いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

上関町長選にみる原発計画浮上44年目の現実 国策に振り回され疲弊感充満 中間貯蔵施設にも期待は皆無

(2026年10月6日付掲載)

町内でもっとも漁船が多かった上関漁港も今は漁船の数がめっきり減った

 山口県上関町長選が4日に投開票を迎え、現職の西哲夫氏(79)が再選された。1982年に中電の上関原発計画が浮上してから44年を迎える同町では、長年にわたって町民は推進・反対で分断される一方、「活力ある町を原電で」のスローガンとは裏腹に衰退の一途をたどってきた。人口減少は全国トップクラスで、産業、医療、買い物など町単独では住民生活が成り立たないほどさまざまな機能が縮小あるいは消滅してきた。半世紀近く国の原子力政策に縛られて独自の振興策など打ち出せないまま、福島原発事故を機に原発計画は行き詰まった。そこへ持ち込まれた「振興策」はまたも中電頼みで、関電の核のゴミを押しつけられる中間貯蔵施設建設計画だった。44年を経て本気で原子力政策に町の活力回復を期待する町民などおらず、「人が嫌がることはもうやめてくれ」と疲弊感が漂っている。町長選の期間中、上関町内の人々の思いを聞いて歩いてみた。

 

上関町長選の候補者ポスター掲示板

 町長選の結果については、町民の間で「いつもと同じだろう」といわれていた通り、現職の西哲夫氏が前回選挙に続いて2期目の当選を果たした。本人曰く、79歳にもなるため今回は辞退したいというのが本音だったが、「苦渋の選択」で6月30日に出馬を表明。中間貯蔵施設受け入れによって得られる交付金を財源にし、地域の医療や福祉を充実させることを訴え、上関町へ持ち込まれる核燃料廃棄物については「“核のゴミ”ではなく“資源”だ」「一時的に倉庫に保管し、必ず搬出される」と語る。

 

 だが核燃料サイクルが成立していない現状において、その前提はもはや空虚な理想論といわざるをえない。核燃料サイクルの当初の柱であった高速増殖炉もんじゅは失敗し、再処理工場竣工は28回目の延期が濃厚。MOX燃料加工工場竣工も8回延期中。最終処分場については9月30日に茨城県の常陸大宮市の鈴木市長が国内5例目となる文献調査受け入れを表明したが、依然として処分場建設自体はどこも目処すら立っていない。こうしたなかで、行き場のない使用済み核燃料は上関町で「永久貯蔵になるのではないか」との懸念は拭えないのが現状だ。

 

 そうした懸念から、周辺市町では今年2月に田布施町議会、9月には柳井市議会がそれぞれ中間貯蔵施設建設に反対する決議を可決するなど、上関町を含む地域全体の問題として「山口県に核のゴミはいらない」という住民世論が拡大している。上関町の産業や経済、医療・福祉、水道、消防、交通など住民の生活は、周辺市町と密接な関わりがあり、「柳井地域」という生活圏で成り立っている。上関町内に住んでいる現役世代には町外の職場で働いている人も少なくない。上関町の行政運営を語るうえで周辺市町との関係性は切っても切り離せないものがあり、むしろ依存している側でもあるため「中間貯蔵施設については上関町だけで決めます」というわけにはいかないのが実情だ。

 

 周辺市町で反対世論が拡大し議会を動かすほどになっている状態について西町長は「他の自治体のことには言及しないことにしている」と語るが、推進派の町長が再選したからといって、現時点で中間貯蔵施設建設計画が大きく動く情勢にはない。

 

買い物も病院も町外へ 生活するだけで大変

 

中電の元原子力PR施設を町が借り上げて運営する「海のまち診療所」(上関町)

 町長選の過程では、推進・反対問わず住民の間では原発問題や中間貯蔵施設建設よりも、町の衰退ぶりの方が真っ先に話題になり「生活するだけで大変」という声が圧倒的だった。

 

