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農業基本法改定に待った! 食料・種の自給なき「食料安保」 種子を守る!緊急院内集会で鈴木宣弘教授、岩月浩二弁護士が講演

日本の種子を守る会が開いた「種子を守る!緊急院内集会」(4日、参議院議員会館)

 岸田政府は農政の憲法といわれる「食料・農業・農村基本法」を25年ぶりに改定しようとしている。気候変動や異常気象による世界的な農作物の不作の頻発にウクライナ戦争も加わって、食料、肥料、飼料不足に直面したことがきっかけだ。だが蓋を開けてみると「食料安全保障」をうたう政府が示した改定法案には、「食料自給率の向上」も「種子の自給率向上」の言葉もなかった。そして危機的な農村を支えるのではなく規模拡大やスマート農業の推進、さらには食料や農業資材の安定輸入を重点に置く内容となっている。同時に、有事のさいに政府が増産・供出を命令することを可能にする「食料供給困難事態対策法案」を新法として提出し、今国会での成立をめざしている。「日本の種子(たね)を守る会」は4日、食料自給、種子の自給を基本法に盛り込むことを求めて参議院議員会館講堂で「種子を守る! 緊急院内集会」を開催した。会場・オンライン合わせて約600人が参加し、熱い議論がおこなわれた。

 

 開会の挨拶に立った日本の種子を守る会副会長の安田節子氏は、「今国会での基本法改正の背景には、化学肥料やエネルギーなど生産資材の輸入に頼る日本のリスクが顕在化したことがある。日本のリスクはそれだけでなく、国内の農家人口の激減、水田がこの65年間で100万㌶も減っているという農業の衰退に根源がある。すぐそこにある危機として近未来の食料生産力に危険信号がともっている。このような状況に直面する今、基本法の中心には食料自給を据えるべきだ。しかし、中間報告ではいったん上がった自給率と、それを支える多様な農業形態の支援は消え、加わったのは食料安全保障の確保だけになった」と指摘。「食料安全保障をいうなら、国土に一番適した水田農業に依存するのが最良の道であり、コメは籾(もみ)で保管すれば長いあいだ保存することができる安全保障に適した作物だ。ところが政府はこの間、コメなどの種子をないがしろにする政策をとってきた。TPPの日米文書によって設置された規制改革推進会議によって主要農作物種子法の廃止、種苗法の改悪、また農業競争力強化支援法によって公的な種子育種から民間の商業的種子へ移行することになってしまった。この背景に種の自給を奪い、日本の食料支配を完成させようとする力が海の向こうから働いているのではないかと思わざるを得ない」とのべた。

 

 企業の種子は多様性に欠け、農家の選択肢は少なくなっていくこと、価格は必ず上がり、アメリカの場合、遺伝子組み換えの種子が過去20年間で700%以上上昇したことを指摘。農研機構が3月に公開した在来種280品種も、新品種開発の素材として民間に提供することを掲げていることに「在来種も民間の手に渡そうとしている」と警鐘を鳴らし、改定基本法の中心に自給を掲げること、そのために不可欠な種子の自給を明示することを求めると訴えた。

 

 続いて、同会会長の秋山豊氏(JA常陸組合長)のビデオメッセージが紹介された。秋山氏は「日本の食料自給率を上げるために畜産のエサ、飼料用トウモロコシ、大豆、麦などを国内でつくろうとしたとき、日本に十分な種はないと思う。畜産のエサを国内でつくり、コメ、麦、大豆、野菜も緊急時に十分足りるだけの生産をするには、まず種の自給を基本に入れなければならない」と呼びかけた。

 

 集会では、同日朝から衆議院・農林水産委員会の参考人質疑に参加した東京大学大学院の鈴木宣弘教授が「食料・農業・農村基本法の改定は食料・農業・農村を救うか」と題して、農業と食料自給率の現状とともに、改定基本法の問題点を講演【下別掲】。種子法廃止違憲訴訟弁護団の岩月浩二弁護士が「『みつひかり』不正事件から考える種子の自給」をテーマに話した【下別掲】。

 

農業者や農協関係者 「国を滅ぼす法律」と

 

 会場からは危機感を持った農家や地方自治体、農協関係者などから意見が出され、活発な議論がおこなわれた。

 

