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『ルポ シリコンバレー:AIブームと米国社会の断層を歩く』 五十嵐大介・著

 米宇宙開発企業スペースXの株式上場で、イーロン・マスクが個人資産1兆㌦(約160兆円)を保有する世界初の「トリリオネア(兆万長者)」になったと、日本のメディアがアメリカンドリームのごとく報じた。米国発のデジタル・テクノロジーの拡大によって、彼をはじめとするごく少数の大富豪に天文学的な富が集中する一方で、富を吸い取られる人たちが、疲弊したアメリカ国内も含んだ全世界で無数に広がり、全世界に重層的で巨大な格差が生み出されたことはいうまでもない。

 

 イーロン・マスクはこれまで、米航空宇宙局(NASA)のロケットの打ち上げ事業など巨額の契約を米国政府と結び、ことごとく公的セクターを営利化した。トランプ政権の政府効率化省のトップについてリストラを進めたが、「選挙で選ばれていない富豪が、われわれ納税者のお金に自由にアクセスしている」と批判が高まり、辞任した。

 

 この本は、イーロン・マスクやビッグテックと呼ばれる巨大IT企業の経営者らが、アメリカでなにをやっており、人々がどんな影響を受けているかを、各地の現場を歩いてまとめたものだ。

 

 AIの若者への影響は深刻だ。ロサンゼルスの女子高校生は10歳で手にしたスマホを通じてSNSのインスタグラムにはまり、14歳で摂食障害になった。そのようにスマホ・AI依存による自殺や自傷行為、うつ病などの問題が山積し、各国政府が規制に乗り出している。

 

 テネシー州のアマゾンの物流拠点では、アーム型ロボットが荷物をピックアップし、それを自走式ロボットが運ぶ。人間の労働者は削減されたうえ、「仕事中はカメラやシステムで常に監視される」「私たちはロボットのように扱われている」。

 

 AIは戦争も変えた。米パランティア・テクノロジー社(CIAとの独占契約で成長)はイスラエル国防軍と戦略的提携を結んだ。膨大な衛星画像や軍の機密情報をAIが瞬時に解析し、標的となる敵を知らせ、兵士はゲームのようにミサイルのボタンを押すだけだ。その向こうではガザやイランの子どもや女性たちが無残に殺されている。

 

 また、巨大なデータセンターが、チャットGTPなど最先端の生成AIを動かすための心臓部だが、データセンターのためには莫大な電力と水が必要で、そのため全米各地で反対運動が起こっている。昨年4~6月だけで20件のデータセンター計画が中止・延期された。

 

 そのなかでジャーナリストの著者が見つけたのは、イーロン・マスクが自分のための「城下町」をつくろうとする動きだ。

 

 場所は、テキサス州の最南端、メキシコと国境を接する町ブラウンズビル。ここには「火星に人を送り込む」という目標を掲げる、スペースXの巨大な発射台がある。

 

 そしてその周辺に、16年頃から移住者が次第に増えた。24年には子ども約100人を含む約500人が住むようになったが、ほぼ全員がスペースXの社員だという。そして同年、社員らが地元キャメロン郡に、この地をロケット発射台の名前にちなんで「スターベース市」にしたいと申請を出したので驚かれた。しかも、昨年5月の「スターベース市」の承認を問う住民投票では212票対6票の大差で可決されたという。

 

 市になれば、条例の制定や徴税などを独自におこなうことができる。またこの地域は先住民の聖地とされる場所だが、そこで先住民たちがドイツの取材陣をともなって地元の人の意見を取材し始めると、数分で警備員があらわれ「警察が来る」と脅されたという。こうした言論統制にも動くのだろう。

 

 著者は、「彼らはこの土地を植民地化しようとしている」「スペースXの社員を一級市民のように扱い、それ以外の人を排除するようになる」との地元の人の声を紹介している。それは、いわば公共たるべき行政機能をも私的に支配しようとするやり方だが、こうして富豪たちはみずからのもうけを増やすために、国や自治体のあらゆる社会的規制を逃れようとしている。もはや社会性、公共性そのものが彼らにとっての障壁なのだ。

 

 そもそもアメリカの建国は、ヨーロッパから逃れてきた清教徒たちが、そこで暮らしていた先住民を締め出し、そこに「自由な領域」を無理矢理つくったことが始まりだった。その自由とは、持てる者たちの「私的な自由」にほかならず、その追求のためには人間を含む万物は収奪と破壊の対象でしかない。現在のアメリカの政治経済構造は、その行き着く先、なれの果てともいえるが、この野蛮極まりない弱肉強食の二重構造が国内外で批判の対象となり、現在「すべての人に住居を」「持てるものに課税を」「みんなのために機能する社会の実現」を掲げる政治家が市民の圧倒的支持を得て台頭するなど、米国社会を下から揺り動かしている。

 

 (朝日新書、342ページ、定価950円+税)

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