(2025年12月22日付掲載)

鳥取県でおこなわれた「令和の百姓一揆」トラクターデモ(7月、実行委員会提供)
令和の米騒動のなかから、「農家に欧米並みの所得補償を! 市民に安定して食を手にできる生活を!」を掲げて始まった「令和の百姓一揆」は、3月30日に東京でおこなわれたトラクターデモを皮切りに地方から地方へとバトンをつなぎ、9カ月あまりのあいだに全国に広がってきた。各地で実行委員会が立ち上がり、トラクターデモやシンポジウムなどを展開。消費者と生産者の垣根をこえて農業と食料の危機的な現状を共有しつつ、次世代に日本の食料生産をひき継ぐために農政の転換を求める論議を牽引してきた。実行委員会は17日、東京の衆議院第2議員会館で「全国に拡がる! 令和の百姓一揆意見交換会」を開き、各地のとりくみの交流と意見交換をおこない、来年3月29日に東京で開催を計画しているトラクター行進・提灯行列に向けて消費者とともに国民的な運動を広げることを確認した。

12月15日現在、令和の百姓一揆の開催地は24カ所(23都道府県)を数え【表は実行委員会メンバーが宣伝をおこなった地域も含む】、参加者は6930人、トラクター117台、軽トラック等174台にのぼった。
意見交換会の最初に挨拶した高橋宏通事務局長は、地域に根ざした運動を広げてきた各地の実行委員会に謝辞をのべたうえで、「まだまだ道半ば。農政はめまぐるしく変わり、農家はいったい何をつくったらいいのか、つくらなければいいのか、この先やっていけるのか不安の声がある。一方で消費者はコメが高くて買えず、“農家はもうかっているのではないか”という意見も出ている。改めて生産者と消費者の連帯をつくり、ともに農家が営農を持続できる環境を、消費者は安心して子どもたちにいい食材・食品を買える環境をつくっていかなければならない」とし、来年3月29日の統一行動に向けて意見交換会を成功させることを呼びかけた。
第1部では、山形県、新潟県、東京都、千葉県松戸市、静岡県浜松市、鳥取県、広島県、愛知県、滋賀県、奈良県、京都府、山口県、福岡県、大分県、熊本県、沖縄県の16カ所から各地域の報告がおこなわれた。予想をこえる参加者があったことや、地域の人たちから反響が寄せられたことが共通して語られ、農業を立て直す第一歩を踏み出したことが確信を持って語られた。
第1部・各地域から取組を報告

衆議院第2議員会館で開かれた「令和の百姓一揆・意見交換会」(12月17日)
【山形県】
山形県では11月24日にトラクター5台、軽トラ15台、参加者を含めて200人でデモをおこなった後、生産者と消費者がつながる情報交換の場としてシンポジウムを開催し、約300人が参加した。報告に立った共同代表の山口ひとみ氏は、「当初予定していたより多くの人が参加するとりくみになった」と話した。
シンポジウムは生産者と消費者が3人ずつ参加した本音のクロストークでそれぞれの現状や意見を伝える形をとり、生産者からは水の循環や中山間地の農家の重要性を踏まえ、新規就農者をフォローする必要性や、「農業は国防に通じている」という意見、食農教育の必要性などが出たという。消費者からは、食の安全性や食育が気になるという意見や、農業とかかわることがじつは楽しいことだという意見、知ることから何かできることを考えたいという意見が出た。山口氏は「会場からも“市民の要望に対してできないと思わず、考えるのが行政ではないか”という辛辣な意見や、今の農政があまりにも猫の目農政で、どう先を見通していけばいいかわからないこと、国の政策の不安定さや問題についても意見が出た」と報告した。
アンケートで「市民に知ってもらう場所をもうけてもらったことがとてもよかった」という意見が多く寄せられたほか、「座談会のような小さな会も持ってほしい」との意見もあったため、シンポジウムは今後もつないでいきたいとのべ、「ほとんどの新聞や地元テレビでも放映され、多くの人に知っていただける令和の百姓一揆・やまがたになったと思う」と確信を持って語った。
【新潟県】
新潟県では県内6カ所から「令和の百姓一揆」の旗を掲げた軽トラックが出発し、アピール行動を実施。午後から長岡市に集まり、トラクターを先頭にしたデモ行進と集会を開催した。トラクター8台、田植え機1台、軽トラ35台、参加者は220人にのぼった。
実行委員会の堀井修氏は、新潟県ではトラクターを何十台も集めるのは労力も金銭もかかることもあり、軽トラックでやろうと考えたことを話した。県下6カ所でできるだけ地域ごとに集会を開催することを計画し、JA支店や直売所、スーパーなどでミニ集会をしたところは反応があったほか、県議会議員や地方議員の飛び入りや、農協組合長が挨拶するといった状況も生まれたといい、「全県下でやった方がいいが、大変なエネルギーと人材が必要になる。むしろそれぞれの地域でやれば、地域に対する広がりがあるのではないかなと思った」と教訓を話した。雨だったので農家の参加も多く、なかには「母ちゃんにいわれて来た」という農家もいたという。
報道関係にも開催要領を配布したところ、実行委員会の段階からテレビ取材が入り、地元の新聞が1週間前から事前予告するなどし、多くの市民に知らせることができた。ただ堀井氏は、「消費者に、“テレビや新聞でみなさんのやっていることはわかった。しかし対面でやることが一番効果的だ”といわれ、今度はそうしようといっている。米価が今おかしな状況になってきている。本当に3万円を切ったら大変なことになる」と、来年3月に向けて意気込みを語った。
【静岡県】
静岡県浜松市では、3月30日に東京と同時に駅前でスタンディングをおこない、7月21日にトラクター約10台、軽トラ5台、約160人が参加してトラクター行進をおこなった。報告に立った藤松泰通氏は、「トラクター行進が終わったあとに近くの場所を借り、『井戸端会議』ということで消費者と生産者がざっくばらんに話し合う場をもうけた。消費者も“まったく知らなかった”“農業をやっている人の口から直に聞く機会がなかなかない”と、時間が足りない状況だった。いい対話ができた」と話した。
浜松市は市としての規模も大きく、農家の数もトップレベルであることにふれ、「JAとつながることが重要だと思っている。百姓一揆を国民運動として盛り上げていかなければ、本当にあと数年で日本の農業がどうなってしまうかわからない状況だ。限られた時間のなかで、自分に何ができるのかを考えながら最善の策を打てるよう動いていきたい」と語った。浜松市では来年3月29日に東京と同時開催で行動を計画しているという。
【広島県】
広島県からは女性2人が登壇。北広島町(7月21日)・広島市(11月24日)の2度にわたって開催した令和の百姓一揆を動画とともに報告した。

