いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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記者座談会 下関市長選 市民蚊帳の外に置いた番頭争い

 来年3月5日告示、12日投開票の下関市長選を巡って、2期8年続いた中尾市政に対する審判がどう下されるのか注目を集めている。安倍首相の選挙地盤である下関では、歴史的に自民党安倍派が支配的な力を振るいながら林派が持ちつ持たれつの関係を切り結び、そこに公明党や労働組合の連合、民主党(民進党)、「日共」集団などが従属して独特の政治構造を形成してきた。市長は例外なくその代理市政を実行してきた。14年続いた江島市長に成り代わって登場した中尾市長が、わずか八年で囂々(ごうごう)たる非難世論に包囲されているなかで、目下、この番頭役を誰にするかを巡って雲の上で争いが勃発している。記者座談会をもって、市長選情勢はどうなっているのか、争点は何なのか、郷土下関の未来はどうなっていくのかを論議した。

 市長決めるのは東京人か下関市民か 郷土衰退さす主体性放棄

 A 年末に近づくにつれて動きが慌ただしくなってきた。3期目を狙う中尾市長は6月の市議会定例会で早早に出馬表明して、その後は各地で会費制の「励ます会」などを開きカネ集めに奔走している。県議会副議長の塩満とか林派が面子をかけてとりくんでいる印象だ。関谷市議会議長も当初は出馬に色気を出していると話になっていたが、中尾が3期やった後に禅譲することで話がまとまったとかで、議長出身派閥の志誠会は中尾応援で一致したといわれていた。6月議会では志誠会の議員たちが何人も「次期市長選について」と題して一般質問の通告を出していたようだ。中尾市長の出馬表明をお膳立てして、関谷及び議会最大会派が現職支持で手を握ったことを強く印象付けようとしていた。


  しかし、それでは面白くない人人もたくさんいた。とくに「中尾をどうにかしてくれ!」「このままでは下関はダメになってしまう!」という世論は根強いものがある。8年の体たらくを憂慮している人人がたくさんおり、候補者擁立を模索する動きがさまざまにあった。そうした中尾批判や現状打開派の流れに乗ろうとしているのが安倍派の前田晋太郎だろう。長崎大学を卒業した後、友田県議の運転手をやっていたところから安倍事務所の秘書として引き抜かれ、市議になって2期目の40歳。今年1月になぜか自民党下関支部の幹事長だった福田(市議)が下ろされて前田に変わった。その頃から、市長選出馬のためだと見なされていたようだ。ただ、中尾陣営から仕掛けられたのか何なのか、一時期は豊前田問題で大人しくなっていた。それが先月ぐらいから息を吹き返して挨拶回りを始めた。独自におこなった世論調査(電話調査)の結果が良かったとかで、「安倍事務所とも話はついた」と周囲が話題にしている。江島退場の際、林派の中尾は江島批判の上に乗って当選したが、今度は中尾批判を追い風にして安倍派が天下を取り返そうとしている風だ。


  さらに、安岡沖洋上風力発電の争点化ということで元市議の松村正剛が「風力反対」を掲げて出馬する可能性も取り沙汰されている。他には市議のなかに泡沫になることがわかりきっている自薦候補がいたり、自身を客観視できない人人が幾人かいる。行く先先で「誰が出るの?」と話題になり、自薦候補まで話が及ぶと大概の人がため息をついている。「人材枯渇だな…」「他にまともなのはいないのか?」という会話になる。


  もっぱら誰が出るのか? に関心が注がれている。ただ現状ではそれで何をするのか?が何もない。市長選候補者の顔ぶれだけ見ていたら「誰がなっても同じだ」といわれるのも無理はない。安倍派や林派の直系候補たちが、安倍事務所や林事務所の機嫌ばかり伺って「僕がやります!」「僕だってできます!」をやっているわけだ。そして、水面下の暗闘を経て勝ち馬になった者に組織票がドッと乗っかって次の市長になっていく。だから、やることは以前と何も変わらない。中尾市政の八年がそれを証明している。企業関係は流れを読んで取り入らないと散散な目にあいかねないから、誰が出るのか、どっちが勝つのかに敏感だ。しかし、全般としてはしらけた空気が支配的だ。それで何かが根本的に変わるという展望が見えないからだ。

