いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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統治任せられぬ虚言癖と腐敗 次から次へと暴かれる真相

 連日のように森友疑惑、加計疑惑を巡って新事実が飛び出し、ついには国権の最高機関たる国会が「嘘つき!」「嘘つきとはなんだ!」レベルの応酬をするまでに成り下がっている。かつて見たことがないほど統治機構は崩壊し、「まさかこれほど酷いとは…」というさめざめとした世論が広がっている。目下、近代民主主義国家の常識だったものが、異次元の非常識によって塗り替えられ、本来の建前である公正公平なる統治から逸脱して権力者界隈の私物化が正当化されている。そして、その非を認めたくないがために「なかったものがある」「あるべきものがない」「嘘とホントがすべて逆」等等含めて、信じがたいようなあべこべな虚言や欺瞞を重ね、それらが一つずつ証言や記録によって検証され「嘘つき」が居場所を失いつつある。一連の政局や情勢をどう見るか、記者座談会で論議した。

 

 A これまでの常識を当てはめると、とっくの昔に内閣総辞職に追い込まれていておかしくない状況だが、想像以上にしがみついて粘っている。これ自体が異次元な光景だ。自民党内から三行半を突きつける動きが起きないことも、政党としての終わりを感じさせている。野党弱体化のもとで図体だけは大きくなったかも知れないが、是是非非に対してケジメがない政党として、みんなの目に印象付いている。総理総裁のイスを目指している者たちも、この局面でオレが自民党を率いていくのだと動かないような者は、ただの小心者で器ではない。政党としては生殺し状態というか自殺行為に等しいが、その自覚もないほど「一強」体制で弛緩しているのだろう。

 

 連日のように信じがたい事実が浮かび上がり、「国家としての底が抜けている」と表現している人人もいるが、まったくその通りだと思う。かつて見たことがないほど統治機構が腐ってしまい、法治主義であるとか議会制民主主義の根本原則が踏みにじられている。これほど統治への信頼が崩壊している時代というのは、敗戦後以来といってもいいのではないか。「まさかこれほどまでに…」と思うものがあるし、みなの想像をこえている。

 

  連日の国会論戦が、なんとも知れないものになっている。11日の国会論戦では、ついに首相秘書官が野党議員にヤジを飛ばすまでになった。選挙に選ばれたわけでもない役人が、国権の最高機関たる国会において、有権者に選ばれた議員を罵倒するのだから前代未聞だ。相手が誰であれ、議会制民主主義を愚弄するにもほどがある。忠誠を誓い、尽くす相手が私人に向いてしまい、しかも感情をともなってヤジを飛ばしている。秘書官なり官僚の振舞としては出過ぎていて話にならないが、そのように思い上がっていることを暴露した。もうむちゃくちゃな話で、議会制民主主義など飾り物と化している。

 

  11日の国会は首相が答弁拒否をしたり、秘書官がヤジを飛ばしたりひどかった。あの光景を見ていて、なんだか下関市議会みたいだなと感じていた。気に入らない市議からの質問に対して市長がすべて答弁拒否したり、執行部席の部長が市議に「自分で算数しなさい」と小馬鹿にして答弁したり、反問権を行使してやりこめようとしたり、よその議会では考えられないようなことが当たり前になっている。そして市長といえば、答弁は役人任せで緊張感がないものだからいつも寝ていて、「居眠り晋ちゃん」とあだ名をつけられる有様だ。そのたびに「おかしいだろうが!」と問題点を指摘されて、是正することのくり返しだ。体質として独裁気質が染みついているし、常識と非常識が転倒しているのに特徴がある。ひょっとして、この下関流儀が国会にまで浸透しているではないかと思うと、とても笑えないものがあった。

 

