのか聞いてみると「別に知らない」とかいう。そんな温度だ。度胸があるのかないのか知らないが、これが完全ボイコットした場合は8万票などとてもではない。

 

 林派県議の塩満が吉田の出陣式や総決起大会に出てこないといって安倍派幹部がキレているが、アイツは必死な形相をして唐戸界隈をチャリを漕いで走っているのをよく見かける。一応電動らしい。先日は電柱工事のおっちゃんに話しかけていたから、ひょっとすると「自民党に入れてくれ」と頼んでいるのかも知れないし、そうでないかもしれない。塩満が真面目に選挙をとりくんでいるかどうかなんて塩満以外には知らない。でも、安倍派の幹部たちはカンカンになっている。矛先は塩満というより林派なのだろう。

 

 A ただ、新3区争奪が動いているタイミングで元々拳を振り上げたのは安倍派及び清和会ではないか。そして、ガソリンをぶっかけたのは安倍昭恵だ。「林芳正を新3区に戻すな!」「8万票とれば戻ってこれない!」とかいって、いわば林芳正排除のために大慌てで吉田を擁立している以上、これまた何度もいうように林派としては付き合う義理などない。「オマエら(安倍派)だけでやってろ!」と袖にするのは当然なのだ。殴りかかって通せんぼしておいて、「どうして協力しないんだ!」と逆切れするのもちょっと筋が違う。しかし、目前の選挙での得票がメンツにもかかわってくることから、事の道理とか筋などお構いなしに感情的になっている。もうぐちゃぐちゃだ。

 

どう転んでも安倍vs林 焦点は新3区争奪

 

  4区における安倍派の目標は8万票なのはすでに知られている。そして「圧勝」を叫んでいる。「圧勝」といえるのはダブルスコア以上の得票差で、これは敵わないと思うような結果のことだ。ただ、前回衆院選における安倍晋三の8万票を吉田が同じように積み上げられるかというと、おそらくそれは無理と見られている。林派のボイコット(その加減による)もさることながら、豊北町以外の下関市、長門市では「吉田? 誰?」状態が普遍的なのだ。しかも、後援会長からして「安倍真次」とか叫んで名前を間違え、「吉田? 誰?」を先頭に立ってやっている。安倍派としては安倍晋三という亡霊の存在感をアピールしながら、候補者としては「吉田」を担ぐという極めてスピリチュアルな選挙戦を展開しており、いわゆるこうした弔い合戦とやらがどっちに転ぶのかだ。

 

 保守の選挙通のなかには、吉田の得票が6万票台なら新3区を巡る林派との全面戦争に発展し、5万票台なら「吉田では無理」となる林派にとっては丁度良い案配となり、4万票台なら逆の意味で安倍派vs林派との全面戦争に発展する――と占う向きもあるようだ。どういうことかというと、6万票出したらそこそこ林派も選挙で協力したとはいえる結果だが、安倍派も引かず新3区を巡るポスト争奪はガチガチのバトルに発展する――。4万票台の大惨敗ならどう見ても林派が完全ボイコットしたことの証左であって、この場合は安倍派が激怒して新3区を巡る争いはさらに感情的にヒートアップしていく――というものだ。どっちに転んでも安倍vs林にならざるを得ない訳だが、メンツの話が動いている。

 

  安倍vs林など知ったことかとは思うが、自分が仮に林派なら、安倍派最後の亡霊選挙など放って置いて、吉田に完膚なきまでに土をつける方が得策だと思う。

 

 吉田擁立で安倍派は林芳正排除をしてきたが、選挙で土をつけることによって逆に安倍派排除をする――という選択肢だってあり得るのではないか。その度胸があるのかないのかは別だが、中途半端をして吉田が国会議員にワンポイントリリーフで成り上がるより、早々に排除する方がその後の新3区争奪においては近道なのだ。どのみち全面戦争は避けられないのだから、両者がっぷり四つで組んずほぐれつ燃えるようなパッションをぶつけ合って、本気の殴り合いをせよ! と思う。なにがつねりあいっこだよと――。おっかなびっくりでモジモジしてきた結末が4区からの逃亡だったのだ。当事者ではないが、ほんとうに情けない話だ。

 

  いわゆるパヨクと揶揄される人々のなかで「アベガー!」に分類されるというか、「アベガー!」「アベガー!」と騒いでいる人たちがいたが、山口4区の補選を見ていると、安倍派も「安倍先生がー!」「安倍先生がー!」ばかり叫んでいて、似たもの同士ではないかとも思う。「先生」をとり除いたら同じ「アベガー!」なのだ。統一教会ではあるまいし、このような特定の個人や一族への偶像崇拝をいつまで続けるのだろうか? という疑問がある。

 

