
近年、イスラエルのガザ虐殺への抗議とパレスチナ連帯の世論と行動が広がるなかで、生死の境をくぐったパレスチナ現地のレポートとともに、新鋭の詩人や小説家の作品が以前に増して読まれるようになった。「パレスチナ文学アンソロジー」と副題を付けた本書は、1950年代から今日までの8人の作家による短編小説と詩で構成している。5人の訳者がそれぞれの作品の背景や文学史的な位置づけについて解説している。
パレスチナ文学の原点は1948年のナクバ(イスラエル建国によって70万~80万人のパレスチナ人が故郷を追われ、難民となった)にあるといわれる。それ以前は、パレスチナの作家たちはアラブの近代文学の一翼を担う存在であった。だが“パレスチナ文学”として明確な形をとって登場するのは、ナクバ以降にパレスチナの人々がたどった苦難と希望への道筋においてのことである。
この歴史の道程でイスラエルに占領されているヨルダン川西岸地区とガザ地区には500数十万人、イスラエル領内に約180万人のパレスチナ人が暮らすようになった。そして、パレスチナ以外の諸国に追いやられた人々は約800万人といわれる。一口にパレスチナ人といっても、その体験は置かれた時代と境遇によってさまざまであり、複雑に交錯している。本書はそうしたパレスチナ文学の歴史と広がりを網羅するように、時系列で13編の作品を収めている。
最初に登場する女性詩人、ファドワ・トゥカーン(1917年生まれ)の「洪水と木」と題する作品は1967年の第三次中東戦争(六月戦争)で西側メディアの報道に抗してうたいあげたものだ。「悪魔のような竜巻」が吹き荒れ「黒い洪水」が「良き緑の大地」を襲い、「喜びの歓声」が西の空に広がる様子を冷ややかに見つめ、次のように続けている。
〈木が倒れた?/小川は赤く染まったが/死体からあふれるワインが根に注がれ/アラブの根は/岩のように深くもぐる/どこまでも深くもぐる〉〈木は立ち上がるだろう/木は立ち上がり/太陽のもとで、枝を伸ばし/青々と茂るだろう/木の笑いが 無数の葉となって/太陽に照らされるだろう/そして、鳥たちがやって来るだろう/鳥たちはきっとやって来る〉
ファドワは「種子は、土の中で苦労して道を開かなければ陽の光を見ることができない。私のこの物語は、種子と石だらけの硬い大地との戦い、渇きや岩との戦いなのだ」(自伝)という精神で数々の作品を生み出した。そして、そのことによって、「パレスチナで最も愛される詩人」となったといわれる。
もう一人、パレスチナの「国民的詩人」であるマフムード・ダルウィーシュはナクバの難民としてレバノンに逃れイスラエルに密入国し、その後再レバノンで亡命生活を送り、ヨルダン川西岸地区に戻った体験を持つ。彼の詩「身分証明書」は、アラブの誇り高き精神を戦闘的に歌い上げている。以下はその一節である。
〈俺はアラブだ/家名などない 名のみの存在/俺は 耐え忍ぶ/生きるものたちすべてが 怒りをたぎらせるこの土地で〉〈俺はアラブだ/祖先の葡萄畑を奪われ/俺と 俺の子どもたちみなで耕してきた 土地も奪われた/俺たちに……俺の子孫たちすべてに 残されたのは/この岩だけ……/それすらも/おまえたちの政府は 奪うというのか〉
〈俺は人を憎んだりはしない/誰からも盗んだりはしない/だが……もしも 飢えたなら/簒奪者の肉を喰らってやる/気をつけろ……気をつけろ……俺の飢えに/俺の怒りに〉
ガッサーン・カナファーニーは12歳でナクバを体験した難民作家として、また武装闘争による解放をめざしたPFLP(パレスチナ人民解放戦線)の報道官として活動する最中、若くしてイスラエルの諜報機関によって殺害されたことで知られる。小説『ガザからの手紙』は、ガザから抜け出したいという切なる願いで結ばれ、先にアメリカに行った親友の誘いへの返信の形式をとっている。
友人は、カリフォルニア大学が主人公の受け入れを承諾したことを伝えてきた。だが、主人公はそれに感謝しつつも、ガザに残るという決意を伝える。そして、友の方こそガザに戻って来いと呼びかけるのだ。彼にそのような揺るがぬ意志を固めさせたのは、13歳の姪がイスラエル軍の攻撃によって大腿部から切断した足を見せたときに交わした悲しみにうち震えた対話であった。女の子は爆撃から逃げず、弟をかばったことで片足を失ったのだった。
彼のもう一つの小説「梟は遠き部屋に」は、1枚の梟(ふくろう)の写真とナクバの夜の体験を重ねて、「逃げるか死ぬかの選択を迫る一瞬に、そこに踏みとどまろうとする、何者も恐れぬ、あの挑むような意志」を浮きだたせた物語である。翻訳者の岡真理はこれらの作品が「そこに踏みとどまって闘う」という「パレスチナ人の明確なアイデンティティ」を示すものだと解説している。
本書の表題となった小説「石とザアタルの地」の作者リヤーナ・バドルはエルサレムで生まれ、ヨルダンからレバノンへと避難した後ヨルダン川西岸地区に帰還した。彼女はパレスチナ自治政府の文化省で映画製作に携わったことで知られる。みずからの体験をもとに、レバノン内戦下(1970年代半ば~80年代初頭)でのパレスチナ難民、とくに女性たちの体験に光を当てた作品を生み出してきた。
「石とザアタルの地」は、数千人が犠牲になったベイルートの難民キャンプ「タッル・ザアタル」から脱出した女性の回想として展開する。主人公はパレスチナ解放闘争の戦闘員と結婚するがそのすぐ後、夫をイスラエルの空爆で失う。そうした境遇に置かれたパレスチナ女性の心の葛藤をきめ細やかに描いている。
アーティフ・アブーサイフは1970年代にガザの難民キャンプで生まれた作家である。「宝くじ」と題する小説は、妻を亡くし幼い息子と大学生の娘の3人でガザ地区で暮らす男が宝くじに当たった(ガザには宝くじはない)という根も葉もない噂が街中に広がる様子を、庶民の願望や肩肘張らぬ対話を通してユーモアを漂わせて描いている。また、そのようなガザの日常と、噂の的となった男の純朴で実直な人柄を通して、目先の風潮や騒動に動じず生き抜く人々の底力を浮き彫りにした作品となっている。
ちなみに、アーティフは直近のイスラエルによるガザ虐殺のさいに帰郷しており、その実態を報告した『ガザ日記――ジェノサイドの記録』は日本を含む世界に広く普及された。
(皓星社発行、B6判・248ページ、2700円+税)





















