(2026年8月28日付掲載)
米国から制裁対象にされた国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長は8月26日、ICC本部があるオランダ・ハーグからリモートによる記者会見をおこなった(日本記者クラブ主催)。米国は、ICCがパレスチナ・ガザで違法な占領と民間人殺戮を続けるイスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状を請求したことを念頭に、「国家主権の侵害」と「(ICC)非加盟国への不当な管轄権の行使」を制裁の理由にしている。赤根所長は会見で、みずからを含むICCの裁判官や職員が制裁を受ける理由は「まったくない」と断言し、「法の支配」を司る最後の砦として「ICCは決して負けない」と表明。世界をふたたび「力の支配」の時代へ後退させないため「今が正念場」だと日本の政府や市民に支援を訴えた。赤根氏の発言と記者との質疑要旨を紹介する。
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オンラインで会見する赤根所長(28日)
昨日は、高市首相、茂木外務大臣みずから、米国の私たちに対する制裁発動に関して「日本政府の立場と相いれるものではない」と明確に否定していただき、また、ICCと「法の支配」を守り抜くという趣旨のことをいわれたことに心から感謝している。
私は2017年に日本政府の指名のもとでICC判事選挙で当選し、その後ずっと裁判官としてこれを創設した条約であるローマ規程に従い、裁判官としての職務を遂行し、そのなかで日本人として日本でのローマ規程についての知識を広め、若い人たちの海外での活躍も側面から支援してきた。
また2024年3月、裁判官18名の互選によってICCのトップである所長に選ばれ、それ以来、所長としてICCの司法行政や締約国とのコミュニケーションなど、ICCを代表する立場でさまざまな活動をしてきた。所長に選出された時も日本のさまざまなマスコミから取材を受け、自分の使命の重さを痛感するとともに、日本人として世界の「法の支配」に貢献するICCをさらに発展させるべく、内外の業務に取り組んできた。
従って、米国がかねてから主張してきたような「ICCが腐敗した政治的組織であり、いわゆる国際法を悪用して独立した国家の主権を奪ってきた」とか、私自身もそれに加担してきたという事実はない。
ICC及びその職員は、ローマ規程に従い、その管轄が及び、かつ他の条件が満たされる国際社会で最も重大な犯罪を犯したと疑われるものについて、そのものに対する刑事事件として中立公正に捜査・訴追、そして裁判業務に従事してきただけであり、これまでに制裁を受けた裁判官、検察官らと同様、私には制裁を受けるような理由はまったくないと断言できる。
今回の首相と外務大臣の記者らに対する発言は、その意味で私についての正しい評価を改めて下してもらったと考えている。私やICCに大きな力を与えてくれるものとして、ありがたく思っている。
本日は急な開催にもかかわらず、多くのメディアの方々などが登録してくださり、私の友人や知り合い、弁護士会の方々のみならず多くの国民の皆様方からも、励ましの言葉や署名活動への参加などを通じて力強い応援をいただいていることについては、身に染みてありがたいと思っており、御礼の言葉もない。
国民の皆様からの応援は、私を応援するだけではなく、日本人の法や司法に対する信頼のあらわれでもあり、それを信奉する日本人としての心意気を示すもの、また、こうしたことが自分自身の問題であるとして、重大に受け止めているからであると思っている。
ICCは決して負けない 変わらず業務を継続

国際刑事裁判所(ICC)の本部(オランダ・ハーグ)
制裁が私個人に及ぼす影響について、これから次々に私の身に起きるであろう制裁の影響による不愉快で不便、ともすれば自分の尊厳さえも奪われかねない不利益についてご心配いただいていることに改めて御礼申し上げる。
