(2026年2月25日付掲載)

下関市の南風泊市場でのフグの選別作業
山口県沿岸を含む日本海・東シナ海・瀬戸内海で、他の海域に先行してトラフグの漁獲可能量制度(TAC)導入に向けた動きが進み始め、山口県や福岡県など西日本の漁業者や水産関係者のなかで懸念が広がっている。昨年7月に開催された第1回ステークホルダー会合で水産庁(水産研究・教育機構に調査を委託)が示した「資源量」は、漁業者をはじめ現場の実感にも合わないものだった。東京湾をはじめ千葉、神奈川、福島、宮城などでトラフグの漁獲が急増している状況のなかで、西日本のみ漁獲規制を導入することは、今でも厳しい西日本の沿岸漁業者たちを壊滅に追い込むようなものであり、それは流通の変化をもたらし、加工業が集積する下関市の産業にも打撃を与えかねない。「西日本の資源が減るから規制する」という水産庁の説明の科学的根拠に異論が広がっている。

水産庁は、トラフグは秋田県から鹿児島県にかけての「日本海・東シナ海・瀬戸内海(日東瀬)系群」と「伊勢・三河湾系群」のほか、近年水揚げが増加している東京湾から宮城県にかけての三つの系群にわけている。このうち、TAC導入の前提となる「資源量」を把握しているのが「日東瀬系群」だけであり、同庁はこの海域のみ先行して、早ければ2027年にもTAC管理を導入する考えを示している。漁獲量を3~4割削減(2023年漁期の漁獲量は135㌧)する構想であり、実施されれば山口県や福岡県など西日本の漁業者に多大な影響が及ぶことが予想される。
水産庁によると、トラフグの親魚(3歳魚以上)は2002年の約300㌧から2022年に534㌧と増加傾向にある。一方で、生まれた魚のうち漁獲対象になるまで生き残った子ども(ゼロ歳魚)が2000年代後半以降、減少傾向にあり、「トラフグも少子高齢化が進んでいて、そのうち資源が減少する」からTAC管理が必要だと主張している。
水産庁のデータのベースになっているのは水揚げ量だ。日東瀬系群の漁獲量は2002年漁期の363㌧以降減少傾向にあり、2024年漁期の漁獲量は過去最低の131㌧となっている。そして、漁獲物と海洋観測などとを合わせてはじき出した「資源量」は、2002年以降1000~2000㌧で推移していたものが、2024年漁期は941㌧になったとのことだ。
しかし、現場の感覚では水揚げ量減少のもっとも大きな要因は漁業者・船数の減少だ。山口県でいえば、23年漁業センサスで漁業者の減少数は全国5番目、高齢化率は全国2番目と沿岸漁業は惨憺たる状況になっている。その年の漁業者の出漁状況でも水揚げ量は変化するため、「これだけ漁師が減れば漁獲量が減るのは当たり前だ」と関係者のだれもが口にしており、「漁業者の減少分や出漁日数を補正している」という水産庁の説明にも疑問は尽きない。そのなかでもトラフグに関しては「1隻当たりの漁獲量はほぼ横ばい」という統計もあるほか、漁業者から「一航海での水揚げは増えている」という声も上がっている。この冬の漁期は総じて芳しくなかったともいわれるが、自然を相手にしている漁業では、いい年もあれば悪い年もあるのが当たり前で、「本当にTAC管理しなければならないほど資源量が減っているのか?」という疑問は共通している。
漁業者たちも生息域の変化があることは実感している。山口県のフグ延縄漁の主力である萩市越ヶ浜の吉村正義氏(山口県延縄協議会会長)は、「水産庁は西日本の資源が減るのは間違いないからTACが必要だというが、漁師の実感ではフグが住みやすい場所に移動しているだけではないかと思う。自然は理屈に叶っている。西日本だけで漁獲制限をしても、萩沖のフグが増えるのではなく、北上していくフグが増えるだけになるのではないか」と語る。消費地に近い東京湾で遊漁船が大きなトラフグを釣り上げている状況からも「資源量の減少」より「生息域の変化」と見る方が自然だ。事実、日本海側で放流したトラフグが福島県で漁獲される事例も確認されている。漁業者たちは「日本海側のトラフグが津軽海峡をこえるなどして太平洋側に出て、福島県などに回遊している可能性もある」と話しているが、水産研究・教育機構の専門家は、こうした漁師たちの指摘に対して「日本海側と福島県のトラフグはDNAが違うから関係ない」と否定し、西日本は資源が減るから規制が必要だと説明している。
