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【連載】一帯一路と「インド太平洋」の進展① アジア主導の経済連携が拡大 軍事依存の米欧覇権の衰退

(2025年7月2日付より18回連載)

 ウクライナ戦争やイスラエルによるガザ殺戮への対応、さらにはトランプ再登板による各国への高関税押しつけをめぐって米国の国際的孤立があらわになるなか、中国の主導する巨大経済圏構想・一帯一路の存在感が増している。一帯一路参加国は約150カ国になり、欧州と中国を結ぶ貨物列車「中欧班列」の年間運行本数は年間1万9000本に到達。5月にはアジアインフラ投資銀行(AIIB)の「司法版」である「国際調停院」設立にむけた署名式にグローバルサウス(新興・途上国)中心に32カ国が参加した。米国が主導する「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」は軍事連携ばかり目立ち、国際的な存在感は薄れる一方だ。一帯一路とインド太平洋戦略がどう進展してきたのか、を改めて見てみたい。

 

「一帯一路」構想の出発点

 

 一帯一路は中国の国家主席・習近平が提唱した国家戦略で、アジア―ヨーロッパ―アフリカ大陸を結ぶ巨大経済圏構想だ。2013年9月にカザフスタン訪問中の習近平がナザルバエフ大学で「ユーラシア各国の経済的連携を緊密にし、相互協力を深め、発展の空間を広げていくために、われわれはシルクロード経済ベルトを共同で建設していくことができる」と演説したのが始まりとされ、同年10月にはインドネシア国会でも「手を携えて中国・ASEAN運命共同体を建設しよう」と題して演説。そこで「東南アジア地域は古来より“海上シルクロード”の要」「中国政府が設立した“中国・ASEAN海上協力基金”を活用して海洋協力のパートナーシップを発展させ、“21世紀海上シルクロード”をともに建設していきたい」と公言した。

 

 この一帯一路は中国を起点に、アジア―中東―アフリカ東岸―ヨーロッパを陸路でつなぐ「一帯」(陸のシルクロード)と海路でつなぐ「一路」(海のシルクロード)を結び、ここに囲まれたエリア全体を一つの経済圏にしてしまう構想だった。シルクロード自体は古代の中国とヨーロッパを結ぶ交易路で中国特産の絹(シルク)を運ぶだけでなく、東洋と西洋の文化交流を促し、国際的な文明発展に寄与したことで知られる。中国はこうした交易路の構築を志向して、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパへ向かうルートを「シルクロード経済ベルト」と呼び、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島沿岸部、アフリカ東岸へと続くルートを「21世紀海上シルクロード」と呼んだ。

 

 この陸路(一帯)と海路(一路)の沿岸に位置する都市を結ぶ交通網(高速道路・鉄道・港湾)を整備し、物流システムやパイプライン、生産工場等を結ぶ国境をこえた経済連携を強化するのが一帯一路であり、そうした構想とセットで5G(第5世代通信規格)等の通信システムや軍事面での連携強化にも乗り出した。

 

 同時に中国は一帯一路実現に向けた具体的な方針として「六廊六路多国多港」を掲げた。「一帯一路」の柱は「シルクロード経済ベルト」と「21世紀海上シルクロード」の二大ルートだが、人口の多い都市や交易の要衝をおさえるには、そこから枝分かれした物流網の整備が不可欠だからだった。

 

 そのため「シルクロード経済ベルト」を3ルート(①中国西北、東北から中央アジア、ロシアを経てヨーロッパ、バルト海に至るルート、②中国西北から中央アジア、西アジアを経て、ペルシャ湾、地中海に至るルート、③中国西南からインドシナ半島を経て、インド洋に至るルート)に分け、「21世紀海上シルクロード」も2ルート(①中国の沿海港から南シナ海を通り、マラッカ海峡を経て、インド洋に到達し、さらにヨーロッパへ伸びていくルート、②中国の沿海港から南シナ海を通り、さらに太平洋へ伸びていくルート)に分け、これら5ルートの具体策として「六廊六路多国多港」をうち出した。