 千葉県の有機農家は、「今回の基本法改定は、国民的な合意がほとんど形成されていない。目立つのは輸出の話で、農村政策はほとんど記述なしだ。このままいくと農村ががたがたになってしまう。現行基本法は決めるのに6年かかった。もっと時間をかけて日本の農業をどうするのか、食べ物をどうするのか、農村をどうするのか、しっかり議論が必要だ。このまま4月に可決されて参議院に送られたら国を滅ぼす。絶対に継続審議だ」と発言した。

 

 北海道の議員は、自治体議員が連携し、鈴木宣弘教授を顧問に「食料自給の確立を求める自治体議員連盟」をつくったことを紹介した。

 

 そして「先日、要望書を農林水産省に提出した。要望は7項目で、食料自給率の数値目標などを含めた自給率の向上を掲げること、ヨーロッパなどで当たり前になっている直接支払いをもっと拡充すること、種子法が廃止されて種の生産をしっかりと自国でできる仕組みをつくることなどだ。残念ながら農水省の回答は『自給率は一本足打法だからこれだけではだめなんだ』『直接支払いはもうしている』というものだった。食料・農業・農村基本法ということなので、農村を守るたたかいと合わせながら、消費者と連携をとれるたたかいを粘り強く進めていきたい」とのべた。

 

 そのほか「農水省は海外のリスクが低いところで種をつくっているから大丈夫だというが、先日いつも使っているカリフラワーの種が手に入らなかった。ブラジルで気候変動、異常気象によって種がつくれていないということだった。ニュースを見ていても、日本以上に異常気象の被害は海外で出ている。であれば身近で、見えるところでつくった方が安全だ。基本法は農業の憲法といわれているが、憲法とは国家権力から国民の権利を守るものだ。これに“種”というワードがないということは、なんでもできるということだ。だからこそ、基本法には“種”を明記してほしい」(茨城県、農家)、「改正案に種の記述がないのは大変間抜けな話だ。今の国際情勢のなかでは食料を輸入に頼るのはなんの安全保障にもならない。輸出入については、大変なエネルギー浪費があり、地球環境に大きな負担をかけている。環境と調和のとれた食料システムと相容れないものだ。基本構成からして論理的に成り立たない変更案だ。しっかり見直ししないといけない」(栃木県、農家)など多くの意見がかわされた。

 

◇――――――――――――◇

 

■食料・農業・農村基本法の改定は食料・農業・農村を救うか

 

              東京大学大学院特任教授 鈴木宣弘

 

鈴木宣弘氏

今何が求められているのか

 

 全国の農村を回っていると、高齢化が進み、農業の後継ぎがいない。中心的な担い手もこれ以上は農地を受け入れられないような形で限界が来ている。そして耕作放棄地がどんどん広がっている。農業従事者の平均年齢は68・4歳。この衝撃的数字は、あと10年もしたら日本の農業の担い手が極端に減少し、農業・農村が崩壊しかねないということを示している。しかも今のコスト高で、農家はコストを販売価格に転嫁できず赤字に苦しみ、酪農・畜産を中心に廃業が後を絶たず、崩壊のスピードは加速している。私たちに残された時間は多くないというのが今の現実ではないか。一方の国際情勢は、いわずもがなだが、もうお金を出せばいつでも食料が買える時代でなくなっている。

 

 それを受けて25年ぶりに食料・農業・農村の「憲法」たる基本法が改定されることになった。基本法の見直しを今やる意義とは、世界的な食料需給情勢の悪化と国内農業の疲弊を踏まえ、国内農業を支援し、種の自給率も含めて食料自給率をしっかり高め、不測の事態にも国民の命を守れるようにしなければいけない。そういうことを宣言するんだと、みな考えた。

 

 確かに、新基本法は食料安全保障の重要性については認識されている。しかしながら、基本法の原案には種の自給どころか、食料の自給率向上という言葉さえ出てきていなかった。与党からの要請を受けて、「食料自給率向上」という文言を加える修正はおこなわれたが、なぜ自給率向上が必要で、そのためにどのような抜本的な政策が必要なのかという内容はまったくないままだ。

 

自給率の意味がわかっているか

 