ただし、私はそうした不利益が身に及ぶことはある程度わかっていたし、もちろんそれにできる限り抵抗する。日本政府もその不利益がなるべく限定的なものになるよう支援してくれると思うので、その点に関しても私は日本政府を信頼している。
また、日本でも大きく取り上げられたので、日本の方々はむしろその点においてよくご存じだと思われるが、私は2023年3月にロシアのプーチン大統領に逮捕状を出した予審裁判部の裁判官の一人であり、それに対する報復として、他の裁判官らとともにロシアから逮捕状を出され、昨年12月には欠席裁判により、モスクワの裁判所で有罪判決を受けている。もっともそれは一方的な発表によるものであり、私に対する呼び出し等は一切なかった。
それにより私自身の身辺の安全確保や、他の同様な立場にある裁判官らの安全確保業務などにも多くの時間と労力を割いているのが現状だが、その点についても日本の警察等、あるいはオランダなどの締約国から多大なる支援を得ていることにも改めて感謝申し上げる。
しかし、こうした私個人に対するさまざまな不合理な不便さ、あるいは脅威については最初から予期できたことであり、それによって私の裁判業務に対する向き合い方が変わることはないし、脅威のために押し潰されるようなことはない。
むしろ、私にとって重大であり、今の私の頭の中を占めているのは、これからもICCを守り、裁判官その他の職員を守り、今までと変わらぬ業務を続けることであり、それに注力し続けることだ。私に対する制裁によってそれが少しでも損なわれることがないよう、ICCとしても最善の努力をするし、日本をはじめとする締約国の多くとも強く連携して、その支援を求めていく。
ICCは決して負けない。正義は常にこれと対極にあるものに優越する。否、優越しなければならない。英語では”Justice will and should prevail” となるが、その信念を貫く。
多くの方々から「所長も、裁判官18名中9名までもが制裁にあい、もはやICCは機能不全に陥るのではないか」というご心配の向きもあると聞く。それについて少し説明しておきたい。裁判官をはじめ職員たちの士気は非常に高く、第一審だけでも今3件3名の裁判が進行中だ。そのなかでも、フィリピンの前大統領であるドゥテルテ氏に対する第1回公判は11月30日に予定されている。また控訴審においても2件3名の控訴審が進行中だ。これらはこれからも問題なく手続きを進行させる。
職員一同が一生懸命働いており、これは今回の制裁後もまったく変わりはない。私は裁判官やその他の職員を心から誇りに思っている。
「法の支配」の危機 日本が果たすべき役割とは
ICCは「補完性の原則」に基づく裁判所であり、国家に捜査・訴追の意思または能力がない場合にのみ手続きをおこなう裁判所だ。裏を返せば、ある犯罪を捜査・訴追できる国がない場合に「最後の砦」として働くのがICCだ。いわゆる重大な国際犯罪の被害者にとって、ICCはいわば最後の希望でもある。私も公判を担当するなかで実際に被害者の声を聞き、多くの被害者がICCに希望を持っていることを実感した。ICCの機能が万が一にも損なわれるようなことがあれば、そうした被害者の救済の場がなくなることを意味する。
国際法の規則に従って、あるいはそれらが実効的であることを確保するために活動する司法機関は、国際社会における「法の支配」の重要な一部となっている。ICCに対する制裁は、単にICCだけの問題ではなく、まさに「法の支配」の危機として捉えていただきたい。日本は「法の支配」を外交関係の柱に据えてきた国であり、それだけに私の日本に対する期待、世界の日本に対する期待は大きい。
日本政府にお願いしたいことについて少しのべる。今回の首相や外務大臣からの言葉にもあったように、今後もICCと世界における「法の支配」を守り抜くための最大限の努力をしていただきたいし、していただけると信じている。
日本が米国との長い親密な関係を持っていることについて知らない人はいない。同盟国として、ICCの重要性やその正当性について日本の見解をのべ、良い意味での対話を続け、今回のことが米国のさらなるエスカレートした行為につながらぬようにしていただけるものと確信している。