水産研究・教育機構の調査でも「親は増えているが、子どもが減っている」という謎に包まれた結論が出ている。漁師たちに聞くと、日本海の中央付近に位置する好漁場・大和堆(やまとたい)周辺に多くのトラフグが生息しており、この海域の親フグが産卵のために日本側に下りてきていると考えると辻褄があうと感じているという。しかし、水産庁は大和堆のフグも関係ないといい切っているという。「DNAが違うなど科学的なことをいわれると漁師は証明できないが、あれだけ消費地に近い東京湾などでトラフグが揚がる状況で、漁師にも消費者にも資源が減っているという実感はない。それなのに漁獲規制で高値がつくようになり、消費者に疑問を持たれるのも懸念するところだ」とある漁業者は話した。
山口県内の漁業者や水産関係者からは、産卵場として知られる瀬戸内海でゼロ歳魚が減少している問題について、「水温の変化などで他に産卵場ができているのではないか」という指摘がなされているところだ。水産庁の専門家は、トラフグは産まれた産卵場所に戻る性質があり、戻れなければ産卵しないという見方を示しているが、漁師たちの見る自然は異なる。萩市では産卵期に定置網に入った親フグを漁業者が買いとって再放流するとりくみをしているが、卵を抱えた親フグを放流すると、しばらくして産卵後の同じ親フグが定置網に入ることがあることから、漁業者たちは萩市近隣にも産卵場所があると見ている。自然はさまざまな要因で変化する。そう見なければ、突然、東京湾の産卵場が活躍し始めたことなども説明がつかない。
沿岸漁業者たち、なかでも山口県の漁業者たちは、針の大きさを規制(針を小さくすれば小型のフグが漁獲できる)したり、休漁期間をもうけているほか、産卵期には禁漁し、30㌢以下のフグはすべて放流するなど、資源保護のとりくみを地道に続けている。「若いフグの水揚げ量が減っている」のは、漁業者たちが捕獲しないよう保護しているから――という側面も大きく、水揚げ量だけで海の中の資源量を図ることはできない。
ただ、「フグの産卵場所である砂場が減少している問題はある」と漁業者たちは指摘している。産卵場の関門海峡は浚渫(しゅんせつ)によって海底が大きく変化し、蓋井島沖での砂とりもおこなわれている。もっとも影響が出たのは白島(北九州市若松区)の石油備蓄基地の建設(1996年完成)だったという。この場所は広い遠浅の砂場で、かつては地元の定置網にフグが入っていたが、基地建設後は明らかに入らなくなったという。「資源保護」をうたって漁業者に漁獲規制を課そうとしている一方で、これら生息域を守る規制はなされないままであることへの疑問は強い。
フグ延縄漁の歴史から

ふぐ供養祭(2023年4月、下関市南風泊市場)
瀬戸内海では、漁業者からトラフグの漁獲量が減っているという声も上がっており、水温の変化が影響している可能性も指摘されている。一方で日本海側のフグ延縄漁の場合、もともとは中国や北朝鮮沖の黄海、渤海湾まで三昼夜かけて向かい、30~40日間漁をして帰港するという漁業を営んでいた。「子どもたちが父親の顔を忘れるほどだった」と笑い話で語られるほどだ。「漁獲量が減った」といっても現在と漁場がまったく異なるのだ。
