いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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種子は誰かのものなのか 米どころ・山形の種子農場より――置賜百姓交流会・菊地富夫

 私は山形県でコメの種子を生産する農家です。
 2018年4月に主要農作物種子法が廃止となり、そのさいに種子法廃止や種苗法改定によって、この国の農業が、国民の「食」がどう変わろうとしているのかを知りました。しかし、多くの農家にとっては種苗法の改定案が出た現在でも、「何のことだ?」という感じです。そのような認識のまま、米沢牛の種や果樹が中国や韓国に流出するなどといわれると、日本の種苗を守るために法改定が必要なのかな、と思ってしまう人が多いのでしょう。


 種苗法改定案の前段の主要農作物種子法廃止について話します。育種者の権利を保護する種苗法とは中身がまったく違い、種子法は安定的な種子の供給を都道府県の事業としておこなうことを定めており、国民の命を守る観点からつくられた法律です。私たちはこの種子法のもと、県の指定を受けた圃場で山形県のブランド米「つや姫」や「はえぬき」の種子を生産してきました。私たちの地域(旧村)には100㌶ほどの農地がありますがその9割で種子生産をしており、その量は山形県で使われる種子の4分の1にあたります。


 ところが政府は種子法を廃止し都道府県に義務付けてきた主要農作物の種子事業を、民間に明け渡す方向に舵を切りはじめました。私たち山形県内の農家はそれを知り、「これは大変だ」と急遽種子条例をつくるための運動を始め、山形県、山形県議会、JAの理解のもと、現在はみんなの声で制定することができた山形県の種子条例のもとで種子の生産をしています。

 

 私たちが生産する種籾は山形県の農家に1㌔㌘当りおよそ500円で売られています(種子農家の販売価格は350円です)。これが高いのか。コメ1俵(60㌔㌘)が約1万2000円とすると種籾(75㌔㌘)の単価は1㌔㌘当り200円にもなりません。しかし農家は種籾を1㌔㌘当り500円で買っています。この300円の差額は保証料で、異品種が混ざっていないこと、病気を持っていないことが保証された種籾です。良質なコメをつくるには良質な種籾が必要で、安ければいいといって農家が自家採種しても銘柄米の種子は大変手間がかかりますし、それをしなければ銘柄米の認定はされません。自家採種よりは高いですが、買った種子で生産することで消費者の信頼も得られます。農家にいいコメを生産してもらうために私たちも一生懸命に種子を生産しています。しかし、この種子事業が民間に渡った場合、種子の価格は500円では済まなくなる可能性が高いです。しかし農家はそれを買うしかなくなるうえ高くなれば消費者にも影響します。種子の安定的生産を公共事業でおこなうことによって、農家も消費者も守ってきたのです。しかし農水省はこれを「民間の開発意欲を阻害している」という理由で廃止にしました。


 その次に出てきたのが種苗法の改定です。農水省は種苗法改定について、海外への流出を防ぐためだとし、これによって日本の農家を守るのだと説明しています。しかし本当にそうでしょうか。これまでずっと日本はグローバル化を進めてきましたが、グローバル化して育種権を強めるということは、大企業が種子や種苗を支配していくということであり、農家が大企業に駆逐されてしまうということを意味しています。国は日本の種苗を守るふりをしながら、外資企業と一緒になってその刃を農民に向けています。

 

 そして私がもっともいいたいのは、国土(地域と農業)を守るといっている国がこれまでしてきたことは何だったのかということです。これまでの農業政策によって農業分野では大規模化と法人化が進められてきました。私たちの地域でも100㌶の農地を耕していた農家が昭和初期ごろ200軒ほどありましたが、約40年前には50軒ほどになり、現在14~15軒へ激減しています。小さな村にとって農地はそこで暮らす人々の大事な職場でした。ところが国がせっせと補助金を出すのは、法人化したり大規模な農業者に対してだけで、豊かな農地を守りつつ村のコミュニティのなかで働く兼業農家は農業を続けられずどんどん減っていきました。当然人口は減り地域は寂れていきます。同じような道を辿った地域が全国にどれほどあることでしょう。大規模化、法人化、グローバル化のなかで、村の重要な産業をたったの数人が支配するようになり、そこで働くのは安い労働力の外国人労働者に変わっていく――。その数人が企業的農業で富んでいくことに何の意味があるのでしょうか。農村には単純に食料を増産する役割だけでなく、そこで暮らす人々の営みと国土を守る役割があるのです。


 今後、国が進めるグローバル化・企業化とその補助金等で優遇されてきた「強い農家」は、補助金の続く限りにおいて生き残るでしょう。そして村に残されたのはケミカル漬けにされた農地だけということになります。農薬・肥料に含まれた化学物質の影響は大きく、山形県でもここ10年足らずのあいだに最上川を流れる水の汚染からか、以前はたくさんいた魚やドジョウ、ヨーロッパカブトエビなどが姿を消しています。農家一軒だけが無農薬にしても意味がなく、まともな農業環境をつくりたいと思っています。


 「種子は過去からのおくりもの」という言葉があります。私たちの村に水が引かれて400年たちますが、これまで農地を守ってきてくれた先祖のおかげで私たちは今種子の生産ができており、それが山形県産米を支えています。まぎれもなく、過去からのおくりものなのです。みんなの財産である種子を大企業に明け渡したり、あるいは誰かのものにしてしまってはなりません。それなのに、特定の企業等が独占しようとしていることになんともいえない不安を感じています。


 コロナ禍で明らかになりましたが、食料安保というものはグローバルスタンダードでは守れません。教育もしかり、医療もしかりです。豊かな国土と国民の命を守るために国がしなければならないことは、特定の誰かをもうけさせることではなく、農業全体(育種事業も含め)を「公」で守り、また、農地を守り続けてきた小さな家族経営の農家を守り、それによって国民の食と命を守るとりくみではないでしょうか。

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この記事へのコメント

  1. 佐藤 泰正 says:

    山形の農家の方は、安部政権の本質を見抜いています。種子法で大企業に公開され独占された日本の種子は、種苗法により外国企業を含め、移民を小作人とする大規模企業の保護が目的です。零細な日本の農民を保護するものではありません。芸能人の方が安部支持者の激しい非難の中、警告を発しているのは真実と思います。山形の農民は日本の力です。日本のコメや作物を守ってください。ご検討をお祈りします。九州から。

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