日本は長い歴史とその教訓に基づき、「法の支配」を標榜し、堅持することによって、世界の安定と日本の安全に深く寄与してきたと思う。それにより多くの国の尊敬と信頼を得てきていると思う。日本はそうした外交政策あるいは理念に基づき、その一環としてICCを強く支持し、協力してきたのであり、これからもその方針を毫も変えることなく推進してほしいし、そうしてくれるものと信じている。
また周辺の国々の中でICCに加盟している国をも支援し、彼らが米国の新しいキャンペーンに負けて脱退などを決めないように注力していただきたい。そのためにもICCの他の締約国と協力し、集団としての意思を真っ直ぐに示してほしいし、そうしてもらえるものと信じている。
中長期的には、今回のようなことが起きても、私の後に続く若い後輩たちが萎縮することなく海外で活躍できるよう、さまざまな法的措置などを含む措置を考えていく必要があると考えている。
さらには私の持論である、ローマ規程にある中核犯罪(戦争犯罪など4つの重大な犯罪)を体系的に国内法に取り入れる立法をおこない、ジェノサイド条約にも加盟し、世界で起きた重大な犯罪を日本でも訴追できる法的制度を構築し、ローマ規程にも明確に示されている「補完性の原則」に基づいて、いつでもその力を発揮できるようにしておくことが、側面からICCを支援し、日本を含む地域の安定と人々の平和で安全・安心な明日につながるセーフティネットになるものと思っている。それについても今こそ真剣に検討していただきたいと思う。昨日の高市首相、茂木外務大臣のお言葉からはそのような意思が伺い知れた。
最後に私は、日本は「法の支配」の旗手として、地域のリーダー格として、これからも色々な活動を通して日本のプレゼンスを上げてくれるものと信じている。皆様に期待している。

1998年に「ICCローマ規程」が採択されたされたイタリアの首都ローマで、「国際刑事裁判所に手を出すな!」と書かれた横断幕を掲げる人々(7月16日)
■ 記者との質疑応答から
質問 赤根所長らに対する米国の制裁に対して、日本政府は当初、外務報道官に続き、高市首相が「大変残念」と表明した。諸外国の対応に比べてあまりに弱いのではないかという批判が国内外から出た。それを踏まえて昨日、高市首相は今回の措置は「日本の立場と相いれるものではなく、大変深刻に受け止めている」と表明するなど対応にも変化が見られる。これまでの対応への受け止めとともに、喫緊の課題として日本政府に期待することは?
赤根所長 私は昨日の高市首相、茂木外相のお言葉を聞いたうえで冒頭の発言を考えた。発言を聞いて大変安心しており、ありがたく思っている。
喫緊の問題としては、7月13日にマルコ・ルビオ国務長官が新たに発表した米国の新しいキャンペーンが二つある。一つは、ICC加盟国に対して「ICCに協力するな」と脱退を勧めるものだ。日本は締約国の中でも強くICCをサポートしてきた国であり、分担金も一番多く払っている。だから皆が日本をリーダーとして仰ぎ見ていると思う。だからこそ、米国の圧力に負けて脱退してしまうかもしれない国に対して「脱退しないようにみんなで頑張りましょう」と声を掛け、それを実行に移していただきたい。
もう一つは、個人やICCそのものに対する制裁も、これが最後ではないという見方も生じる。私たちも最大限警戒をしなければいけないと思うが、私たちではその状況はわからない。その辺りについて米国と対話を重ねて、さらなる制裁のエスカレートがないように防いでいただきたい。
それとともに、来年度の予算編成などについて締約国との対話を続けていくが、来年度も私たちは活動を続けていくので、必要な予算は日本も声を上げて確保していただく方向で協力していただければと思っている。
ICCをなくせば 大戦後の世界に逆戻り
質問 ルビオ米国務長官は「ICCを解体する」と公言している。最悪のケースとして、ICC本体が制裁を受けて機能不全に陥った場合の対応は? また、その場合に国際法に基づく正義は実現できるのか?
