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迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊤ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘

 世界情勢の複合的な要因と食料自給率の低迷による食料危機が、日本でも現実問題として迫っている。そのなかで現在、全国各地で精力的に講演活動をおこなっている東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘氏が10月22日、埼玉県狭山市で「迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること」と題して講演(主催/生活クラブ狭山ブロックMachi会議)をおこない、食料危機の現在地と課題について問題提起した。講演の内容を連載で紹介する。(文責・編集部)

 

◇      ◇

 

 現在、日本では食料安全保障の崩壊が進んでいる。なぜ日本はこれほど命を守るのに脆弱な国になったのか。

 

 一つの大きな要因は、終戦直後から米国が日本を余剰生産物の最終処分場とし、貿易自由化を押しつけて日本人に米国の農産物を食べさせる政策を進めたこと。

 

 さらに、米国農産物に量的に依存するようになったことで、たとえそれらの農産物に健康上の不安(危険性)があったとしても文句がいえなくなり、「もっと安全基準を緩めろ」といわれると従わざるを得ないほどに依存が強まったことだ。

 

 米国政府の後ろでもうけるのは一握りのグローバル穀物商社などの巨大企業だが、米国は彼らの利益のために動く日本人をつくるため、日本の若者を米国に呼び寄せて「市場原理主義」なる経済学を教え込み、規制撤廃(自由化)すればみんなが幸せになれるかのように喧伝させた。実際の規制撤廃は、経済力の強い企業がより多くの利益を独占できるようになる。つまり「1%」の強者がもっともうけられる社会にするという経済学だ。そういう人たちが日本で増殖すれば、日本人が米国の思い通りに勝手に動くようになる。これは大変な戦略だった。それにより日本国内では二つの大きな問題が生じた。

 

 まず基本として、経産省を中心に、自動車など輸出産業の利益を守るために農業を犠牲にした。農産物の関税撤廃を進め、食料を輸入に依存する構造を作り、その見返りとして自動車の輸出枠を確保する。そして食料安全保障=「カネを出して輸入すればいい」ことだという考え方が定着してしまった。

 

 私は農水省に15年間いたが、農水省と経産省は犬猿の仲だった。経産省は、ずるがしこくて手が早い。自動車の輸出が伸びれば自分たちの天下り先も安泰だ――という非常に短絡的な発想で、食料と農業を自動車のための「生贄」にした。

 

 もう一つの「がん」は、目先の歳出削減しか考えない財政政策だ。とる税金は上がり続けるが、使う方は渋りに渋り、農業などは切り刻むだけの予算削減一本槍だ。

 

 私がいた当時、大蔵省(財務省)は昼間寝ていて、夜になると起きてきて、昼間も起きている農水省に「予算の説明にこい」という。残業代を決めるのも彼らだが、農水省には実績の10分の1しか付けないのに、自分たちは100%付ける。昼寝て夜だけ起きて給料2倍だ。こういうことばかりに頭を使う。国家国民のために何をするのかがない。

 

 だから農業はどんどん苦しくなり、輸入依存が高まり、自給率は低下し、いざというときに国民の命が守れないという世界で最も極端な国になってしまった。

 

 規制改革が「対等な競争条件」を創出して社会全体を改善できるというのは、市場の参加者に価格支配力が存在しないことが前提条件だ。市場支配力を持つ者がいるときに規制緩和すると、もうけが一部の力のある企業だけに集中して弱者の貧困が加速し、社会全体の富も減少する。それを証明したのが「失われた30年」といわれる日本だ。規制改革だ、貿易自由化だと尻を叩かれて頑張ってきたものの、先進国で唯一、賃金も所得も下がりっぱなしの貧困国になった。農業だけではない。「みんなの利益になる」は大ウソだったのだ。

 

 この「今だけ、カネだけ、自分だけ」の人たちが見失っているのが安全保障だ。規制緩和で一部の企業がもうけても、農業を犠牲にして食べるものがなくなったら、いざというときに国民の命を守れない。地域も崩壊し、外国資本に日本が買われていくリスクも高まる。今や水源地も海も山もどんどん外国資本が買いとっている。

 

ウクライナ戦争で激化 食料危機の現在地

 