 原発建設計画が浮上した1982年から現在までの44年間で、その衰退ぶりは県内でも突出している。2025年の国勢調査によると、上関町の人口は1889人だった【グラフ参照】。前回(2020年)の調査からわずか5年間で19・3%も減少しており、マイナス幅は県内で最大。全国の市町村と比較してもその衰退ぶりはトップクラスで、震災の影響を受けた石川県珠洲市、輪島市を含めても減少率は全国で8番目に高く、西日本では沖縄県の離島・渡名喜村に次いで2番目に高い。また、中国地方で見ると、3回連続(15年間)で中国地方における自治体人口減少率がトップだ。国の原子力政策を受け入れる代わりに手にする交付金が、地域振興・人口維持の原動力に繋がっていないことは国政調査の結果から見ても明らかだ。

 

 ある住民は「もう人口減少は止められないだろう。今年の上関中学校の新入生は2人だけだった。他にも何人か同じ歳の子どもたちもいたそうだが、町外の学校に通っている。高校を卒業すると、親としても家業を継がせる以外なら一度は町外に出させてやりたいと思うし、そもそも働く場所はない。自分の子どももそうだが、一度外に出ると地元に帰ってくる者はほとんどいないし、そうやって高齢化と若者の流出が重なってどんどん高齢化していく」と語る。

 

 高齢住民は「室津の道の駅にヤマザキが入ったので食料品などは少し買いやすくなったが、町内には小さなスーパーが数軒あるだけで、あとは平生や柳井まで行かないと品物が揃わない。診療所もあるが曜日営業なので常に頼ることはできない。病院も買い物も町外に頼っていたのは昔からだが、いっそう不便になったと感じる。車がないと生活できない」と話していた。「品物を見ながら何を買うか考えるだけでも嬉しいが、町内ではそうした機会がない」とも語られていた。

 

 コンビニが何日かおきにトラックで移動販売をおこなっており、長時間掛けて買い物に出かけることが難しい高齢者にとっては、ささやかな楽しみになっているのだという。

 

 車を持たない高齢者にとっては買い物に行くだけでも大変だ。柳井市内のスーパーまで行く場合、町内を走る町営バスで上関桟橋の待合所まで行き、そこから防長バスに乗り換えても柳井市の市街地までは約一時間かかる。昔からそうした利用が少なかったわけではないが、かつては近所や仲間同士で誘い合って車に乗って買い物に行っていた人たちも多かった。だが今は免許を返納してしまった人が増え、町営バスや防長バスへの依存度はますます高くなっている。

 

 町が住民基本台帳をもとに算出した高齢化率は今年9月時点で60・41%となっている。超高齢化が進む町において、医療の課題も大きい。

 

 現在、町内には町が運営する「海のまち診療所」がある。かつて中電が原発PRのために使用していた「海来館」を町が借り上げ、2020年4月に開設された診療所だが、医者が常駐しているわけではない。現在は休診日も増え、月曜日を除く平日午後、水曜、土日曜日は休診。外科的な処置も対応するが、診療科は内科のみとなっている。担当医師も頻繁に交替し、「行くたびに医者が変わるので不安だ」ともいわれている。そのためかかりつけの医療機関は基本的に町外で、柳井市内の周東病院などに通っている住民が多い。

 

 町内では室津の旧中央公民館跡地に町立診療所を建設する計画もあったが、ボーリング調査の結果地盤が軟弱であることがわかり、パイルを打ち込む必要があるがそれには当時5000万円の費用が必要となって中断し、その後も事業は前に進んでいない。

 

活気あった漁業も衰退 産業の現状も深刻

 

 産業をめぐる課題も語られていた。ある住民は「漁業は壊滅的だ。平成の最初の頃まではまだ町内どの地域も活気が残っており、当時長島側だけで約60隻の底引き船があった。だが今はたったの5隻しか残っておらず、そのうち3隻は後継者がいないベテラン漁師だ。昔は船を縦向きに停泊させないといけないくらい港は漁船でいっぱいだったし、水揚げが多い人は1回の漁で10万円くらいの利益をあげ、年間の売上は1000万円くらいあった。だが今は海の環境も変わり、同じ様に漁をしてもとれる量は当時の3分の1くらいまで減っているのではないか。燃料代は当時の3倍くらいに上がり、資材も高い」と話していた。