フグ漁が本格的に始まったのは昭和30年代のこと。そして1965(昭和40)年の李承晩ラインの撤廃、日韓漁業協定の締結を受けて、越ヶ浜の漁師たちはフグを追って済州島や東シナ海へ、さらに北緯38度線をこえて黄海や渤海へと北上していった。1カ月近く操業できるよう、船も許可が下りるギリギリの59㌧まで大型化したという。1982(昭和57)年のピーク時には越ヶ浜漁協だけで75億円の水揚げを誇り、港には最大で104隻がところ狭しと縦づけで係留されていた。「当時は一航海で1000万円、多いときには2000万円近く水揚げすることもあった」と、ある漁業者は話す。北朝鮮や中国沖で縄を流し、出漁中に台風が来れば、仙崎無線局から日本赤十字を通して打診して北朝鮮の港に入港したり、ウラジオストク(ロシア)に避難することもあったという。
そうしたなかで、1975年(昭和50)年に佐賀県のフグ延縄漁船「松生丸」が北朝鮮の警備艇に銃撃され、2人が死亡する事件も起こった。当時、事件を受けて唐戸魚市場の社長が社会党の代議士とともに国交のない北朝鮮に中国経由で入国し、関係改善をはかったこともあったといわれる。トラフグに限らず、戦後の水産業発展の歴史は、近隣諸国との信頼・友好関係の構築と切り離せないものだった。
半世紀近くフグ延縄漁をしてきた船長は、転機になったのが水産庁や保安庁の意向で、延縄協議会で「38度線をこえてはいけない」という決まりをつくらされたことだったとふり返る。各国の領海外で操業しており、国際法上は問題なかったが、水産庁や保安庁が38度線をこえて取り締まりできないことが理由だったという。「松生丸」事件を受けて、北朝鮮も200カイリ宣言を表明し、好漁場を失った越ヶ浜の船団は減少を続け、現在は六隻までになっている。
こうした広範囲の海域で操業してきた経験から、越ヶ浜の漁業者たちは、トラフグの生息域や資源量を日本近海のみで区切って判断することはできないと話している。生態を理解するにも中国や韓国、北朝鮮の海域も含めた広い視野が必要だという指摘だ。
越ヶ浜の漁業者は、「一番の願いはこれ以上、船を減らさないこと、後継者を育成すること、消費者においしいフグを食べてもらうことだ」と話す。東京湾や福島県沖でのトラフグの水揚げが増加しているなかで、西日本の漁業者だけが漁獲制限されることになれば、唐戸魚市場に全国から集まってくるトラフグの価格が上がっても、地元山口県をはじめ西日本の漁業者は眺めるしかないという理不尽な状況が生まれることも容易に想像される。水産庁はTAC導入で漁業者の収入が減っても補償しない姿勢を示しており、トラフグ延縄漁の漁業者たちが壊滅しかねない状況にもなっている。
「TACでトラフグが増えるとは思えないが、かりに増えたとしても、このままでは一〇年後には船がいなくなって獲ることができなくなる。魚も漁業者も大事にしなければ魚食を支えることはできない」と話した。
TAC管理導入の目的
現在のところ、水産庁は産卵場などいくつかの疑問について、追加で調査する姿勢を示しているものの、「TAC管理を導入する」という結論ありきで進んでおり、漁業者たちと話が噛み合わない状態が続いている。それは、トラフグが減ったからTAC管理を進めているわけではなく、「改定漁業法(2018年成立、2020年施行)でTAC管理を基本にすると定めたから」というのが導入拡大の理由だからだ。水産庁は全漁獲量の8割に導入するという目標のもと、近年でも、カタクチイワシやマダラ、マダイ、ブリ、ベニズワイガニなどで着々とTAC管理を開始している。
TACとは簡単にいうと、漁獲量の上限を設定し、「親の数を漁獲によってコントロールすることで子どもの数を管理する」という考え方だ。しかし、海の中の資源量は人間以外の環境要因で変動しており、親と子の相関関係が確認できないケースが多々あることが世界的にも指摘されてきた。
