(2026年5月8日付掲載)

ナフサを原料としたシンナーや塗料の供給が滞っている
アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃の開始により、イランがホルムズ海峡を事実上封鎖した3月1日から2カ月たった。世界の原油海上輸送量の約2割を占めるホルムズ海峡の封鎖によって世界各国が燃料価格の高騰、不足に直面している。原油輸入量の9割がホルムズ海峡を経由している日本では、燃料だけでなく石油を原料とするさまざまな資材の供給途絶、大幅な値上げが発生しており、自動車、医療、農業、半導体など多くの産業に影響が波及している。その大きな原因がナフサの不足だ。政府は「年を越えて供給できる見込みとなった」(4月30日時点)とするが、同時期にデンソーや豊田合成などトヨタ自動車系部品メーカーの経営幹部がそろって「数カ月先まで見通せない」と警戒感を表明するなど、現場の危機感は日に日に増している。
農業法人の関係者は、農業用ハウスのビニールが2、3週間前から受注停止になっていると話す。地域によっては、出荷するときに野菜などの作物を詰めるボードン袋(鮮度を保つためのビニール袋)が手に入らないため、作物があるのに出荷できない農家もいるという話も耳にしているという。マルチ、ビニール、肥料、農業用段ボールなどすべてが値上がりしており、種も七割値上がりした。「うちは2月末にホルムズ海峡情勢が不穏になった時点で、ビニールなどの必要資材を1年分仕入れた。手に入らなくなって慌てたところでどうにもならないからだ。従業員を抱えている大きな法人ほど情報を敏感に察知して先手を打っている。今後、ホルムズ海峡の混乱がいつまで続くのかは不透明だが、かりに原油が少しずつ入ってきたとしても値上がりは避けられない。その値上がりにどれだけの農家が対応できるかが問題だ。生産コストが上がった分、価格転嫁しなければやっていけないが、値上げすれば買ってもらえない作物も出てくる。一番困るのは所得が上がっていない消費者だ。そうなれば原油があっても日本経済は低迷する。中小の淘汰がさらに進むことを心配している」と話した。
「歯医者に行ったら、差し歯の原料が不足しており、6月以降は手に入らなくなるといわれた」(高齢者)
「プラスチックボトルの値段が上がり、さらに入ってこなくなった。醤油を醸造しても容器がなければ販売できない。いざとなったら店頭で量り売りしようかと冗談半分でいっている」(醤油製造業者)
「ビニール手袋が入らないということで、これまで1回で廃棄していたが、4月から消毒して再利用するようになった」(食品製造業)
「養生テープやダクト(空調などに使われる管)、塩ビ管、接着剤など、さまざまな物が入らなくなってきた」(製造業関係)
「連休前にバイクのエンジンオイル20㍑缶を3つメーカー本社に注文した。本社がエッソや出光などの石油会社に注文し、そこから宅配便で届くようになっているが、“連休明けに1缶だけは届けられるが、あとはいつになるかわからない”という連絡があった」(自転車・バイク販売店)
「機械を動かすのに潤滑油が必須だが、4月中旬にいつもの仕入先に発注をかけてみると、注文を受けつけてもらえなかった。3月末にはメーカーが受注を停止していたという話だった。他県の石油販売会社も含めて軒並み問い合わせてみたが、どこも同じ状況だった。今残っている分を使っていくほかないが、在庫が切れる数カ月先までこの状況が続くと機械を動かすことができなくなる。イラン攻撃の最初にこんな状況になることを想定して買っておくべきだった」(製造業)
原油の供給が遮断された影響は、さまざまな業界のとくに末端に大きな影響を与えている。製造業の関係者のなかでは3月初旬から「ゴールデンウィークまでこの状況が続けば業界が止まるのではないか」との懸念が語られてきたが、連休が明けた今も状況は解決しておらず、日本政府がイランに駆けつけて交渉するような動きはない。
石油の9割は中東から 出光丸1隻1日分未満
周知の通り、日本のエネルギー自給率は低く、国内で1年間に産出される原油は精製業者の原油処理量の0・3%(約1日分に相当)に過ぎない。原油のほぼすべてを輸入に依存しており、その約9割を中東地域に依存している。2024年度の原油輸入量は1億3629万㌔㍑(約8・57億バレル)。25年度の輸入量も同程度で、そのうちアラブ首長国連邦(43%)、サウジアラビア(39%)の2カ国で全体の82%、中東諸国からの輸入量は全体の約94%にのぼっている。
中東から日本までの航路は約1万2000㌔㍍ある。おもにペルシャ湾内で原油を積載したタンカーは、ホルムズ海峡、アラビア海、インド洋、東南アジアのマラッカ・シンガポール海峡を航行し、約3週間(20日ほど)かけて日本に到着する【中東からのオイルロード参照】。積みおろしにかかる時間も含めると一航海が45~50日になるという。