 もう県民葬も清和会メンバー勢揃いでやったとはいえ、どうせ「安倍先生の魂がー!」「霊がー!」とかやるなら、徹底的に宗教チックな選挙に染め上げて、駅前かどこかの広場に白装束か何かで支持者で集って、そこに統一教会の信者たちも全国から呼び寄せて、「安倍先生がー!」と叫びながら泣いていたらいいと思う。そんな選挙ではないか。下関は文鮮明が足を踏み入れた統一教会の聖地らしいから、そのくらいやればいい。泣きたい者に泣くなとはいわない。悲しければ泣きたいだけ泣けばいいのだ。

 

吉田事務所の実力は? 野党は受皿になり得るか

 

吉田陣営の総決起大会に駆けつけた菅義偉元首相(14日、下関市民会館)

総決起大会会場はかつてないほどに空席が目立った(14日、下関市民会館大ホール)

 C 「安倍先生の霊が彷徨っている」ではないが、だからこそなのか、選挙態勢としては安倍晋三が生きていた時と同じ調子で、安倍昭恵が連れて回れば支持者は同じように動くと思っている節がある。だからなのか、なんだかズレている。陣営をとりしきっている面々も安倍晋三のネームバリューで押し切ってきたこれまでの選挙と同じ調子で采配を振るっているものの、どうも齟齬が生じているようだ。どう見てもこれまでと同じようには動いていないのだ。

 

 吉田の出陣式は人が少なかったが、期間中に開催した総決起大会もひどいものだった。首相経験者の菅義偉まで呼んで市民会館の大ホール(1300人収容)を貸し切って開いたものの、見事なまでにガラガラだった。市長選での前田晋太郎の決起大会でもあれはない。安倍晋三の総決起大会になるとあの会場に入りきれずにロビーまで人が溢れていたが、それと比べてもあまりにも人が少なかったのが印象的だった。まず動員力がないし、吉田陣営の実力を端的に映し出していた。その場に市議、県議は揃っても、それ以外の支持者がポツポツしか集まらないのだ。市議、県議も真面目に選挙をとりくんでないといっていいレベルで、雁首揃えたとはいえ、恐らく本人たちも腹の底では「吉田? いい気になるなよ」くらいに思っているのだ。それで菅義偉が覇気もなく葬式みたいな演説をして、参加者たちが「あ~眠たかった」といって帰っていた。

 

  この補選に向けて、安倍事務所としては看板を吉田事務所に変えて、秘書たちもほぼ戻ってきて体制をとっているといわれていた。ただ、筆頭秘書だった配川は公民権停止で身動きがつかず、また精神的にも参っているとかで、企業関係のとりまとめには四苦八苦していると当初から話題になっていた。ナンバー2だった畑村も事務所に出入りしているとはいえ無給のボランティアでしかなく、しかも「自分が仕えてきたのは安倍晋三である」という自負もあるのか、ご主人様を失った喪失感から立ち直れないのか、「吉田の選挙には身が入っていない」と安倍派の人々のなかでは語られている。ベテラン秘書では鮎川が元々担当していた長門に張り付いているそうだが、では大票田の下関は誰が仕切っているのか? というと、会計担当だった阿立は吉田陣営を仕切っている面々に排除されているのか揉めたのか事務所に出てこなくなったそうで、その他の若い私設秘書が走り回ったところでどうこうなるものでもない。

 

 だからなのか、市議選で落選した長本と濵﨑を急きょ秘書として雇ったといっても、自分の選挙すら落選する者が国政選挙をどうとり仕切るというのだろうか? 甚だ疑問だ。斯くして人的には「安倍晋三の生前と変わらぬ秘書軍団の体制」とは似ても似つかぬもので、それが選挙の様相にももろに反映している。陣営に盤踞して采配を振るっている中心的な面々も変化しているし、2万票以上減らした前回選挙と比べてもさらに弱体化している感が否めない。

 

 こういったら怒る人もいるかも知れないが、「誰もついていかないような目立ちたいだけの安倍派2軍が旗を振り回している」と表現する人だっている。これは私が主観的感情からいっているのではなくて、「って、アイツがいっていた!」と取材源は秘匿しつつ、明後日の方向を指さして責任を放り投げたいと思う。だって、みんなが思っているのだからしかたがないではないか。そんな客観評価が得票に反映されるのだろうし、みんながついてくるのかどうか、吉田陣営で采配している4人組のお手並み拝見なのだろう。というか、単純に吉田陣営というより市議選の井川陣営じゃないかと思うのだが…。派閥を統率してきたリーダーたちが退いていく過渡期でもあるのだろうが、後援会としても次なるリーダーの育成が進んでいなかったことの弊害のように思う。「安倍王国が溶け出している」といわれるが、まさに溶解しているように見えてしかたがない。生々しくそのことを実感する。