 

 ある男性は「中電から長年恩恵を受けてきた原発関連の道路工事などの仕事も今はほとんどなくなり、建設組合もついに解散(2023年4月)した。かつては上関町外、山口県外からよく知らない建設関係の企業がプレハブの営業所だけ出して仕事をとったりもしていたが、今はそのような企業がどんどん営業所を引き揚げて空き地になっている。上関の土木業者は原発の仕事が目当てといわれがちだが、元々は柳井市の火力発電所など周辺市町の大きな事業に孫請け業者のような形で関わりながら仕事をしてきた。そっちの方が安定して仕事があったし、今も周辺と関係が続いているから、農業も漁業も厳しいなかで、土木建設関係だけはいまだにそこそこ残っている」と話していた。

 

あげくは核のゴミ捨て場 「もうやめてくれ」の声

 

関西電力の使用済み核燃料のための中間貯蔵施設建設の可能性調査を受け入れた西哲夫町長。登庁時に抗議の住民たちに囲まれた(2023年8月、山口県上関町)

 原発計画が表面化してから今年で44年目を迎える。町内の世論は「推進」「反対」で長い間二分されてきたが、2011年の東日本大震災での福島第1原発事故を機に計画はストップしたままになっている。推進派といわれてきた住民ですら今の時点で「原発建設」を本気で信じる人などもういない。

 

 そうしたなかで2023年に急浮上したのが、原発の使用済み核燃料中間貯蔵施設計画だ。原発の建設が見通せないなかで、上関町としては国の交付金もあてにできなくなり町財政がひっ迫。一方でやはり町独自の地域振興策を生み出せないなか、前回の町長選に初出馬した西町長が当選直後、中電に対して地域振興の検討を要請。これに応える形で中電が中間貯蔵施設の建設を持ちかけることとなり、そこに福井県内の原発施設内に使用済み核燃料を溜め続けている関西電力も加わることとなった――と表向きではいわれている。

 

 中間貯蔵施設計画発表から2年が経過するが、中電はいまだに事業計画すら出しておらず、町内では「まったくやる気がない」と語られている。ある男性は「国との関係上、中電は表向きは絶対に“やる気がありません”とはいえないはずだが、町議選を見ればやる気がないのは明らかだ」と実感を語る。

 

 上関町では今年2月に町議選がおこなわれた。この選挙では定数10議席の最後の一枠を推進派の現職がわずか10票差で逃して落選し、中間貯蔵施設建設に「賛成」ではない議員が一人増えることとなった。男性は「原発問題で町内全体が真っ二つに割れて激しくやりあっていた頃は、どんな選挙でも中電が候補者の獲得票数をきっちり読んでぬかりなく票の配分をやっていた。10票差で議席を落とすなんてことは昔なら絶対にあり得ないことだ。だから今回の町議選の結果はちょっと衝撃だったが、それと同時に中電はもう上関の選挙なんかにはほとんど力を入れていないことがよくわかった」と話していた。

 

 選挙の様子も過去と比べれば様変わりだという。

 

 「昔は国政選挙から町議選まで、どんな選挙でも推進派の候補が演説をするとなればあらゆる組織に動員がかかり、おばちゃん連中がぞろぞろと通りに出てきていたが、今はそんな光景はまったく見ない。各地区にある町連協(上関町まちづくり連絡協議会・推進団体の民間組織)の支部も、後継者がおらず地域のまとめ役が不在のままになっている所もある。かつては選挙カーの運転手などの運動員は地域の土建屋が分担していたが、最近の選挙ではそんな姿はまったく見ない。今回の町長選での西陣営の運転手や事務所スタッフもみな地元町議や候補者の親戚たちだ。もう選挙を手伝ったところで“見返り”に期待できないということだろう。原発の時代は中電も漁業者に金を出したり、色んな組織に介入して推進の働きかけをおこなっていたが、中間貯蔵施設については今はまったく金も人も動かしていないのだろう。原発問題になるとあれだけ激しかった漁業者も、中間貯蔵施設の話になると他人事という感じだ」と語っていた。