一方、日本の石油消費量は1日当り約330万バレル(2023年、外務省)で、世界六位の消費量を誇る。4月29日、出光興産子会社のタンカー「出光丸」が原油200万バレルを積んでホルムズ海峡を通過したが、200万バレルが1日分にも満たない量であることがわかる。
1日当り約300万バレル消費しているとなると、いったいどのくらいの原油タンカーが日本に原油を運んできているのだろうか。商船三井のホームページによると、近年建造される大型原油タンカーVLCCの多くが約200万バレルの原油を積み込むことができる設計になっているという。重さにして約30万㌧だ(原油の比重は産地によってさまざま)。200万バレルは需要の16時間分ほどなので、石油製品を安定的に供給するためには毎日1・5隻のVLCCが200万バレルを積んで日本に戻ってくる必要があるという。これが2月末から遮断されているということだ。
ちなみに、一般的になじみの薄い「バレル」という単位だが、これは「樽」という意味で、1860年代のアメリカ・ペンシルベニア州で、ヨーロッパから輸入していた酒樽の空き樽を利用していたことが起源だといわれる。一説によると、樽の容量が50ガロンだったが、木製なので輸送中に蒸発や漏れによって目減りして、到着したときに42ガロン(約159㍑)になっていたため、これを1バレルとしたとか。1バレルは灯油缶(18㍑)の約9缶分、または家庭用のユニットバス(200~250㍑)の7分目ほどと考えるとわかりやすい。
政府はイランに出向いて交渉することもないまま、「わが国全体で必要な量はまかなわれている」「ホラーストーリーを語るべきではない」(赤沢経済産業大臣)などとして、国民に節約を呼びかけることにも慎重な姿勢を続けている。しかし、ホルムズ海峡の通航が正常化しない限り、石油製品が底を突く日は刻々と近づく。
3月26日に約5300万バレル(約1カ月分)、5月1日から追加で約3600万バレル(約20日分)の石油の国家備蓄の放出を実施しており、5月4日時点での国家備蓄量は123日分(民間備蓄は83日分)となっている。「年をこえて石油の供給確保のめどがついている」と説明しているが、世界的に原油不足になっているなかで、9割を依存していた中東産の代替になる量が恒常的・安定的に入る契約ができたのかどうか、懐疑的に見る専門家も少なくない。
6日にアラブ首長国連邦から2000万バレル追加調達することで合意したことが発表されたが、それも1週間分程度。ロシア産原油の到着も大々的に報じられたものの調達量は公表されていない。
韓国は4月中旬に中東諸国に大統領特使を派遣し、消費量の3カ月分に相当する原油2億7300万バレルとナフサ1カ月分を確保。中東諸国から「韓国を最優先」する約束をとりつけたと報じられている。さらに国民や企業に協力を呼びかけて車の利用抑制を実施しており、公的機関が使う車は、平日のうち1日ずつ運行を制限する「5部制」に加え、4月初旬からナンバープレートの末尾の偶数・奇数で制限する2部制を始めている。韓国に限らず、各国政府が外交・国内対策を展開するなかで、「足りている」「大丈夫だ」といい続ける日本政府の対応は異様といえる。
ナフサとは 「見えないインフラ」

燃料以上に経済に深刻な影響を及ぼしつつあるのが、さまざまな石油製品の元となるナフサ(粗製ガソリン)の供給途絶だ。ナフサも国産が約4割で、6割を輸入に頼っている。輸入先はアラブ首長国連邦、クウェート、カタールの3カ国で約67%、中東地域からの輸入は輸入量の7割超を占めており、ホルムズ海峡の封鎖は、輸入量の3分の2が途絶えることを意味している【ナフサの調達元参照】。かつては、すべて石油元売り会社の製油所で生産される国産ナフサで賄ってきたが、石油化学製品の需要の増加や、利益率の高いガソリンの生産を優先したことから国産ナフサが不足し、1965年から輸入が開始されている。
政府の発信している「石油備蓄254日分」(3月当初)という数字は原油の形態がほとんどで、ナフサは国家備蓄の対象外だ(かつては備蓄対象だった)。民間在庫はわずか20日分しかなく、供給の途絶が即座に不足に直結する脆弱な基盤のうえに成り立っている。当然ながら原油の輸入が止まれば国産ナフサも生産できない。化学工業日報によると、国産ナフサの基準価格も1~3月(第1四半期)は1㌔㍑6万5700円だったのが、4月29日には同11万7316円と倍近くに高騰している。
「ナフサ」という石油製品は一般的になじみがない。しかし、ホルムズ海峡の封鎖以降、TOTOやLIXILなどがシステムバス・ユニットバスの新規受注を停止したり、シンナー類の75%値上げ、農業資材の受注停止や受注制限、化粧品や洗剤メーカーの値上げ発表など、「こんなところで…」という分野でも影響が顕在化した。
食品包装、自動車部品、衣料繊維、医療器具など、あらゆる製品がナフサ由来の化学素材に依存しており、「見えないインフラ」「産業においての米麦」などといわれる存在だ。2024年に国内で消費された石油関連製品(1億3978万9000㌔㍑)のうち、ガソリン(全体の31・4%)に次いで24・9%(約3500万㌔㍑)を占めていることからも、需要の高さがわかる。