  基本的に議会制民主主義とはなんぞやという認識が欠落している。建前とか常識そのものをはじめから持ち合わせていない。オレ様ルールみたいなものだ。気に入らない異論は排除して一元的に物事を進めるのなら、地方自治において二元代表制など採用しなければよい。「言論の府」など必要ないことになる。さまざまな異なる意見を持ち寄るために議会はあるのだという常識が吹っ飛んでいる。そうして、安倍派・林派がそれぞれはたいしたことのない連中なのに、公明会派や労働組合の連合出身議員、「日共」にいたるまで綺麗に従えて、数にものいわせて思い上がっている。あれとそっくりだなと。まるで漫画みたいな光景なんだが、下関の政治構造のてっぺんに君臨してきた体質そのままに中央でやらかしている印象だ。そして、下関市役所とそっくりに霞ヶ関が忖度集団と化してしまい、ヤジを飛ばして議員をやりこめている。役人からすると、親分のために頑張っている自分をアピールして、出世のために得点稼ぎをしたいだけなのだ。

 

  とはいえ、下関みたいな地方都市の議会もどきとは訳が違う。「国権の最高機関」にそれを持ち込んだら終わりだろうが。下関限定で議会制民主主義に対する無知蒙昧を披露しているのならまだしも、わざわざ国会でバカ丸出しをやらないでもいい。害悪にしかならない。

 

  深刻なのは、虚言癖体質が官僚世界にも染み渡っていることではないか。公文書の改ざんであったり、口裏合わせであったり、みな事実をねじ曲げるために実行していたものだ。何のため、誰のために官僚世界の常識をぶっ壊し、職員のなかから自殺者を出してまでそのような愚行に手を染めたのかだ。これは「忖度」で説明できるような代物ではない。

 

不正取引を誘導した者

 

 B 太田理財局長が口裏合わせを認めて謝罪したが、「口裏合わせ認めた」というだけでなくて、あの暴露は森友学園への国有地払い下げ問題のすべてが根底からひっくり返るような意味合いがあった。翌日に加計疑惑の「首相案件」メモが飛び出してきてかき消されているが、8億円値引きの根拠がまったくの嘘だったことを認めたわけだ。しかも、理財局から口裏合わせを求めていた。誰がこの不正な土地取引を誘導していたかをあらわしている。森友がゴミをでっち上げてねじ込んだのではなく、理財局が主導したスキームだったということだ。だから、理財局の側から森友側に口裏合わせを求めた。ゴミはなかったし、値引きする理由は本当はないのだけど、8億円値引きの理由をひねり出し、実際に値引きして国有地を払い下げた。「すべて嘘だったけどこの土地取引に不正はない」といっても無理な話だ。なぜ、そのようなことをしたのかだ。

 

  ただ、いまさら「なぜ、そのようなことをしたのか?」といっても、1億2000万人の大半が感づいているし、白白しいにも程がある。みんなが公文書改ざんによってかき消された連中の存在や、安倍昭恵の関与に疑いの眼差しを向けている。昭恵の「お付き女性職員」だった谷査恵子はノンキャリでありながらイタリアに赴任し、基本給以外に約2600万円もの手当が支給されるという。彼女が首相夫人の秘書として財務省に問い合わせた事実とか、その報告FAXだとかも、籠池証言によって大概の構造は暴露されている関係だ。結局のところ、詐欺師呼ばわりされた籠池の証言が真実だったことが証明されている。「あなたたちが作ろうとしていた学校ではないか」と安倍晋三はじめとした右傾化勢力に訴えていたが、そういうことなのだろう。もともと資金力も乏しく、末端で踊らされた籠池は家も競売にかけられて拘置所に放り込まれ、理財局もこの不正な国有地払い下げのために無理に無理を重ねて行政を歪めさせられた。だからこそ、「これまでの常識が壊された」といって近畿財務局の職員が自殺した。森友疑惑の本筋は誰の目にも見えている。

 

  やましいことがないのなら、この愛国小学校を作ろうとしていた勢力は逃げるべきではない。なぜ正正堂堂と向き合わないのかと思う。この本丸が籠池を悪玉にしたり、あるいは理財局を悪者に仕立てようとしたり、事務手続きに関与した人間を盾にしながら逃げ回っている。卑怯きわまりない。日本会議であれ、大阪維新であれ、籠池を一人悪者にして生け贄にする程度の性根で、何が愛国かと思う。右でも左でもそうだが、もっと腹を括ってやれよ! と思う。森友学園問題が起きてから、それまで教育勅語万歳みたいな講演会をしていた連中がてのひらを返すように籠池から離れていったというが、あの瞬発力はやましい自覚がなければそうはならない。まずいと思う共通認識があったからだと見なすのが妥当だ。

