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高市首相は憲法改正より米国に不当な戦争終結を求めよ 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

(2026年4月22日付掲載)

ホルムズ海峡の通過できず滞留する貨物船

 イラン戦争で事実上の封鎖状態となったホルムズ海峡は、停戦合意の条件に含まれたイスラエルによるレバノン攻撃が一時的に停止されたことにより、イランのアラグチ外相が解放を宣言したが、米国のトランプ大統領は米軍による逆封鎖継続を宣言し、事態をさらに混迷させている。その応酬自体が交渉を前提としたものであり、軍事力による戦局打開の望みが断たれた米国の弱体ぶりを物語る。一方、輸入原油の9割を中東に頼る日本では、原油不足によって枯渇するナフサ関連製品の生産停止や諸物価高騰など深刻な影響が出ているものの、高市政府には直接交渉で現状を打開する気配もなく、先の自民党大会では「憲法改正の時は来た」などと能天気に気炎を吐いた。日本社会に直結するイラン情勢の行方について、現代イスラム研究センター理事長・宮田律氏の解説を紹介する。

 

◇      ◇

 

 

・イランのアラグチ外相が愛した日本――ホルムズ海峡解放のメッセージに込められたもの

 

宮田律氏

 イランのアラグチ外相は17日、SNS上で「レバノンにおける停戦合意に伴い、残りの停戦期間中、ホルムズ海峡を通過するすべての商船に対し、イラン港湾海事機関がすでに発表している調整済みルートにおいて、航行が全面的に許可される」と発表した。タイミング的にはイスラエルがレバノンの停戦に応じたことに対応したもので、停戦破りの常習犯ともいうべきイスラエルがレバノンを攻撃すれば、ホルムズ海峡はいつでも閉じるぞというメッセージが込められている。

 

 イスラエルはレバノン南部を流れるリタニ川にかかる7つの橋をすべて破壊し、すでに国境からレバノン領側30㌔㍍に及ぶ地域を占領、歴史的な集落全体を破壊し、レバノンのシーア派の国内避難民は二度とこの場所へは帰還できないと宣言している。相変わらずの非道ぶりだ。イランはイスラエルのレバノン侵略を止めるためにホルムズ海峡を条件闘争の手段に使っているが、日本政府にはイランと交渉したり、イスラエルのレバノン侵略を非難したりする気配のかけらもない。

 

 ホルムズ海峡の通行についてイランは、平和的な商船に限り、軍艦は許可されず、米国やイスラエルに関わる商船や交戦国の貨物も許可されないとしている。イランはバーレーンの米軍の海軍基地の閉鎖と、ペルシア湾からの米軍の排除を考えている。

 

 第二に、船舶はイランが指定した航路を通らなければならず、これはアラグチ外相がSNSへの投稿でも言及している。

 

 第三に、すべての船舶の通過はイラン軍によって許可され、調整されなければならないとされている。

 

 東日本大震災の時、多くの外国大使館が福島第一原発事故による放射能汚染を恐れて日本から退避する中で、当時駐日イラン大使だったアラグチ外相は東京に留まり、日本政府の事故処理能力を信じると言い切り、イラン国旗を東京で揚げ続けることの重要性を訴えた。また、岩手県山田町の被災地で炊き出しをする中で、日本人被災者の秩序ある行動に感銘したとのべている。アラグチ大使夫人のアブドラヒヤンさんは「不死鳥」と題する絵画を自ら製作して山田町に寄贈した。

 

 イランから人道支援物資として食品の缶詰5万個を東北の被災地に届けることもおこなった。

 

 アラグチ外相は、今の高市首相や茂木外相は例外的な日本人で、典型的な日本の政治家とでも思っているのかもしれない。日本の政治家たちが米国に盲従するようになったのは、21世紀に入って米国のイラク戦争を真っ先に支持した小泉政権以来のことだ。それまでの日本の中東政策は今よりはずっと中東諸国と米国とのバランスをとっていた。

 

2019年、日本・イラン外交関係樹立90周年イベントに出席したアッバス・アラグチ外相(当時、外務次官)

 アラグチ外相は、2008年から2011年まで駐日イラン大使を務めたが、当時のイランは、何かと奇矯な発言が多いアフマディネジャード大統領の在任時代だった。アラグチ大使がイランの孤立を回避するための努力を払っていたことは、われわれが開いたペルシア湾の安全保障に関する少人数の研究会にも足を運んでイランの立場を熱心に説明していたことにも表れていた。

 