元水産庁職員で、三重県鳥羽磯部漁協の監事を務めた故・佐藤力生氏は、TAC管理のもとになっているMSY(最大持続生産量)理論について、「人間が親の数をコントロールする漁獲要因によって資源を管理できるという虚構で成り立っている」とのべている。水産庁は、MSYを達成する水準に回復・維持したときの予想漁獲量(A)と、過去の良好なときの漁獲量(B)との比較一覧を公表しているが、このなかでAがBを上回るのは11系群のうちわずか1系群のみだった。
それをなぜ強化するのか。佐藤氏は「この虚構にもとづかなければ、資源をマネーゲーム化できないからだ」と指摘している。改定漁業法は、TACをIQ(個別割り当て)に移行させることを掲げている。歴史的に浜で出漁日を決めるなど、共同した集団管理がおこなわれている日本の漁業にIQの必要性は乏しい。にもかかわらず導入しようとしているのは、IQに私的所有権を設定し、市場取引の対象にする「譲渡性個別割り当て(ITQ)制度」に移行する前段階の制度であるからだ。
同氏は、ITQを導入したアメリカではウォール街が海を買いあさり、漁業者がITQ保有者である働かざる金持ちの小作人となって貧乏を極めたり、富裕層による沿岸域のプライベートビーチ化も進んだことを指摘している。オーストラリアでは総漁獲量の4割、ニュージーランドでは6割、アイスランドでは98%の漁獲量が証券化され、経済危機のさいに外資に買い上げられたという。一見、データにもとづいた「科学的」に見える理論だが、現場感覚と乖離(かいり)するのは目的が異なるからだともいえる。
2018年12月に70年ぶりに改定された新漁業法の基本にあるのは、「企業が一番活躍しやすい国をつくる」と宣言した安倍元首相の施政方針演説だ。さらにそれは2007年、日本経済調査協議会(財界4団体により設立された組織)の提言「魚食を守る水産業の戦略的な抜本改革を急げ」を受け、内閣府規制改革会議(当時)が、「規制改革推進のための第二次答申」を出し、漁業権の民間開放圧力を強めたことが発端になっている。
そうした経緯からも、TAC導入が沿岸漁業者が持続的に漁業を営めるように資源を守るというものではないことは明らかとなっている。
クロマグロ管理の失敗
実際、漁業法改定の年に本格的に始まったクロマグロのTACでは、小型魚4007㌧の漁獲枠のうち、48隻の大中型まき網漁業と、2万隻以上の小規模漁業者にほぼ半分ずつ、つまり小規模漁業者に厳しい漁獲規制が科された。そしてその年には予想をはるかにこえる太平洋クロマグロの小型魚が定置網で大量に漁獲され、沿岸定置網漁業者が半年近くも操業自粛をよぎなくされる事態が生じた。しかし、定置網でクロマグロがかかるのを阻止する手立てはないため、網に入ったクロマグロを放流しているあいだに本来狙っていた魚まで逃げてしまうなど、日本中の沿岸漁業が大混乱に陥ったのである。
これも、自然環境の変化によってゼロ歳魚が急増したことが原因であると指摘されている。櫻本和美氏(元東京海洋大学名誉教授)は「クロマグロの資源管理は成功したと言えるか?」(2023年12月4日付)のなかで、「MSY理論に基づく管理に懲り固まったWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の資源研究者の方々には、親魚量が過去最低となっているような状況の下で、小型魚資源の増大が起こるなどとは、夢にも思わなかったことでしょう」とのべている。
クロマグロは「資源が回復した」ということで増枠がなされてはいるが、沿岸漁業者にとっては微々たるもので、「定置網に入るマグロを夜中の12時から約3時間の漁のなかで、多いときには1000匹近く網から出す作業に大変な労力を費やしている」「底引き網に逃がしたマグロの骨が大量に入る」「3本釣れば2本捨てなければならない。その隣で遊漁船が釣り上げていく」など、理不尽な状況に憤りの声が上がっている。
「資源保護」を装って何をしようとしているのかを見逃してはならないといえる。





