 

  そうでないなら、なぜ「わたしらの念願の愛国小学校を守り抜く」行動をしないのか、仲間として「籠池を拘置所から出せ!」と叫ばないのかだ。思想を貫くのではなく逃げていくとは何事かと思う。光が当たらないよう姿をくらませていく所作に何かが滲み出ている。それで「美しい国」や「私、日本人でよかった」などといっても説得力はない。なぜ、志を同じくした仲間を守らないのかというのは素朴な疑問だ。「愛国」を叫んできた同志のはずなのに、身体を張ってでも守るのが1人もいない。

 

  極限状態やピンチでこそ人間の性根は暴かれる。その意味で、あっぱれだなと今でも思うのが籠池のとった行動だ。切り捨てられても打ちひしがれるのではなく「100万円をどうしても返したい」と自分を貫いていく。むしろそっちに真実性を感じる。これは思想信条が合う合わないとか好き嫌いではなく、1人の人間として自身の尊厳を守り、相手が誰であろうと決して屈服しないし、折れないという強さへの共感だ。近畿財務局の職員は自殺してしまったが、死を選択するくらいなら、死んだ気になって抗う方が狂気だろうし、失うものが何もないなら、最後は捨て身の剣法で向かっていくしかない。腹を括った人間が一番強いのだと教えられる。

 

  籠池の周囲から遠ざかり、「私たち関係ありません」をやる人間には、そのように行動する根拠がある。正直なものだ。

 

天から降ってはこない民主主義

 

  加計学園の獣医学部設置でも、今さら柳瀬首相秘書官のメモが問題になっているが、文科省次官だった前川喜平が早くから、和泉首相補佐官が首相に代わって「今治の獣医学部を早く作れ」と迫ってきたことや、内閣府の藤原審議官が「これは官邸の最高レベルがいっている」といってきたこと、萩生田官房副長官が「総理は30年4月開設とお尻を切っている」といってきたことを暴露している。今さら「首相案件」か否かを問うような代物でもない。前川喜平が「首相の意向はほぼ明らかで、これはもう忖度ではなく、指示だ」と批判しているが、もうバレバレではないかと世間では大概の者が見なしている。

 

  それにしても、官僚機構が公文書改ざんや虚偽答弁をへっちゃらでやり、財務省では決済の判を押したものが「判を押した責任はあるが、ちゃんと見ていないので(内容を)覚えていない」とか、財務大臣の麻生がそれを平然と肯定したり、もうむちゃくちゃな話が連続している。そして財務省は次官のセクハラ騒動だ。いやはや、行政の信頼も何もあったものではない。自衛隊の日報問題、厚労省の働き方改革を巡る捏造データなど、国会では嘘をつくのが常態化している。嘘に基づいて国家が運営され、国民の暮らしが翻弄されていることを痛感する。これまでも核持ち込みの密約とか嘘ばかりだったが、昨今の場合、バレバレの嘘を平然とつくのが特徴で、しかもモリカケの場合はどうしようもないほど低俗な私物化問題を覆い隠すための嘘だ。まこと「今だけ、金だけ、自分だけ」のイデオロギーに浸食されて、品位のかけらもない。次官のセクハラ騒動の中身を見ても、今時はあんなのが省庁のトップに君臨しているのだと驚かされる。

 

  全体の奉仕者でなければならない公務員が私人の奉仕者になってしまい、行政を歪める。そして、安倍界隈が国有地の払い下げであったり、獣医学部設置であったりイイ事をしていた。単純な話だ。これらの問題の全貌はほぼ明らかになって、みんなが疑いの眼差しを注いでいるのに、まだ逃げ切れると思っているからいつまでも続く。そうして嘘が一つ一つ、薄皮をめくるように引っ剥がされて、「嘘つき」認定されている。往生際が悪いといえばそれまでだが、あがけばあがくほど傷が広がっているような光景でもある。権力の私物化に照応して官僚機構も下請け機関と化し、いっしょになって腐敗を極めているというのが実態だろう。

