(2026年2月23日付掲載)

延縄漁でトラフグを釣り上げる花岡さん(下関市)
【同校取材ルポ】 日本国内でトラフグの産地といえば、誰しも真っ先に思い浮かべるのが下関だろう。薄く引いた刺身を1枚ずつ丁寧に大皿に盛った「てっさ(刺し盛)」や、南風泊市場での風物詩として知られる「袋競り」などを思い浮かべる人も多いかもしれない。高級魚の代名詞として知られ、下関の知名度アップの立役者ともいえるトラフグだが、一方で誰がどうやってとっているのかについては地元の市民でさえもほとんど知らない。「冬の味覚の王様」として寒い時期に最盛期を迎える下関のフグ延(はえ)縄漁の現場に密着取材した。
今回同行取材したのは下関市伊崎漁港のフグ延縄漁師、花岡昌雄さん(46歳)。業界のなかでは若手だが、昨シーズン南風泊市場へ水揚げされたフグのなかでもっとも大きなフグ(10・8㌔)をとった生産者に贈られる「大ふく賞」を受賞している。さらに花岡さんは今シーズンもすでに10㌔に迫るフグを水揚げしており2年連続受賞の候補だという。
フグ延縄漁の漁期は9月1日の解禁から翌年の3月末までの約7カ月間。年末から春先までの寒い時期にもっとも需要が高まり値が上がるため、漁も最盛期を迎える。
今回乗船取材したのは2月中旬。真冬の厳しい寒さが少し和らいだものの、気温は6度で海風も冷たい。
伊崎漁港の一角に花岡さんの漁船「漁生丸」が停泊している。前日までに仕掛にエサを付け終え、氷、真水、燃料などを積み込んで必要な準備は済ませているため、朝方漁港に到着して船に乗り込めば出漁できる状態になっていた。
午前3時、低音で小気味よいエンジン音が真っ暗な漁港にこだまするなか、もやい綱を外した漁生丸は岸壁を離れて沖へ向かう。漁場は玄海灘に浮かぶ沖ノ島(福岡県宗像市)の東側の海域【地図参照】で、山口県下関市の蓋井島との中間からやや沖ノ島よりの海域。伊崎漁港からは2時間半ほどかかる。

これほど朝早い時間に出港するのには理由がある。明るくなってから漁場に到着して仕掛けを投入していては、海鳥たちが仕掛けに群がって片っ端からエサをとってしまう。そのため暗いうちに仕掛けを投入し終えなければならないからだ。
花岡さんによると、この日は海面に若干うねりが残っているものの、波は高くなく日中は良い天気になるとのこと。それでも伊崎漁港から彦島大橋の下を抜けて沖合へ出ると、港内とはうって変わって前から横から波が打ち付け、そのたびに船体が持ち上げられる。6・6㌧という延縄漁船のなかでは中型クラスの船なので、波の力が船の上までダイレクトに伝わり、その勢いで体勢を崩されるため立っていることも難しい。
出港して40分ほど沖合へ走ると波はさらに高くなり、とても凪(なぎ)とは思えないような揺れが襲う。「うねり」が残っていると聞いていた通り、あらゆる角度から不意に船底から波に押し上げられ揺さぶられる。暗闇の海上で波が押し寄せるタイミングも分からないため何かにつかまるか体をどこかに押しつけて踏ん張っておかなければ立っていられない。素人にとっては「これで本当に凪なのか?」という状態のなか、漁生丸は暗闇をひたすら漁場目指して走った。
その間、花岡さんは操舵室に設置されたいくつものモニターを見ていた。漁場までは基本的にGPS情報をもとに設定された地点へと自動で航行することができる。暗闇のなかでもこのモニターがあれば周囲にどんな船がいるのかがすべて表示されるため、「寝ていても漁場に着く」ほど高い精度で航行が可能だという。
漁場に到着仕掛け投入