帝国データバンクの調査(4月17日)によれば、ナフサ由来製品のサプライチェーン上にいる製造業は全国に4万6741社。全製造業(約15万社)の約3割に達する。ナフサ・ショックは一部の産業の問題ではなく、日本の製造業の3割が同時に揺らぐ規模の危機であり、その先の製品を利用している企業を含めると影響は計り知れない。
自動車1台部品3万点 ナフサ由来は6~7割
ナフサとは、石油から得られる成分の一つだ。石油を分別するさいには加熱して、その温度によって成分をとり出していく。熱で液体を蒸発させて、再び液体として回収する工程は「分留」と呼ばれる。分留で最初にもっとも低い温度で得られるのがLPガス(液化石油ガス)。これはタクシーの燃料やガスコンロの燃料として使用されている。次に得られるのが、LPガスの次に沸点の低いナフサの成分だ。ナフサの沸点は35~180度だという。
そこからさらにナフサクラッカーと呼ばれる熱分解装置で処理され、エチレンやプロピレン、ブダジエン、ベンゼンなどの「石油化学基礎製品」が製造される。エチレンプラントの心臓部であるナフサクラッカーは「石油化学の出発点」ともいわれるという。国内には12基のナフサクラッカーがあり、2024年はエチレン約500万㌧、プロピレン約400万㌧、B-B留分(ブタン・ブチレン留分、合成ゴムなどの原料)約180万㌧、分解油(合成繊維、ペットボトルなどの原料)290万㌧が生産されている。
そうして製造された「石油化学基礎製品」から、ポリエチレンやポリウレタンなど数十種類以上の「石油化学誘導品」が生産され、それをもとに多種多様な最終製品が生産されていく【ナフサを使用する主な関連産業参照】。

富士ゴム化成のホームページを見ると、
▼プラスチック樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニルなど)→電気製品、フィルム、文具など
▼合成繊維原料(エチレングリコール、テレフタル酸、アクリロニトリルなど)→シャツ、セーター、テント、毛布など
▼合成ゴム(ブタジエンゴム、クロロプレンゴムなど)→自動車タイヤ、ベルト、靴など
▼塗料原料(ポリウレタン、酢酸エチル、ブタノールなど)→インク、ペンキなど
▼合成洗剤原料(アルキルベンゼン、高級アルコール、エチレンオキサイドなど)→洗顔料、シャンプー、化粧品など
と、ナフサが幅広い製品に使われ、市場に流通していることが紹介されている。
自動車、船舶、航空機用のゴム製品部品、土木建築用の防振用ゴム、自動車向けシーリング材や医療・工業用手袋、輪ゴムなどの民生用品、ハンバーガー包装紙やコーヒーフィルターなどに使用されるポリエチレンラミネート紙、セメント袋や米麦用袋などもナフサ由来の原料が使用されているという。インクや溶剤を多量に使用する出版・印刷業界も依存度が高い。医療業界では注射器や輸液バッグ、透析回路もナフサ由来であり、物流業界で使われる包材のストレッチフィルムやOPPテープ、樹脂パレット等も影響が出ている。
自動車1台とってみても、約3万点の部品から成り立っており、ナフサ由来の部品は6~7割を占めるといわれる。シート、タイヤ、接着剤・塗料、パッキン、ダッシュボード、スイッチ、配線被覆など、部品が一つ欠けても完成しない。あらゆる製品の起点となるナフサの供給途絶は「資材価格の上昇」にとどまらず、「物が生産できない」状態を引き起こす点で、燃料・エネルギー以上に深刻さを持っている。
石油化学工業の出荷額(2023年)は約11兆5600億円と、化学工業全体(24兆1200億円)の47・9%を占めている。「誘導品」も含めた石油化学工業関連産業の出荷額は約32兆7000億円だ。その先の自動車や建築材料、電子部品、日用品などの出荷額も含めると、ナフサ不足の影響は100兆円単位になるとも指摘されている。
国内12基のナフサクラッカーのうち、4月初旬時点で6基が減産体制に追い込まれている。これらの生産プラントは24時間連続運転を前提にしているため、いったん停止すると再稼働に約1カ月かかるといった事情もあり、原料枯渇による突然の停止を避けるため、ぎりぎりで稼働させている状況だ。資源エネルギー庁のLPガス取引適正化アドバイザリーグループの委員も務める境野春彦氏(コネクトエネルギー合同会社)は、かねてより政府の「目詰まり」論を否定し、危機的状況回避のため恒常的にホルムズ海峡を通過できるよう外交交渉することが政治の役割だと警鐘を鳴らし続けている。
トランプのおかげで全世界が大迷惑をこうむるなか、アメリカともイランともパイプのある日本政府が外交交渉で役割を果たせという声は強まっている。少なくとも、イランは日本に対しホルムズ海峡の通行を許可する用意があり、交渉によって原油・ナフサの供給途絶は回避できる状況にある。
アメリカの顔色ばかりうかがって無策状態を続けるなら、資金力が乏しいうえにコロナ禍のゼロゼロ融資の返済まで抱える中小零細企業から倒産が続出しかねない。




