 食料危機は「間近」というよりもう始まっている。すでに「クワトロ・ショック」と呼ばれる4つの危機に見舞われている。

 

 第一に、コロナ禍で起きた物流停止がまだ回復していない。


 第二に、2021年秋から中国の食料輸入の激増(爆買い)による食料価格の高騰と日本の「買い負け」。


 第三に、異常気象による世界各地での不作の頻発。


 第四に、これにトドメを刺したウクライナ紛争の勃発だ。小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、食料やその生産資材の調達への不安は深刻の度を強めている。2022年3月8日、シカゴの小麦先物相場は2008年の「世界食料危機」時の最高値を一度こえた。

 

 小麦の輸出は、ロシアとウクライナで世界の3割を占める。物流停止には、トリプル・パターンがある。

 

 ①ロシアやベラルーシは、食料・資材を戦略的に輸出しないことで脅す「武器」として使う。当然「敵国には売らない」となる。米国が怒って「ロシアが食料を武器にしている」と批判しているが、これをずっとやってきたのは米国自身である。


 ②ウクライナは耕地を破壊され、播種も十分にできず、海上も封鎖され、小麦を出したくても出せず、物理的に停止している。


 ③小麦生産世界2位のインドのように、「国外に売っている場合ではない」と自国民の食料確保のため防衛的に輸出を規制する動きだ。こうした輸出規制は世界30カ国に及んでいる。日本は小麦を米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、それらの代替国に世界の需要が集中し、食料争奪戦が激化している。そこに歴史的な円安も加わって、日本は買い負けている。

 

 日本は牧草も北米から輸入しているが、今や中国が大量に高値で買い付けるので、日本は牧草すら買えない。高くて買えないどころかものが入ってこない。

 

 最たるものが化学肥料原料で、日本はリン、カリウムを100%、尿素も96%を輸入に依存しているが、最大調達先である中国は国内需要が高まったため輸出を抑制。カリウムについては、中国と並ぶ大生産国のロシアとベラルーシに依存していたが、いまや日本は敵国認定され、輸出してくれなくなった。値段も2倍になっているが、高くて買えないどころか原料が入らず、製造中止の配合肥料も出てきて、今後の国内農家への化学肥料供給の見通しが立たなくなってきている【グラフ①参照】。

 

 そして最近顕著なのは、中国など新興国における食料需要の想定以上の伸びだ。中国の「爆買い」は、コロナ禍からの経済回復による需要増だけではとても説明できない。有事を見越した備蓄増加も考えられる。小麦だけでなく、コメ、トウモロコシ、大豆も輸入量はコロナ前を大きく上回っている。たとえば、中国の大豆輸入量は年間約1億㌧だが、日本は大豆消費量の94%を輸入に依存しているとはいえ、輸入量は300万㌧に過ぎず、中国の「端数」にもならない。「買い負け」どころか、そもそも勝負になっていない。

 

 中国がもう少し買うといえば、輸出国は日本に大豆を売ってくれなくなるかもしれない。いまや中国のほうが高い価格で大量に買う力があり、コンテナ船も相対的に取扱量の少ない日本経由を敬遠しつつある。そもそも大型コンテナ船は中国の港に寄港できても日本の小さな港には寄港できず、まず中国で小分けして積み直してから日本に向かうことになるなど、円安などの要因と相まって日本に運んでもらうための海上運賃が高騰している。中国をはじめ新興国の需要はまだこれから伸びていく趨勢にある。

 

 一方、供給の方を見ると、「異常」気象がいまや「通常」気象になって不作が頻発し、世界的に供給が不安定さを増している。こうなると世界の需給ひっ迫要因が高まり、価格が上がりやすくなる。原油高もその代替品となる穀物のバイオ燃料(コーン・エタノール、大豆・ディーゼル)の需要を押し上げ、暴騰を増幅させる。こういうときに起きる災害や国際紛争などの不測の事態は、事態を一気に悪化させる。ウクライナ危機はそれを現実のものにした。

 

金があっても買えない 経済安保の脆弱さ

 