「農家に欧米並みの所得保障を」と訴えて行進する参加者(7月21日、広島県北広島町)
第1弾の北広島町。トラクター、軽トラック、人の列が1・2㌔にわたって進み、沿道からは温かい声援と共感の輪が広がった。「同じ農家として、魂が震えるほど勇気をもらった」「これほど厳しい現実なんて…。悔しさと共に涙がこぼれた」「この声を広げなければ農業の未来はない。もっと多くの人に届けたい」――報道を見た多くの人から寄せられた声は胸を揺さぶるものばかりだった。「このとりくみの大きな成果は、社会が動き出す気配が生きた実感として胸に刻まれたこと」。第二弾の一揆は「語る場」「つながる場」「学ぶ場」の3つをテーマに掲げ、トラクター行進と座談会を開催した。
動画は最後に、「被爆直後、“戦後十数年は草も木も生えない”といわれるほど広島の未来は閉ざされたものに見えた。しかし、大地は人の想像をこえる力で再び芽吹いた。今の農業界“もう無理だ”“このままでは続かない”という声が広がっている。被爆直後の広島と同じように未来が見えない状況に置かれている。だからこそ百姓一揆がある。農業を未来へつなぐための行動。食と農、未来の子どもたちを守るために」と、行動に込めた思いを伝えた。
宮地候子氏は、「3月30日に令和の百姓一揆に参加し、その後の寄り合いで私たちは知り合った。帰る道すがら、これは広島でもやらないといけないということで女性3人が立ち上がった。2回目はとくに趣向を凝らし、戸別補償がなぜ必要なのか寸劇もして見ていただいた。自給率が38%といっているが、東京や大阪はゼロ%。なにかあったらもう食べられない。霞を食べて生きている人はだれもいない。私もじっとしておれないということで立ち上がることになった。お互いに理解を深めあい、自分の命は自分で守り、周りの人も守らないといけない。まずは一歩を踏み出すということで頑張った」と語り、心を一つに行動することを呼びかけた。
【沖縄県】
オンラインで参加した沖縄の代表も、3月30日に沖縄県庁前広場で開いた「うちな~はるさ~(農民)一揆」の様子を動画で紹介した。県内各地の生産者など約300人が参加した一揆では、音楽をまじえながら「日本のなかでも沖縄はとりわけ深刻で、食料自給率は30%とされているが、サトウキビを除けばわずか6%だ。このように食料自給率が下がり続けているのは、アメリカの要請で貿易自由化を進め、政策的に食料輸入を拡大し、日本農業を弱体化させてきたからだ」「経費は落ちていない、飼料代は上がる。そんななかで100頭いた牛を40頭まで減らし、かつ空いた時間でアルバイトをしながら生計を立てている。農家は40軒が廃業している」「農家はどんどんいなくなっている。ヤンバルクイナより守らなければいけない絶滅危惧種ではないかと思う」など、生産者がマイクを握って訴え、沖縄の食料自給率を上げようと熱気こもるとりくみとなったことを伝えた。
第2部:農業守る具体策も論議