 そもそも食料自給率という指標の位置づけについても、審議会関係者のなかでは、「食料安全保障を自給率という一つの指標で議論するのは、守るべき国益に対して十分な目配りがますますできなくなる可能性がある」とさえ指摘されていたというのだから理解に苦しむ。事務方からは「自給率という『一本足打法』では不十分だ」という言葉も出てきている。農地や労働力、肥料などの生産要素・資材の確保状況などが食料自給率とは別の指標として重要だといいたいようだが、これは食料自給率の意味が十分に理解されていないことを意味する。

 

 食料自給率は生産要素・資材と一体的な指標である。なぜなら、生産要素・資材がなければ食料生産ができず、食料自給率はゼロになるからだ。今も、飼料の自給率が勘案されて38%という自給率が計算されていることからもわかる。私の試算では、ほぼ100%輸入に頼っている肥料を考慮すると実質自給率は22%、さらに、野菜だけでなくコメなどの種の自給率も10%に低下すると想定すると、日本の実質自給率は9・2%だ。

 

 つまり、生産資材、種の自給率などすべてを総合的に高めることが重要なのであり、それが下がれば食料自給率が極端に下がって国民の命を守れなくなる。このようにすべてが食料自給率に集約される要素であることを考えれば、「自給率の一本足打法はだめだ」というような議論で整理すること自体が間違っている。これは食料自給率の定義・意味を理解していないといわざるをえない。

 

なぜ農村現場が苦しんでいるか

 

 もう一つの重大な問題は、農村の疲弊を改善し、自給率向上のための抜本的な施策強化は必要ないとの認識があることだ。畑作には内外価格差を埋めるゲタ政策がある。コメなどには収入変動緩和のナラシ政策もある。収入保険もある。中山間地・多面的機能直接支払いなどがおこなわれている。だから十分だ、新たな施策は必要ないというのが事務方の説明である。

 

 しかし、十分ならなぜ現場がこれほど苦しんでいるのか。政策が不十分だから農業危機に陥っているのは明白ではないか。今のコスト高に対応できていない政策では現場の赤字は解消できない。そのことを認識せずして、もう政策は必要ないかのような議論をなぜ基本法を改定するときにやるのか。

 

 一方で出てくるのは、規模拡大によるコストダウン、輸出振興、スマート農業、海外農業投資して海外農業生産を増やす、あるいは農業法人に企業の参入を促進するために、半分未満に制限されている農外資本比率を3分の2まで増やすということだ。これはだれのためなのか。

 

有事立法つくり罰則だけ強化

 

 今苦しむ農業を支える施策は提示されないまま、「目玉はある。有事立法(食料供給困難事態対策法)だ」という。平時からしっかりと自給率が向上できるようにするのではなく、輸入先との関係強化と海外での日本向け生産への投資を増やすことが重要だという。

 

 しかし、不測の事態になれば自国の国民をさておいて日本に先に売ってくれる国があるはずはなく、物流が止まれば海外農業生産を増やしていても運んで来れない。なぜまず国内生産を増やすことが大事だとならないのか。 

 

 一方で、有事になったら慌ててカロリーを摂りやすい作物への転換と増産命令を出し、供出を義務づけ、増産計画を提出しないと罰金を科すような有事立法をつくるという。平時は輸入に頼り、有事になったら命令するからそれに従ってつくれというが、できるわけがない。そんなことを罰則まで決めてやる前に、平時からしっかり政策を打ち、種の自給を含めて食料の自給を高めておけばすむ話だ。

 

多様な農業経営体の位置づけ

 

 今回の基本法改定の過程において、農村における多様な農業経営体の位置づけが後退しているとの指摘が多くなされてきた。最終的には、多様な農業者に配慮する文言は追加されたが、条文を見るとわかるように、26条の1項で、効率的かつ安定的な農業経営に対しては「施策を講じる」としている一方で、2項で、多様な農業者については「配慮する」と書いているだけだ。つまり、効率的な経営以外の農業経営体は施策の対象ではない、と位置づけていることがわかる。

 

 基本的な方向性は、長期的・総合的な持続性ではなく、狭い意味での目先の金銭的効率性を重視していることが懸念される。農家からの懸念に、ある官僚は「潰れる農家は潰れたほうがよい」と答えたと聞いた。自給率向上を書きたくなかった理由には、「自給率向上を目標に掲げると非効率な経営まで残ってしまい、予算を浪費する」という視点もあったと思われる。

 