 この食料安全保障の危機は、すでに何年も前から予測され、私も警鐘を鳴らしてきた。しかし、岸田首相の施政方針演説では「経済安全保障」が語られたが、「食料安全保障」「食料自給率」についての言及はなく、農業政策の目玉は「輸出5兆円」「デジタル農業」など、ほとんど夢のような話だ。

 

 これだけ食料や生産資材の高騰と「買い負け」が顕著になってきて、国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっているなかで、危機認識力が欠如しているといわざるを得ない。

 

 輸出振興もデジタル化も否定するわけではないが、食料自給率37%と世界的にも極めて低い日本にとって、食料危機が迫っているときに、まずやるべきは輸出振興でなく、国内生産確保に全力を挙げることだ。しかも、農産物輸出が1兆円に達したというのは「粉飾」で、輸入原料を使った加工食品が多く、本当に国産の農産物といえる輸出は1000億円もない。それを5兆円に伸ばすという「空虚なアドバルーン」を上げ、デジタル化ですべて解決するような「夢物語」で気勢を上げることに何の意味があるのかだ。

 

 我々に突きつけられた現実は、食料、種、肥料、飼料などを過度に海外依存していては国民の命は守れないということだ。それなのに、「いくら頑張って自給しても、米国やオーストラリアよりコストがかかるのだから…」という理由で、自由化を進めて貿易(海外の調達先)を増やすことが安全保障であるかのような議論が必ず出てくる。

 

 まさにそれが間違っていたのだ。輸入が止まったらどうするのか? 国内の生産がなければ命が守れない。命を失うこと以上のコストがあるか? といわざるを得ない。

 

 国内の食料生産を維持することは、短期的には輸入農産物より高コストであっても、飢餓という計り知れないコストを考慮すれば、総合的コストは低い。みなさんの地元で頑張っている農家をみんなで支えることこそが、自分たちの命を守ることであり、その意味では一番安い。これこそが安全保障の考え方だ。飢えてからでは遅いのだ。しかも狭い視野の経済効率だけで食料を市場競争に委ねることは、人の命や健康にかかわる安全性のためのコストが切り縮められ、海外に依存する日本では量だけでなく、質の安全保障さえも崩されている。

 

実態はさらに低い自給率 飼料も肥料も海外依存

 

乳製品の関税撤廃で打撃を受けている酪農業(北海道)

 ご存じの通り国内農業は、高齢化や担い手不足、所得低下で生産が減少傾向にある。


 さらにコロナ危機で浮き彫りになったのは、生産資材の自給率の低さだ。飼料はもちろんだが、実は80%が国産といわれる野菜も、その種の9割は海外の畑で種取をしたものが入ってきている。だからコロナ危機で海外からの物流が止まりそうになって大騒ぎになった。物流が止まれば野菜も8%しか作れない。

 

 国内で頑張っている種苗業者によると、今や在来種の種ですら種取の多くはイタリアや中国など海外に依存しているという。だから種を国内でいかに確保するかが重要になる。F1種(一代限りの交配種)となると種取もできないのだから、地元のいい種を守らなければいけない。

 

 このようなときに日本はそれに逆行する政策をとっている。コメ・麦・大豆の種を、国がお金を出して県の試験場でいい種を作ってみんなに供給する事業をやめさせ(種子法廃止)、しかもその種を海外も含む企業に渡し、農家は企業から種を買わざるを得ない構図をつくり(農業競争力強化支援法八条四項)、さらに自家増殖を制限(種苗法改定)して、農家が自分で種取をすることを難しくした。「種を制するものは世界を制する」というグローバル種子企業の利益に乗せられたというほかない。

 

 その他、家畜の飼料に着目すると、鶏卵は国産率97%と頑張っているが、飼料(トウモロコシは100%輸入)が止まれば自給率は12%。そして実は、ヒナも100%近く輸入に頼り、そこから育てて採卵したり鶏肉(ブロイラー)にする。だから物流が止まれば一巻の終わりなのだ。

 

 化学肥料の海外依存も含めると、国内の99・4%の農家は慣行農業(農薬、化学肥料を使う一般的な栽培方法)なので、生産量は少なくとも半減する。食料自給率37%もとんでもない低さだが、実質は数%しかないということがわかる。

