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フィリピンのニッケル鉱山開発で何が起きているのか? グリゼルダ・マヨアンダ氏の報告 PARC主催セミナーより

 アジア太平洋資料センター(PARC)と国際環境NGO・FoE Japanの共催で、3回連続のオンラインセミナー「気候危機対策における公正なトランジション(移行)とは?――鉱物資源の視点から考える」がおこなわれている。このセミナーの趣旨は、自然エネルギーや電気自動車に転換しようとしたときに必要となる鉱物資源を得るために、途上国では破壊的な鉱山開発がおこなわれていることから、その実態を現地から報告してもらい、よりよいあり方を考えようというものだ。2日には第1回目として、「フィリピンのニッケル鉱山開発の問題」がおこなわれた。報告者は、1990年に環境法律支援センター(ELAC)を設立し、30年にわたり環境弁護士として活動してきたグリゼルダ・マヨアンダ氏で、フィリピン・パラワン島のリオツバ・ニッケル鉱山の鉱山開発によって現地でなにが起こっているかを報告した。

 

■鉱山開発の背景 PARC事務局長・田中滋氏の説明

 

 はじめにPARC事務局長の田中滋氏が、セミナーの趣旨と、今回のテーマの背景について次のように説明した。

 

 世界的に干ばつ、台風の大型化、ゲリラ豪雨などが起こり、その対策が検討されている。問題はそれがどうおこなわれるのか、いつまでにおこなわれるのかだ。

 

 日本では、発電を太陽光や風力といった自然エネルギーに転換する、輸送技術を電気自動車に移行するという点が重視されている。

 

 自然エネルギーの問題点は、使いたいときにそのエネルギーが必ずしも発電できる状態になるとは限らないことで、そこから電気を蓄える大容量のバッテリーが必要になる。また自動車は内燃機関を必要とする車からEV車(電気自動車)に移行していく流れになっており、現在400万~500万台の販売規模が2000万台をこえるまでに伸びていくと予想されている。

 

 そのどちらにも必要なのが、充放電がくり返しでき、容量の非常に大きいリチウムイオン電池だ。その負極材は黒鉛が一般的で、正極材にはコバルト、ニッケル、マンガンなどの鉱物が使われている。そのうちニッケル系でつくった方がたくさん電気を蓄えられるということで、発電用や電動車用としてニッケルの需要が高まっている。

 

 世界銀行が2020年に出した報告書では、気候変動を2℃の上昇に抑えるというシナリオを達成するために、2018年の各鉱物の生産量に対して、どれだけの鉱物が、低炭素技術に転換するためだけに必要になるかを調査し、結果を発表している。それによると、自然エネルギーへの転換と電動車への移行のためだけに、ニッケルは約100%、つまり今のほぼ倍の量を毎年生産しなければならない。2018年のニッケルの年間生産量は230万㌧なので、一部すでに電池に使用されていることを勘案しても、さらに200万㌧以上が必要となる。だから今後5年、10年の間に、ニッケル鉱山を今の倍ぐらいの勢いで増やしていき、それを2050年まで継続していかなければ、気温の上昇を2℃に抑えるというシナリオに到達できないことになる。

 

 日本企業はそのなかで重要な役割を担っている。電気自動車に使われる車載バッテリーの生産シェア(2020年)を見ると、世界1位は韓国のLG化学、1位が日本のパナソニックで、パナソニックは日本の自動車メーカーだけでなくテスラにもバッテリーを供給している。

 

 そのパナソニックにニッケルを納めている主力企業が住友金属鉱山だ。2013年からパナソニックとパートナーシップを結び、増産態勢をとっている。そのパナソニックがつくったバッテリーがトヨタの新型車に正式採用されたりして、生産量が伸びてきている。その住友金属鉱山がどこからニッケルを調達しているかというと、主にはフィリピンのリオツバ鉱山とタガニート鉱山だ【地図参照】。住友金属鉱山はリオツバ鉱山に関連した精錬企業の株の54%と、タガニート鉱山の方は75%を持っており、そこには国際協力銀行や日本貿易保険からの公的資金(税金)も入っている。

 

    

 そのうちリオツバ鉱山はフィリピンのパラワン島にあるが、そこでなにが起きているかというのが今日のテーマだ。それを知ったうえで、気候危機対策の技術革新が本当に今の方向性でいいのかを考えたい。

 

■マヨアンダ氏の報告 パラワン島の現場から

 

 続いてグリゼルダ・マヨアンダ氏が、次のように現地の様子を語った。

 

マヨアンダ氏

 フィリピンの「最後のフロンティア」と呼ばれるパラワン島で起きていることについて話したい。

 