 

 このうち「六廊」は、六大国際経済協力回廊(①新ユーラシアランドブリッジ経済回廊、②中国・モンゴル・ロシア経済回廊、③中国・中央アジア・西アジア経済回廊、④中国・インドシナ半島経済回廊、⑤中国・パキスタン経済回廊、⑥バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー経済回廊)を指し【上地図参照】、「六路」は、鉄道・道路・海運・航空・パイプライン・情報網の6つを指している。

 

 「多国」とは一帯一路構想に協力する国々のことで、「多港」とは海上輸送の主要ルートの協力港を指す。こうした六つの経済回廊、六つの物資輸送ルート、その中継拠点となる複数の国や複数の港」からなる「六廊六路多国多港」の形成を志向して中国は一帯一路構想への協力を呼びかけ、参加国を増やしていった。

 

「一帯一路」に対抗 「インド太平洋戦略」の出発点

 

 一方、中国の一帯一路構想に対抗して、日米主導で推し進めたのがインド太平洋戦略だった。これは2016年8月に安倍首相(当時)が「自由で開かれたインド太平洋」戦略として発表し、それを米国が追認して2019年に「インド太平洋戦略報告」として公表した経緯がある。その後、豪州やインドがインド太平洋を重視する国家戦略を明らかにし、ASEAN(東南アジア諸国連合)も独自の「インド太平洋アウトルック」を発表する動きを見せた。

 

 だが日米が主導した「自由で開かれたインド太平洋」戦略の守備範囲はインド洋地域と太平洋地域だけにとどまっていない。外務省資料によるとインド洋地域、ASEAN地域、太平洋地域を丸ごと囲む広大な範囲が対象地域で、それはアフリカ東部、中東、インド、中国、日本、オーストラリア、北米の一部まで呑みこんでいた【下地図参照】。かつて大日本帝国は「大東亜共栄圏」を掲げて近隣諸国への侵略戦争を展開したが、このとき明らかにした「自由で開かれたインド太平洋」の範囲は「大東亜共栄圏」より広かった。

 

 こうした壮大な構想を真っ先に吹聴したのが安倍晋三だった。そして初めて首相に就任した2006年の翌07年にインドの国会で、インド洋と太平洋の「二つの海の交わり」について演説。このころから「インド太平洋」に日米の影響力を強めていく構想を温めていた。

 

 加えて第三次安倍内閣のときにはアフリカ開発会議(2016年8月、ケニアで開催)で基調講演をおこない「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の形成を提唱。同講演では「世界に安定、繁栄を与えるのは、自由で開かれた二つの大洋、二つの大陸の結合が生む偉大な躍動」だとのべ「日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任を担う」「両大陸をつなぐ海を、平和な、ルールの支配する海とするため、アフリカの皆様と一緒に働きたい」と強調。そして「アジアで根付いた民主主義、法の支配、市場経済のもとでの成長、それらの生んだ自信と責任意識が、やさしい風とともにアフリカ全土を包むこと。それがわたしの願い」と主張し「アジアからアフリカに及ぶ一帯を、成長と繁栄の大動脈にしようではないか」と呼びかけた。

 

 この「自由で開かれたインド太平洋」の具体策について日本は「地球儀を俯瞰する外交」と「国際協調主義に基づく“積極的平和主義”」を重視。そこでは「国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは“二つの大陸”(成長著しいアジアと潜在力溢れるアフリカ)、“二つの大洋”(自由で開かれた太平洋とインド洋)の、交わりにより生まれるダイナミズム」を一体として捉え「新たな日本外交の地平を切り拓く」と強調した。

 