 

 このままだと2035年には、飼料の海外依存度を考慮すると牛肉、豚肉、鶏肉の自給率はそれぞれ4%、1%、2%。種の海外依存度を考慮すると野菜の自給率は4%と、信じがたい低水準に陥る可能性さえある【表②参照】。今は国産率97%のコメも、いずれ野菜と同様になってしまう可能性も否定できない。

 

 どれだけ私たちの命が脆弱な砂上の楼閣にあるのかということを裏付ける衝撃的な試算が今年8月、米国で発表された。

 

 米ラトガース大などの研究チームが科学誌「ネイチャー・フード」に発表したもので、米ロ戦争で15㌔㌧の核兵器100発が使用され、500万㌧の粉塵が発生するという恐ろしい事態を想定した場合だが、直接的な被爆による死者は2700万人。さらにもっと深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出るが、そのうち日本が7200万人(人口の6割)で世界の餓死者の3割を占めるというものだ。ショッキングな事実だが、冒頭から説明している現実から考えれば当たり前のことだ。

 

 かつてキューバの革命家ホセ・マルティは「食料を自給できない人たちは奴隷である」とのべ、高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」といった。果たして日本は独立国といえるのかが今問われている。

 

有事に生産拡大は常識 「作るな」は日本だけ

 

 国内生産の命綱ともいえるコメだが、米価はどんどん下がっている【グラフ③参照】。去年はコロナ禍の消費減も加わって、ついに1俵60㌔=9000円まで下がった。今年はわずかに上がったが、生産コストは1俵当り平均1万5000円かかる。こんな産業にしてしまったら作り続けられるわけがない。

 

 だが日本政府は「余っているから作るな」「牛乳も余っているから搾るな」というだけだ。余っているのではなく、コロナショックで買いたくても買えない人が続出して、日本の貧困化が顕在化したのだ。我が国はコロナ以前から先進国で唯一、20年以上も実質賃金が下がり続けている。つまり余っているのではなく、足りていない。

 

 だから今必要なのは、政府が農家からコメや乳製品を買って、食べられなくなった人たちに届ける人道支援だ。届け先はフードバンクや子ども食堂などいろいろある。不測の事態に突入したのだから、生産力を高めて危機を乗り切らなければいけない。にもかかわらず、生産するな、牛乳搾るな、牛殺せといっているのが日本だ。

 

 世界の飢餓人口が8億人をこえるなか、日本の生産力を最大限に使って、日本国内だけでなく世界の人々にも届けるくらいの人道支援になぜ財政出動しないのか。そうすれば国内の農家も消費者も、世界の市民も助けることができ、食料危機が回避できる。そういう発想がまるでない。

 

 他の国をみると、米国ではコロナ禍で農家の所得減に対して総額3・3兆円の直接給付をおこない、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けた。緊急支援以前に、米国・カナダ・EUでは設定された最低限の価格(「融資単価」「支持価格」「介入価格」など)で政府が穀物・乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。日本だけがこれを早くからやめてしまった。

 

 米国では、たとえばコメを1俵4000円くらいの低価格で売るように農家に求めるが、「最低限コスト1万2000円との差額は100%国家が補填するので安心して作れ」とやっている。これを穀物や乳製品にも基本的に適用している。

 

 さらに食料は「武器より安い武器」と位置づけ、安く売って世界に広げ、日本や途上国の人々の胃袋をコントロールする。だから米国の差額補填は一番低い年でも1兆円をこえている。米国が輸出大国なのは競争力があるからではなく、食料を安全保障の要、武器とする国家戦略があるからだ。

 

 しかも米国は、農業予算の60%は消費者支援として使う。米国の農業予算は年間1000億㌦近いが、その64%がSNAP(フードスタンプ)での消費者の食料購入支援だ。「EBTカード」を配り、所得に応じて最大7万円(月額)まで食品を購入でき、代金は自動的に受給者のSNAP口座から引き落とされる制度だ。この消費者支援だけで10兆円だ。これによって結果的に農家も助かるから農業予算としている。日本にはこういう制度も皆無だ。

 