 今、農村で中心になる担い手が重要なのは間違いないが、一部の担い手への集中だけでは地域が支えられないことがわかってきている。定年帰農、兼業農家、半農半X、女性グループで農地を借りて自然栽培をする動き、若手が有機や自然栽培で小さい面積から始めたいなど、さまざまな動きがある。多様な担い手がいて、あぜ道の草刈りや水路の管理も含めて地域コミュニティが機能し、資源・環境を守り、生産を維持することができる。これが今の農村を支えている。このことを無視して結局ごくわずかな企業なりが入ってきてやればそれでいいという流れが非常に強まっている。

 

田んぼ潰しに750億円

 

田植え作業に精を出すコメ農家(山口県)

 麦や大豆の増産も重要である。しかし今、短絡的に「コメは余っているから」と田んぼをつぶし畑地化を推進しているのは危険だ。2023年度補正予算でこれに750億円つけるといっている。加工用米や飼料米も含めて、水田を水田として維持することが、有事の食料安全保障の要であり、地域コミュニティ、伝統文化の維持、洪水防止機能などの大きな多面的機能もある。こうしたことを無視した議論がおこなわれているのは間違っているのではないか。

 

 中国は今、有事に備えて14億人の人口が1年半食べられるだけの穀物を備蓄するとして世界中から買い占め始め、国内も増産している。かたや日本の備蓄はコメを中心にせいぜい1・5カ月分だ。コメは今800万㌧弱しかつくっていないが、日本の水田をフル活用すれば1200万㌧つくれる。潜在生産力があるのだから、農家がもっと頑張れるような政策をして生産を増やし、しっかり備蓄すれば、不測の事態にどれだけ国民が安心して命を守れるか。

 

 「そんな金がどこにある」といわれるが、よく考えてほしい。いざというときに国民の命を守るのが国防だというならば、アメリカからミサイルを買うのに43兆円も使うお金があるのだったら、食料を国内で生産し、政府の責任で備蓄するのに数兆円かかっても、それが一番の国防だ。田んぼつぶしに750億円使っている場合ではない。また、物流が止まれば意味のないような海外における日本向け生産への投資などに資金を使うなら、なぜ国内生産強化に財政投入しないのか。財政負担が限界だという説明は理由にならない。

 

種の自給の重要性への認識欠如

 

 種の問題も深刻だ。日本の野菜の自給率は80%といわれるが、その種の9割が海外の畑で種採りをしている。コロナ・ショックでこれが止まりそうになって大騒ぎになった。本当に止まれば自給率は8%に落ち込む。種の輸入が止まったら、国内で種採りすればいいというが、ほとんどの種はF1(一代雑種)にされているので種を植えても同じものはできない。

 

 だから、自分たちの大事な種を国内で循環させる仕組みをつくらなければ日本は持たない。食料は命の源だが、その源は種だ。それを含めて、日本の食料自給率を再計算すると、38%の自給率は、もしも肥料が止まり収量が半分になるとすると22%に、そのうえ種も止められたら9・2%にまで落ち込む。

 

 私はこの計算で野菜の種子だけでなく、コメ・大豆・麦の種子も海外に9割を握られると想定した。「その想定がおかしい」とよくいわれるが、私たちは日本の大事な種をどんどん海外に渡してしまう方向性を進めてしまっている。グローバル種子農薬企業は「種を制するものは世界を制する」といって世界中の種を自分のものにし、それを買わないと生産できないような状況をつくろうとした。しかし世界中の農家・市民が猛反発して苦しくなっている。すると、なんでもいうことを聞く日本でもうけようじゃないかと、日本にどんどん要求が来た。

 

 まずいわれたのが、公共の種をやめろということだ。国がお金を出して、都道府県の試験場で良い種をつくり、農家に安く供給する、こんな事業はやめろといわれて種子法を廃止した。そして良い種は企業に差し出せといわれ、そういう法律までつくらされた。さらに農家が自家採種できると次の年から売れなくなるので、自家採種を制限しろといわれて種苗法も改定した。シャインマスカットの苗が中国・韓国にとられたから日本の種を守るんだといったが、実際にやったことは日本の大事な種を海外の大きな企業に渡していくような流れを自らつくることだった。そう考えると食料自給率9・2%という事態は目の前に近づいている。

 