 アラグチ氏の著書『イランと日本:駐日イラン大使の回顧録2008―2011』(論創社、2024年)は、大使として日本在任時代に見聞し、知見を得たことに基づく日本論である。米国を戦略的中心に据える日本外交、世襲が多い日本の政治、日本の軍国主義などの歴史、日本とイランとの文化交流など実に多様な内容がのべられていて、アラグチ氏が日本在任期間中に日本を積極的に知ろうとしていた姿勢がうかがえる。

 

 アラグチ氏の著書巻末にある笹川平和財団角南理事長との対談の中でアラグチ氏は「日本はイランの人々にとって非常に信頼できる国です。私はいつもイラン人の同僚や友人に、『イランの街に行って一般の人々に、日本を含め思いつく10の国の名前を聞いてみろ。そしてそれらの国でどの国が一番信頼できるか聞いてみろ』と言っています。10人中9人が日本と答えるに違いありません。これはあなた方日本にとっての財産です」と語っている。

 

 イランでは日本の技術への信頼があり、イラン人もまた日本製品を好んで買い求める。この日本人の財産を大切にして、日本が国際社会の安定化に貢献することへの期待ものべられている。

 

 他方で、日本の刑務所ではイラン人など異文化を背負う人々に対する十分な注意が払われていないことなども初めて知った。集団房での中国人や日本人受刑者など異なる国籍の人たちと一緒に生活することはイラン人受刑者たちには辛かった。大使の在任中に、受刑者の寂しさを紛らわすために、刑務所内でのペルシア語の本の貸し出し事業も実現させた。

 

ペルシャ絨毯の展示即売

 アラグチ氏の駐日大使時代には、イランの良好なイメージをつくり上げるためにイラン文化の紹介も熱心におこなわれた。「ペルシアシルク絨毯の世界」展、ズールハーネ実演会などもおこなわれた。ペルシア絨毯は日本でもあまりに有名だが、ズールハーネとはイランの古式体操を見せる道場で、筋肉隆々の力士たちが様々な演技を見せてくれる。ズールハーネではイランのフェルドゥスィーの古代叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』の一節なども観衆が唱和するが、日本ではあまり知られていない。フェルドゥスィーの『シャー・ナーメ』は日本の大正時代の著名な歌人・土屋文明(1890~1990年)によって訳されたことも今の日本人はほとんど知らない。

 

 人情、ウェットな人間関係、面倒見の良さ、集団主義など、欧米の個人主義にはないものが日本とイランでは共通の感情や社会的仕組みとしてある。イランのペルシア語の言葉「ジャヴァーンマルディー」は、「目上の者への敬意、困窮者への支援、仲間意識の尊重、献身的精神の発揮など」(八尾師誠氏の説明による)だが、それは日本人の義侠心に通じるものがある。いまの政府首脳たちは義侠心を忘れ、国民の利益を放棄し、「狂ったヤクザ」のようなトランプの言いなりになっている。(4月19日)

 

・イランに人道援助する韓国と、「凶人」トランプに盲従して自国民の生活も顧みぬ高市首相

 

韓国外交部の趙顕長官とイランのアラグチ外相(昨年9月)

 韓国政府は14日、国連など国際社会の人道的支援の要請を受け、国際赤十字委員会(ICRC)を通じてイランに合計50万㌦(約8000万円)規模の人道支援を提供することを明らかにした。

 

 韓国は3月にもイスラエルの攻撃を受けるレバノンに対する官民合同の支援をおこなっているが、韓国の趙顕(チョ・ヒョン)外交部長官は、9日のイランのアラグチ外相との電話会談で韓国がイランに人道支援をおこなう意思を伝え、イラン側の被害状況を把握したうえで、14日の発表となったとのべた。

 

 一方、日本の高市首相の外交観は、日米同盟最優先で、米国の神経を逆なでするようなことは一切やりたくないように見える。17日、イランのアラグチ外相は停戦期間中のホルムズ海峡の開放を明らかにしたが、その後のことは予断を許さない。日本政府がすべきことは米国にイランへの攻撃の停止あるいは終了を求めたり、ホルムズ海峡の通航に関してイラン政府との個別交渉をおこなったりすることだろう。

 

 先月、茂木外相はイランとの個別交渉は考えていないと言い切った。知日派のアラグチ外相は日本との個別交渉をおこなうことに前向きに対応するに違いないが、日本は「狂人」のようなトランプ大統領に遠慮して、アラグチ外相の配慮にも応ずる様子が見られない。

 

日本経済への影響 第一次石油危機を凌ぐ

 