関東の酪農家に配布された早期淘汰のチラシ

 逆に日本政府がやっていることといえば、たとえば関東の酪農家に配られたのは「余っているから牛を殺せ(早期淘汰)。殺せば一頭当り5万円払います」だ【写真】。北海道でも増産抑制に対応して廃用牛の出荷が増え、廃用牛価格が20%以上も下落し、資料や生産資材高騰で苦しむ酪農家に追い打ちを掛けている。

 

 だが今後近いうちに必ず乳製品が足りなくなる。海外から入らなくなる。そのときに牛を淘汰してしまえば、また種付けから搾乳できるまで最低3年はかかる。絶対に間に合わず大騒ぎになる。それなのに目先の在庫を減らすことしか考えない。

 

 さらに政府財務省は、「コメを作るな」というだけでなく、そのかわりに小麦、大豆、野菜、牧草等を作るための支援としていた水田活用交付金の条件を4月から厳しくし、実質切ってしまった。財務省は、「これでまた一つ農業予算が切れた」と喜んでいる。このままでは離農者が続出し、耕作放棄地は増え、食料危機に耐えられなくなる。大局的見地がなく、目先の歳出削減しか見ないこの亡国の財政政策こそが最大の国難だ。

 

 現場の苦しみは増している。肥料も飼料も価格は一昨年の2倍になり、燃料を含む生産コストは急騰しているのに、国産農産物の価格は低いままで、コメの価格はむしろ下がっている。輸入小麦の価格が上がれば、パンも含めて小売価格が上がるのに、国内の農家の生産コストが上がってもそれは価格に転嫁されないわけだ。鹿児島の年商30億円の大型養豚農家も倒産した。

 

 これは政府だけでなく、加工・流通・小売業界、消費者も全体で国産保護にとりくまないと大変なことになる。この半年間で、日本の農家の4割が消えるかもしれないというくらいの恐るべき事態にまで来ている。

 

食料は安全保障の「要」 これで国民の命救えるか?

 

農家15万人による燃料高騰や農業への補助を求めるデモ(3月20日、スペインマドリード)

 海外の農家は日本よりも政策的には恵まれているはずだが、それでも最近は農家の大規模デモが起きている。スペインでは、燃料価格高騰に怒り、トラクターなどの人海戦術で高速道路を封鎖し、スーパーなどの棚から食品が消えた。「農家が潰れて、こうなってもいいのか?」というメッセージだ。首都マドリードでは、10万~15万人の農家が、インフレ、価格ダンピング、農村の荒廃を放置する政府に抗議するデモをおこなった。世界中の農家が立ち上がっている。その意味で日本の農家さんは大人しいが、世界で最も厳しい状態に置かれているといっても過言ではない。

 

 酪農では、今年2月時点までの生産資材価格上昇で試算しても100頭以上の牛を飼っている大手ほど赤字に転落し、このままでは倒産の連鎖が広がり、熊本県の九州一の大産地でも「9割赤字で、もう数カ月持つかどうか」という議論さえ出てきている。コメの場合も同じで、米価は下がっているのに、支出は増えるので収支は数年前までは3万円あったのが今はゼロ。つまり働いている分の報酬は一切出ない。

 

 理解に苦しむのは、岸田首相が10月10日に鹿児島県を訪れ、潰れそうな肥育農家さんと車座対話をやった後、コメントを求められ「飼料高騰や価格下落で大変な影響だ。なにかせねばならない」といって「輸出強化」だといった。資金繰りができなくなって廃業寸前に追い込まれている農家の生の声を聞いた現場で出た言葉が「輸出振興」とは「国は助けない」といっているようなものだ。

 

 一方、安全保障といえば、中国への経済制裁を強化し、ミサイルで敵基地攻撃能力も強化し、いざとなれば攻めていけばいいというような勇ましい論議だけが過熱している。その前によく考えてほしい。日本は世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない国だ。他国は資源エネルギーも食料も自給したうえで経済制裁している。金魚のフンみたいに米国に付いていっても、逆に日本が経済封鎖されて兵糧攻めだ。戦う前に飢え死にしてしまう。もちろん戦ってはいけないのだが、それさえできないということもわからないのだろうか。

 