 アジアについては「東南アジア及び南アジアでは民主主義・法の支配・市場経済が根付」いており「今や“世界の主役”たるアジアの成功を、自由で開かれたインド太平洋を通じてアフリカに広げ、その潜在力を引き出す」段階にきたと指摘。「ASEAN地域の連結性を向上させることで、質の高いインフラ整備、貿易・投資の促進、ビジネス環境整備、人材育成強化を図る。ASEANの成功を、中東・アフリカなどの地域に広げる」ことを方針化した。

 

 なかでもアフリカについては「高い潜在性」(①人口が世界の17%を占める約13億人に達し2050年には25億人に達するという予測がある、②面積が3000万平方㌔㍍=世界の22%、③高い経済成長率=2000~16年の平均は4・8%、④豊富な資源と有望な市場)があると指摘。「アフリカ諸国に対し、開発面に加えて政治面・ガバナンス面でも、押しつけや介入ではなく、オーナーシップを尊重した国造り支援を行う」と明記した。

 

 そのうえで「インド太平洋地域は、海賊、テロ、大量破壊兵器の拡散、自然災害、現状変更等の様々な脅威に直面。このような状況下において、日本は、法の支配を含むルールに基づく国際秩序の確保、航行の自由、紛争の平和的解決、自由貿易の推進を通じて、インド太平洋を“国際公共材”として自由で開かれたものとすることで、この地域における平和、安定、繁栄の促進を目指す」と規定した。

 

 したがって一帯一路もインド太平洋戦略も初期計画は経済活動の活性化を掲げていた。どちらもアジア地域を中心にして多国間連携を促す目標をうちだしていた。ところが実際に構想が動き出してみると、一帯一路の方は参加国が一気に増えていったが、インド太平洋戦略についてはあまり広がりを見せなかった。

 

欧州直結の中欧班列 累計運行本数が11万本突破

 

今年5月、北京とベラルーシを結ぶ路線の運航を開始した中欧班列

 一帯一路の進展を象徴するのは中国と欧州を結ぶ貨物鉄道「中欧班列」の動向である。中国の沿海部から内陸部を通って、ノンストップでヨーロッパまでをつなぐ同鉄道は2011年に重慶とドイツのデュースブルク間で運行を開始した。日本からヨーロッパに物資を運ぶ場合、船便であれば1カ月ぐらいかかる。だが中欧班列を使えば税関手続きも早く、約2週間で到着する。「海上輸送より早く、航空輸送より安い」ということで急速に活用が広がった。

 

 中国外交部の林剣報道官は今年6月中旬の定例記者会見で中欧班列の累計運行本数が11万本を突破したことを発表。林剣報道官は「中欧班列は一帯一路を代表する成果」と強調したうえで、「現在、中国では128都市で中欧班列が運行され、欧州の26カ国229都市とアジアの11カ国100都市以上を結んでいる。アジアと欧州を結ぶ経済・貿易の橋渡しをして沿線国に発展の原動力を注ぎこんでいる」と公表した。

 

 しかも近年は時速120㌔㍍で運行する中欧班列1本当りの車両数を55両(1回に輸送する貨物重量は3000㌧)に増加。さらに税関部門と鉄道部門との連携強化で、半日かかっていた通関時間を30分以内に短縮している。こうしたなか中欧班列の往路と復路をあわせた総運行本数は次のように推移している。

 

【中欧班列の運行数】
▼11年=17本
▼12年=42本
▼13年=80本
▼14年=308本
▼15年=815本
▼16年=1702本
▼17年=3673本
▼18年=6300本
▼19年=8225本
▼20年=1万2406本
▼21年=1万5183本
▼22年=1万6562本
▼23年=1万7000本
▼24年=1万9000本

 

 加えて中国側はカザフスタン、ドイツなどに中欧班列の関連会社を設立し、現地の鉄道、物流、港湾、貨物等の業者と連携して往路と帰路の貨物確保も重視した。その結果、中欧班列の往路と帰路のコンテナの実入りはほぼ100%を堅持している。

 

