
1年前の8月末、宇部市床波の長生炭鉱の坑道内から真っ黒になった人間の頭蓋骨と大腿骨が引き揚げられた。水没事故に巻き込まれて海底に置き去りにされた炭鉱労働者の遺骨。事故以来83年ぶりにようやく引き揚げられた瞬間であった。ダイバーによって撮影された坑道内の映像には、靴を履いたままの遺骨が横わたり、海中のなかで息絶えた坑夫たちのなまなましい姿が記録された。
太平洋戦争中に日本が朝鮮半島を植民地にし、徴兵で国内に不足した日本人の労働力の穴埋めとして、朝鮮人が炭鉱やダム、鉄道建設などに強制的に駆り出された。長生炭鉱はとくに危険な海底炭鉱で「朝鮮炭鉱」ともいわれるほど朝鮮人坑夫の割合が多く、水没事故犠牲者183人のうち136人が朝鮮半島出身者である。本書は、水没事故の生存者である金景鳳(キムジョンボン)氏の証言をもとに創作された。海底の長生炭鉱のなかで朝鮮人坑夫たちがどんな仕打ちを受け、甚振られ、殺されていったのか、15歳の少年カンジェの視点で臨場感をもって描かれる。当然のことながら、彼ら一人一人に故郷があり親兄弟、家族があったことを、本書は体温をもって改めて訴えかけてくる。
騙され連行された15歳の少年
「日本で働いて朝鮮にもどってきたら官職につくことができる」と村のえらい人にだまされて、朝鮮から山口県の長生炭鉱に引っぱられてきた15歳の少年カンジェ。この炭鉱は海底にあって水もれがひどく、坑道の奥の危険な採掘現場ほど朝鮮人が多く働かされていた。
朝鮮人労働者は食べ物も少ししか与えられず、狭い部屋に大勢で押しこめられ、一日中監視される。いつも見張りから怒鳴られ、「きたない朝鮮人め」とムチでたたかれる毎日。日本語などわからないカンジェたちは、炭鉱に向かう前には、「わたくしどもは、大日本帝国の臣民であります」「こころを合わせて天皇陛下に忠義を尽くします」「忍苦鍛錬して立派な強い国民となります」を暗誦させられ、うまくいわなければ殴られる。
カンジェは坑内のよごれた水を飲んでコレラにかかるが、死んだと判断されて焼き場へ運ばれる寸前に、親友チョンソクのおかげで奇跡的に息をふき返す。
炭鉱の水漏れは酷くなり…
国は戦争遂行のための国策として石炭の増産を命じ、長生炭鉱でも厳しいノルマが課されたため、さらに無茶で危険な労働が強いられるようになっていく。カンジェは捕まって殺されることも覚悟でチョンソクと逃亡を企てるが、失敗。チョンソクは行方知れずになり、自身は半殺しのリンチを受ける。
その後、再び仕事に復帰させられるが、安全を無視して掘り続けられた炭鉱の水漏れは日増しにひどくなり、労働者たちが危惧したように1942年2月3日、天井が崩壊した。180人以上の労働者を坑内に閉じ込めたまま、海底に水没した。
たまたまこの事故の時に坑内にいなかったカンジェは、その日のうちに2度目の逃亡をはかり、今度は成功。そして製鉄所で働くことになる。しかしここでも朝鮮人への差別と虐待は変わらないまま、長崎で原爆も受けた。
戦争はまだ終わっていない
作家のムンヨンスク氏は「わたしはこの物語を通して、国を失い、無念にも引っぱっていかれ、みじめに生を終えた数万の徴用者たちの魂をなぐさめ、さらに一歩進んで戦争の惨状を告発したかった。祖国へ帰れず、見知らぬ土地をさまよう多くの魂を、少しでもなぐさめてあげたかった」と記す(作者あとがきより)。
巻末には、いまも海底に眠る事故犠牲者の遺骨収容にとりくむ市民団体の代表・井上洋子氏(長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会 代表理事)と、ジャーナリストの布施祐仁氏の解説がある。
1939年から1945年の敗戦までに日本が労務動員した朝鮮人は約70万~80万人だと推計される。長生炭鉱にとどまらず日本企業に動員されて死亡した朝鮮人の遺骨はほとんど返還されていない。本書は、80年以上たっても遺族たちの戦争は終わっていないという事実を感性をともなって再確認するとともに、長生炭鉱で遺骨発掘と遺族への返還の機運を、広げていくうえで貴重な資料となる。オールカラーでルビもふってあり、中学生でも読むことができる。
(発行・影書房、264㌻、四六判並製、2200円+税)





