赤根所長 仮にICC本体に対する制裁が加わったとしても、私たちは諦めない。まず締約国とさまざまな形で相談し、協力を取り付け、そういう状況でも機能を維持することを決意している。私たちの決意は固いということだ。
それでも将来、万が一にも最終的に解体というようなことが起きた場合どうなるか? 私たちが考えるには、力のある国が「力の正義」「力の支配」という形で、法の支配を駆逐していく過程に入ってしまうと思う。
確かにICCができる前は、アドホック法廷(特定の目的のために一時的に設置される特別法廷)がいくつかできた。それは東京裁判、ニュルンベルク裁判に遡るが、それ以降も旧ユーゴスラビア特別法廷をはじめさまざまな法廷ができ、裁判がおこなわれてきたことは周知の通りだ。しかし、現実的に特別法廷を一つずつ作るには、それぞれにある程度の規程を作り、参加国を募らなければならない。それはかならずしも国連機関という形でできるとは限らないため、作る過程はかなり大変だ。
いずれにしてもそれは「事後」の措置になる。ICCは、事件が起きる前から、どのような行為が罪になり、その罪を犯した場合はどういう手続きでこれを訴追し、裁判を進めるのかという規則(ローマ規程)によって創設された恒久的な裁判所だ。それがおこなわれなくなると、ある意味では第二次世界大戦直後の世界に戻ってしまうかもしれないと懸念するところだ。だからこそ恒久的な常設のICCが潰れてしまうことはあってはならず、私たちも必死になってそれに抵抗する。
質問 制裁下の困難な状況でも、そのように強い姿勢を堅持できる赤根所長の原動力は何か?
赤根所長 私が特別というわけではない。ICCの裁判官に選ばれた以上、ICCの法的枠組みのなかで全力を尽くすのが裁判官の役目だ。所長に選ばれた時には、すべてのことを背負うという気持ちで事にあたってきた。だから、どんな状況になろうとも私の気持ちは変わらない。これに何か特別な裏付けがあるのかといわれると日本人として真面目だということがあるかもしれないが、それ以上のものは特別なく、私は単なる普通の裁判官だと思っている。
質問 今回の制裁で、実際に起きていることや今後どういうことが想定されるのかを具体的に教えていただきたい。
赤根所長 制裁が発動されてからまだ日が浅いため全容はわからない。ただ、国際的な取引からは排除されるし、日本国内についても色々な不都合が出てくることは間違いない。すでにクレジットカード等は使えず、送金も取引もできない。アプリなども米国関係のものは使えなくなるのではないかと思う。
しかし、今まで制裁を受けてきた裁判官たちも皆そういうことで苦しみながらも、裁判に対する熱情を失ったり、「仕事を辞めてしまいたい」などと愚痴をこぼしたりしたことは一切ない。私もそれに倣って、一緒に協力しながらやっていくという気持ちがかえって強くなっているところだ。
世界から集まる期待 日本の動向が試金石に

2025年9月26日、国連総会で演説するイスラエルのネタニヤフ首相に抗議(米ニューヨーク)
質問 「法の支配」を揺るがしているトランプ米政権に対して訴えたいことは?
赤根所長 私たちは、これまでもICCの裁判官やそれ以外の人たちに新たな制裁が加えられたり、米国政府からの発表に対して、裁判所としてさまざまなメッセージを発してきた。それはトランプ政権に対してというものではなく、たとえばロシアからの脅威やそれ以外のことにもいえることだが、ICCがどんな状況にあろうとも、相手を特定せず、ICCの独立した活動が損なわれないように、「法の支配」の観点から締約国と協力し、これからも活動を続けていくという強い意志を発表しているだけだ。
私たちは特定の国や政権に対して敵対するものではなく、単に世界で重大な犯罪を犯した人たちを訴追し、裁判にかける役目を負った裁判所だ。間違えないでいただきたいが、どこかの政権あるいは国に敵対するということではまったくない。ただ、ICCの使命をまっとうするためには、ローマ規程の枠内で、独立して自由に活動できる環境を保ちたいし、保っているということで声明を出しているということをご理解いただきたい。
質問 現在、特に大国において国内法が国際法に優越する状況がある。国際法の適用は一般にその国の同意が原則とされるが、この同意原則と非締約国に対する訴追のバランスをどう考えておられるか?
