いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『それはどこでも起こり得る:壊れゆく世界への抵抗』 ブレイディみかこ 著

 1965年福岡市生まれの著者は、1996年から30年間、英国ブライトンに住み、失業者や低所得者が無料で子どもを預けられる託児所で保育士として働く経験を経て、さまざまなエッセイやコラムを発表してきた。この本は24年から準備してきたもので、社会のキーワードになっている言葉から今の世界の動きを深掘りしている。

 

24時間、脳の中まで支配

 

 昨年1月、第2次トランプ政権が発足した。その就任式で、トランプの背後に世界でもっとも資産を持つテック富豪たちが勢揃いしたことは記憶に新しい。

 

 その一人、イーロン・マスクは、トランプを再当選させるためにツイッター(現X)を買収したといわれ、大統領選が近づくにつれ、Xは「激戦州を民主党の地盤に変えるため、大量の不法移民を流入させている」など、トランプ陣営に有利な根拠のない投稿であふれかえったという。マスクが選挙期間中、アルゴリズムの変更によってこうした投稿が拡散しやすいようにしていたことも、その後明らかになった。

 

 SNSはそれを運営するプラットフォームが、自分の利益に沿うよう世論を誘導するツールになっている。これはイギリスでは、すでに2016年のEU離脱国民投票のさいのケンブリッジ・アナリティカ事件で経験したことだ。

 

 つまりプラットフォーム企業は、政治的には、収集した個人情報にもとづいて、有権者一人一人に最適化したメッセージを送り続け、投票結果に影響を及ぼす。商業的には、利用者一人一人のライフスタイルや家族構成、友人関係、読んでいる記事や見ている動画を分析し、一人一人に最適化した商品を紹介し、消費の欲望を創造する。

 

 これについて著者は、24時間、脳の中まで支配される奴隷になり得るのだから、これまでの資本主義社会における搾取よりもよっぽどタチが悪いと指摘する。

 

 フェイスブック初の女性役員となり、「真の男女平等を実現するには女性のリーダーが増えなければならない」といった女性がいた。ところが彼女は、部下の女性スタッフたちには「子どもが生まれる瞬間まで働くべきだ」と圧力をかけており、実際に分娩室で陣痛に耐えながらパソコンで書類を作成していた部下がいたことが内部告発で明らかになった。

 

 ごく少数の人たちが無制限に、法さえ無視して自由を手にする一方、大多数の者が自由を奪われ、民主主義が否定される。これを「テクノ封建制」と呼ぶ見方を紹介しながら、著者は、デジタルサービスのインフラをテック富豪たちから没収し、公共財にすべきだとする意見があることを示している。

 

共存関係にある保守・革新

 

 イギリスでは1997年、18年ぶりに保守党から政権を奪還した労働党のブレアが、「右でも左でもない、第三の道」を掲げた。しかし実際にやったことは、サッチャーの新自由主義を引き継いで実行したことと、アメリカの誘いに乗ってイラク戦争に突入したことであり、これが英国民の猛烈な反発を呼んだ。

 

 だが、それだけではなかったことが、今年二月のピーター・マンデルソン元駐米大使の逮捕で暴露された。マンデルソンはブレア政権の中心人物の一人であり、現在の労働党政権もブレア派が支配しているといわれる。

 

 そのマンデルソンが、未成年の人身売買で逮捕されたジェフリー・エプスタインときわめて密接な関係にあったことが、アメリカが公開した文書で明らかになった。マンデルソンは、2008年にエプスタインが有罪判決を受けた後も、みずから進んで彼の陰謀に首を突っ込んでいた。また、マンデルソンがビジネス大臣を務めていたとき、英政府の税制改革案や、金融危機時の救済策などの機密情報をエプスタインに渡し、報酬を得ていた。

 

 さらに元首相だったブレア自身が、トランプ政権の「平和評議会」のメンバーになり、トランプの義理の息子であるジャレッド・クシュナーと一緒にガザのリゾート開発を進めようとしていたことも暴露された。

 

 これをめぐって著者は、アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーの次の意見に注意を喚起している。

 

 「人々を嘲笑うエリート主義者である中道派(ブレアやオバマ)と、地元に根ざしたふりをし、バカのふりをし、ファシストのふりをしている詐欺師の男たち(トランプやボリス・ジョンソン)は、共存関係にある。この二つの勢力だけが、唯一の実行可能な政治的選択だという状況を彼らはつくり出そうとしている。なぜなら、彼らは互いを糧にし、補完し合っているからだ」

 

 第二次大戦後、長きにわたって存在した保守vs革新、共和党vs民主党(米国)、保守党vs労働党という対抗軸はすでに崩壊し、両者が実は机の下でぬるっと手を握り合う共犯関係にあったことが暴露されている。そのなかで、新しい価値観をもった新興の政治勢力が広範な人々の支持を得て、古い政治家たちの度肝を抜いて登場している。アメリカの民主社会主義者がそうであり、イギリスでも、日本でも……それはどこでも起こり得る。

 

 (文藝春秋発行、四六判並製・272ページ、定価1600円+税)

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