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大学24人、中高19人の教員や職員が辞める 「梅光は大丈夫なのか?」

「まるで崩壊組織のよう…」と心配される現状

 

梅光学院大学(上)と中高校(下)の校舎

 下関市にある梅光学院では、今年度末で中高・大学合わせて43人もの教職員が学院を去ることが明らかになり、学生をはじめ関係者のなかで衝撃が走っている。140年の歴史を持つ同学院で、現経営陣が人材派遣会社ブレインアカデミーを使った退職勧奨(2015年)に始まる一連の「改革」を本格化させて3年目を迎える。同窓生や保護者、学生、生徒、教職員は乱暴な改革方針の是正を求めて粘り強く声を上げてきたが、現経営陣らはもの申す人人を排除するかのような人事を続け、その結果、学院全体が「組織崩壊寸前」といっておかしくないほどの事態に立ち至っている。取材にあたってきた記者たちで現状を論議した。

 

  3月に入り、以前から断片的に話題にのぼってきた今年度末での退職者が計43人になることが明らかになってきた。内訳を聞くと、大学教員は11人で非常勤を含めると17人、職員が7人、中高教員は非常勤も含めて19人だという。定年退職もあるとはいえ、驚くほどの人数だ。雇い止めに加えて、梅光を見限ってみずから去る人も増えており、着実に崩壊組織がたどる道を歩んでいるように見える。

 

 現経営陣が「改革」を始めてから、毎年のように多くの教職員が雇い止めになり、後任の教員が確保できずカリキュラムが組めないとか、専門外の教員が授業を担当して乗り切っているとか、教育機関としてはガタガタの状態が続いてきた。先生たちの言葉を借りると「中華料理のシェフがフランス料理をつくる」ようなもので、とくに大学の場合、専門的な学問を探究したいと思っている学生たちに「詐欺だ」といわれておかしくない側面もある。が、とにもかくにも現場の先生たちの尽力で学校を運営しているのが現状だ。今年度は途中で移籍した教員がいたり、職員のなかで嫌気がさしたり、ハラスメントに耐えかねてやめたとかで、すでに人が抜けている。これで年度末に総勢43人もやめたとき、学校が成り立つのかという心配がまずある。

 

中高校の実情 新中学一年は10人程度

 

  中高校で19人というと、全教員61人の3分の1が辞める計算になる。なかには国語科・社会科主任も含まれているという話を聞いている。2年前に追手門から来て、当初は生徒指導主任をしていた体育教員も12月に突然休職し、3月に退職することになっている。2015年度末に21人、2016年度末には校長・教頭も含め14人、そして2017年度末には19人。これだけ先生の入れ替わりが激しい学校で、子どもたちに「落ち着いて学べ」という方が酷だと思う。今年度の教員を見ると、教諭11人に対して常勤講師16人、助教諭2人、非常勤32人と、非正規雇用が圧倒的になっている。週1、2回しか来ない非常勤の場合、生徒も親も名前を知らない場合も多いらしく、どんな先生が来て、どんな先生がやめるのかすらあまり認識されていないという。

 

  中高で2015年10月に40歳以上の教員を対象に希望退職を募ったとき、「高いレベルの学力の保証」「国際教育」「ICT教育」などに重点を置くために新しい体制にするのだといっていたが、その後の経過は「高い学力」とかいう以前に、非正規雇用ばかりで毎年のように先生が入れ替わり、教員免許が切れている先生が授業をしていたとか、事務長が授業をしていたことが発覚して、夏休みを返上して補講を受けることになるとか、月謝を払っている親たちからすると「これは学校なのか」と思うような事態が連続してきた。生徒が非常勤の先生に質問したいと思っても学校にいない状況もあるようだ。子どもたちが安心して学べる環境ではないという認識が市内でも広がっており、小学校の間でも「今の梅光には子どもを送り出せない」と話題になっている。

 

  親たちに聞くと、先生たちの連携がないからか、クラスによって授業の進行が違ったり、教科書のなかで習っていない内容も多いことなどを心配していた。タブレットで、ベネッセとソフトバンクの合弁会社が提供している「クラッシー」とか、リクルート社の「スタディサプリ」とかベネッセ社の「スタディサポート」とかを契約して、「これで自主学習してください」という体だから、何のために学校に通わせているのかわからない。そして月謝値上げやウェイクアップ留学の開始など、家計にもかかわることが次次決まっていく。

 