 この欧州と中国を結ぶ大動脈を軸にしながら、ラオスの首都ビエンチャンと中国国境を結ぶ「中老鉄路(ラオス・中国鉄道)」の線路を敷設したり、パキスタン北東部にあるラホールの都市鉄道「ラホール・メトロ」オレンジ線を開通させる等、沿線国での物流網整備も着々と進めた。鉄道整備と併せて道路の整備も進んだ。

 

 中国から欧州へつながる鉄道網が整備・拡充されることで、中国で製造される電子機器や自動車部品、衣類、さまざまな日用品を欧州各国やその沿線国へ迅速に運びこむ輸送網が広がった。同時に欧州から運びこむスペインのワインやオランダのチーズ、肉類に加え、タイのドリアン、ラオスのバナナをはじめとする一帯一路沿線国の特産品を中国に運びこむ供給網も拡充した。そうした物品の往来は次第に双方の生活へ溶けこんでいき、中国、欧州、一帯一路沿線国の経済や文化の交流を促進した。

 

 また一帯一路の具体化で、原油や天然ガスを運ぶパイプラインの整備も進行した。とくにミャンマーは雲南省やチベット自治区の一部と国境を接し、中国西南部からインドシナ半島を経てインド洋に抜けるルート上に位置しており、中国が一帯一路沿線国に影響を拡大するうえで重要な地域だ。そのため中国はミャンマー国内にパイプラインを敷設する計画を急いだ。中国とミャンマーを結ぶパイプラインを敷設すれば、東からマラッカ海峡を通るタンカーの航路が海上封鎖されても、ミャンマーを経由して中国に原油を供給することも可能だからだ。

 

 そして雲南省の瑞麗とインド洋に面したラカイン州のチャオピューを結ぶガス・パイプライン(全長約800㌔)を2013年に整備し、原油パイプラインも完成させた。これを使って中国石油天然気集団(CNPC)は米軍の影響力が強いマラッカ海峡を経由せず、ミャンマー経由で天然ガスと原油の供給を開始。中国はロシアから原油や天然ガスを買っていたが、カザフスタンや中央アジアの国々からもエネルギーを仕入れるパイプラインも整備した。

 

海のシルクロード 各国の港湾にも影響力拡大

 

 鉄道網や原油・ガスのパイプライン整備と同時に具体化したのが南シナ海、インド洋、アラビア海を経て地中海に至る海上ルートである「海のシルクロード」構築だった。これはミャンマー、スリランカ、パキスタン、ギリシャ等にある重要港の機能を向上させ、中国船舶が自由に往来・活用できる体制にする計画だった。公海に関しては、どの国の船も通行が可能で、特定の国が使用権を独占したり他国の船を排除することはできない。しかし公海に近い海上航路の港を押さえてしまえば、物流基地としての活用に加え、「有事」の際は軍事作戦の拠点として活用することも可能になる。そのため中国は一帯一路の一環で、多様な国々の港湾整備事業に投資したり、港自体を丸ごと買収する手法で使用権の獲得地域を拡大した。

 

 そして外国港湾整備をめぐってはコロンボ港やハンバントタ港があるスリランカやオーストラリアから手をつけた。スリランカは海のシルクロードの交通拠点であると同時にインド洋の要衝であり、香港からアフリカ大陸までを結ぶ軍事的な海洋進出ルートの中継拠点だからだ。

 

 さらにギリシャ最大の港であるピレウス港も「ヨーロッパへの入り口」として重視。ピレウス港活用前は中国から船便で家電や衣料品を運ぶとき、南シナ海からインド洋、スエズ運河を通り、スペインとモロッコのあいだにあるジブラルタル海峡を抜ける航路を使っていた。だがピレウス港を拡充したことで、積み荷を一旦ギリシャへ集め、そこから鉄道輸送で欧州各国へ運ぶことも可能になった。鉄道と港湾を整備し鉄道と港湾輸送の連携を強化することで、輸送時間の大幅短縮を実現した。

 

