いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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各産業で月10万円程度の低賃金  規制緩和と非正規化で拍車

 「夫が月収50万円、妻がパートで25万円」。安倍首相の国会答弁は、多くの国民を唖然とさせた。アベノミクスが進行する過程で非正規雇用は全雇用労働者の4割にのぼり、年収200万円以下のワーキングプアは1000万人をこした。夫の収入が下がった分を補うために、また一人で子どもを育てるために、母親たちはパートに出かけて税金や保険料のかからない範囲で、あるいは二つ、三つと掛け持ちしたりと毎日必死である。アベノミクスで物価が上昇し、消費税は上がったのに賃金は上がらない。そんな庶民の生活とは裏腹に、安倍首相の頭の中だけがデフレを脱却したようである。
 
 安倍発言「パートで25万」の実態

 1月の衆院予算委員会で実質賃金の減少率について質問された安倍首相は、次のようにのべた。
 「景気が回復し、そして雇用が増加する過程において、パートで働く人が増えれば、一人当たりの平均賃金が低く出ることになるわけであります。私と妻、妻は働いていなかったけど、景気が上向いてきたから働こうかということで働き始めたら、(月収で)私が50万円、妻が25万円であったとしたら、75万円に増えるわけでございますが、2人で働いているわけでございますから2で割って平均は下がるわけでございます」。
 正社員でも月収50万円にもなる職はそうそうなく、国民がこの金銭感覚にびっくりしている最中に起きた軽井沢のスキーツアーバス事故は、まさに格安労働の一端を浮き彫りにした。

 バス運転手労働の価値5分の1に

 下関のベテランのバス運転手は、「スキーツアーバスの事故は起こるべくして起こった事故だ」と指摘した。規制緩和後、過当競争が激しくなり、かつては年収1000万円をこえていた運転手の賃金は、現在では月の手取りが13万円程度、20年勤続のベテランで20万円あるかないかという水準まで落ち込んだ。花形だったころと比べると、バス運転手の労働の価値は5分の1に。どの家庭も妻がパートで働かなければ生活できないという、以前では考えられない状態になった。
 1人で運転もアナウンスもこなし、車内の安全に気を配り、走ってバス停に来る高齢者を見逃さないよう目を配る。期限切れの定期や無賃乗車のチェックもしなければいけない。クレーマーのような乗客からの苦情も近年増加しており、精神的にも身体的にも疲労するのに低賃金だ。30万円かけて大型2種免許をとってまで運転手になろうとする若者は激減していったという。
 最近では路線バスに「乗務員募集」の広告を貼り出す異例の事態になっている。だが、大型2種免許取得の費用を補助する条件を提示してもなり手がいない。10人近く不足している営業所もあり、路線バスを走らせるのに人手が足りないため、一循環して営業所に戻ると本来の休憩時間を削って次の便の運転に回る。運転手のなかで「ダブり」と呼ばれる勤務形態でなんとか路線バスを回している状態だ。
 ここに、国の「観光立国」政策ともかかわって外国人観光客が押し寄せ、運転手の確保がさらにできなくなっていた。
 ある運転手は、「今回事故を起こした運転手は65歳で、しかも経験の浅い契約社員だった。本人も怖いといっていたのに運転させられ、乗客も死んでしまうし自分も死んでしまった。昔なら“この運転手なら大丈夫”というベテランしか観光バスや夜行、長距離バスには乗らなかった。運転手も“運転のプロだ”というプライドを持っていた。今では免許さえあれば、会社も採用してすぐバスに乗せるし、経験も浅い20代前半の運転手が長距離に出る。プライドもプロ意識もなくなっていった。どこで事故が起こってもおかしくない状態」と話した。

 タクシー、介護、保育 生活できず辞める若者

 重労働な割に低賃金なのはタクシー運転手も同じだ。下関市内を走るタクシー運転手の毎月の手取りは9万円が普通。低いときには7万円ということも多いのが実態だ。バスと同じく規制緩和の下で下関市にも第一交通が乗り込んできて、各社が台数を増加させ、お客が減るなかで運転手同士の競争は激しくなった。唯一基本給を維持していた日本交通もオール歩合制に切り替えるなど、労働者の待遇はどんどん悪くなっていった。
 ある大手タクシー会社の場合、1カ月の水揚げが35万円の足切りをこえれば46%(16万1000円)が手取りになり、達成しなければ40%に下がる。水揚げが30万円であれば手取りは12万円だ。そこから払い物をすると、男1人の所帯でも生活できる賃金ではなく、ましてや家庭を持つ若者が家族を養える額ではない。月の水揚げが34万円までいった場合は、あと1万円手出しをしてでも35万円を達成させた方が手取りが増えるので、運転手たちはそれで月16万円の手取りを確保している。
 運転手の一人は、「数年前までは1車に2人体制の人員が確保できていて、タクシー業界が人手不足ということはなかった。しかしこの何年かでどのタクシー会社にも空車があらわれている。運転手を募集しても、給料が安すぎて生活できないので若い者はやめていき、年寄りは身体を壊して死んでいく。運転手確保に会社が必死になる状態だ」と話した。
 「景気のバロメーター」といわれる飲み屋とタクシー業界が干上がっているのに「景気回復」といわれることへの違和感を、どの運転手も感じている。
 安倍首相が「待機児童ゼロ」へ50万人分の保育の受け皿整備を掲げる保育現場でも、「介護離職ゼロ」を叫ぶ介護現場でも人手不足は深刻だ。正社員でも月収は11、2万円そこそこの低賃金・重労働で若者が入ってきてもやめていく。とくに介護業界はどこの施設も常に募集状態で、求人倍率を押し上げている。
 ある民間保育所に正規職員として勤める20代前半の女性は、「結婚を機にほとんどの人がやめていき、中間世代がいない」と話す。保育士を志して短大卒業後に就職したが、その実態は学生時代に考えていたより大変なものだった。早出のときには朝の6時半から出勤し、午前中に5~15分休憩があるだけで、後はぶっ続けの仕事だが、給料は15万円以下。目の前に子どもがいるので、早出出勤だからといって早く帰るわけにはいかない。骨折しても休めなかった同僚もいる。
 「子ども同士のケンカで“明らかにこの子が悪い”という場合でも、怪我をしていれば親にひたすら謝らないといけなかったり、自分自身ももうやめようかと考える。“とにかくやめないでほしい”といわれるので、みんな揉めないように結婚を区切りにやめていくのが普通になっている。公立の保育士になりたいが公立は保育士の募集がなく、あったとしても非正規がほとんど。一度退職したような人ばかり採用している」と話した。