 じつは中国も動いている。中国も野菜の種などが90%以上海外依存になっているが、習近平国家主席がこれに慌てて国民に大号令をかけた。「種は我が国の食料安全保障のカギだ。自分の手で種を握ってこそ、中国の食料事情を安定させることができる」「中国の国家戦略としてすべてを国内で完結させ、国際情勢に左右されない国づくりを目指す」と。

 

 私たちも今日本で起きている流れに歯止めをかけ、種の自給を確立し、農家の自家採種の権利を守ることを基本法に明記しなければ、いざというとき日本人の命を守ることができない。種の自給なくして食料の自給はない。

 

 このことにしっかりとふれていただくことが必要だ。

 

 「日本で種採りするのは非効率だ」「気候も悪いし圃場も小さいから輸入した方が安いではないか」というのは大きな間違いだ。食料も種も、輸入が止まったときに命を守るコストを考えれば、国内生産のコストが少々高くてもその費用を負担することこそが、一番の安全保障であり、長期的・総合的には一番安いのだ。このことをしっかりと位置づけなければならない。

 

相変わらずの規模拡大、輸出、スマート農業~誰の利益?

 

 それを位置づけないまま、国内農業を支える施策は十分であるかのような説明をして、あいかわらず規模拡大してコストダウンすれば、1面1区画の面積を増やせばオーストラリアとたたかえる――というような議論をしている。日本でどんなに1面1区画の田・畑の面積を増やしても、北海道でもせいぜい6㌶。オーストラリアの1面1区画は100㌶だ。規模拡大してコストダウンするのも大事だが、同じ土俵でたたかっても勝てるわけがない。そのことをいまだにいい続け、あとは輸出拡大、スマート農業、海外農業生産増大、農業法人への企業参入の比率を高めるといっている。だれのためなのか? 現場で苦しんでいる農家にどれだけ直結する政策なのか? 関連する企業は利益を得られるかもしれないが、政策がどこを向いているのかということが今大きく問われる。

 

 今現場で頑張っている人たちをないがしろにして、一部の企業につながっているような方々が利益を得られる構造をつくろうとする大きな流れが非常に心配される。IT大手企業が描くような無人農場がポツンポツンと日本に残ったとしても、日本の多くの農山漁村が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、食の安全性も失われ、そして不測の事態になれば過密化した都市部で餓死者が続出する――そんな歪な日本にしてしまうわけにはいかない。

 

国内農業支援の明確な位置づけと関連法の必要性

 

 今必要なのは、国民の命をいつでも守れるよう食料自給率を高めることだ。そのためには今現場でコスト高で苦しみながら、歯を食いしばって頑張っている農家を支えられる仕組みをしっかりつくる。そして種の自給を実現させるための施策を強化することだ。農業問題は農家の問題をはるかにこえて、消費者、国民一人一人の自分の命の問題だということをしっかりと認識し、みんなで農業・農村を守り、自分たちの命を守れる政策を、農業の憲法といわれる食料・農業・農村基本法改定にしっかりと入れていくことが必要だ。これを今やらなければ間に合わなくなる。

 

 防衛予算は年間10兆円規模になっているのに対して、農水予算はいまだに2兆円で頭打ちといわれている。このバランスの悪さを考えてほしい。武器は命を奪うものだ。いざというときに命を守るのが国防というならば、国内の食料、農業、種を守ることが日本の国民にとっての一番の国防だ。今こそ農林水産省予算の枠をこえて、安全保障予算という大枠で捉え、国民の食料と農業・農村を守るために抜本的な政策と予算が不可欠である。農業・農村のおかげで国民の命が守られていることを今こそ認識しないと手遅れになる。今が正念場だ。

 

 

■「みつひかり」不正事件から考える種子の自給――三井化学クロップ&ライフソリューションの報告書を読む


        種子法廃止違憲訴訟弁護団共同代表 岩月浩二

 

岩月浩二氏

 種子法廃止の表向きの理由は「民間の種子の参入を種子法が邪魔している」ということだった。そのとき農水省が一番力を入れて強調したのが三井化学の「みつひかり」というイネの品種だ。農水省は「みつひかり」について、「38都府県で栽培され、超多収(1反で12俵とれる)、吉野家でも採用された美味な銘柄」だとし、このような優良な種子が普及しないのは、種子法が邪魔をしているからだと説いて回った。ところが、錦の御旗だった「みつひかり」が不正の温床になっていたことが発覚し、三井化学は2026年に撤退するといっている。種子法廃止とは公共の種子をつぶすことだけが目的だったのではないかと疑わざるを得ない事態だ。