 こうした物流網をより強固にするため中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)は2008年にピレウス港の一部運営権を取得。2016年には同港の運営会社に51%出資するようになり経営権も取得した。出資という形で海外港湾運営への関与を強め、いずれ経営権も握り、中国側の意向が反映しやすい施設を増やしていった。

 

 中国の国有企業等が2010年から2019年末までの10年間で投資した海外港湾事業は18カ国・25案件にのぼり、総投資額は1兆2000億円規模に達した。なお2010年以後の10年間で中国企業が出資・買収した港は次のようになっていた。

 

■中国企業が出資・買収した港
【2010年】 ラゴス・ティンカン港(ナイジェリア)
【2011年】 コロンボ港(スリランカ)
【2021年】 ロメ港(トーゴ)
【2013年】 港湾運営会社ターミナルリンク(フランス)、ジブチ港(ジブチ)
【2014年】 ニューカッスル港(オーストラリア)
【2015年】 クアンタン港(マレーシア)、クムポート港(トルコ)、ダーウィン港(オーストラリア)
【2016年】 ロッテルダム港(オランダ)、バド港(イタリア)、ピレウス港(ギリシャ)、アブダビ・ハリファ港(アラブ首長国連邦)、メルボルン港(オーストラリア)、マルガリータ島港(パナマ)
【2017年】 ハンバントタ港(スリランカ)、ムアラ港(ブルネイ)、港湾運営会社ノアトゥム(スペイン)、ゼーブルージュ港(ベルギー)
【2018年】 パラナグア港(ブラジル)
【2019年】 チャンカイ港(ペルー)

 

 海のシルクロードは中国から欧州までを結ぶ物流ルートだったが、中国企業による港湾整備は、オーストラリアのニューカッスル港付近から、インド洋やアラビア海を経て欧州に到達し、そこからパナマ、ペルー、ブラジルなど中南米にも影響力を広げるルートだった。なかでもペルー・チャンカイ港の事業は2000億円規模で中国国営海運大手が60%を出資。南米とアジアを結ぶ海運ルートは、米国やメキシコ経由が主流だったが、チャンカイ港の開港で中国の上海を直接結ぶ航路を開設する動きとなった。

 

 2024年11月の開港式典には中国の習近平国家主席がボルアルテ大統領とともにオンラインで参加。習主席は「この港によって中国とペルーを含む太平洋沿岸諸国の共同発展につなげたい」とのべ、ボルアルテ大統領は「この港は私たちの製品をアジア市場に結び付け、ペルーの競争力を高めることになる」と強調した。チャンカイ港開港は米国による影響力の弱まりと中国による影響力拡大を象徴する動きだった。

 

AIIBを設置 アジア開発銀行超す加盟国

 

 さらに中国は「一帯一路」構想にともなうインフラ整備を資金面で支える機関として「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」と「シルクロード基金」を設置した。

 

 AIIBは中国が主導するアジア太平洋地域のインフラ整備を支援する国際金融機関として、習近平主席が2013年10月のAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会談で提唱したもので2015年12月に発足した。米国主導のIMF(国際通貨基金)や日米主導のADB(アジア開発銀行、1966年に設立)がすでに存在するなかで、アジアの開発を目的として融資や助言をおこなう国際開発金融機関として設置した。世界各国に市場開放を迫り、巨大資本の食い物にしていくIMF支配とは異なり、途上国の利益を尊重することを標榜。そのことを通じて一帯一路の影響力を拡大していく意図も持っていた。

 