赤根所長 国際法の原則については、国と国との関係でおこなわれる国際法の場合と、ICCのように個人の処罰を目的としている裁判所(条約に基づく)とは若干異なった面がある。
ICCの法的基盤であるローマ規程は、1998年に国連加盟国が集まって採択したもので、120カ国くらいの賛成で成立した条約だが、そのなかに書かれているのは、ICCの管轄権とは、締約国の領域内で起きたいわゆる管轄犯罪(戦争犯罪など)を犯した人に対して及ぶというものだ。締約国の人間が犯した管轄犯罪に及ぶということであり、非締約国と締約国の関係という問題にはされていない。むしろ国のベールを通して、個人に対する刑事裁判をする権限をローマ規程で与えられているわけだ。
だから、国と国との関係や非締約国との関係ということはわれわれの頭の中にはない。ローマ規程に当てはまるような、管轄権が及ぶような事件であれば、検察官が捜査に入るにしても、普通の場合は締約国からの付託があり、それに対して検察官がこの状況の中で捜査を始めるかどうかを決めて捜査を始める。それが進んだところで裁判部に対して、たとえば特定の人についての逮捕状を請求するという、非常に司法的な、恣意の入りにくい制度でこれをおこなっている。国と国との関係ということからは少し違った対応がなされるのが国際刑事裁判所の管轄のあり方だ。
質問 「法の支配を外交の柱に掲げてきた日本に対する世界の期待は大きい」といわれたが、具体的にどのような期待が世界から日本に対して寄せられているか?
赤根所長 日本に対する期待については、私ともう一人の検察局の職員に今回新たに制裁が出たわけだが、その後に色々な国のメディアあるいは人々から「日本は今まで法の支配を高く掲げてきた国であり、アメリカとも同盟関係ということで話し合いができる関係にある。だから今こそ日本に期待したい」という声がたくさん寄せられている。「まさにこれが試金石である」という風に書いているものもある。
つまり、日本がここで踏ん張ってICCを支えていくことが、これからのICCの存続に大きく貢献するんだという論調で書かれている。大きな期待が集まっていると私は感じている。ここからが本当に正念場だと思っている。締約国も皆、日本に注目し、期待をしていると感じている。
質問 (ICC本部がある)オランダ政府の素早い対応が伝えられたが、それ以外にどんな国からどんな支援のメッセージがあったのか?
赤根所長 正確に覚えていないぐらいたくさんの国々、特にヨーロッパの国々から直接的な支援のメッセージをいただいている。今回は私以外にセネガルの職員も制裁にあったが、セネガルの国からも「サポートする」という強いメッセージをいただいている。
多くの国だけでなく、国際機関、国連、EUなどからもメッセージが来ており、さまざまな国の弁護士団体やNGOなどからもたくさん来ている。もちろん日本の弁護士会をはじめさまざまな団体・個人からも応援が来ており、すべてを記憶できていないほどだ。
私としては、まず締約国であるヨーロッパの国々をはじめさまざまな国からの応援、日本からも応援をいただいていることについて非常にありがたく思う。そして、司法とは最終的には市民に支えられなければならないと思うので、そうした各国の市民、あるいは弁護士、NGO、国際機関からさまざまな支援の声をいただいていることも非常に心強く思っている。皆さんがICCの存続、さらなる発展を望んでいるのだと肝に銘じ、私たちも頑張っていきたい。
日本の国内法整備 恥ずべきレベルの遅れ
質問 制裁撤回を求める7万5000人(27日現在で11万3000人)を超えるオンライン署名が集まるなど支援の輪が広がっている。「法の支配」の危機を乗り越えるために、市民社会に期待することは何か?
