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下関市民の会が来年市議選の候補者交代を発表 地域から協同の力束ね政治参加求める

 民主主義と生活を守る下関市民の会は3月31日、勤労福祉会館四階ホールで市民のつどいを開催した。市民の会から本池妙子氏を代表として市議会に送り出し2期・7年を迎える。7年の活動をふり返り、来年に控える市議選をどう迎え撃つか検討を重ねてきた同会はこの日、より幅広い世代の世論を束ね、民主主義と生活を守る運動を強めていくため、本池妙子氏からバトンをひき継ぎ、同じく長周新聞勤務員である本池涼子氏を次期推薦候補とすることを発表した。

 

 初めに本池妙子市議が理事会報告をおこなった。本池市議は冒頭、来年初めに迫っている下関市議選をどう迎え撃つか、市民運動をどう展開していくべきかについて、今一度向き合う必要があり、より市民の会が役割を果たすためにどうすべきか、理事会を中心とするメンバーで論議してきたとのべた。

 

 1978年の設立以来、40年にわたる市民の会の運動と役割についてふり返り、「市民の会の役割や性質に照らして現状を考えたとき、もっと若い力、現役世代の力を束ねていく必要があること、小さくなっていくのではなく、より大きくなっていくことが今こそ求められていると考えている」とのべ、来年の市議選は、長周新聞社の記者である本池涼子を擁立することに決定したと報告した【下記別掲】。

 

 続いて次期推薦候補として本池涼子氏が決意表明をおこなった【下記別掲】。

 

 本池涼子後援会会長である海原三勇氏の乾杯の音頭で始まった第2部では、理事会の報告と本池涼子氏の決意を受け、市民の会会員や支持者、被爆者や教師、また安岡沖洋上風力発電建設反対運動をとりくんでいる住民などから、来年に向けおおいに市民運動を広げていく意欲や期待が語りあわれた。

 

 市民の会理事の堅山キヌ子氏は、10年超にわたって市民の会で活動してきたことを語り、次世代が運動を継承していくことへの喜びと期待を語った。下関原爆被害者の会会長で本池妙子後援会会長の大松妙子氏は、「本池さんが議会で頑張っているが、市報を見るといいことしか書いていない。本来はこういう場に市長が来て市民の声を聞くべきだ。大臣でも大事なことはみな隠しているが市議会も同じだと思う。それをひっくり返さないといけない」とのべた。

 

 続いて挨拶した長周新聞社の森谷建大編集長は、官邸前で連日のように群衆がデモをくり広げ、かつてないほど統治の権威が崩壊しているとのべた。三権分立や、「行政とは全体の奉仕者でなければならない」「公共の福祉に資することが第一の役割」だというたてまえを剥ぎとって、じつは私物化政治だったことを安倍政府が教えているとのべ、「まさにこの私物化政治との対決が迫られており、みんなのために国家を運営し、政治が機能しなければならないという、本来あたりまえであるはずの道理が通らない社会になっていることを痛感している」と語った。

 

 下関では安倍派や林派という色分けで企業や団体が統率され、その流れに投機していないと商売がスムーズにできないというような政治構造のなかで、民主主義を求め、市民が声なき声を上げていくのは至難の業であり、市民の会のような組織はなくてはならないものであることを強調。「この2期・7年を総括し、支援者に意見を聞きながら厳しく検討を加えてきた。そして下関でより民主主義と生活を守るための運動を強めていくためには、思い切って市議会議員候補を刷新し、より現役世代や若者の政治参加を促すことが必要であるという結論に達した。よりパワフルで行動力をともなった議員活動をやり、人と人をつなぎ、協同の力を強めることが役割であるという議論だった」とのべた。

 

 27歳という若さについて、「“雑巾がけが足りない”と一般的にはいわれるが、雑巾がけを終えた年齢の者が雑巾がけをしない政治、バッジをつけてふんぞり返っている政治よりも、議員こそが市民の暮らしのために雑巾がけをすべき」であること、「150年前に活躍した志士たちは20代ばかりで、高杉晋作は享年27歳で亡くなった。20代がはつらつと政治の舞台で活躍し、世の中をよくするために思いきり力を発揮するというのはできないことではないと思う」とのべ、奮闘を約した。

 