 発足当初は中国が最大の出資国でロシア、イギリス、フランス、ドイツ、韓国、インドネシアなど参加国は57カ国(アジア太平洋諸国が34カ国、域外国がヨーロッパを中心に23カ国)に達した。日本と米国は「ガバナンスが不透明だ」と参加を見送るなか、中国の人口を追い抜いたインドが創設メンバーに加わった。こうして日米が参加を拒むなか、発足から1年半で加盟承認国は80カ国・地域に増加した。その後も加盟承認国は増えていき、AIIBは2023年9月にエジプトで開いた年次総会で「加盟国・地域が3カ国(エルサルバドル、ソロモン諸島、タンザニア)増えて109になった」と発表。現在の参加は110加盟国・地域になっている。こうしてAIIBにはヨーロッパ、アフリカ、南米の国々が多数参加し、日米主導で戦後のアジアのインフラ整備を推進してきたアジア開発銀行(ADB)の加盟国69カ国・地域をはるかに上回る規模になった。こうしたなか6月にAIIBの金立群・初代総裁が「AIIBは米国や日本を含むすべての国に対して引き続き門戸を開いている」とのべたが、G7のなかで米国と日本はいまだにAIIBに一度も加盟していない。

 

 「シルクロード基金」は、2014年12月にアジアのインフラを整備する目的で中国が独自に創設した政府系投資ファンドで、AIIBとは異なり中国独自の判断で投資先を決める機関だ。その出資規模は発足当初で400億㌦だった。

 

 ちなみに中国がAIIBを設置した経緯は、戦後の米国を中心にした市場争奪戦が根底にあった。第二次世界大戦のあと、米国はアメリカ合衆国ドルを基軸にした固定為替相場制である「ブレトンウッズ体制」と呼ばれる世界経済秩序を形成した。当時は日本も中国も東南アジア地域も欧州各地も戦火で焼け野原と化しており、唯一本国が空襲や地上戦の舞台とならなかった米国の経済力は世界で突出していたという事情が影響したからだ。そのため米国が主導して、国際的な商取引はみなアメリカ合衆国ドルでおこない、米国に有利な国際経済秩序を各国に押しつけた。

 

 このブレトンウッズ体制を維持するためにつくったのがIMF(191カ国が加盟)だった。そのため加盟国に1票ずつ平等に議決権を与えるのではなく、出資比率に連動するシステムにし、議決では米国のみが拒否権を保有する体制にしている。ADBも設立以来日本が最大の出資国であり、日米が合同で拒否権を独占していた。

 

 ところが中国の国内総生産(GDP)が急成長し、2010年段階で日本のGDP(5兆4724億㌦)を中国のGDP(5兆8786億㌦)が抜き去った。日本は42年間保持してきた「世界第2位の経済大国」の座を中国に譲ることになった。こうした変化にともない、中国はIMFやADBに対しても議決権構成の変更を要求するようになったが、米国や日本はそれを認めなかった。そこで中国は、米国主導の国際経済圏ではなく、中国主導の国際経済圏形成を目指して動き出した。それがAIIB発足へつながった。AIIBの設置は、戦後、世界の覇者として君臨してきた米国にかわって、新たに中国が覇権奪取を目指す動きだった。したがってAIIBは発足当初から中国が単独で30%の議決権を握って「拒否権」を発動できる体制になっている。

 

AIIBの影響力拡大 米格付会社も最上位の評価

 

AIIB年次総会(2017年6月、韓国)

 国際的に影響力を拡大する中国に対抗し、露骨な妨害行為を活発化させたのが米国だった。中国がAIIB設立メンバーの締め切りを「2015年3月末」と決めて世界各国に参加を募ると、米国は参加を拒んだうえ、日本やヨーロッパの同盟国に参加拒否を呼びかけた。ところが2015年3月12日にイギリス外務省がAIIBへの参加を表明し、3月16日にはフランス、ドイツ、イタリアまで参加を表明した。それは米国の影響力低下を浮き彫りにし、国際的に孤立を深めているのは中国ではなく米国であることを見せつける結果となった。

 

 2017年5月に各国首脳が参加する「一帯一路国際協力サミットフォーラム」(2017年)国際会議を初開催しているが、このときは約130カ国から1500人が参加。ロシア、イタリア、フィリピンなど29カ国は首脳を参加させた。会議には国連、IMF、世界銀行のトップが参加した。米国も日本も無視することはできず、米国は同会議直前にマシュー・ポッティンジャー国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長の派遣を決定。日本も安倍政府(当時)が自民党の二階幹事長(当時)を派遣する動きとなった。

