(2025年8月11日付掲載)

宇部市で開催された「長生炭鉱:ジャーナリスト討論フェス」(7日)
山口県宇部市床波の長生炭鉱の水没事故で犠牲となった183人(うち朝鮮半島出身者が136人)の遺骨収容をめざす「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(共同代表/井上洋子、佐々木明美)は7日、「長生炭鉱:ジャーナリスト討論フェス」を宇部市の新川ふれあいセンターで開き、オンラインを含めて140人が参加した。潜水調査を通じて、83年前に犠牲者たちが生き埋めにされた炭鉱内部の様子が徐々に明らかになるなかで、全国的にも注目や支援の輪が広がっている。討論フェスでは、戦後80年を迎えるなかで、戦時中の植民地支配の歴史と向き合おうとする市民運動の社会的意義が語られ、メディア報道のあり方も含めて議論となった。1日でも早く遺骨を見つけ出し遺族のもとに返還するうえで、国の事業としてとりくむためにはどのような方策があるのか、それぞれの立場から意見を出し合った。なお6、8日には、長生炭鉱で5回目となる潜水調査がおこなわれた【下別掲】。
オープニングコンサートでは、福岡で活動するバンド「ハルナユ」が長生炭鉱をテーマにした自作の曲を披露した。ボーカルの柳春菜氏は、長生炭鉱犠牲者の姪の孫にあたり、刻む会の活動に携わっていた祖母への思いを伝えた。
冒頭挨拶で井上洋子共同代表は、刻む会は小さな組織だが、ここまで運動を大きくできたのは多くの人の力や資金面の協力があったからだと支援に対する謝辞をのべ、19日には政府交渉を予定しており、日本政府を動かしていくために知恵を出し合いたいと語った。
討論フェスには安田浩一(ノンフィクションライター)、青木理(ジャーナリスト)、津田大介(同)、工藤剛史(元「ニュース23」ディレクター、Choose Life Project)、金平茂紀(元TBS記者)の5氏と大椿優子氏(前参議院議員)の合わせて6氏が登壇し、長生炭鉱へのかかわりや思いを語った。
安田氏は、5年前に犠牲者追悼集会に足を運んで以来、関わる人たちの思いに触れて何度も現地に足を運ぶようになった。「井上さんに、なぜ追悼を続けるのか? という質問をすると“責任だから”といった。“責任”という二文字が、日本社会でもっとも忘れられ、おろそかにされた言葉ではないか」とのべ、現在は取材の域をこえて、ここに立ち会うことに義務感、行かざるを得ない思いが発動されていると明かした。
この間、「群馬の森」で戦時中に日本で過酷な労働を強いられた朝鮮人労働者の追悼碑撤去や天理市の柳原飛行場跡地に立てられた朝鮮人の強制労働の事実を伝える看板の撤去、関東大震災の朝鮮人虐殺の追悼集会に対して東京都知事が追悼文を送らないなど、全国各地で歴史否定の動きがあいつぐ。「そのなかで長生炭鉱の犠牲者の遺骨収容の動きは貴重だ。なぜなら国を1㍉でも動かしているから。この流れを止めてはいけないと思う」と語り、長生炭鉱の事故は単なる労働災害ではなく戦時下における国策労動の被害であり「国にどう向き合わせるのか、あるいはどう補償させるのか――それを私たちの責任として考えるべきではないか」とのべた。
青木氏は、過去に通信社の記者として5年間韓国に駐在した。その経験もふまえ、長生炭鉱の問題が日韓関係に今後どのように影響を与えるかに注目しているという。長生炭鉱の問題は、日韓関係に横たわる元慰安婦問題や元徴用工問題と通底しており、「それらが日韓の歴史問題であると同時に、戦時下で権力によって虐げられてきた人たちの人権回復運動だと捉えている」と指摘。韓国では元徴用工の代理人となっている若手弁護士が、日本政府の責任を追及する弁護活動をしながら、ベトナム戦争で韓国軍がおこなったベトナム人虐殺の被害者の弁護をしている事実にふれた。日本政府が朝鮮植民地統治下でおこなったことと、韓国軍事政権が戦時下でベトナム人におこなったことは、同様に戦時下の強権力による人権侵害、弾圧によるものであり、長生炭鉱問題を含むそれらのたたかいは「被害者の人権回復運動であるという視点を持っている」とのべた。
その一方で、韓国軍のベトナム人虐殺の事実を、慰安婦問題に関する日本の責任を問う声の反撃材料として利用するような日本国内の言説を一蹴し、戦後80年にさいして、日韓市民が共同して過去の権力や軍国主義の被害者と向き合おうとする運動が、今後の日韓関係改善に大きく影響していく可能性を秘めていると語った。
差別煽る風潮のなかで 大きく広がる運動