 政策が語られぬ市長選 公約覆しが常態化

  誰が次の市長を決めるのか。本来は有権者だ。しかし、今の下関では安倍事務所や林事務所にお墨付きをもらった者が市長になり、あるいはその代理戦争で勝ち抜けた者が両事務所や山口銀行、JR西日本や三菱、神戸製鋼といった企業群に取り込まれて支配的地位に収まるというのが定番だ。こんなことを何度もくり返している。政策が何も語られない根拠は、候補者たちがそっちの世界ばかり気にかけて夢中になっているからだ。市民を説得し、支持を得ていくという組織力が弱いのはそのためだ。


  ただ、安倍派も林派も基礎票は限られているから、裏通りだけでは選挙にならない。民進・連合の1万票や公明党の1万8000票を味方につけ、さらに1~2万票の市民票を得た者でなければ勝者にはなれない。下関全体をつつがなく運営していくにあたって、はじめから期待外れだったり非難囂々なのでは保たない関係だ。従って、どれだけ市民派を装い、組織票以外の得票をかさましできるか、市民世論を目くらましできるかを競っている。江島が「人工島反対」を叫んだり、中尾が「新庁舎は建て替えない」等等のホラを吹いて、選挙後は「若気の至りでした」「公約の進化です」などと覆すようなことを平気でやってきたが、ウソでもホラでも何でもいいから組織票プラスアルファの市民票をいかに獲得するかを陣営は勝負所と見なしている。その流れを引き寄せた勝ち馬に「3日前の安倍事務所」ではないがドッと雪崩を打ってテコ入れする力が加わったり、梯子外しが展開されていく関係だ。


  「TPP反対 ぶれない自民党」といって選挙に勝った安倍自民党が、平然とTPP推進をやって全国を驚かせた。国政でもウソがはびこっているが、安倍政治の源流である下関は、安倍晋太郎から晋三へ、林義郎から芳正へと世代交代していったこの20年来は、とりわけそのような虚言癖の政治が目立つようになった。選挙の公約がこれほど簡単に覆される政治風土というのは決して当たり前ではない。民主主義を侮蔑しきった思想が上から下まで浸透していることを示している。政治家がウソをつくことに躊躇がなく、欺された方が悪いのだといわんばかりの体質がある。江島、中尾と公約破棄が立て続けにやられたが、有権者を愚弄しきった姿勢については厳しい批判を加えないといけない。どうしても無理だったから公約を諦めるという代物ではなくて、はじめから実現するつもりなどない。きわめて悪質だ。


  公約が飾り物なら、争っているのはポストだけということになる。どのような政策を実現するかではなくて、誰が市長になって番頭役として気に入られるか、次の利権集団を形成するかを競っている。従って政策に熱が入らないし、市民生活そのものに目が向かない。当選後はひたすら思い上がっていく根拠にもなっている。こうした政治が下関を沈滞させ、まちづくりはもっぱら東京の大手企業やコンサル会社に丸投げして、自分たちの頭で何も考えなかったり、霞ヶ関が認めた補助事業をこなすだけに終始したり、主体性のないものにしてしまっている。潤うのは市長周辺の地元企業というだけだ。


  公約破棄がくり返されるとオオカミ少年の話と同じで、選挙そのものへの信用が落ちる。参院選で江島が「風力反対」を叫んでいたが、ほとんどの有権者が鼻で笑っていた。そうやって選挙が有権者全体のものではなくなり、幻滅させればさせるほど低投票率になる。しかし、おかげで安倍・林派、公明、連合といった既存の勢力の組織票がものをいう世界が強まる。最近の国政選挙にもいえることだが、あてになる政党がどこにもいない状態が自民一強体制を補完している。自民党が強いわけではないのに、有権者を排除した下で得票率が2割強しかない政党が一党独裁のような地位を得ていく。下関市長も同じで全有権者のうち得票率が二十数%で市長になれる。選挙に行かない人が多ければ多いほど都合が良い関係だ。こんなものはとても政治といえるものではない。