 

  斯くして、4区については本来なら自民党候補が圧勝するような構図ではない。しかし、メディアの事前調査では吉田圧勝と出ており、報道関係者たちのなかでは8時ゼロ打ちまで囁かれている有様だ。自民党としては得票は大幅に減らすであろうが、それに対して対抗馬がそこまで伸びないという見方が支配的だ。立憲民主党から有田芳生が立候補を表明して挑んでおり、本人や陣営は好感触も抱いているようではあるが、自民党候補の組織票を上回るほどの有権者の熱気があるかというと、どことなく静かな雰囲気が否めないのも事実なのだ。

 

有田芳生(中央)と、応援に来た立憲民主党の枝野幸男、福山哲郎、辻元清美(15日、下関駅前)

  立憲民主党の蓮舫とか枝野、泉、辻元、杉尾といったテレビによく露出する代議士たちが駆けつけて応援演説もしていった。だが、第一に、4区において立憲民主党の存在感がそもそも乏しいのと、立憲民主党そのものになにがしらかの期待値があるかというと、そうでもないという空気もあるからなのか、「終盤にかけて怒濤の勢いで伸びている」とはいいがたい状況がある。この地域にルーツはあるとはいえ、もともと4区に根を張って政治活動を展開してきたわけでもないという限界性みたいなものはあるのかも知れない。

 

 有田芳生の立候補そのものは好意的に受け止められているし、日頃選挙に行かない有権者が「今回は行こうと思う」「今回の選挙は面白そうだ」と口にしていたり、まるで変化がないわけではない。面白がっている人はいる。ただ、その有権者の世論が投票行動につながって、吉田の得票を上回らなければこれまた当選にはたどりつけないのだ。厳しめにいって甘くはないように思う。これはある意味、有田芳生云々以前に立憲民主党そのものの現在地をあらわしているのだろう。立憲民主党が前面に出てくれば出てくるほど有田が霞んでいく印象でもある。

 

山口2区は平岡秀夫が善戦 岸世襲に反発強く

 

支援者と握手をする無所属で出馬した平岡秀夫(16日、岩国市)

  俄然面白くなっているのが2区だろう。拮抗していると見なされ、終盤にかけて完全無所属で出馬した平岡秀夫が本来強固だった地元の岩国固めに入っている。こちらは自民党候補としては岸信夫前防衛大臣の息子の信千世が出馬している。岸・安倍家としては唯一の世襲候補で、血脈を継ぐ者に当たる。それで本人も「ひい爺さんとおじさんは総理大臣」と政界のサラブレッドであることをもっぱら吹聴してきた。得票目標としてはおよそ12万3000票と大きく親父超えを掲げているが、なんだかずっこけそうな気配すら漂っている。選挙戦が始まって、聴衆の前に出てきて「あれっ?」と感じている人が自民党支持者も含めて少なくないようだ。

 

 A 出陣式の演説について内容が乏しいと評判になっていたが、問題を縷々挙げるだけでそれをどう解決するのかが何もないとか、最終的には自分の演説に腹が立ってきたのかキレて怒鳴り始めるとか、ちょっと見ていて痛いなぁ…というのが率直なところだろう。聴衆に対してキレる候補者など見たことがないが、あれは誰に何にキレていたのだろうか? あの第一声はとにかく皆を驚かせていた。さすがに陣営や周囲も忠告したのか、その後の演説は多少トーンが変わってはいるが、中身が乏しいという特徴はそのままだ。おそらく小手先の問題ではないし、周囲としてはどうしようもないのだろう。

 

 B 「キレる30歳」と保守系の関係者ほど話題にしていて、頭を下げることができず、先輩諸氏のアドバイスや忠告について立腹するのだそうだ。やれ、見かねた県議会議長の柳居俊学が小1時間説教したとか、さまざまな情報も飛び交っているが、それで「我こそは岸家のサラブレッドでござい」をするなら本人の勝手だ。田舎を小馬鹿にする信夫の嫁とか含めて、いずれにしても周囲としては手を焼いているようなのだ。

 

自民公認の岸信千世と福田良彦岩国市長(16日、岩国市)

 まあ、30代で頭が高いというのは一般的には嫌われるわけで、「雑巾がけが足りない」とか、「まだ早い」とかいわれ方はさまざまだ。しかし、他に成り代わる世襲候補がいないものだから信千世が擁立された。それは選挙区としては中央政界における岸家の権力に投機するというものでしかないが、だからといって地元から「彼こそがリーダーだ」と押し上げられた訳でもなく、ゴッドマザーこと安倍洋子の強い要望というだけではないか。あと、佐藤派からすると、信千世が自慢してきた家系図に佐藤信二が含まれていないのが腹立たしいようで、「ふざけんな!」と話題にしている。これまた保守といっても一筋縄にはいかない。