金平氏は、2021年7月に取材で長生炭鉱の地を初めて訪れたとき、高校生や若者の明るい姿が印象的だったとのべた。一人の高校教諭・山口武信先生(刻む会初代会長)が歴史の闇に葬られていた炭鉱水没事故を淡々と調べ上げてきたことをきっかけにこの運動が始まったことを知り、「本来、なかったことにされようとしたことを掘り出すのがジャーナリストの役割だ。事実を伝えて見えるようにした井上さんたちの努力に感銘を受けた」と語り、それ以降活動に注目していたという。
同氏は5日に広島市で在韓被爆者の関係者と交流し、韓国の若者や市民運動のパワーに圧倒された経験を語り、「韓国政府を動かすには市民運動レベルで連帯し一緒に動けば、韓国政府が動かざるを得なくなる力関係にあるのではないか」とのべた。
一方で、「日本人ファースト」を叫ぶ参政党が台頭した今回の参院選が「日本社会の大きな曲がり角だ」とのべ、「日本の若者たちが日本の加害の問題に向き合うことが不得意になっている。現代史に向き合うことは、非常にエネルギーがいるが、それがタイパ、コスパの世界のなかで考えなくなってしまった。私の古巣の『報道特集』でさえ、2021年の終戦特集の企画会議では、出る企画内容がほとんど被害の問題だった。けれど戦時中の日本の加害の歴史を知ると“日本人ファースト”がいかに浅薄で、そのときだけの言葉かがわかると思う。その(伝えていく)努力が僕たちには足りなかったのではないか」と自責の念もこめつつ語り、長生炭鉱の遺骨収容をめざす地道な社会運動に希望を持っていると語った。
工藤氏は、沖縄戦の激戦地の土砂を基地建設に使うことに反対する具志堅隆松氏の活動を追うなかで、同氏を支える上田慶司氏(「刻む会」事務局長)と出会い、この1年あまり長生炭鉱を取材するようになったという。「オールドメディアvs.ソーシャルメディア」といったジャーナリズムをめぐる分断が激しくなるなかで、「“日本人ファースト”という言葉で日本人を先鋭的に立たせることは、反作用で非常に大きな差別的な炎上を生む。今の言論空間のそうした流れを直感的に感じており、それを変えないといけないと思っている」と語った。
また、長生炭鉱の運動がこれほど大きな動きになりながら、報道はいまだにローカルメディアに留まっているのは、「犠牲者の多くが朝鮮半島出身者である事実をもってイデオロギーの側面からとりあげるべきではないというストーリーを持つ人が一定数いるからだ」と指摘し、そうしたテレビ業界上層部の歪んだ価値判断に抗するうえでも、ネットメディアで繋げていくのが自分の役割でもあるとのべた。
大椿氏は、「長生炭鉱の問題は、183人が過酷な労動環境のなかで働かされ犠牲になった労動争議だと思っている。事故が起きたら坑口が埋められ、労働者が使い捨てられた。183人のうち136人が朝鮮半島出身者であり、外国人の命などどうでもいいというのは、外国人技能実習生の使い捨て問題と通底していると思う。この問題は、労働者の人権を回復するためにやらなければならない」と語った。国会でこの問題をとりあげるなかで、自民党の国会議員のなかでも「刻む会」の活動に対して敬意を抱く人が存在することを語り、日本政府が動かざるを得ないような状況をみなが連携してつくっていく必要性を訴えた。
「なぜ長生炭鉱に足を運ぶのか?」という問いに対して、安田氏は「用意している答えは一つしかない。怒り、憤りだ。週刊誌の記者として長らく事件記者を続けてきたが、今差別の現場をテーマにしてから、私はずっと憤っている。長生炭鉱の本質は人権問題だ。戦争加害、戦後補償の問題であり、人間そのものの存在が貶められている。その怒りだ。私はそのためにこの場に足を運んでいる。いつも社会を変えてきたのは怒りだと思う」とのべ、市民団体が刻み続けてきた時間をしっかり記録したいと語った。
青木氏は、金大中大統領をインタビューしたときに「日本は戦後発展したけれど、自力で民主主義を勝ちとっていないのが心配だ」と語っていたことにふれ、「韓国では1987年に民主化運動を経て、自力で民主主義を勝ちとっている。町で声をあげ、デモをすることが変える力になる成功体験が共有されていて、現に政権交代も起きている。日本では逆にいえば市民運動の成功体験がない。そうしたなかでロスジェネ世代や若者が新興政党に流れてしまう。けれど、ここ(長生炭鉱)では日本人も在日の人も中学生、高校生もいろんな出自の人たちが声を上げており、動く可能性を持った運動だ。これが動くことは大きな成功体験になる」とのべ、大きなうねりとなりつつある長生炭鉱の遺骨収容をめざす市民運動の意義を語った。