  梅光に対する信頼が地域から失われつつあるせいなのか、月謝を月5万円に値上げすることが影響したのか、それとも入学式直後にウェイクアップ留学に行かせないといけないことがネックになっているのか、来年度に入学する新中1はわずか10~13人しかいないのだとみなが心配している。今、中学校3学年のなかでもっとも少ない中1でも34人いるから、減り方が激しい。

 

 昨年4月に保護者に対して月謝値上げの説明があったとき、梅光に進学したい、させたいと思っている子や親の気持ちをそぐ可能性大だと思ったが、効果てき面というか、たった10人程度というから驚いた。制服を変更するなどリニューアルをおこなっているものの、中高をつぶすコースも視野に入ってきたのではないかとも思ってしまう。

 

大学では…文学の梅光の特色消滅

 

 C 大学の方は子ども学部の教員5人、文学部の教員6人がやめるほか、英語、日本語、演劇、編集実務などの非常勤教員6人がやめるという。職員ではキャリア支援センター5人のうち3人がやめ、後任には元山銀マンが入ってきているという話だ。図書館やアドミッションセンター職員などもやめることになっている。「まともな人ほど先にいなくなっていく…」と語られており、これ以上、学校運営の経験や大学教員としての経験を持った人材がいなくなれば、組織が持たなくなるギリギリの状態のようだ。

 

 想定外で学生たちがショックを受けていたのが、文学部で古典を専門とする教員が他大学に移籍することだ。梅光に長く勤めていた同教員は、数少ない日本文学の専門家の1人だった。担当していた「日本文学史Ⅰ(古典)」「文学教材読解」「文学作品研究Ⅱ(中古)」「古典文法・古文解釈」などの授業のうち、3つの授業は教職課程で必修となっているため、その影響も心配されている。

 

  梅光は伝統的に文学研究で知られてきた。元学院長の佐藤泰正氏は夏目漱石の研究者だったし、大学内にある郷土文化研究所にはかつて国分直一という国内屈指の考古学者もいた。中野新治前学院長も宮沢賢治の研究者のはずだ。文科省がよく「特色ある大学」というが、それこそ西日本の単科大学では他にないほどの特色を持ち、「文学の梅光」と呼ばれる地位を築いてきた。それが「文学は儲からない」といってわざわざ特色を手放す方向に進み、大学の要である専門性を持つ人材を放逐している。その結果、日本文学は惨憺たる状況になっている。今年1月の理事会では「日本文学・文芸創作専攻」と「地域文化専攻」を廃止して、2019年4月から「日本語・日本文化専攻」にする案が決まったという。とうとう名前のうえでも「日本文学」の文字を消すというから、みなが唖然としている。

 

  文学部の先生たちが中心になって「改革」方針に反旗を翻すから気にくわないのかもしれないが、仮に好き嫌いで事が動いているのだとしたら話にならない。知性を育むべき高等教育の場で、感性のみというか感情の赴くままになにがしかがやられるというなら低俗極まる話だ。そうして経験のある先生たちを排除してカリキュラムを組んだり、雇い止めしたりするから、その後にカリキュラムの不備で「通っても卒業できないかもしれない」という学生が出てきたり、授業そのものが回らなくなっていく。子ども学部も、幼稚園教諭や保育士資格の取得をうたっているが、指導する教員が不足しているためか厚労省が認可を降ろさないようだとの噂も囁かれている。

 

 大学や中高を支えている人人が、心の底から梅光の教育に誇りを持ち、生きがいを感じられるというものではなく、第三者から見ていると教員や職員は「モノ」扱い(材料扱い)を受けているような印象だ。大切な人材として扱われていない。そして、何なら執行部や幹部職員に恨みのような感情を抱えて放出されたり、あるいは三行半を突きつけて離れていく。まるで崩壊組織ではないかと思うのはそのためだ。

 

 NHKの朝ドラ『わろてんか』を見ていて「なるほどな」と思ったのだが、一つの企業や組織を支えるのは「人材」ではなく「人財」だという考え方がある。トップに立つ者や経営者は勘違いしてはならない。いかにみんなが働きやすく、持てる能力を発揮できるかに心を砕いていくことが、経営にも必ず跳ね返ってくる。そうした努力の積み重ねが校風であったりを規定する。佐藤泰正氏はじめ梅光を築いた先人たちはそのようにしてきただろうし、だからこそ家族のような梅光独特のつながりや卒業生の愛校精神があるのだろうと思えてならない。この間の混乱を見ていて、組織を支える人こそが財であり、子どもたちの教育環境にとって欠かせない要素だと思っているのか疑問だ。とっかえひっかえできるモノであるとしたら、モノに教えられる子どもたちは「授業料五万円」に見えるのだろうかという疑問がある。

