いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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響灘で進む漁業権の民間開放 人工島、洋上風力などで進行 協同組合解体で拍車

 下関市垢田沖にある沖合人工島の2期工事が始まろうとしている。「関門航路の浚渫(しゅんせつ)土砂の処分事業」として18年前に着工し、これまでに約750億円を費やしてきたが、3年ほど前から2期工事(当初計画の3期工事にあたる)の動きがあらわれはじめ、今年に入って関係する地元漁協幹部とのあいだで漁業補償交渉等のとり決めが着着と準備されている。このなかで響灘で操業する漁業者のなかでは、人工島に限らず砂取り、洋上風力発電建設計画など響灘が二束三文のはした金で売り飛ばされ、海がますます瀕死状態に陥っていくことや、水産業が斜陽産業のように隅に追いやられていくことへの懸念が高まっている。工業化で海を奪われてきたのは瀬戸内コンビナート群が代表的だが、近年、山口県内では漁協組織の崩壊が著しい響灘に集中的に攻勢がかかっている。
 
 水産県破壊する者との対決

 人工島の第2期工事は、1期工事によってできあがっている現在の埋立部分から本土側約32㌶を埋め立てるというもの。1期工事部分の土砂がいっぱいになる25年度から着工予定とされてきた。土砂処分の候補地として5カ所があがっていたなかで、下関の人工島拡張に利用する案が選ばれた経緯がある。
 今年に入ってすぐに国が「関門航路の浚渫土砂の捨て場がないから」と、漁協側を急かしはじめ、関係する7つの漁協支店(南風泊、彦島、伊崎、安岡、吉見、吉母、六連島)に漁業権消滅と埋立の合意をもとめ、補償交渉がまとまればすぐにでも、工事を始めるような姿勢を見せてきた。今回の工事は「国直轄」で、これまで下関市が仲介でかかわってきたのとも雰囲気が異なっている。
 2月から3月にかけて関係する支店では途中経過の説明会が開かれ、概要が発表された。しかし、あまりに抽象的で組合員には内容が伝わらず、「結局、なにがなんだかわからない」と疑問を残したままで終わっていた。五月に入ってあらためて支店ごとに組合員集会が開かれ、その場で漁業権放棄と埋立についての賛否が問われることとなった。
 人工島の影響をもっとも受けている安岡では18日に集会がおこなわれたが、事前に配られていた議案に添えられていた同意書にサインして提出するだけのもので、集計結果の公表もなく20分ほどで散会した。議論する場も与えられないままで、集会が終わったあとも、自分がなにに同意したのかわかっていない漁師がいたり、考えられないような状況ができている。漁業権放棄や埋立同意という重大な問題をはらんでいるにもかかわらず、一人一人の認識がばらばらな状態のまま、手続きだけが進んでいくのだ。
 各浜の組合員集会をへて、21日には下関外海統括支店の部会が彦島支店でもたれ、各浜の運営委員長と支店長参加のもとで3分の2の同意を得て漁業権消滅と埋立同意を決定した。1期工事では埋立面積63㌶に対し33億円の補償金が支払われたが、2期工事は約32㌶の埋立に対する補償金は9億円とされている。
 この18年間、人工島の建設によって海の環境は激変してきた。人工島の南側は流れがせき止められ、ヘドロと浮遊物が堆積して魚介類が生息しにくい海となり、潮流の変化で武久海岸は砂浜がえぐられ、豊浦地域でも磯が砂で埋もれて漁ができなくなり、海の濁りや、海藻が生えなくなる磯焼け現象が深刻なものになってきた。さらに棒受け網の漁師はシラスをとる漁場を失うなど、影響は豊北、長門沿岸にも及んでいるといわれてきた。沿岸部で産卵していた魚が開発によって産卵場を失い、例えばイワシが沖で産卵するようになったり、生存が難しく魚が避ける海域になってきたことも指摘されている。
 海底は砂取りによって十数㍍ものクレーターが各所にできあがり、ヘドロが堆積。潮流も激変した。一般的な「温暖化」に加えて、沿岸開発が与えた影響は大きなもので、「魚がいなくなった」というのが18年たった結果だ。
 漁獲は激減し、漁師だけでは食っていけないほど苦しい状況のなかで、漁協経営も同時に悪化し、補償金依存体質の悪循環にはまっている。そこに、さらに海を切り売りする開発が持ち込まれて釣り上げていく格好となっている。開発する側からすると、響灘の惨状はもっけの幸いで漁協組織として崩壊状況にあることが狙い目になっていることは疑いない。手にしたわずかな補償金が実質的な「退職金」となって高齢者漁師の引退につながり、沿岸の水産業が廃れていくコースにつながっている。

