いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「今までにない発想」の弊害

 ここまでくると、本当にこの国のトップは危機管理能力のない連中揃いなんだろうか…と笑えないものがある。アカデミックな人々のなかで小綺麗に「反知性主義者」などと呼称する向きもあるけれど、街のみんなはもっとあからさまに、学校一斉休校あたりから「バカなんだろうか?」と率直な表現で政府対応への驚きを話題にしてきた。

 

 元から政治に権威も信頼も乏しい状態にあったが、各国がコロナパニックの事態収束に全力を挙げ、国民生活を落ち着かせるために検査を徹底し、移動や外出を抑制する意味も込めて現金給付に乗り出しているなかで、自民党政府がしていることといえば、まず第一に東京五輪が開催できるか否かの心配であった。そのためなのか検査数を抑制し、今になって感染源の分からぬ陽性患者が首都圏でも急増し、週末の外出自粛を叫び始めている。首都圏のスーパーでは小池都知事の仰々しい記者会見を受けて、直後から食料品の買い占めまで起きている。もっとも重要だった初期の封じ込めにあたって五輪開催の願望を優先し、失敗した挙げ句の感染拡大である。

 

 経済活動は自粛の嵐を受けて急速に冷え込み、各種業界、業種、国民生活への影響は甚大なものになっている。ところが日本政府としては現金給付は頑なに拒み、業界利権も込み込みの旅行への補助金給付(外出や移動を促進)とか、和牛商品券の配布とか、ついにはバランスをとってお魚券の発行も検討し始めたとかで、危機的な状態にある巷の切実感とかけ離れた頓珍漢な「政策」を決めあぐねている始末だ。今月の各種支払いをどう乗り切ろうか…という企業や国民の目前の危機に対して、迅速に社会の構成員全体が安心するような経済政策、すなわち「これまで巻き上げてきた日本銀行券を大胆に配る!」を拒み、「いや商品券だ」と族議員どもが業界利権をここぞとばかりに主張しているというから呆れて言葉がない。なぜコロナパニックのさなかに、国民生活への支援策が和牛なのか、お魚なのか、旅行なのか? 当たり前に考えても意味不明であるが、そのようなバカげた「経済対策」を真顔で論議し、時間を浪費しているのである。

 

 ドイツではベルリン市の全自営業者に170万円の配布が決まった。イギリスは仕事ができない労働者に賃金の80%を支給するという。アメリカも同様に国民への現金支給を打ち出している。こうして各国がやっているのは、当面のお金(生活費や企業の収入減)は国家が保障するから、そのかわりに外出や営業を自粛して家でおとなしくしておいてくれという政策であり、現金給付によってまずは安心しろというメッセージを放つものだ。不用意な外出によって感染拡大が国内に広がることを抑えるという意味でも、安心を担保する政策といえる。日本政府が検討している対策との明確な違いは、その目的だろう。

 

 現金給付ではなく「商品券を発行する」のは、業界の利権をここぞとばかりに潜り込ませる以外に目的がない。国民が求めているのは和牛商品券でもお魚券でもなければ、旅行の補助でもないのである。それは、コロナパニックや社会全体の経済的打撃を抑え込むという目的の最重要部分が端から吹っ飛んでいること、深刻な実態について把握しておらず、危機に対応する能力を喪失していることを物語っている。

 

 安倍晋三は確か「今までにない発想でコロナ対策に取り組む」と豪語していた。それが和牛商品券、お魚券、旅行への補助給付なのだとしたら、確かに「今までにない発想」であり、「誰も思いつかないような発想」ではある。ただ、今必要なのはそのような「今までにない発想」やどこの国も考えつかないような愚かな政策ではなく、まともな対策である。「今までの発想」すなわち常識的な対策ができる人間に指揮をとらせることが必要だ。   吉田充春

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