 パラワン島はフィリピンの南西部に位置し、非常に大きい島の一つだ。大きさは150万㌶あり、人口は100万人弱。そこにフィリピンの珊瑚礁の約40%、マングローブの約30%があり、フィリピンの保護区のほとんどがここにある。二つの世界遺産もある。けれどもそこに暮らしている人々は非常に貧しい生活を送っている。貧困層は55%(2019年)だ。

 

 パラワン島の森林は動物や植物が豊かで、希少種や絶滅の恐れがある種、絶滅危惧種が非常に多くある。だからこそ「最後のフロンティア」と呼ばれ、豊かで手つかずの資源があって、他の州と比べ資源の乱開発によって比較的荒廃していない。

 

 パラワン島は生物多様性に富み、13種の海藻類、31種のマングローブ、379種のサンゴがいるし、フィリピンで珊瑚礁に生息する魚類の89%が確認されている。淡水魚18種、両生類26種、は虫類69種、鳥類279種、陸生哺乳類58種も確認されている。

 

 一方科学者は、パラワン島の環境は表土が比較的薄くて、貧弱で、浸食されやすく、非常に脆弱だとのべている。

 

パラワンの戦略的環境計画

 

 生物多様性が豊かなパラワン島には、特別の法律がつくられている。それが「パラワンの戦略的環境計画(SEP)」と呼ばれるものだ。これは画期的な法律で、パラワンの持続可能な開発のための政策的枠組みを規定している。それを実施する権限を持っている主体が「持続可能な開発のためのパラワン評議会(PCSD)」だ。

 

 この戦略的環境計画の主な戦略としてつくられているのが、「環境的に重要な区域ネットワーク(ECAN)」と呼ばれるゾーニングで、それによって森林地域、海岸地域、先住民族が使っている地域それぞれの区分けがなされている。

 

 森林地域では、鉱山開発や森林伐採で破壊されてはいけない区域としてコアゾーンや利用制限区域が指定されている。多種利用区域や伝統利用区域ではそれは許される。このゾーニングは海岸地域にもあって、珊瑚礁やマングローブがコアゾーンに指定されている。

 

 戦略的環境計画について強調したいことは、商業伐採が全面禁止された最初の法律だということだ。パラワンでは1992年から商業伐採は一切なかった。もう一つは、古い自然林が最大限保護される区域として指定されており、高いところにある森林やマングローブ林などが最大限保護される。また、先住民族が使っている土地や水を対象とする区域も定められている。

 

 現在のドゥテルテ政権の鉱山政策はどうなっているか。大統領令第79号はアキノ元大統領のとき(2012年)に制定された。これは鉱業界における制度改革をめざしてつくられたものだが、いくつかの条項はまだ実施されていない。第79号は、立ち入り禁止区域の範囲を拡大している。生物多様性の豊かなパラワンのような地域では、一切、鉱山のプロセスを進めないということがここに定められていた。また、新規の鉱山開発申請の一時停止(税金から政府の取り分を増やす新法の成立を保留する)ということも定められていた。

 

マンタリンガハン山の開発

 

 パラワン島南部のマンタリンガハン山が今、鉱山開発の脅威にさらされている。そこは景観保護区に指定されているが、その保護区の内部と外部の両方に鉱山の開発申請地域がある。

 

 2009年に科学者たちがマンタリンガハン山の総経済価値を測定した。鉱山開発の脅威から守るために、山全体を保護区に指定しようとして調査したものだ。それによると、仮に政府が鉱山開発を許せば、政府が鉱山開発から得る収入は、砂礫とニッケルとで約150億ペソとなる。もし政府が鉱山開発を許さず、森林がこのまま維持されるのであれば、木材、農業、畜産、水の利用として、また二酸化炭素貯蔵、土壌保全、生物多様性保護の機能として、約2660億ペソの価値がある。そうした試算が出た。つまり環境材・サービスの価値の方が鉱山開発の利益よりもずっと大きいことを示している。

 

 パラワン島の歴史を振り返ると、2011年には新たに429もの鉱山開発申請がされた。当時、パラワンの住民で「ノーモア・マイニング・トゥー・パラワン」、パラワンでこれ以上鉱山開発をしないようにというキャンペーンを開始し、大統領令第七九号の効果もあって、2012年には政府が400以上の申請を白紙撤回した。ただ、2018年には67の鉱山開発の申請がおこなわれ、2019年には探査許可の更新がおこなわれた。そのなかにはリオツバ・ニッケル鉱山社がおこなおうとしているブランジャオ山への鉱山拡張や、シティ・ニッケル社、ベロン・ニッケル社がパラワン南部で進めようとしているニッケルの鉱山開発拡張が含まれている。