 

 A しかし、既に嘘や誤魔化しも次なる頓知が出てこないまで枯れてしまって、手が付けられない状態だ。芋づる式に掘り出されて、モグラ叩きの最終章かと思うほど次から次へとテンポよく暴かれている。恐らく恥を知らないのだろうが、嘘つきというのは社会的信用を失うし、政治がこれを開き直ってやり続けるなら代償は大きい。こうして統治機構は崩壊し、政治は自爆行為を続け、泥船が世界情勢からもとり残されて漂流している。日本社会はかくもデタラメになったものだという世論がさめざめと広がっている。

 

 B コラム狙撃兵で「“一流の属国”の先進国偽装」と書いていたが、現状では二流どころか三流にも及ばない。世界的にはアメリカの属国として認知されているが、属国が一流ぶっていただけで、とても近代民主主義国家などと呼べるものではない。国会が嘘の公文書をもとに1年間運営されていたという事実だけとっても、まるで信用ならない統治機構なり政府なのだということがわかる。同時にこの局面で、ではどのような近代民主主義国家を築いていくのかが避けがたい問題になっている。とりあえず嘘つきどもをどうにかしなければならないが、その先を見据えて、どのような国にするのかが問われている。

 

  安倍政府の醜態はいうまでもない。そのなかで、どこに立ち戻るのかという論議になりがちだが、果たして近代民主主義国家としてすばらしい国家運営だったといえる時代があるのかだ。今よりは統治の建前や常識を持ち合わせていたことははっきりしている。これほどまでにはぶっ壊れていない。しかし、基本的に「なんちゃって近代国家」を偽装してきたツケがこれほどの体たらくにつながっているのではないか。

 

 戦後は対米従属構造のもとでなんでもかんでもアメリカのいいなりになって尻尾を振り、その意向に忠実である限りは少少の汚職もお目こぼしをしてもらえるという構造のなかで腐敗が進行している。そのなれの果てが現在というだけだ。全体の奉仕者という自覚などはじめからないし、アメリカや独占大企業のために奉仕する政府として機能するなら、その方が使い勝手が良く、反知性主義者ほど猪突猛進して躊躇なく政策を実行していく関係だ。しぶとくしがみついている背景には、支えている者の存在があることを忘れてはならない。この構造は嘘つきが退陣してもなくならないし、品位のある欺瞞的統治なら良いというものでもない。安倍晋三界隈があまりにもあけすけというだけで、本質的には変わらないからだ。

 

 B 国会の様子だけを眺めていても展望にはならないが、官邸前や街頭にくり出して民衆が下から声を上げ始めている。そうやって締まりのない統治機構や政治に対して、いい加減にせいよ! と突き上げている。この直接行動をもっと大きなうねりにすることが必要ではないか。民主主義は古今東西の歴史を振り返っても権力者と民衆の激突によって力ずくで勝ちとってきたもので、天から振ってきたことなど一度もない。なりふり構わずに私物化を正当化するなら、世論と運動によって退陣に追い込むしかない。その後のことはその後の展開によって作っていくしかないが、ひとまず統治機構なり権力としてやって良いことと悪いことのケジメをつけさせるというのは重要なことだ。明治維新150年にして、憲政史上最低の理由で退陣に追い込まれた首相として名を刻めばよい。ただ、辞めたからといって追及は終わりにならないし、国有財産の不正な払い下げであるとかが、しっかり裁かれないといけない。法の支配とやらが機能している国なのかが問われる。隣の韓国では前大統領が懲役24年を求刑された。出てくる時には90歳だという。国家を私物化した罪は先進国では重罪なのだ。日本社会も民主化運動が盛り上がっている韓国に習うべき点がおおいにある。

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