トラクターデモを見送る沿道の人々(3月、東京都渋谷区)
第二部の冒頭、実行委員長の菅野芳秀氏は、熱のこもった報告に心を熱くしたと語ったうえで、「農業政策は、産業政策と地域づくり政策という二本立てでなければならないが、日本には産業政策しかない。それも効率化一辺倒、規模拡大一辺倒だ。そのなかで零細農家、家族農業など新規就農者も含めて小農たちがまったく無権利状態のなかに放置され、生活を守るためには農業から離れざるを得ないような政策が続いている。このままでは瑞穂の国・日本の終わりがすぐそこに来ているということだと思う。私たちは、“所得補償を”“だれもが食に困らない社会システムを”“自給率の向上を”と訴えてきたが、改善は実現されていない。そうしたなかで私たちは矛を収めるわけにはいかない。来年も、決着がつかなければ再来年もやる必要があると思う」とのべた。
また、国政に転換を迫るだけでなく、地域農業を守る具体的な展開として、「かかりつけ農家」「かかりつけ消費者」で消費者と生産者の連携を強めていくことを提起した。「農家はどんどん高齢化して労働力に困っている。とくに農繁期は大変だ。そのときはかかりつけ消費者に手伝っていただき、消費者が食に困ったときには、かかりつけ農家が食料を持って駆けつける。その関係を地域的につくっていくことだと思う。キーワードは“地域”“いのち”“相互連携”だ。令和の百姓一揆実行委員会も全力で瑞穂の国・日本の農業を守り、そこに暮らす人々といのちを守るために、さまざまな人と連携しながら一緒に働きかけていきたい」と語った。
令和の百姓一揆の広がりのなかで、地方議会の動きが活発になっていることも紹介された。山形県鶴岡市の議員は、9月議会で「農業の再生と食料安全保障の確立に向けた実効性のある所得補償制度の実現を求める意見書」が自民党も含め全会一致で採択されたことを報告。事務局より、19日に栃木市議会12月定例会でも同意見書が採択される運びとなったことが報告された。
意見交換のなかでは、新規就農者を増やすうえでヨーロッパ並みの所得補償や研修制度の整備などの仕組みづくりが必要であることなど、農家を増やす具体策についての意見も多くかわされた一方で、「要は消費者にも理解してもらい、今2兆円ほどの農業予算を5兆円くらいにして、ちゃんと農業に税金をかけろということではないか」といった意見も出た。
令和の百姓一揆の発起人でもある山田正彦氏は、「江戸時代に起こった百姓一揆を調べてみると、“四公六民”のときは起きないが、“五公五民”になると必ず百姓一揆が起きたことがわかった。農家が食べられないからだ。今日本はどうかというと、農家収入の5割が公的に払わされている。令和の百姓一揆を今しなければ日本の農家はやっていけないというところだ。これをぜひ消費者にわかってもらい、戸別所得補償制度をもう一度実現してほしい。ヨーロッパは農家収入の8割を国民の税金で支払っている。アメリカの大農家でも四割は国の所得補償だ。日本にはそれがない。これが一番大事なことだと思う」とのべた。
最後に実行委員会の藤松泰通氏より、来年3月29日に計画している東京での統一行動の呼びかけがおこなわれた。
藤松氏は、意見交換をへて消費者とつながる重要性を強調した。政府が進めている「乾田直播」も企業が中心になる手法であり、遺伝子組み換えや農薬の問題も発生することにふれ、タネや農薬、機械の主導権を海外が握れば日本に自由はなくなり、大規模農業では農村が荒廃することを指摘。「輸入だけに頼るのは、昨今の状況のなかで台湾有事が起こったさいなどに、今まで通り輸入されるかどうかも不透明だ」と話した。そして、日本はもともと農民の数が多く、本気でやれば1000万㌧以上のコメがつくれるというデータもあることを紹介し、米粉や籾殻、米ぬか、堆肥などを活用すれば化学肥料に頼らずとも国内で自給できること、その百姓の技術や精神が世界の食料危機を解決する手立てにもなり得ることを語った。
「EUやアメリカが直面している移民の問題も、元をたどると農民の移民だ。先進国が輸出型農業で輸出先の農業を破壊した結果だ。自国の農業を守ることは他国の農業を守ることにもつながる」とのべ、来年3月29日に向けて消費者とつながり、声を上げていくことを呼びかけた。
実行委員会では、東京一極集中ではなく、同時多発的に全国各地の多くの都市で実施し、その集大成として消費者と生産者が連帯して国に農家の声を届けるイメージでとりくみを進める。





