 

 「みつひかり」事件の発端は、2023年2月20日ごろ、突然三井化学から「今年の『みつひかり』は供給しない」という通知が栽培農家や種苗会社に一斉に届いたことだった。「昨年の天候の影響によると思われる交配不良による純度不足」が理由だ。これから種を植えようという時期であり、突然の供給停止は農家に大混乱をもたらした。さらに同年7~8月にかけて三井化学クロップのサイトに「お詫びと回収」が掲載され、農水省に対する報告書が出されて不正が明らかになった。

 

 まず、2016年からずっと生産地を偽っていた。2015~17年ごろまでは茨城県産が多かったが、2019年は0・2㌧、2020年は1・2㌧しかない。にもかかわらず「茨城県産」をうたっていた。

 

 そして「みつひかり2003」に、「みつひかり2005」など別の品種を混合して売っていた。その割合は2017~2019年が3%、2020年は25%で、2021年に至っては合計39%も別の種子を混合していた。「2003」と「2005」はまったく違う品種だ。それを40%近く混入させて売っていたのだ。

 

 さらに、「発芽率90%以上」とうたっていたが、2019年以降ずっと、90%に満たないものが出荷されていた。とくに2020年は18ロットのうち17ロットが発芽率90%未満だった。2021年は4ロットすべてが90%未満だったという実態だ。

 

 種子法廃止が施行されたのが2018年、議論されたのが2017年だが、その当時からずっと不正をしていたということだ。明らかになったのは2016年以降だが、これは農水省から命じられて社内調査をしたところ、社内のメールが2016年以前はなかったから、2016年以降しか調べられなかったという曰くつきの報告書だ。

 

 発芽率が90%に満たない問題については、山田正彦元農林水産大臣が、これを問題にしようとしていた種苗会社を訪ねて確認したところ、全然発芽しないロットもあり、平均すると70%未満ではないかという。こんなものを種として販売し、農水省が優良な品種としてふれ回り、まんまと騙されて種子法を廃止してしまったのである。

 

 来年以降について、三井化学から農家や種苗会社に通知があった。「DNA検定には1月下旬から2月までかかることから、DNA検定の結果により、場合によっては『雑稲種子(その他うるち米)』として販売することになる可能性がある」「弊社の種子生産・販売事業については、技術的、経済的、人材的要因から本事業を継続することは困難な状況にある。…(中略)令和8年以降に向けては別の品種への切り替えをご検討いただけますようお願い申し上げます」というものだった。撤退する再来年以降は別の種で考えてくださいということだ。種子法廃止の錦の御旗だった「みつひかり」はこれにて幕引きだ。

 

 教訓として、三井化学自体が、F1という一代限りの種子を開発するのは大変だったといっている。少し考えればわかるが、公共の種子は、3年かけて増殖した種子を売る。民間は毎年種子を買わせるためF1の種子を開発する。ところが一代で種子にする生産コストはきわめて高く、採算がとれない。営利をはかろうとすれば、きわめて高い値段で売るしかない。現実に「みつひかり」は公共の種子の約10倍だったが、それでもコストが持たないから撤退するといっている。コストをとるためにはどれだけの値段の種子になるかが問題だ。そうなると唯一採算がとれるのは広大な農地と安い人件費の海外での生産だ。

 

 野菜がたどったのと同じ道を、種子法廃止でやらせようとしているのではないかと思うような事態だ。だが、これだけ「みつひかり」の粗悪品が出たということは、栽培を委託した農家に対するチェックができなかったことを意味する。国内の栽培農家すら管理できなかった企業が海外生産を管理できるだろうか。

 

 民間は責任をとる義務がない。種子提供でもうけようとしたが、提供しなければならない義務はなく、採算がとれなければ撤退する。種子法の狙いどおり、民間の種子が支配的になれば、外資かどうかは別として、民間企業の不正や撤退は国民の生命を直接危険にさらすことになる。これが「みつひかり」不正事件の重大な教訓だ。公共の種子を守り、種子の自給を確保することがきわめて大事である。

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