 スーパーやコンビニ 倒産廃業からパートへ

 下関市内で月収50万円のサラリーマンというと、思い浮かぶのは市議会議員くらいで、50代の教師でも40万円に満たないし、交代勤務の大手製造業の正社員でも50万円をこすことはまれだという。リーマンショック以後の景気の冷え込みで、リストラにあった人や倒産・廃業に追い込まれた自営業者も、パートやアルバイトなどの非正規雇用にかわっていき、下関では世帯年収が300万円未満の家庭が44%を占めるようになっている。
 50代の男性Aさんは、以前勤めていた会社が倒産したあと、市内のスーパーのレジでパートを始めた。1日おきに、午後7時から午後12時15分まで、商品を並べたりレジを打ったり、客のクレームに対応したりと5時間15分を休みなしに働く。仕事が増えても残業はただ働き。それで手取りは月10万円そこそこ。ボーナスや保険はない。これでは生活できないので、他の仕事と掛け持ちで働いている。
 同じ職場の40代、50代のパートの女性たちの給料はもっと低く、時給が750円、夜間は100円増しだが、手取りは月6万~7万円だ。みんな他のパートと掛け持ちで働いている。同僚の40代の女性は、昼間は別の職場で事務の仕事をし、夜9時から12時まで週5日間、レジのパートに来ているという。
 Aさんは「弁当の配達の仕事をしながらマクドナルドで働いていたり、朝刊を配達したあとにそのまま病院の食事づくりに行くなど、掛け持ちで仕事をしている人は多い。正社員でなくパートなので、そうしないと生活が成り立たない。みんな身体が丈夫で頑張り屋ばかりだが、結婚はあきらめている人が多い。そしてもし病気になれば生活は破綻する」と話した。
 タバコ・酒の距離規制が取り払われて乱立し始めたコンビニも、店舗が増えすぎて競争は激しくなり、一店舗当たりの売上は減少している。人手も足りず、各地の店舗には店内のトイレや窓ガラスに「アルバイト急募!」の貼り紙が貼り出されている。以前はコンビニアルバイトというと学生の仕事だったが、最近は若者が入って来ない。60歳を過ぎた主婦たちがパートに入ってくるようになったが、それでも人手が足りない。
 娘が幼少時からずっと深夜時間帯で働き、子どもの教育費に充ててきたという母親は、今は昼から夜10時頃まで勤務している。店舗全員がアルバイトで、時給は最低賃金の731円。高校生も数人いるが多くは主婦たちだ。週1日は休みがあるが、人手が足りないのでそれ以外は毎日8、9時間働く。それでも月収は15万円ほど。もちろん保険などはないので、自分で払うと手元に残るのは12、3万円だという。「もう1人でも2人でも人手があれば、全員の勤務が楽になるが、給料が安いこともあってなかなか人が入ってこない」という。
 人手不足をカバーするオーナーたちの生活も過酷だ。午後4時に出勤し、一晩明かして朝9時まで仕事をし、数時間寝てまた夕方4時に出勤するなど、寝る時間を削って走り回っている。500円以上買い物をすると宅配するサービスを本社が始めたが、スタッフがいないからオーナーが寝る時間を使って配達に回る。コンビニ業界は、こうした最低賃金のアルバイトやオーナーたちの奮闘のうえに過去最高益をあげ続けている。「トリクルダウンはどこにいったのだろうか?」と、従事する人人はみな語っている。
 下関では生活できる職がないから若者の流出が止まらず、どの業界も人手不足が深刻化している。そこに高齢者を格安労働力として動員し、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしている。すでに下関でも中国、ベトナム、インドネシア、ミャンマーなどの研修生が漁業、鉄工業、水産加工などに入っており、介護業界で新たに導入する動きも進行している。こうした外国人労働者の導入がさらに日本人全体の賃金水準を引き下げていく関係だ。パートで25万円の仕事など世の中にはない。物価が一般人の2倍で、カップラーメンの値段が400円と思っている政治家たちに「国民の暮らし」がもてあそばれている現実を暴露している。

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