井上共同代表は、韓国の李在明大統領に対し協力を依頼する手紙を出したことを明かし、「長生炭鉱の遺骨収容に日本政府が責任をもってとりくむよう、韓国政府からも要請してほしいという思いがある。日本人の私たちが韓国政府にお願いするのもおかしいが、今、韓国のメディアも長生炭鉱をとりあげるようになって認知度が上がっている。韓国市民と連帯することで日本政府が動かざるを得ない状況をつくり出すために、今が正念場だと思っている」と語った。また朝鮮半島出身者の136人の犠牲者のうち、5人は朝鮮民主主義人民共和国出身であり、最近遺族が判明したことも明かし、日朝国交正常化も求めていくとのべた。
7月の参院選で当選した社民党参議院議員のラサール石井氏は、民間の力で坑口を見つけ出したことに「本来は国がやるべきことなのに……」と声を詰まらせながら語り、「語弊があるかも知れないが、日本の拉致被害者が家族を返してくれといわれるのと、長生炭鉱のご遺族が遺骨を待っているのは同じではないか」とのべ、「長生炭鉱を演劇にしたい」と語った。
初めて本坑道に到達 長生炭鉱5回目の潜水調査実施

8日の潜水調査で見つかった長生炭鉱の本坑道入口(刻む会提供)
宇部市床波の長生炭鉱跡地では6、8日、犠牲者の遺骨発掘のための5回目の潜水調査がおこなわた。調査に向けて地元のダイバー3人がピーヤ内でガレキ撤去などの事前作業をおこない、万全の体制で調査ができるよう準備を進めてきた。6月に続く水深40㍍超での調査となるため、潜水病の予防装置や空気タンクを配置するなどの準備をして臨み、両日とも潜水調査は4~5時間に及んだ。遺骨の発見には至らなかったが、初めて本坑道とみられるルートへの進入に成功するなど、水没事故現場へ着実に近づいている。
ダイバーの伊左治佳孝氏によると、8日には、側道を通じてはじめて本坑道に入ることに成功した。側道から本坑道へ向かう道の途中に、背負いかごや、本坑道入口と思われるレンガ造りの門【図参照】もあり、水没事故現場とされる方向に進もうとしたが岩でふさがれて断念した。「今回はじめて(遺骨があると推定される)本坑道に入ることができた。人がおられたような雰囲気がよくわかった」と語った。ピーヤ内には、鋭利な木材や鉄骨などがあるため、潜水中にウエットスーツが裂けるなどのトラブルも起きたが、万全を期した安全対策が功を奏したという。

井上洋子共同代表は「今回は残念だったが、確実に遺骨に近づいていると思う。気持ちを切り替えて次に臨みたい。伊左治さんが安心して調査ができるようにサポートしたい」と語った。
今回の調査には韓国から遺族3人が駆けつけ見守った。調査終了後には、広島から訪れた在日コリアンが「犠牲者に振る舞ってほしい」と提供した日本酒を遺族たちが海に向かって献酒した。
地元の中・高校生や若い世代の姿も目立った。高校1年の男子生徒は、「4年前、中学1年生のときに追悼集会に参加した。日本が起こした事故なので、国が動いてほしいと思う。遺骨が見つかってほしいし、この活動に携わりたいと思って参加した」と話した。
高校1年の女子生徒は「宇部市西岐波に住んでいる。遺骨が見つかるまでに時間がかかることで、もっと注目が集まると思う。今日は参加できてよかった」と話す。受付を手伝った山口市の中学生の女子生徒は、K-POPが好きだったことがきっかけで、学校に掲示されていたチラシを見て活動に参加するようになった。
また、西岐波在住の30代の女性は、「故郷の海で起こった事故。小学生のときに学校の副読本で習って知っていた。何か力になりたい」と刻む会の活動に参加したという。
神奈川から参加した女性は、「ユーチューブで『NO HATE TV』見て一度は行きたいと思ってきた。坑口を肉眼で見て息が詰まる思いがした。参政党のような差別を主張する政党が出てくるなかで、長生炭鉱の動きは今後も注目したい」と語った。海岸で見守る人々は、刻む会オリジナルのTシャツを身につけていた。東京在住のデザイナーによる木版画を施しており、ハングルで「迎えに行きます!」と記されている。
事務局によると、潜水調査を継続するための第三次クラウドファンディングは1300万円に達し、ゆうちょでのカンパは9月12日まで継続するという。
なお8月25、27日には6回目の潜水調査(日韓合同)が予定されている。井上氏は5日に広島市でおこなわれた在韓被爆者の会合に出席したことを報告し、「日本の市民のみなさん、韓国のみなさんと民団、総連など在日コリアンのみなさんとともに、日本の市民とオールコリアンで日本政府に迫っていく運動をつくりあげていきたい」と語った。なお今年11月には、日韓議員連盟の総会が開かれる予定で、それまでに日韓両国の国会議員に具体的な働きかけができるよう促していきたいと話していた。

潜水後に坑道内部の状況を説明するダイバーの伊左治氏㊧(8日)





