 果たして米国が助けてくれるだろうか? それは今のウクライナを見ればわかる。もうすぐ起きるかもしれないといわれる台湾有事は阻止しなければならないが、仮にもし起きたら日本の餓死者は現実のものになるだろう。それだけでなく米国は沖縄周辺を中心に日本を戦場にして、米国本土を防衛する。絶対に直接関与はしない。すると「日米安保」は、米本土を守るために日本を戦場にする可能性が高い。それらを視野に入れて、われわれは独立国として日本人の命を守るために、どうすべきかという国家戦略と外交戦略を持たなければいけない。思考停止的な米国盲従に日本の未来はない。

 

 不測の事態に国民の命を守るのが「国防」であるなら、食料は基本中の基本だ。武器は命を奪うものだが、食料は命を守るものだ。

 

 そして最近出てくるのが「自給力さえあればいい」という能天気な議論だ。その中身は、輸入食料がストップすれば学校の校庭、ゴルフ場の芝生を剥がしてイモを植え、最後は道路に盛り土してイモを植え、数年間は三食イモで凌ぐというものだ。まさに戦時中だが、真顔で出された構想だ。これには、さすがの『日経新聞』も怒った。「外国では赤字になったら補填するなど政府が受給の最終調整弁の役割を果たしているのに、なぜ日本にその機能がないのか」と。それでも「自由貿易こそが大事だ」といまだに主張する某大学の経済学者もいる。すでにそれが機能しなくなっているのに。

 

行政を縛る米国の圧力 「人道援助」は禁句に

 

 日本が農業を守る政策をとれない背景には、米国の圧力があることも理解しなければならない。日本政府関係者は、日本の国内農家や海外への「援助」という言葉を口にするだけで震え上がる。「米国の市場を奪う」と受け止められて米国の逆鱗に触れると自分の地位が危ないからだ。実際に反対を押し切って乳製品の援助をした農林水産大臣は当時「国士」と呼ばれたが、今はもう生きていない。だから、政治行政関係者は震え上がっていて、私が「援助政策」について話すだけで、声を震わせて「その話はやめてくれ」という。

 

 なぜ他国は輸入量の調整をするのに、日本だけはコメ77万㌧、乳製品13・7万㌧もの莫大な輸入を義務として履行し続けているのか。しかも国内で「在庫過剰だから作るな」「牛を処分しろ」「価格は上げられない」といっているときに、だ。

 

 「最低輸入義務だから」というが、ウルグアイラウンド(UR)合意で定められたミニマム・アクセスは「低関税を適用しなさい」というだけの枠であって、その数量を必ず輸入しなくてはならないという約束ではない。それを日本だけが「最低輸入義務だ」「国際約束だ」といい張って輸入している。

 

 本当の理由は、米国との密約で「お前だけは全部入れろよ」「コメのうち36万㌧は必ず米国から買え」といわれているものだから、怖いからずっとそれをやり続けている。文章に残せば国際法違反になるから明文化はされていないが、これは陰謀論ではなく、陰謀そのものだ。表に出てくる話は形式であって、政治は裏で陰謀が蠢いて決まっていくのだ。外交はまさにそうであり、私はそれに携わっていたから知っている。その制約を乗りこえて、他国の持つ国家安全保障の基本政策をとり戻し、血の通った財政出動をしなければ日本は守れない。

 

(つづく)

 

・迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊦ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘

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 鈴木宣弘(すずき・のぶひろ) 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)、『農業消滅』(平凡社新書)など著書多数。

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この記事へのコメント

  1. 森江 一彰 says:

    日本の農業政策が農業振興のためでなく、総額としての経済振興の枠内でのことは昔から周知の事実。
    一旦決めた方針からなかなか抜け出せないのは、本当に愚かしいことで
    今や、食糧事情の危急存亡の状況になっていても、なお輸出振興の信仰が染みついたまま。
    鈴木先生の言葉を政府は真剣に聞くべきだ。

  2. まえだ舎衛 says:

    長周新聞さん、ありがとう。
    貴紙は日本の三大紙と称賛してきましたが、本日をもって断然最上位紙と位置づけます。2.3番はモチロン沖縄の2紙です。

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