 

森林伐採や川・土壌の汚染

 

【写真①】自然林への大規模な鉱山開発の拡張を計画しているベロン・ニッケル社の採掘地域(提供:Palawan NGOs Network Inc.(PNNI))

 次にニッケル開発の現場を見ていきたい。パラワン州ケソン町のベロン・ニッケル社の開発現場では、約200㌶にわたって天然林がすべて伐採されている【写真①】。さらにその奥の2000㌶ぐらいの森林を対象に、伐採地を拡張しようとしている。

 

 ベロン・ニッケル社に関するモニタリングチームの報告を見てほしい。それは政府機関と市民社会側の双方が入っておこなっているものだ。それによると、政府の伐採許可をとらずに森林を燃やしたり伐採したりして、アクセス道路をつくっていた。しかしこの区域は先住民族が使っていた場所で、市民社会側は政府にこの問題を訴えて解決に向けてとりくんでいる。

 

 また、鉱山操業前に沈殿池(鉱山から出てくる排水をきれいにする)に関する情報を提出せず、水質汚染防止対策を怠っていたことがわかった。沈殿池がないため、汚泥が川に流れ込んで汚染を広げている。採石許可のないまま川の三角州で鉱物をとる、違法な採石もおこなわれていた。

 

 小規模鉱山開発について。もっと大規模な鉱山開発のための採掘許可や鉱物生産分与協定の申請許可が出る前に、それを待っている間に、大企業が小規模鉱山開発をやっている。「小規模」というが、森林への大きな影響が見られる。生物多様性保全の鍵になる重要な地域に指定されているところで、小規模鉱山開発をやっているところがある。また、ニッケルの廃棄物による汚染土が近くの農民の水田に堆積して、損害を出しているところもある。これに対しては市民の側が行動を起こし、損害に対する補償を求めている。

 

 一方、大規模鉱山開発はどうか。シティ・ニッケル社の鉱山開発の現場では、自然林が広範囲に破壊されている。健康な土は黒々としているが、鉱山開発の影響で赤茶けた不健康な土になり、農地を脅かしている【写真②】。

 

【写真②】鉱山開発による土壌汚染(提供:ABS-CBN Foundation)

 バタラサ町のリオツバ・ニッケル鉱山社の鉱区は、広さが990㌶もある【写真③】。バタラサ町では1970年代から開発が始まって、以後日本にニッケルが輸出されてきた。

 

 精錬所の操業には石灰石が欠かせない。リオツバ・ニッケル鉱山社によるバタラサ町ゴトック集落の石灰石採石場を見ると、元々は先住民族が住む領域にあるような古い木々が生い茂っていたところだったが、それをとり除いて石灰石をとっている【写真④】。ダイナマイトを使って石灰石を掘り出している。ここでとれた石灰石は、住友金属鉱山が建てた精錬所で使われる。

 

【写真③】リオツバ・ニッケル鉱山社の鉱区。○で囲んでいるのが大型トラックで、鉱区の広大さがわかる。(提供:Environ mental Legal Center (ELAC))

【写真④】リオツバ・ニッケル鉱山社による石灰石採石場(提供:Palawan NGOs Network Inc.(PNNI))

 リオツバ村では、住民たちが皮膚病の苦情を私たちに訴えてきた。私たちが住民への影響として非常に懸念してきたことだ。子どもたちの皮膚病の写真【写真⑤】を、私たちは環境天然資源省、また保健省に報告としてあげている。

 

【写真⑤】皮膚病を患ったリオツバ村の子ども(提供:Palawan NGOs Network Inc.(PNNI))

法律を無視する多国籍企業

 

 次に、ブランジャオ山の鉱山開発について話したい。低地のコミュニティの源流となる、自然林に覆われたブランジャオ山は、私たちが先住民族のみなさんとともに守ろうとしている森だ。ここは原生林、二次林が多く育っているところで、生態系が非常に豊かなところだ。ここでリオツバ・ニッケル鉱山社が3360㌶の鉱山の拡張を計画し、ニッケルを得ようとしている。

 

 政府の専門家が調査をおこなった結果、ここでは森林地域の676㌶だけでも非常に高い森林の価値が認められ、同地域を鉱山開発することで得られる利益よりもはるかに大きい価値があることがわかっている。

 