 

  岸・佐藤支配をいい加減に断ち切れ! という鬱積した有権者の思いは歴史的にあるわけで、仮に信千世が当選したとしても相当に競るのではないかと見られている。2区の場合、平岡秀夫がこれまでと違って一皮むけた感じで動いており、終盤情勢も見逃せない。

 

  信千世がなんだかずっこけている一方で、平岡秀夫が上関原発や岩国基地について旗幟鮮明に主張しているのが際立っている。立憲民主党が上関原発問題について反対を鮮明に叫ぶと連合に怒られるといって発言させないのに対して、完全無所属で好きに主張しているのが受けている。原発や基地がミサイル攻撃の標的にされるとか、2区の有権者にとっては極めて現実的な脅威なわけだ。瀬戸内海が死の海になるというのも現実だ。親が被爆者だったとかも初めて耳にしたが、奥歯にものが挟まったような演説ではなく、はっきりと郷土が抱える課題についても立場を鮮明にして支持を訴えてみたら面白いのではないか。裏切りの民主党への幻滅感がよそに比べてもひときわ強い地域で、完全無所属で返り咲いたとなると、それはそれで今の政治状況をそれなりに反映している。決して甘くはないが、可能性は秘めている。

 

  2区がひっくり返ったら、岸・安倍家としてはついにお家断絶だ。4区で吉田が当選したとして、それは血脈の継続ではないし、吉田派の誕生というだけだ。そして、4区の安倍派としてはかろうじて岸・安倍系統の残りカスになるわけだが、いったい「吉田派誕生」を誰が喜ぶのだろうか。メンツをかけて闘ったにしても、「安倍先生がー!」の当人はこの世にはいない。そして、「吉田先生がー!」という者など一人もいない。それはそれで新たな試練が始まることを意味している。新3区の争奪戦も安倍vs林の全面戦争に発展することは疑いないのだ。

 

 A 前述したように、この選挙でほっと一息といったものではないし、これは終わりの始まりに過ぎない。しかし、なにがしかの山口県の変化を反映する選挙にはなると思う。引き続き山口県政界のてんやわんやについては部外者ながらウォッチングしていこうと思う。

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この記事へのコメント

  1. 夜明け前 says:

    19-20日に、下関の生涯学習センター小ホールで開かれた『妖怪の孫』自主上映会は、計5回とも満席であったようで、終了時に拍手が起こるほどの映画の内容もさることながら、安倍の行ってきた政治への義憤が多くの人にマグマのように溜まっていることを実感した。

    これは、思想的な相違を超えて市民が感じているところなのだが、映画のなかでも、安倍の事績とともに下関市の各地が登場する。長周新聞で報じられた市長選挙を巡る妨害事件や火炎瓶投げつけ事件、あるいは下関市の衰退の模様が語られる。

    一つ一つのエピソードは、全国的なニュースで取り上げられたものも含め、安倍という政治家の恐ろしい姿を描き尽くしている。
    映画会場での盛り上がりや共感が選挙にどれだけ反映するのかが問題であるが、安倍なきあとの権力構造が根底から変化するなかで、吉田真次なるネトウヨまがいが議席を獲得するようでは、下関の市民の良識が問われてしまうだろう。
    また、今後の新3区の選挙で林芳正と吉田が戦って勝てるはずがない。政治家としての格や器、識見、地盤などいずれをとっても比較にならない。

    先日の下関市会議員選挙でも旧安倍派閥の退潮は明らかとなり、担ぐ安倍も存在しない以上、これからも劣勢を余儀なくされるであろうし、土建屋や神戸製鋼所といった利権誘導政治も終止符を打つことであろう。

    山口2区は、岸世襲凡凡に対する反感や原発、岩国基地といった争点から、ほぼ互角とも言われている。岸信夫が当選したのも安倍の恩恵あってのことだ。

    今回の補選によって、自民党の傀儡政治家が誕生するかもしれないが、いずれもこれまでの山口県の利権誘導政治を担っていくだけの器量はなく、高村2世も併せて見直しに向かうことであろう。
    山口県民が明治維新以後の藩閥利権政治で甘い思いを得てきた時代は終わるとの認識が必要だろう。山口県は、道路が広島県の7倍の予算がかけられ、漁港や港湾の工事も莫大なものとされる。
    県外の人が山口県の道路や豪邸を見て驚くわけだが、政治家、土建屋だけでなく、行政機関や公務員もさぞ美味しい目を見てきたのだろうと思う。もちろん、そこにあずかれなかった弱小市民の住宅や生活の貧相さはご存知のとおりである。

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