 

 そして同会議の基調講演で習近平国家主席は、対象地域への累積投資が500億㌦(約5兆5000億円)にのぼることを公表。「シルクロード基金」に1000億元(約1兆6000億円)の追加出資や、対象国に今後3年間で600億元(約9600億円)の援助をおこなう方針も発表した。

 

 さらに2017年6月には、米国の格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスがAIIBに最上位である「トリプルA」の格付けをつけた。それは低金利の債権発行による資金調達が可能になり、より多くの資金が効率的に調達できるようになることを意味していた。

 

 日米がAIIBへの参加を見送ったとき、日本政府は「中国主導では信用力に問題があり、高い格付けが得られずに資金調達は困難」と主張していた。ところがムーディーズは「豊富な資金力と運営態勢」を理由に「トリプルA」と評価した。資金力では、自己資本が1000億㌦(約11兆円)で、投融資(2017年6月末)が約25億㌦と資本の2・5%となっており、大半が低リスクの世銀などとの協調融資であることを「手堅い運営」と評価した。

 

 第二次世界大戦後の国際金融界では「信用力の高い米国や日本が加盟しない金融機関が高い格付けを得るのは困難」という見方が一般的な常識とされていた。そのため日米の参加していないAIIBが米国の格付け会社から最上位の格付けを取得したことは国際金融界に衝撃を与えた。それは米中間の力関係の変化を強く印象づける出来事だった。

 

 こうしたなか一帯一路参加国は確実に増えていく。もともと一帯一路はアジアと欧州を結ぶユーラシア地域の諸国が中心で参加国は65カ国(中国を含む)程度とみられていたが、2020年3月には148カ国に達した。ちなみに当時の参加国数は次のとおり。

 

【一帯一路参加国数】
▼北東アジア…3カ国
▼東南アジア…11カ国
▼オセアニア・太平洋島嶼…11カ国
▼南アジア…7カ国
▼中央アジア・コーカサス…8カ国
▼中東・北アフリカ…19カ国
▼サブサハラ・アフリカ…40カ国
▼欧州…29カ国
▼中南米・カリブ海…20カ国

 

 「中東・北アフリカ」「サブサハラ・アフリカ」「中南米・カリブ海」などの地域だけで79カ国地域に及んでいた。

 

 加えてこの頃は、新型コロナ感染が世界中に拡大した時期だった。2019年12月に武漢で新型コロナウイルス感染が報告されて以後、2020年1月に初めて日本でも新型コロナ感染者が確認され、マスク不足が大きな問題となった。メディアが連日、都道府県の感染者数速報を報じ、外出自粛を呼びかける状態となった。

 

 こうしたなか中国は「一帯一路」参加国を中心に「新型コロナ外交」を強め、優先的にワクチンを提供するなど「健康シルクロード」の形成を促進した。

 

健康シルクロード コロナ対策で新興国を支援

 

 中国では2020年4月、習近平国家主席が新型コロナウイルス感染をめぐって「基本的に抑えこんだ」と宣言。同時に諸外国を支援する方針をうち出した。そして約50カ国の首脳と連絡をとり、約150カ国に医療物資(マスク、検査キット、防護服、人工呼吸器等)を寄贈。マスクを570億枚輸出し「マスク外交」と呼ばれた。新型コロナ感染に対する中国の対外支援は医療物資の提供だけでなく、「医療専門チームの派遣」「感染防止策などを途上国の医療従事者と共有するためのオンライン会議」等、人的支援も重視した。中国による医療チーム派遣は短期間で20数カ国に達した。

 