  現状では有権者を舐(な)めきって代理人争いが激化している。自民党に認められた者が勝ちだと中尾も思っているようで、最近になって自民党下関支部に入党届けを出したことが話題になっている。「市民党」を叫んでいたが、今度の選挙ではなりふり構わず濁点を求め、自民党推薦をもぎとりにいっている。


  最後まで「○○候補を応援しなさい」と明言しないのがこれまでの安倍事務所だった。基本的には「よきにはからえ」で、当選した者を取り込めばいいくらいの構えなのだろう。敗北しても澄ました顔で取り込んでいく。ただ客観的に見て、江島が退場に追い込まれてからは林派に市長ポストを持って行かれて面子がない。利害調整が付かず友田、香川が三つ巴で散ったのに続いて、前回は安倍派のプリンスといわれていた西本を担ぎ出したが敗れ、今回の前田晋太郎は最終兵器みたいなものだ。三連敗になればみっともない話だ。今回の選挙はフルパワーでいくのか、それとも敗北した場合の予防線も張りつつステルス作戦でいくのか見られている。


  お膝元の市長選挙で、安倍派と林派の子分たちがしのぎを削る。それならそれで、正面から全面戦争をして公衆の面前で「安倍と林どっちがいい?」を問うて、双方の実力を得票数としてさらけ出せばいい。そんな選挙について「目くそ鼻くその争いじゃないか」と市民が判断したなら、その結果を受け止めるしかない。しかしそうはしない。市長選についても、奥の院的な振る舞いに終始して、下手に関与して派内のそれぞれ利害も異なるグループから反感を食らうのも損だといわんばかりの及び腰だ。安倍派も林派も双方にとって選挙で互いの応援がなければたたかえない事情も抱えている。中選挙区時代のように互いが1馬力として独立して争うことはなくなり、2馬力プラスアルファの公明党や連合の隠れ安倍派の組織票を従えて選挙を勝ち抜いている。従って全面戦争は避け、支持基盤に波風立たないようにというのが本音だろう。


  それでも「配川(安倍事務所筆頭秘書)さんがこういった」「安倍事務所は前田応援で何割の力を出すのだろうか」とかを気にして議員どもが立ち回っている。それ自体が市長を決めるのは有権者ではなく、安倍事務所だと思っているあらわれで、オマエたちはどこまで選挙民を愚弄すれば気が済むのかと思わせている。出馬表明をしたその足で、前田、配川、友田で首相に会いに行ったという話も飛び交っている。

 許されぬ有権者の愚弄 市民たぶらかす暗闘

  関わって気になるのが、最近、「関谷議長が県警から家宅捜索を受けた!」という情報が飛び交って話題をさらっていたことだ。余程日頃のおこないが悪いのか、真に受けてしまう人人も多かったようだ。本人は全否定しているようで真相は闇の中だ。しかし、「深刻な顔をして志誠会が会議をしている」等等の話題とも相まって、いっきに噂は広がった。マリンホテルの跡地の件とか、彦島の件とか不動産絡みの噂とセットで「ついに関谷に縄がかかるか…」「AKG(ブローカー)とつるんでいたからだ」とか、みんながさもありなんといった表情で口にしていたのが印象的だった。議長の支持者のなかには「六月の家宅捜索の件ではないか?」と心配している人もいて、いったい何回家宅捜索を受けているんだ? と疑問に思ったほどだ。AKGが佐世保の土地の件で捜査されているというのは前前から評判になっていたが、その件とごっちゃになっている印象だ。