 

 推進・反対を問わず、町民のなかで中間貯蔵施設建設計画に対する期待感は皆無だ。40年かけて原発問題で町が二分され、それでも国の原子力政策に依存し、一方で町内の産業は衰退してきた。だがこれ以上原発建設に関しては進展が見込めなくなったなかで、次の「振興策」も結局は国の原子力政策だった。

 

 ある女性は、「全国どこの自治体も“やめてくれ”と断っている施設に対して、上関町だけが喜んで手をあげている。しかも関西電力の廃棄物を受け入れなければならないというのだから、町民として情けないし、恥だ。町内には原発の交付金のお陰だといわれている施設やサービスもあるが、だからといって産業の衰退や人口減少に歯止めがかかったわけでもない。いまだに下水も通っていない。それでまた交付金を目当てに今度は核燃料廃棄物を受け入れようというのだから、もう町長をはじめ、町議も町役場も、カネをもらうこと以外に何も考えられなくなっているのだと思う」と話していた。

 

 また、中間貯蔵施設については「“中間”というが、いまだに最終処分場すら決まっていないのだから、実質、上関が最終処分場になる。それに、廃棄物は原発が動いている以上は出続けるので次から次に廃棄物が入ってくることになる。上関には廃棄物が置かれ続けることに変わりはない。世界の戦争では核施設がミサイル攻撃を受けているし、上関の近くには米軍の岩国基地もある。台湾有事とかいっているが、戦争になったときに真っ先に標的になる可能性もある。廃棄物は“核のゴミ”とよくいわれるが、ゴミなどというような生やさしいものではない」と話していた。

 

 別の男性も「原発時代には莫大なカネが動いたが、もうそんなことを考える人もいなくなったのだろう。町民のなかには“できないものをあてにするわけにはいかない”という思いがあるし、なにより“人が嫌がることをしてくれるな”というのがみんなの思いだ」と語った。

 

衰退する地元生殺しに 国や中電の責任重大

 

 西町長は「中間貯蔵をやることによって、40~50年はこの町がずっと続いていくことは確信できる」「これをやらないと15~20年先、この町は間違いなく消滅する」とアピールするが、これまで推進派と呼ばれてきた町民の間で冷めた空気は否めない。推進派住民をして計画浮上当初から「末期がんの延命治療みたいなもの」「特効薬ではない」といわれてきたように、町の未来に展望が見出せるような期待感は皆無だ。周辺市町の自治体関係者も「上関町の地域振興策について町長みずから“お手上げです”といって中電に新たな振興策を頼んだというのだから、町民からしたらショックだったのではないか」と話していた。

 

 「財源」というが、国からの交付金は、調査中は1・4億円、その後事業計画が提出され、全地域に説明をおこなったうえで町が建設を認め、県知事も同意した場合に、9億8000万円が交付されるというもの。いまだに中電は事業計画すら出さず、肝心の関電はいっさい挨拶にも来ないという宙ぶらりんの状態が続くなかで、いったいいつまでそのカネをあてにして待たなければならないのかという半ば諦めのような空気感がある。

 

 どんなに国からの電源立地交付金を積まれようと、上関原発計画が浮上して町が分断されてきたこの44年間でたどり着いた現在地に「恩恵」を感じている町民がどれだけいるのだろうか。多額の財源を得て「公共施設や住民サービスを整えた」といっても、地域の衰退や人口減少には歯止めをかけられなかった現実がある。

 

 その間、町の基幹産業である漁業をはじめ農業や商業、教育や医療、福祉、介護など生産振興や生活の向上をめざす活動は停滞し、町独自の振興策で地域を興していく力を削がれてきたことの「弊害」を語る声の方が圧倒的に多い。半世紀近くにわたって国策で地域をがんじがらめに縛り付けたまま、衰退する地元を生殺しにしてきた国や中電の責任こそ改めて問われなければならない。

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。

▲