フグ延縄の仕掛けを投入する
出港から約2時間半後の午前5時過ぎに漁場へ到着。船を停めていよいよ漁の支度をする。スウェット姿だった花岡さんもウェーダー(胴長靴)に着替え、準備万端だ。
トラフグを釣るのは「延縄(はえなわ)」という仕掛け。550~600㍍の縄に約80本の大きな針が付いており、その針一つ一つにエサが掛かっている。桶の中に縄が巻いて入れられており、すべての針が桶の縁にずらりと並んでいる。これを1セットとして全部で24セットの桶が用意されている。これらをすべて繋げて一つの仕掛けにするので、全体の長さは約1万4000㍍、針の数は約1900本にもなる。
エサは塩漬けしたイワシの切り身を使う。塩で漬けることによってイワシから水分が抜けて身が引き締まり、針から外れにくくなるのだという。出航前までに花岡さんが一人で手作業によって1本ずつ針にエサを掛けている。漁師の仕事場は海の上というイメージを抱きがちだが、陸の上の仕事に割く時間も少なくないし、欠かすことのできない重要な仕事だ。

フグ延縄漁の仕掛け
午前5時30分頃になると仕掛け投入の準備が整い、いよいよ漁の開始だ。仕掛けの先端に碇を付けて海底へと沈めていき、砂地の中にいるトラフグが食ってくるのを待つ。トラフグを狙うこの漁場は海底が海水浴場のようにやや目の粗い砂地になっており、トラフグにとっては快適な環境なのだそう。中層から上層を泳ぐ小型のものではなく、海底の砂地に潜っている大型で市場価格の高いトラフグを狙う。
漁生丸の船尾には桶を置く台が備え付けてあり、そこに桶を固定して仕掛けを流す。人間がジョギングするくらいのスピードで船を進ませると、仕掛けがスルスルと海の中へ引き込まれていく。花岡さんは操舵室の外に設置されているモニターを見ながら、良いポイントへと仕掛けが流れ落ちるよう細かくチェックしている。
船の上での作業は花岡さん一人でおこなうのだが、これを可能にしているのが「エンジンリモコン」の存在だ。花岡さんいわく「人間一人分の仕事」をこのリモコンがやってくれるのだとか。モニターを見て少しコースがずれていればリモコンのつまみを回して舵を切り、方向転換する。これで正確にポイントを狙うことができる。他にも、船のスピードを上げたり下げたりと、リモコンを使うことで本来操舵室でやる仕事を甲板にいながらこなすことができる。とはいえ操作をするのは花岡さん一人だけだ。
仕掛けを底へ沈ませるために等間隔に重りを付け、1セット分の仕掛けがすべて出終わる前に次の仕掛けと繋ぎ合わせる。これを4セット分終えると、仕掛けに目印となる旗を付けてまた次の4セット分を繋げていく。ただひたすらこの作業を24セット分くり返していく。
暗闇のなかで相変わらず波が激しく船体に打ち付けている。花岡さんは足を大きく広げてやや膝を曲げながらバランスをとり、ときには体勢を崩しながらも作業を続けていた。豪快なイメージもある漁師の仕事だが、花岡さんの作業を見ているととにかく地道で、かつ無駄なく同じ動きをくり返しながら、淡々と正確に仕事をこなしているのが印象的だった。
一方、記者はというと暗闇のなかで波に揉まれて立っているのも精一杯。甲板の天井につかまったりして写真を撮りながら必死で花岡さんの動きを追っていたのだが、気がついたときには船酔いしていた。エンジンに焼かれた燃料のにおいが煙とともに甲板に漂い、それが鼻から入って胃の中でグルグルと渦巻いているようで気分は最悪。先程までまったく気にならなかったはずのエサのにおいまで気になってしまい吐き気はさらに強くなる。甲板に座り込んで回復を図るも船の上ではどこも絶え間なく揺れが続く。なんとか仕掛けの投入が終わるまでは耐えたがそこまでが限界で、作業の終了とともに操舵室の下にある寝床に転がり込んだ。
最初の仕掛けを投入してから24個目の桶の仕掛けまですべて投入が終わったのは午前6時40分頃だった。約1時間かけて1万4000㍍近い長さの仕掛けすべてが海底へと沈んだ。七時頃までに甲板の掃除や片付けをひと通り終え、これから約1時間待機した後いよいよ仕掛けを巻き上げていく。それまでは少し休憩となり、花岡さんも持参した弁当を食べて次の作業に備える。気がつけば、真っ暗だった空を朝日が赤く染め始めていた。
重要なトラフグの処置
朝日が昇って辺りがすっかり明るくなった午前8時過ぎ、花岡さんが操舵室から出てきて仕掛け回収の準備を始めた。「日が昇ったら波も落ち着くよ」との言葉通り、この頃には波は穏やかになって船もほとんど揺れなくなっていた。
投入した仕掛けを「油圧縄取り機」にセットし、回転するローラーでゆっくりと巻き上げていく。仕掛けが延びていると思われる方向へ船首を向け、人間が歩くくらいのスピードでゆっくりと船を寄せていきながら仕掛けを回収する。目印の旗は遠く波間に隠れて見えないが、太陽が昇っている方角から計算すればだいたいどの向きに仕掛けが延びているのかが分かるのだという。
縄取り機が回転し始めて間もなく、この日最初の魚のミズガレイが揚がってきた。旬は秋~春で、とくに晩春は卵が大きくなって味も良くなる魚だ。トラフグと生息しているポイントが似ているため、ミズガレイがよくとれる日はトラフグもよくとれることが多いのだとか。
桶一つ分の仕掛けを回収し終わる直前、花岡さんが「きたよ!」といった。海中を見るとまだ表層には上がってきていないものの、丸くて真っ白な魚影が見える。この日1本目のトラフグだ。水面まで仕掛けを上げると縄取り機を止め、玉網ですくい上げ無事取り込み成功。約3㌔ほどの良型のトラフグだ。もっと大きなサイズもとれるが市場で値が付きやすいのはこのサイズ。1匹当り2万~3万円にもなり、白子が入っているとさらに倍の値が付くのだという。花岡さんも最初にトラフグのお腹を触って白子の有無を確かめていた。
釣り上げたトラフグは船内の生け間(水槽)で活かして持ち帰り、南風泊市場へ出荷する。ただ、状態良く持ち帰るにはそのまま生け間へ放り込むだけではだめで、さまざまな処置が必要だ。
まずは専用のペンチを使って鋭い歯を折る。生け間の中でトラフグ同士が傷つけ合わないようにするための処置で、花岡さんが片手でトラフグを持ち上げてもう片方の手でペンチを握り力を込めると、バキバキという音とともにくちばしのような歯が口からボロッとこぼれた。中央が三角形に尖っていて見れば見るほど恐ろしい形状をしている。トラフグにはこの歯が上顎と下顎についており「人間の指なんか簡単に噛みちぎられる」ほどの咬合力を持つという。