 続いて発言した市民の会の男性は、「本池さんをひき継いで涼子さんが立候補することは非常にいいことだ。みなさんと一緒に、市民の会と本池涼子さんを今から盛り立てていくよう頑張りたい」と呼びかけた。安岡沖洋上風力建設反対運動に携わっている男性は、「本池涼子さんは笑顔がすてきだが、芯が強いとみている。本池市議の質問では、もう少しいってもらえないかと思うこともあったが、涼子さんならいい意味で、とことん追い詰めることができるのではないかと思う。本池妙子市議の活動にさらに力を加え、いい政治家になると思う。若いから見識がないというのではなく、記者をするなかでさまざまなことを見てきて、社会のことは勉強されていると思う。まだ先は長いので相当頑張ってもらえる」と期待を語った。また安岡風力の運動にふれ、「地元住民として健康被害、漁場が荒らされるという心配で運動している。1日も早く漁業者が生業に専念できるよう、住民が健康被害にあうことのないよう私たちも頑張るので、一層のご協力をお願いしたい」と語った。安岡の漁民も風力反対の運動への協力を呼びかけた。

 

 下関市内の教師は、現在、学校現場も20代が支えていることをのべ、「若い先生方は目の前の問題を真っ向から捉え、逃げずに立ち向かっている。本池涼子さんも市政に立ち向かって行くと思う。職場では若い先生たちを、市政では本池涼子さんを後ろから支えていきたい」と発言。別の教師は20代、30代を中心に開催している教師交流会のなかで、荒れる子どもたちの問題が論議となったことを紹介し、「貧困の問題とかかわりが深いが、子どもたちも負けずに頑張ろうとしている。教師もそれを理解して愛情を注ぎ、立派に成長させたいと思っている。市民のみなさんや被爆者のみなさんと一緒に子どもたちを育てていきたい。本池涼子さんとも一緒に頑張っていきたい」とのべた。

 

 市内の男性は、第二関門道路の建設で下関がさらに寂れることへの危惧(ぐ)や、安岡沖洋上風力の問題にふれ、「今、安倍さんを神様のようにいう人も少なくなってきた。この狭い下関を片付けてからならいいが、世界の裏まで行って金をまいている。最近では佐川氏に50回も答弁拒否させるなど、本当に信用ならなくなっている」とのべた。前田市長をはじめ、ポストを得ると市民に見向きもしなくなる政治家が多いことを語り、本池涼子氏が市民を代表する市議になることに期待を込めた。

 

 最後に、本池涼子後援会会長の海原三勇氏が挨拶した。PTA関係者として学校教育にも携わる同氏は、学校現場も若い世代が増えており、文科省の形にはまった指導方針、またいじめの対応などで苦労している現状にもふれ、「来年の市議選に向け、若い世代として本池涼子さんに交代するという話を聞いたとき、本当にいい話だと思った。下関は人口減少が続き、商店街がシャッター街になるなど、活性化の問題が置き去りにされている。さまざま課題が山積しているが、本池涼子さんには若い力を呼び込んで頑張ってほしいと思う」とのべた。そして「あと1年もないが、みなさんと一致団結し、来年、本当に市政に送り出せるよう応援していきたい」と力強く語った。

 

 最後に全員で市民の会のテーマソング「働く仲間」を合唱し、「団結がんばろう」で意気高くつどいを締めくくった。

 

◇理事会報告

 

 下関市民の会は毎年1月に新春のつどいをおこなってきた。しかし、今年は今日まで延期してきた。それは、来年初めに迫っている下関市議会議員選挙をどう迎え撃つのか、市民運動をどう展開していくべきかについて、選挙まで残り1年を切ったこの時期に今一度向きあう必要があったからだ。そして、より市民の会が役割を果たすためにどうすべきか、理事会を中心とするメンバーで論議してきた。

 

 下関市民の会は40年前の1978年、長周新聞社の創刊者である福田正義さん、武久病院の頴原俊一さん、市会議員として長年にわたり献身された初代会長の小倉哲郎さんを中心とした方方が、この下関の地で民主主義と生活を守るため、全市民の共通利益に立って地方自治をまっとうなものにするために結成された。

 