 ブランジャオ山における保護価値の高い地域にかかるアセスメントをおこなった。私たちは「持続可能な開発のためのパラワン評議会」にこれを提出し、評議会がブランジャオ山の拡張に対して出している認可のとり消しを求めている。この調査によって、ブランジャオ山がどれだけ生物多様性が豊かで、貴重なのかということが明らかになっている。

 

 最後に強調したいのは、多国籍企業の鉱山開発が法律にのっとってやられていないということだ。そもそも探査中に掘られた穴がそのまま放置されている。トラックが横転しているが、安全対策はどうなっているのか。小規模鉱山開発による道路工事によって、自然林が違法に伐採されている。

 

 とくにいいたいのは、第一に、保護地域、コアゾーンといったところで、戦略的環境計画に反して鉱山開発を違法におこなっていることだ。

 

 第二に、多国籍企業が大規模採掘許可や鉱物生産分与協定にもとづく許可を申請している間に、小規模な鉱山開発を進めてしまうという問題だ。本当はやってはいけないのに、実際におこなわれている。

 

 事故も起こっている。2011年3月には、リオツバ・ニッケル鉱山社から中国向けに出荷する荷を乗せた運搬船が転覆した。それで188㌧という大量のニッケルが海に投げ出された。現在までこの汚染の影響を判断するための海洋資源評価はおこなわれていない。同年5月にはシティ・ニッケル社から中国向けに出荷する荷を乗せた運搬船が、今度は1000平方㍍もの珊瑚礁を破壊した。だが、この船に罰則が科されることはなかった。

 

 最後に汚染という問題についてふれておきたい。一つはナラ町やバタラサ町でニッケルラテライトの汚染が継続している。ナラ町では私たちは先住民族のコミュニティとともにとりくんでいるが、未解決だ。もう一つはバタラサ町のリオツバ村で六価クロムが検出されている。FoE Japanが調査をしているが、この問題も未解決のままだ。

 

 パラワン島では鉱山開発をしてほしくない。森林や生態系の価値は鉱山の価値にまさるということを最後に強調したい。

 

■質疑応答から

 

 セミナーの最後に参加者からの質問を受け付け、マヨアンダ氏が答えた。

 

  健康被害と鉱山との因果関係はあるのか?

 

  健康被害については私たちは2004年にとりあげた。保健省は動きが遅く、最終的に「川の水が汚いからだろう(鉱山のせいではない)」という調査結果を出した。しかし、毒物の専門家であるキハノ医師は「重金属が関係しているかもしれないから、もっと徹底した調査が必要だ」といわれた。10年ぐらい前に保健省がおこなった疫学調査があるが、要求してもその結果を出してくれない。事実が市民に隠されているという問題があると思う。

 

  鉱山から得られる利益と森林や生態系の価値との比較の話があったが、鉱山から得られる利益のなかに健康被害などのコストは含まれているのか?

 

  含まれていなかった。本来ならこれも計算に含まれるべきだ。これは興味深い例だが、マンダリンガハンの調査では、森林の二酸化炭素貯蔵機能についても計算している。

 

 もう一つ私が含まれるべきだと思うのは、気候の影響だ。フィリピンは気候変動に脆弱な国だ。私たちは今でも毎年、台風によって大きな被害を受けている。台風の影響で、鉱山で洪水がひどくなったりすることがあるので、そのコストも含まれるべきだと思う。

 

  フィリピンの現場では、実際に鉱山開発で森林が失われ、生活の場が改変され、皮膚病に苦しんでいる子どもたちもいる。「でも気候変動対策は急がなければならないし、その場所を守ろうとすることで地球が滅ぶような選択をしていいのか」という反論に対してどう考えるか?

 

  パラワンの人々は電池なしで生きのびていける。なのにニッケル開発がおこなわれ、私たちが負担を背負わされているという状況がある。ニッケル開発の損害に対する補償はいまだに完全になされているわけではない。このように継続して犠牲になり続けていいのかと思う。小さい島嶼国の不利益を直視することは、非常に重要なことだということを強調したい。

 

 もう一つは将来の世代に対してだ。森林がニッケルの開発でなくなってしまっていいのか。将来の世代がパラワンで生きることができないということは、あってはならないと思う。本当にエコロジーな、環境にフレンドリーな、つまりニッケルの使用をできる限り減らす、今の世界にかわる別の世界のあり方を考えてほしいと思う。

 

 私たちは歴史の転換点にいる。気候危機が立ちはだかっているが、そのなかで森林の価値が見直されている。それを日本のみなさんにも是非知ってもらいたい。日本のみなさんには自分たちの生活スタイル、消費のあり方を考え直してもらいたい。これから日本のみなさんとのつながりをより強固なものにしていきたいと思っている。

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