歯を折ると、次は浮き袋から空気を抜く。魚はお腹の中の浮き袋を膨らませたり縮ませたりして体内の空気の量を調節しながら海中を泳いでいる。だが釣り上げられるさいには海底から一気に上昇するため水圧が急激に下がって浮き袋の中の空気が膨張する。そのままでは生け間に入れても自力で泳げないため人の手で空気を抜いてやる必要がある。
お尻の穴から空気を抜く方法もあるが、花岡さんは専用のパイプを使って口から抜く。パイプの先端で口の奥にある粘膜を少し破ると、そこから空気が漏れてくる。パイプを刺したまま大きなお腹を押すと、浮き輪の空気を抜くときのような「プシュー」という音とともに空気が抜けていく。

完全に空気を抜いてしまうとトラフグが生け間の底に沈んでしまい、床と腹が擦れて赤くなってしまうため、空気を抜く量は半分程度に抑える。そうすると泳ぎながら自力で空気の量を調節できるようになるのだという。わずかな手間だが、これもトラフグを良い状態で水揚げするためには欠かせない作業だ。
通常、仕掛けを回収するさいは前半部分よりも後半部分の方が長く海底に留まっているため期待値は高まるのだそう。だが今回の漁ではいきなり最初の仕掛けでトラフグが揚がってきたため、良い釣果が望めそうだ。花岡さんも「今日は良いかもしれない」と意気込む。
処置を終えたトラフグを生け間へ入れると、再び縄取り機のスイッチを入れ回収を再開する。すると、それほど時間が経たないうちにこの日2匹目のトラフグが揚がってきた。1匹目よりもやや小ぶりだが、それでも近くで見るとなかなか迫力がある。花岡さんは手際よく歯を折って空気を抜きトラフグを生け間へ入れると、また縄取り機の前へ戻って回収を再開する。
思い通りにはいかぬ漁
縄取り機から出てくるロープは、自然と円を描きながら桶の中へクルクルときれいに積み重なっていく。花岡さんは縄取り機の前の定位置に立って釣り針を桶の縁へときれいに刺して並べていく。そうすることで次の漁の準備のさい釣り針にエサを掛けるだけですぐにまた使える状態になる。
そうした作業を延々と続けながら時折海面に目を配り、魚が揚がってきたり仕掛けがからまっていたら縄取り機を止めて対応する。仕掛けをほどいたり釣り針を掛けたりと細かい作業が必要なため、どんなに寒い日であっても必ず右手は手袋を付けずに素手で作業するのだという。
延縄漁ではトラフグ以外にも海底に生息するさまざまな魚が揚がってくる。大きなキアラ(アオハタ)やカサゴ、ホウボウ、タイ等々。同じフグでも毒のないシロサバフグ(カナトフグ)も多数釣れる。水槽で生かせる魚は生け間へ入れ、その他の魚はすぐにその場で脳天締めして氷で冷やす。本命のトラフグ以外で価格は高くはないが、それでも貴重な収入源になるため忙しい作業のなかでも丁寧な処置は怠らない。