 沿岸売り飛ばす県漁協 一般組合員蚊帳の外 

 一連の手続きが進められていくなかで物議を醸しているのは、ごく一部の数名の漁協幹部たちしか認識が共有されておらず、一般組合員は蚊帳の外に置かれていることだ。おかげで憶測ばかりが飛び交っている。また、このたびの議案のなかに漁業権消滅の同意、埋立同意とあわせて、「関門航路(西側)土砂処分場事業にともなう漁業補償金の契約、請求及び受領、その他損失補償に関する一切の件を山口県漁業協同組合代表理事組合長・森友信に委任することについて」同意するよう一文が記されていたことに、各浜で波紋が広がっている。県漁協組合長とはいえ、なぜ、瀬戸内海の上関町で密漁ばかりしていた森友信に、響灘の命運を委ねなければならないのか? である。
 「単協だったら考えられないこと」「漁協という協同組合組織とはまったく別物になっている」「県漁協が補償金欲しさに身を乗り出している。説明して同意を得るというよりも、上から手続きを進めて浜には後から説明する手法だ」「県漁協になって総代制になり、個個の意見が通じなくなった」と漁師たちは口口に語っている。
 1期工事は旧安岡漁協組合長だった海域ボスの腕力によって、揉めたあげくにすべての漁協で同意をとり付けた。当時、ゴネていた旧彦島漁協の廣田組合長が現在の下関外海を統括するボスで、県漁協副組合長にまで出世し、そのもとで手続きが進められている。前回との大きな違いは数年前に山口県漁協に合併していることで、関係七漁協は下関外海の統括支店に集約され、かつての単協は支店にすぎないことだ。おかげで一般組合員の声は届かず、紙切れ一枚で漁業権消滅が決まっていく構造になっている。山口県の沿岸を売り飛ばす山口県漁協とは、いったいどのような漁協なのかを見ないわけにはいかない。

 上関原発や岩国基地も 浜から民主主義奪う

 山口県内では、旧祝島漁協が受けとりを拒否している原発補償金10億8000万円を「受けとれ!」と迫ってきたのが山口県漁協で、地元組合員らが「中電に突き返せ!」と要求しているものを勝手に受領して「預かっている」問題がある。海や浜の漁師を守る漁協ではなく、もっぱら陸からの補償金にぶら下がって飯を食おうとする体質が染みついているのに特徴がある。生産者は開発計画が浮上すると怪訝な顔をするのに比べて、彼らは「金が入る」と浮かれる仕組みで、こらえきれずに他人が受けとるはずの補償金まで手を付けるのだ。
 90年代に桝田市太郎・黒井漁協組合長(マリンピア黒井社長、林派県議団長)や信漁連幹部が焦げ付かせた信漁連の203億円もの負債を解消するとして、その支援の見返りに上関原発の埋立同意や岩国基地拡張、下関沖合人工島の建設を容認するよう漁協側は迫られ、抵抗力を削がれた経緯がある。2000年代に入ると沿岸に五八あった漁協を一つに集約する1県1漁協構想を進めるなら「残りの信漁連負債を面倒みてやる」と迫られて山口県漁協が誕生し、その漁協たるや旧信漁連職員たちが幹部におさまるというデタラメをやった。自民党林派の悪事によって沿岸を奪い、全国先端の協同組合解体がやられた。沿岸漁師には出資金増資や負担金を覆い被させて信漁連の負債を尻拭いさせ、おまけに浜の扶助組織を剥奪するものとなった。民主主義が浜から奪われた、というのが漁業者の強い実感となっている。
 その後、山口県に習って1県1漁協を進めた宮城県では、東日本大震災に乗じて水産復興特区が持ち込まれ、漁業権の民間開放が打ち出されることになったが、山口県では震災よりも以前から、県漁協を通じて祝島でも響灘でも「漁業権の民間開放」が展開されている。全国的に見ても稀なほど、漁業権の売り渡しに異常な積極性を見せる漁協となっている。協同組合の淘汰、県漁協への集権化は、そのためのものだったというほかないのが実情だ。上関原発計画を見ても、祝島が単独漁協として存続していたなら、法務局に供託していた漁業補償金は国庫に没収され、漁業補償交渉は振り出しに戻っていたのだ。
 響灘では、安岡沖に洋上風力発電を20基建設する事業も進められている。一部の漁協幹部の権力で推進できる構造になっていることから、業者からの袖の下や接待も「すごいことになっている」と県漁協関係者のなかでは語られている。そうして、上関の森友信が組合長になったり、響灘のボスが副組合長になったり、開発地域が県漁協の要職を押さえていく。

 国民の食生活守る問題 重要さ増す一次産業 

 いまや漁業権は沿岸開発や企業参入の障壁のように扱われ、宮城県を突破口にして「開放」していく流れが台頭している。TPPに加われば、法律までアメリカ基準に染められ、「漁業権」などあってないようなものにもなりかねない。こうした状況のもとで、TPP体制に移行するよりも先んじて「開放」状態なのがアベノミクスの故郷で、信漁連問題に端を発した漁協組織の崩壊、水産業の苦境が仇になって狙い撃ちにあっている。
 瀬戸内海の上関海域にせよ、響灘海域にせよ、山口県の沿岸漁業をつぶすことは一万人の漁民家族だけの問題ではない。市場の仲買、小売、料理屋や消費者、さらに水産加工業者、漁業資材、鉄工、造船などの業者をはじめ、水産関連で生活する膨大な人人にとっての重大な損失である。響灘地域でも水産業を基礎に地元の産業を形成してきた地域が少なくない。
 下関では漁港市場の以東底引きも存続が危ぶまれる事態が続いている。国民のタンパク源を供給してきた国内水産業全体の存亡ともかかわった矛盾が、各所で顕在化している。世界恐慌で未曾有の大不況に突入し、貨幣価値が変われば買うことも食うこともままならない、超円安になって海外から買い付けすらできない事態になるというなら、なおのこと地元に根付いた第一次産業の役割は重要になってくる。使い道のない人工島と比べても、はるかに有益な価値をもっているのはいうまでもない。
 響灘でやられている“漁場のバーゲンセール”に待ったをかける世論と行動を広げることが求められている。

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