 さらに2020年8月には習近平国家主席や李克強首相(当時)が「アフリカやメコン川流域各国(タイやベトナム等)へ優先的にワクチンを供給する」と表明。中国の製薬会社が現地で臨床試験を開始した。加えて2021年2月には中国製造の新型コロナウイルスワクチンをパキスタン軍とカンボジア軍に供給した。

 

 2021年10月末時点でASEAN諸国に計3億回分のワクチンを供給し、同年11月には習近平国家主席がASEAN諸国に1億5000万回分の新型コロナウイルスワクチンを追加で無償援助することも発表した。中国は新型コロナパンデミックという危機に直面している国々に対して、無償の医療支援をおこなうことでASEAN諸国やアフリカ地域との関係を強めていった。 

 

ウクライナ戦争勃発 一帯一路の要衝へ米国介入

 

 そして新型コロナの影響で一年延期となった2021年夏の東京オリンピックをへて、北京冬季オリンピック閉幕直後の2022年2月24日、ロシア軍がウクライナへ軍事侵攻を開始する動きとなった。この軍事侵攻自体はNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大、ウクライナで既存政府を転覆させ親米政府をでっち上げてきた米国の介入や挑発が伏線となり、引き起こされたものだった。とはいえウクライナは一帯一路の要衝であり、そこでの戦争勃発は一帯一路の進展にも一定の影響を及ぼした。

 

 中国は2013年12月、ウクライナのヤヌコビッチ大統領を国賓として招き、中国・ウクライナ友好協力条約を結び関係を強化していた。米国側が2014年2月の政変「マイダン革命」でヤヌコビッチ大統領を失脚させ、その後はウクライナで親米政府が続いたものの、ウクライナ戦争勃発までは中国が最大の貿易相手国だった。ウクライナ産の兵器輸出は約半分が中国向けだった。中国初の国産空母「遼寧」も未完成の艦体をウクライナから買いこみ、約七年間の改装をへて完成させたものだ。兵器に加えて中国はウクライナから穀物も輸入していた。

 

 ロシアも「上海協力機構」(中国、ロシア、インド、パキスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、イラン、ベラルーシで構成)と「ユーラシア経済同盟(EEU)」(ロシア、ベラルーシ、カザフスタンの3カ国で構成)に加盟しているため、中国の「一帯一路」には好意的な姿勢を表明。2019年6月の中ロ首脳会談では一帯一路とEEUを連携させた経済圏「大ユーラシアパートナーシップ」構想にも言及していた。ウクライナはロシアにとっても欧州諸国を結ぶ鉄道、道路、エネルギーパイプラインの重要地点となっていた。

 

 こうしたなかロシアがウクライナに侵攻すると、米国のバイデン政府(当時)を筆頭に欧米諸国が「ロシアによる侵略反対」を掲げてウクライナへの武器供給を本格化させた。そのことを通じて米バイデン政府とウクライナ大統領・ゼレンスキーの関係は急速に密になった。ゼレンスキーが米国や日本の国会で武器支援を訴えると、保守も革新もこぞってウクライナ支持、ロシア非難の大合唱となった。

 

 しかし、日がたつにつれてNATO加盟国や欧米諸国内で、軍事費ばかり優先し国民生活の拡充に予算を回さない国政に反発が拡大。ウクライナの隣国で軍事支援の急先鋒だったポーランドのモラウィエツキ政府は2023年12月に政権交代に追いこまれた。またマイダン革命や今回のウクライナ戦争の仕掛け人だった米バイデン政府も結局、政権交代に追いこまれる結末となった。そして今年2月に米トランプ政府がウクライナへの軍事支援から手を引く動きをみせるなか、ウクライナ政府は今年3月初旬、ウクライナ産農水産物の対中輸出を増やすための議定書に署名。今度は中国がウクライナへの経済支援強化に乗り出している。ロシアとウクライナの戦争で一時的な変化はあったが、米国の国際的な覇権が衰退していき、中国を軸にして、インド、アフリカなど新しい経済連携が強まっていく趨勢は今も変わっていない。

 

(つづく)

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