赤根所長 署名の広がりには本当に毎日、頼もしく、嬉しく感じている。それは普通の市民の方々の私への個人的な支援の気持ちもあるかと思うが、やはり日本が今まで「法の支配」を基盤としていろんな国々との対話や法に則った外交をおこなったことに対し、市民もこれに賛同しており、「私たちも何かできることをしよう」ということでやってくれているものと考えている。
私が市民の方々、国民の方々に呼びかけたいのは、世界における「法の支配」の危機とは、「世界」だけでは済まないかもしれないということだ。日本国内にも次第にそうした空気、つまり「力による正義の方が手っ取り早くて良いのだから、強い国に従っていれば良い」という方向に行かないかという懸念だ。
そして、「法の支配」は国内でも大事であり、裁判所、検察庁、弁護人の三者が揃わないと「法の支配」は確実に守られていかない。そうした司法制度の運用がどのようになされているか、市民の側からも常にチェックし、これが円滑に、法の目的に従っておこなわれているかということに関心を持っていただき、色々なことに関与していただきたいと思う。決して世界の「法の支配」は、市民から遠いものではないと私は思っている。
質問 中核犯罪に対して日本国内での法整備が不十分な部分があると指摘された。具体的に日本に最も期待する法整備とは、どの分野のどういう事項か?
赤根所長 ローマ規程は、四つのいわゆる中核犯罪を定めている。つまり、戦争犯罪、人道に対する犯罪、ジェノサイド(大量殺人等)、侵略犯罪だ。この四つについての包括的な手当てが日本の法律(国内法)ではなされていないということだ。
はっきりいえば、ヨーロッパ、中南米、アフリカなどに比べて、アジア地域は少し見劣りがするのだが、アジア地域だけを見ても、たとえば韓国、モンゴルなどに至ってもそのような法制度を整えている。
それからジェノサイド条約に至っては、すでに世界154の国々が加入しているのに日本は入っていない。これは正直に申し上げて、恥ずかしいレベルになっている。
なぜならそれは、どこかで戦争犯罪やジェノサイドが起きた場合、「直接的には日本は関係ないんだ」という姿勢を取り続けているということになるが、こういう法律をセーフティネットとして備えておくということは、そうした犯罪を犯した人が仮に日本に入ってきた時に「処罰しますよ」という強いメッセージになる。それは、そういう犯罪人たちが不処罰で終わってしまうようなことを防ぐとともに、ICCの掲げる補完性の原則を、「各国がみずから裁く」という姿勢を示すことによって支えていくという強いメッセージにもなる。
日本国内で戦争犯罪などが起きるとは思っていないが、未来永劫ないかどうかわからない。法整備をし、すべてに備えていくこと自体が地域の安全保障、あるいは日本のレピュテーション(名声)にもつながる重要なことであると思っている。
着実に事案積み上げ 強い覚悟で活動続ける

イスラエルの封鎖と3年近くにわたる無差別攻撃により人道状況が悪化しているパレスチナ・ガザ
質問 ICCについては、かつては訴追対象がアフリカに偏っているという指摘があった。一方、ロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相など非加盟国の首脳の逮捕は、実際には加盟国に頼るほかなく、実効性に欠けるのではないか、あるいは現職の元首に対する免責(国際慣習法)に反するのではないかとの批判もある。こうした批判にどのように答えていくのか、ICCとその加盟国にどのような改革が求められていると考えるか?