 日本の経済や社会は現在、危機的状況にある。今日も静岡県駿河湾の桜えび漁が燃料不足のために、例年の半分しか活動できないことが伝えられた。現在進行する石油危機は、1973年の第1次石油危機の時より深刻で、経済のあらゆる分野に及んでいる様子だが、イラン戦争が再開されれば、日本には原油や石油製品が入ってこないことも予想される。

 

 第1次石油危機の時に田中角栄首相は親アラブ政策へと大胆に転換して危機を乗り切ったが、高市首相は無策、悠長、消極的に見え、国民の生活を犠牲にしてまでも、トランプ大統領に配慮するつもりのようだ。

 

 高市政権は必要なナフサの量は確保したなどと楽観的な見通しばかりを語っているように見えるが、幅広い製品の値上げや経済活動の鈍化・停止が相次ぐようになっている。食品包装材「サランラップ」、壁紙や床材、接着剤、また物価の「優等生」と言われる豆腐などの値上げがおこなわれ、衣料用洗剤の新商品の発売が延期された。

 

 潤滑油不足で工場の機械が動かせないメーカーが現れ、石鹸や化粧品メーカーも販売休止製品を発表し、軽油を大量に使う田植えにも否定的影響、農業用の肥料も値上がりするなどあらゆる産業分野にイラン戦争の影響が及ぶようになった。

 

 このままでは日本の社会や経済はパニックに陥ってしまうが、政府が迅速に有効な対策を講じる様子は見られない。

 

 韓国は原油輸入の70%をペルシア湾に依存していて、日本よりもペルシア湾への依存度は低いが、カザフスタンから1800万バレルの原油を確保し、それをパイプラインで黒海のロシアの港湾に輸送し、紅海航路が開いている限り、石油を船に積み込んで紅海を経由して韓国に輸送することを考えている。

 

 また、韓国は、サウジアラビア産原油の一部を確保し、ホルムズ海峡ルートではなく、紅海のヤンブ港から韓国に輸送されることになっている。

 

 韓国以上にホルムズ海峡の原油ルートに依存する日本は、ホルムズ海峡危機に最も脆弱な国と見られている。政府は米国やその他の地域からの調達を全体の約2割以上に引き上げるとのべているが、米国からの輸入が可能ならば、これまで中東に90%以上も依存することはなかっただろう。

 

 第1次石油危機の時もキッシンジャー国務長官が米国産の石油を日本に輸出する気がなかったのは有名な話だが、政府が発表する楽観的見通しはにわかに信じがたい。

 

 目下、パキスタンでイランと米国との停戦協議が再開されるかが焦点になっているが、米国の中東担当特使のウィトコフ、そしてトランプ大統領の娘婿のジャレッド・クシュナーは、イスラエルのネタニヤフ首相の考えを代弁する役目で、バンス副大統領を監視するために協議の場にいると、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授は語っている。

 

 ネタニヤフは、イランの弱体化と体制転換を考え、みずからの権力維持のためにイラン戦争を開始した人物で、それにトランプがつき合った。韓国の李在明大統領はイスラエルの人権侵害を非難しているが、高市首相にはそんな関心や批判精神はまるで見られない。
(4月18日)

 

・ホルムズ海峡の戦いで敗れる米軍――高市首相とは異なる全方位平和外交を唱えた福田赳夫首相

 

ダーダネルス海峡の戦いで犠牲になったトルコ兵を追悼するチャナレッカレ殉教者記念碑(トルコ)

 イランは停戦期間中にホルムズ海峡を開放するとアラグチ外相がSNSに投稿したものの、トランプ大統領は、イランが海峡を開くかもしれないとしても、米国はイランの船舶やイランの港から来る船舶の通航を認めないとSNSで語った。

 

 これに対してイランの外交安全保障の最高意思決定機関である国家安全保障評議会は、「敵」が船舶の航行を妨害する限り停戦違反と見なし、ホルムズ海峡の閉鎖をおこなうことを明らかにした。トランプ大統領は「日本が米国を助けてくれない」と語ったが、米国こそ日本人のエネルギーや食料の安全保障をまったく助けてくれないどころか脅かしている。

 

 トランプ大統領は19日、イランが戦闘終結に向けた合意に応じない場合、イラン国内のすべての発電所や橋を破壊するとSNSで警告した。この大統領には同盟国の利益など考慮する様子はまるで見られない。

 

 かつて官房長官などを務めた後藤田正晴氏は「政治の責任は国民を飢えさせないことだ」と述べていたが、今の米国一辺倒の高市政権はそのための努力を最大限払っているとは到底言い難い。