延縄にかかったフグ以外の魚も丁寧に締めて水揚げする
そうした作業の傍ら、花岡さんは船が海底の仕掛けに向けて進んでいるかを細かく確認し、手元にあるエンジンリモコンを使って方向やスピードを調整する。桶一つ分の仕掛けの回収が終わればこれを運んで甲板に積み上げ、また次の仕掛けの回収に戻る。これらの作業すべてを一人でこなす。
前半好調だったものの、中盤にさしかかる手前でよからぬ兆候が見え始めた。上がってくるすべての釣り針からエサが無くなっているのだ。つまり、海底には釣り針にも掛からないほど小さな「エサ取り」がたくさんいるということ。そのためトラフグが仕掛けに食いつく前にエサが無くなってしまい、釣果が著しく悪化するのだという。
不安は的中し、その後しばらくの間はただひたすら仕掛けだけを回収する時間が長く続いた。時折本命以外の魚は揚がってくるものの、カラカラと単調に回転する縄取り機を前にして、花岡さんも「だめだな……」とひと言。魚が揚がってこないと時間の経過が遅く感じる。たった一人海の上でこの状態が数時間続くと思うと気が遠くなる。だが花岡さんはその場に立ち続け、休憩もとらずに淡々と仕掛けの回収を続ける。
そんな時、花岡さんが不意に縄取り機を止め、針を見て「逃げられた」といった。よく見ると弧を描いているはずの針が直角に曲がっている。これほど太い鉄の針を曲げるパワーがあるということはかなりの大物であった証拠だ。トラフグは噛む力も強いためこの漁では逃げられることも珍しくないそうで、この日の漁でも同じことが三度もあった。
その後、水面まで上がったトラフグの口から針が外れて取り逃がす不運もありながらも、ようやく3匹目の本命を無事釣り上げることができた。こちらはお腹を触ると張りがあるため白子入り。価格も期待できそうだ。

花岡さんが釣り上げたトラフグ
ちなみに、フグは釣り上げられて水面から出ると上の歯と下の歯を歯ぎしりさせて「グーグー」と音を出す。一説によると、この音が豚の鳴き声に似ていることから「河豚」と表記されるようになったともいわれているのだとか。
午前8時30分ごろから仕掛けの回収を始めた花岡さんは、ただひたすら縄取り機の前に立ち続けた。作業を始めてから約7時間ほぼ休むことなく淡々と作業を続け、午後3時頃にようやく24セット分すべての仕掛けを回収した。この日釣り上げたトラフグは5匹。約1900本の針にエサを掛けて釣れたのはたったの5匹と考えると気の遠くなる仕事だと思ってしまう。だがこの日の水揚げでも赤字にはならず、多少のもうけはあるのだとか。とはいえ早朝から午後までひたすら一人で甲板に立ち続ける仕事は想像していた以上に過酷だと感じた。これで海が荒れていたらどんな作業になるのだろうか。もしもトラブルがあった場合、たった一人でどう対処するのだろうかと考えると、並大抵の気力、体力では務まらない仕事だと感じる。
実際、夜真っ暗ななか一人で仕掛けを下ろしているときに、もし海に落ちてしまった場合誰も気づかない。そのため花岡さんは近くで同じように操業している漁船に「今から仕掛けを下ろします」とお互いに無線で声を掛け合い、作業が終われば「終わりました」と連絡するようにしているのだという。連絡がなかったときは、なにかが起きた時ということだ。己の身一つで厳しい自然と対峙する「最前線」だ。
漁を終え南風泊市場へ
すべての仕掛けを回収して甲板の掃除を終えると、ようやくこの日の漁は終了。これから下関の南風泊市場へ向かいトラフグやその他の魚を水揚げする。
漁場を離れて約2時間半後の午後5時30分頃に南風泊漁港へ入港した。あらかじめ水揚げする予定の魚種や数量を電話で伝えておいて、岸壁で待機している市場職員へと引き渡す。漁船の生け間からトラフグ5匹を玉網ですくって容器へ入れ、職員へ手渡すとすぐにフォークリフトで市場内の水槽へと移される。これらが翌朝おこなわれる競りに並ぶことになるのだ。