赤根所長 まず第一に、ローマ規程を仮に改正するとなれば、これは締約国しかできないことであり、私たちが意見することではないということを前提にお答えする。
確かにさまざまな批判があり、私たちもICCが完璧な組織であるとか、世界をすべてICCで管轄し、世界のいわゆる最も重大な犯罪をすべて裁けるとは思っていない。だからこそ補完性の原則などでそれを補完していることもあるし、あくまでも締約国の協力のうえで成り立つ裁判所だといっている。そういう意味での限界というのは初めからそのように仕組まれていたということであり、その範囲で私たちは精一杯の努力をしてきたし、事案も積み重ねてきたということだ。
地域的な偏りに関しては、その多くはその地域のその国のいわゆる付託(裁判をやってくれという正式な表明)があってやる場合が多く、今もそうであり、偏りが仮にできてしまったとしても、それはICC自体の偏りとは違う。
そして、たとえば非締約国の人たちを裁くという試みについても、先ほどいったように、管轄権が及ぶのは、締約国の地域内で管轄犯罪がおこなわれた場合、罪を犯した人が締約国の人でなくてもそれは及ぶわけであり、その場合、捜査をするか否か、逮捕の可能性があるのかというようなことは、いろいろな観点から検察局が考え、逮捕状請求をするというところまで行くと思う。
これについてはすべて裁判官が把握できるわけではないが、部分的には裁判官として司法コントロールをしており、いざ逮捕状を出すということになれば、司法の作用として慎重に事実と証拠を見て、逮捕状を出す必要性があるかどうかも十分吟味して出しているわけで、いわれている批判は裁判実務においては当たらないと思っている。
もちろん私たちも努力しなければいけないことはたくさんある。たとえば「裁判が長すぎる」とか、逆に「証拠を調べずに政治的な判断をしてるんじゃないか?」というような正反対の批判が加えられたりすることがあるが、そうではない。
たとえば、私が実際に扱った「アル・ハッサン事件」は、西アフリカ・マリ国内の内戦のなかで起きたアル・ハッサンという被告人の事件だが、公判はだいたい4年くらいかかった。その中で証人を107人調べている。一人一人証人を呼び出し、証人尋問をし、その証拠を法廷に提出し、それがどのような証拠として認められるのかということを裁判官で吟味しながら進めて判決を出した。その107人のうち、実際に法廷で証言した人は76人にのぼる。
こうした非常に丁寧な、いわゆるデュー・プロセス(適正手続き)に則った裁判をやり、最終的に3人の裁判官で協議して決めていく手続きをとっているので、いろんな意味で偏りはないという風に考えている。
質問 最後に日本に向けてメッセージがあれば伝えてほしい。
赤根所長 本日申し上げたとおり、ICCはこれからも国際的な刑事裁判所として活動を続けていく強い覚悟でいる。これは私だけではなく、私を支えてくれている他の裁判官、そしてスタッフみんなが同じように考えていることだ。
私への制裁発動が発表されてしばらくした頃、こういうことがあった。私はロシア(赤根氏を国家指名手配リストに登録)の関係もあり、いつもセキュリティの人たちと行動しているのだが、そのセキュリティの人たちが私の送り迎えで私の家の前に着いた時、いきなり、たくさんのひまわりの花束を差し出して、「少しでも気持ちが和むといいと思いまして…」といってくれた。
普段はセキュリティの方々は当然無口で、私のセキュリティにのみ集中している方々だが、そうした温かい気持ちは、ICCがこれからも裁判所として十分な機能を果たしていくために、私の力も必要だし、みんなの力も必要だという気持ちのあらわれだという風に受け取った。だから今回は日本の方々、たくさんのメディアの方々、あるいはそれ以外の方々にも参加いただき、応援をしていただいていることに胸が熱くなっている。
私は、ある意味で色々アタックされることには強いのだが、こういう温かい心にはちょっとホロッとしてしまって、家では号泣してしまったこともある。今はちょっと堪えている。これからもご支援のほどをよろしくお願いしたい。日本政府にも大きな期待を抱いているし、世界からも注目が集まっている。ここがすべての締約国、そして私たちの正念場だと思っている。





