 

 かりにホルムズ海峡の開放(あるいは閉鎖)をめぐってイランと米国の戦争になったら、米国は必ず敗れる。第1次世界大戦中、イギリスを中心とする連合軍は、ダーダネルス海峡を通航、北上してオスマン帝国(トルコ)のイスタンブールを制圧したり、黒海沿岸の同盟国であるロシアの港湾に武器・弾薬を届けようとしたりした。この作戦は海軍大臣のウィストン・チャーチルが立案したものだが、ダーダネルス海峡のような狭い海域では海軍の艦船はオスマン帝国(トルコ)軍の攻撃に脆弱で、トルコは海峡の両岸に重砲を設置し、海峡に機雷を敷設した。1915年2月、ダーダネルス海峡の通過を試みた英仏の連合艦隊はトルコの重砲からの攻撃を受け、また蝕雷し、艦隊の3分の1を失うことになる。

 

 連合軍は同年4月に地上部隊を投入したが、その後8カ月間、血みどろの戦いが展開され、殴り合い、刺し合う白兵戦まで展開された。

 

ダーダネルス海峡(「世界史の窓」より)

 オスマン帝国軍は後にトルコ共和国初代大統領になるムスタファ・ケマル(後のケマル・アタチュルク)の活躍などもあって、イギリス軍をはじめとする連合軍は25万人余りの死傷者(ブリタニカ)を出すことになり、連合軍は上陸作戦に失敗して撤退した。この失敗によってチャーチルは政府から退き、政治家チャーチルの大きな挫折となった。

 

 ちなみに日本軍兵士の多くの血が流れた日露戦争の旅順攻囲戦(二〇三高地の戦い)での日本軍の戦死者は約1万5400人(日露戦争総覧など)だったから、この「ガリポリ半島の戦い」と呼ばれるダーダネルス海峡をめぐる戦闘がいかに凄惨だったかがうかがえる。

 

 オーストラリア・ニュージーランド連合軍(ANZAC〔アンザック〕)が戦闘に加わったのが1915年4月25日だった。この日は、「ANZACデー」としてガリポリの戦いで戦死した兵士たちを追悼する日となっている。同様にイギリスの帝国主義支配下に置かれていたインド軍も130万人が駆り出され、そのうちの40万人がムスリム兵だったが、5万3000人のムスリム兵がガリポリ半島やイラクなどで戦死したと見られている。

 

 ドローンやミサイルのような安価な陸上システムの普及により、軍事的に劣勢な国々、さらには武装集団のような非国家主体であっても、空母打撃群をはじめとする高度な軍事力に対してホルムズ海峡のような海上航路をめぐって効果的に戦闘をおこなうことができる。自衛隊は決してホルムズ海峡の戦いに派遣されるようなことがあってはならない。トランプが着手してしまったホルムズ海峡をめぐる問題は残念ながら迅速に解決される可能性は低く、軍事的手段だけで解決することは到底不可能だ。

 

 高市首相も所属したことがある清和会を1979年に創設した福田赳夫元首相は、1970年代後半に「全方位平和外交」を掲げ、1978年に日中平和友好条約を締結するなど、アジアの安定と世界平和に貢献しようとした。高市首相とは異なる外交姿勢だ。

 

 福田氏は第1次石油危機によってインフレが進行すると、「異常な物価上昇と石油危機で日本列島は火炎に包まれている」とのべ、当時のインフレを「狂乱物価」と呼んだ。事実、1974年の消費者物価上昇率は実に23・2%であった。これは終戦直後の混乱期を除けば、平時としては最も高い物価上昇率だったが、石油獲得の重要性を認識した福田氏は、首相として史上初めてイラン、カタール、アラブ首長国連邦及びサウジアラビアの四カ国を公式訪問した。

 

 福田首相は1978年9月に10日の総理大臣所信表明演説で、「中東和平は、現下世界政治の最大の焦点であります。この訪問において、中東における公正かつ永続的な和平の実現を切望するわが国の立場を明らかにするとともに、これらの国々の首脳と、国際的視野に立って建設的な意見の交換をおこなうことができました」と語り、中東諸国との友好協力関係を拡大し、その安定と発展に資するよう努力したいとのべている。

 

 当時は自民党右派と見られた政治家でもこのように米国一辺倒ではないバランスがとれた外交姿勢が見られた。同じく高市氏をはじめ、今の自民党右派の政治家たちは福田氏の姿勢をよく学習して見習うべきではないか。(4月20日)

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