 いいたいことのいえない社会、民主主義が決して平等に貫かれていない社会にあって、市民がそれぞれの悩みや困難を抱えながら個個バラバラの状態に置かれるのではなく、まとまった力となって行政や地域を動かしていくためには、市民の会のような組織が不可欠だからだ。その役割は、一党一派の主義主張を振り回すようなものではなく、26万市民みんなのために具体的な要求を束ねて運動にし、地方自治の場で市民自身の要求を実現していくことにある。そして、下関市政において私物化や不正がまかり通ることについては、だれにも遠慮なく追及し、民主主義が貫かれるよう議会の場で献身することが、この会が担ぎ上げた議員の任務だ。

 

 下関市民の会は、「勤労市民とともに」「市政を市民の手にとり戻そう」を掲げ、結成当初から、初代の小倉会長を先頭に全市の市民のなかに入り、多数の懇談会を開き、市政報告をしながら市政に市民の声をぶつけ、国保料の値下げ運動、学校給食の実現、児童クラブの全校開設など、市民生活や教育、福祉問題を前面に担ってきた。また、垢田沖の人工島建設問題も当初から問題を指摘してきた。

 

 そしてこの十数年来は、ゴミ袋値下げ運動やアルマイト製だった学校給食食器の改善を求める運動、満珠荘存続を求める運動、垢田沖の人工島を含む都市改造に対して軍港化反対を求める運動、安岡や横野町のみなさんが身体を張っておられる洋上風力建設反対運動など、広範な市民のみなさんとともに、みなの暮らしを守り、よりよい郷土をつくっていくための運動にとりくんできた。

 

 10万人をこえる署名集めは下関では定番になっているが、そのようなパワフルで地道な運動を何度もくり返し、市民の力を束ねて議会や行政に思いを突きつけるスタイルを貫いてきた。それは議会の頭数によってなにがしかの果実を特定の集団に得ていくのとはまったく異なるものだ。とことん市民の共通利益を代表することが下関市民の会の役割でもある。

 

 空白期間があったとはいえ、この40年の歴史のなかで、会からは小倉哲郎、兵頭典将、本池妙子と歴史的に3人の議員が、会員や支持者のみなさんの力で議会に送り出されてきた。このなかで市民の会の役割や性質に照らして現状を考えたとき、やはりもっと若い力、現役世代の力を束ねていく必要があること、小さくなっていくのではなく、より大きくなっていくことが今こそ求められていると考えている。

 

 そこで、前段で述べた来年初めの下関市議選にどう対応するかという問題ともかかわって、とりわけこの7年の議員活動をバックアップしてもらった長周新聞社からも、この間、指摘や提案をいただいた。そして、理事会でも論議した結果、来年の市議選では、本池妙子からバトンをひき継ぎ、長周新聞社で記者をしている本池涼子を推薦することを決定した。長周新聞の記者たちの援助や協力を得ながら、下関を変えていく運動をより強いものにしていく。そして現状よりももっと広い層とのつながりを築いていくことが必要であると判断した。

 

 本池妙子の2期にわたる議員活動はみなさんの力によって支えられ、今日までやってくることができた。一般質問の作成等等も長周新聞社の記者たちの全面的なバックアップなしにはできなかったことだ。不十分性もあるが、支えてくださったすべての人人に、この場を借りて感謝申し上げる。そして、新人を送り出すために後援会員のみなさんにも協力を呼びかけ、奮闘することを誓いたいと思う。

 

◇本池涼子の決意

 

 私は2009年に長周新聞社に入社し、以後、先輩たちとともに活動してきました。新聞の配達や集金を通じてさまざまな人に出会い、取材活動では現場に入っていくなかで、かかわる人の思いや事実を正しく掴むことの大切さや、人人の利益を阻むものと守るべきものとをはっきりさせ、正しくないことに対しては遠慮なく批判を加えること、特定の政党政派を利するのではなく、社会全般の共通利益の側に立った報道を貫くことの重要さを学んできました。

 

 下関では今、高齢化と人口減少がかつてなく進んでおり、どの産業でも担い手がいないことが深刻な問題になり、このままでは産業の発展どころか維持も困難になるという危機感が広がっています。進学と同時に多くの若者が都市部へと出ていき、高齢化で町のコミュニティの存続すら危ぶまれたり、子どもの減少で学校が次次になくなったり、地元企業の廃業や倒産が増えたり、市民全体のなかになみなみならぬ危機感が広がっていると思います。中心市街地でもビルや家屋の解体ばかりが目につくようになり、ゴーストタウン化を懸念する声が上がっています。今の下関の衰退状況と将来を多くの人が案じておられ、「どうにかしないといけない」という切迫した思いが共通のものになっています。