 

  グローバル人材の育成や国際ビジネスなどをうたって、英語教育や留学、ANAと提携したキャビンアテンダント養成コースをつくるなど、ビジネススクール化・語学学校化の道を進んでいるが、それも名前ばかりで教育内容に責任を持つ体制でないから、力を入れているはずの英語科も崩壊状況といわれている。国際ビジネスの授業を担当していた教員も心痛したあげくにやめていったと語られていた。結局、関心があるのは学生募集と、そのために就職率を上げることのようで、あとは教育まで外部業者に委託するような状態だ。そこに本間理事長が会長を務める大学マネジメント協会とかかわりを持っていると思われる業者が入ってきている印象だ。

 

  「学問研究や教育に関心のない人たちが経営をしている」というのが一致した評価だ。とくに樋口学長・学院長の裏で実権を握っているといわれる只木統轄本部長の手腕も疑問だ。書道課程、博物館学、図書館学の廃止が検討されていることについても、わざわざ梅光の強みを手放す理解しがたい行動だが、教員らのなかから理由を問う声が上がると、「学生が就職に前向きでないため」と明言したという。図書司書や学芸員の資格を取得した学生たちが「資格を活かした仕事につきたい」といって他の就職先に目を向けないから問題なのだそうだ。図書司書資格などは他大学で新設する動きもあるなかで、「毎年一定数の学生が入学しているのに、廃止すれば学生募集にもかかわるのでは」と疑問が語られていた。

 

 B これら日本文学の縮小とかかわって、図書館の整理が始まり本が捨てられていることには注意を払うべきだ。一時、故佐藤泰正氏が残した書籍や磯田光一文庫を処分するという噂が浮上したことがあった。図書館やこれらの本のなかには重複本も確かにあるようだ。しかし、本人の書き込みがある書物には貴重さがあったり、梅光の図書館には古い雑誌のバックナンバーをはじめ、この近辺の図書館にはない貴重な本が収蔵されている。この先、閲覧数の少ない本として、貴重な資料が処分されていくことも予想されることで、関係者らも注視している。「人財」もそうだが、「知財」まで捨てたら目も当てられない。

 

20億円かけて北館建設

 

  一連の「改革」で、人件費は相当に削減された。しかし一方で教育研究費や管理経費は、実権を握っているとされる只木徹統轄本部長が2011年に梅光に来て以後、ふくれ上がっている【表参照】。他の経費が増加することで見た目の「人件費比率」がかなり低く抑えられる効果にもなっている。

 

 この3月にも20億円をかける北館建設が始まる。10億円を借入れ、残り10億円を自己資金で賄う予定だという。7億円は大学の土地・建物を担保に三井住友銀行から融資を受け、残り3億円をどこからか借り入れるようだ。残り10億円をどう捻出するかということだが、梅光の金融資産のうち、すぐに使える現金預金は昨年度末の決算で約11億円となっており、約13億円が長期運用に回されているといわれている。北館建設に現金10億円を突っ込むのか、長期運用を解約して使うのか定かではないが、仮にこの大事業で経営が行き詰まったとき、理事会メンバーは責任を免れることはできない。3月にも本間理事長の任期が切れる予定で、来期も残るのかどうか去就が注目されている。「最後は樋口学院長にすべての責任が押しつけられるのではないか」という憶測も飛び交っているが、グチャグチャになったからといって、やめたり逃げたりして済むものではない。仮に最悪の事態になった場合は、東京でも名古屋でも自宅に押しかけて、ひっつかまえてでも責任を負わせないといけない性質のものだろう。

 

  建学の精神に立ち戻り、梅光を正常化しようという教職員や同窓生、生徒、学生たちの運動は粘り強く続いており、今後、大学教員らの集団訴訟も本格化する。27日には矢本特任准教授の裁判の判決も出る予定で、さらに世論を広げていくことが必要になっている。最終的にはどれだけ腹を括って対峙するかが分かれ目だろう。ものがいいにくいなかで、辛抱している大学関係者や中高関係者も多いが、このような問題で損得よりも善悪を勝たせようと挑んでいく場合、リスクだけを心配したり嘆いていても始まらない。ひっぱたかれたら、ひっぱたき返すくらいの気概がどうしても必要だ。個個バラバラに分断されていたのでは跳ね返せない。協力できるすべての力とつながって、なおかつ梅光を心配している下関市民に実情を知らせなければ、われわれのような第3者も心配のしようがない。下関の地で140年の歴史を築いてきた学校として、是是非非を明らかにしながら進んでもらいたいと願っている。

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