トラフグ以外にとれたその他の魚も市場へ水揚げし、あっという間の連携で作業を終えると、漁生丸は南風泊港を後にして伊崎漁港へと帰港した。午前3時に出港して帰港したのは午後6時。1日のうち15時間を海の上で過ごす長い長い漁はようやく終わりを迎えた。
漁船から上がって漁港の岸壁に立つと、まだ漁船の上に立っていた時の感覚が体に残っていて足下がグラグラと揺れている。一発勝負の漁で朝から夕方まで気の抜けない時間が続いたため、実際に漁をしていない記者でも体全体から疲れがどっと溢れてくるのがわかる。
帰り際に、花岡さんが今回の漁でとれた本命以外の魚を手土産に分けてくれた。水槽で活かしていたミズガレイをわざわざその場で締めてくれ、その他ホウボウ、キアラなどどれも新鮮なものばかり。帰って刺身にして食べ比べてみたが、ミズガレイの刺身は身が締まっていて癖がなく、それでいて甘みがあって絶品だった。実は花岡さんもミズガレイだけは市場に出さずに持ち帰るのだそう。理由は「美味しいわりにあまり値が付かないから、それなら自分で食べた方が良い」とのこと。刺身で食べられるほど新鮮なカレイなどほとんど市場に流通しないが、それを口にできるのは漁師の特権だ。沖に泊まって2日続けて漁をするときなどは、船の上で自分で捌いて食べることもある。「これがまた最高」なのだとか。
自然相手の漁師の覚悟
今回の漁でとれたトラフグは5匹だったが、今シーズンの水揚げは総じて低調だという。昨シーズンは出漁すれば20~30匹とれることもざらで、年末の値段が良い時期には2日間で160万円ほど稼いだこともあったという。
「良い時もあれば悪い時もある。自然相手の仕事だから、思い通りにいかないことばかり」という花岡さん。例えば、真冬の値が高い時期は2時間半かけ沖へ出なければ良いトラフグはとれない。
逆に4月頃の値が下がる時期には、産卵場である関門海峡へ近づいてくるため簡単に漁場まで行けるのだそうだ。逆ならどれほど良いかと思ってしまうが、そう簡単にはいかない。
漁場への行き帰りのさいの操舵室で、花岡さんが漁師という仕事への思いを話してくれた。「去年に比べて今年はあまり水揚げが良くないが、良い年もあれば悪い年もある。当たったときのもうけは大きいけど、時化が続いて漁に出られないだけで気が沈む。1カ月のうち出漁できるのはせいぜい10日くらい。ようやく漁に出られても水揚げがあるとは限らない。大変な仕事だよ」と。
昨年思うように水揚げがなかった時期には本気で船を売ろうと考えたこともあったという。業者に査定までしてもらって3000万円の値が付くといわれたときは気持ちも揺らいだが、「これを手放してしまうと自分には何も残らなくなってしまう」とギリギリの所で踏みとどまり、今があるという。
そうした苦しい思いや葛藤にもぶつかり、たった一人真っ暗な荒波の上で揉まれながら、それでも踏ん張って自然と真正面から向き合う漁師の覚悟を感じる乗船取材でもあった。花岡さんはいう。「今は自分にとってこんなに楽しい仕事はないと思っている。楽しいと思える好きなことを仕事にできるのは最高だよ」と。





