 

 このようななかで、本州最西端の街において、地方自治がまともに機能しているのか? という問題は曖昧にできないものがあります。議会、行政がはたして「全体の奉仕者」として市民の暮らしに向きあっているか? という問題でもあると思います。人口減少は毎年2500人規模にまで拡大し、市長の任期である1期4年で1万人というすごい数の市民がいなくなっています。一頃前には年間2000人規模で進行していたものが、人口流出や自然減によって膨らんでいる傾向にあります。それは、暮らしにくさを端的に示しています。全国でも指折りの人口減少率であるというのは、たいへん不名誉なことですが、そのメカニズムはどうなっているのか分析を加え、対応しなければ解決にはたどりつけません。

 

 産業振興や定住対策、子育てや暮らしやすさを全力で追求しなければ、都市一極集中の流れのなかでとり残されるのが現実であり、昨今傾斜している観光行政だけではイベント頼みの週末都市化を招くだけで、肝心な市民の暮らしを盤石なものにし、定住できる環境を整えることにはなりえません。

 

 誰もが知っておられるように、この街では長年にわたって、安倍派、林派のいずれに属しているかというような、ガチガチの政治構造が横たわってきました。行政もそれに付属しているかのような風潮さえ浸透し、市長選でも露骨に「どっちのものか」を争っている始末でした。それこそ国会で問題になっているように、行政は「全体の奉仕者」であるという観点をどれほど持ち合わせているのか疑問です。そのことは、先ほどのべたような、全国でも突出した衰退都市になってしまった事実と決して無関係ではないと思います。

 

 民主主義と生活を守る下関市民の会は、そのような下関の街のなかで、行政に民主主義が貫かれるよう運動を展開し、市民のなかから要求をとり上げて、これまでゴミ袋値下げや給食食器改善、軍港化反対署名など、全市民のために働く立場を貫き、それらの運動を下支えして奮闘してこられました。現在、安岡・横野では、洋上風力発電建設に反対し地域の暮らしを守るために住民や漁師の方方が体を張ってたたかっておられます。最近では子ども食堂を開設したり、子どもたちをみんなの支えで育てていこうと奮闘されている方が市内にも無数におられます。さらに、高齢化の進む下関で地域を一生懸命に支えている自治会関係者の方など、地域のため、協同の力に依拠して奮闘しておられる方方がたくさんおられます。そのように下関をよりよい街にしていくために頑張っておられる人人と連帯して、市民のなかから声を上げ、まともな地方自治を実現していくことが求められていると思います。

 

 先の山口県知事選で、若者の投票率は10代で23%、20代前半になると10%台、30代も23%と、政治離れが顕著であったといわれています。とはいえ、若い世代は決して無関心なわけではないと思います。政治が市民や国民のためにあまりにも機能しておらず、「どうせなにをいっても変わらない」「だれがやっても変わらない」という認識が定着してしまっている結果だと思います。むしろ政治から置き去りにされていることへの冷ややかな対応であるように思います。したがって、現役世代や若い世代が溌剌と政治参加できるように、そして、それらの行動力ある世代が協同のため、地域コミュニティのため、社会のために汗を流し、声を上げ、献身するような政治風土が根付くことを望んでいます。

 

 母である本池妙子の2期にわたる議員活動を、私も長周新聞社勤務員の1人として、先輩方とともに支えてきました。そのなかで学んだことや、見えてきた課題にこそ向きあい、現状よりももっとパワフルに働くことが求められていると自覚しています。若輩者でまだまだ人生経験が浅いことはいうまでもありませんが、下関市民の会のみなさんの支えや、この会場にお集まりになっておられる市民の会の支持者のみなさんの支え、さらに長周新聞社の心強い仲間たちに支えられて進んでいくことを肝に銘じています。今後、全力で後援会活動を展開していくことを誓いたいと思います。先輩方には、選挙戦術も含めて多くのアドバイスを頂きたいというのも本音です。

 

 最後になりますが、後援会会長の任を引き受けて頂いた海原さんには、この場を借りて感謝を申し上げ、私の決意とします。一生懸命頑張りますので、ご協力よろしくお願いいたします。

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