  家宅捜索の真偽のほどはわからないし、悪事を県警が捜査しているというのなら「安倍派の元全国市議会議長会会長を逮捕」するまで徹底的にやればいい。ただ、この噂の出所として気になったのが、どうも安倍事務所界隈が意図的に触れ回っている印象が強いことだ。林派の中尾と手を握って禅譲コースを望んでいる関谷の存在は、前田を担ぎ出す側からすれば安倍派の裏切り者であり、邪魔者になる。従って徹底的に潰す力を加えておかしくない。前田が安倍派代表であればあるほど、大がかりな力として働くのだろう。小月界隈で女絡みの話が飛び交い始めたり、さまざまな悪評がここにきて溢れだした背景に何があるのだろう? という疑問だ。パチンコに目がないとか、特にダイナムが大好きとか、今更熱を込めて触れ回らなくてもみんな知っていることじゃないかというのが実感だ。


 関谷の善し悪しは別として、市長選を巡って何者かに睨まれて、身動きつかない状態に追い込まれているのだろうかと思わせている。禅譲路線への牽制として意図的に噂を流している者がいるのだとしたら、かなり謀略的だ。かといって評判がまことしやかに広がってしまうのは自己責任で、本人が日頃からの振る舞いを省みないといけない部分がある。


  6月段階で中尾応援でまとまっていたはずの志誠会メンバーが、今後どんな立ち回りをするのかも注目されている。安倍派最大会派にいかなる力が働いたのかと誰もが思う。かつての市長選で「古賀敬章は朝鮮人だ!」の誹謗中傷ビラをヤクザに配らせていたのが安倍事務所で秘書をしていた佐伯だった。嘘でも何でもありなのが下関市長選で、真っ黒黒助たちが市民をたぶらかしながら、本当に真っ黒い世界で暗闘をやっている。しかし、如何せん中身が空っぽで、権力だけを互いに求めている。代理市政が立ち腐れて有権者から見離されているのに、その次の代理市政について「僕はどうですか?」の争いをしているわけだ。

 切実な産業振興の課題 中尾8年で酷い衰退

  市政に対して市民はどう思っているのかだ。


  実感するのは、「このまま中尾にやらせていたら下関はつぶれてしまう…」という危機感が強いことだ。4年前なら「それでも江島よりはマシ」という会話も多かったが、この1~2年は「江島の方がマシだったのではないか」と口にする人までいる。それが「誰でもいいから対立候補出てこい!」という空気につながっている。江島の末期と似た空気を感じる。役所内でも学歴コンプレックスの裏返しなのか威張り散らすものだから、出世を期待しておべんちゃらをしている幹部クラス以外は疲れ切っている人も多い。「誰か出ないのか…」と切実に対立候補を望む人が少なくなかった。


 G この8年を総括してみる必要があると思う。中尾が8年でやった事は何だろうか? と巷で話題になったとき、まず真っ先にみんなが口にするのは、市大の論文(修士号取得)に落ちたことと、市庁舎をつくらないといっていたのに建ててそれを“公約の進化だ”とたぶらかしたことだ。そして、新庁舎が駐車場も含めて迷路みたいでわかりにくいことだ。江島もハコモノ行政がひどかったが中尾になってからも新博物館、教育センター、総合支所建て替え、勝山公民館建設、消防庁舎移転、200億円かける長府浄水場整備、奥山清掃工場の焼却炉更新などハコモノ事業は相当にやった。駅前開発も江島から引き継いでそのまま実行した。


  みんなが心配しているのは、産業が衰退してすっかり街に元気がなくなっていることだ。少子高齢化が全国の都市のなかで5本の指に入るほど急速に進行しているが、この街で暮らしていける条件が乏しいことから若者がみな出て行き、子どもの数もめっきり減っている。人口減少が負のスパイラルになって商業がダメになり、不動産も実需が見込めず、残された年寄りをどうするか? 市街地の廃屋街や空き家をどうするか? みたいな世界が広がっている。都市部に人口が吸い上げられていくのは全国的にも普遍的な問題だが、とくに港町の衰退が著しいのも特徴だ。このなかで明確な産業振興策を打ち立てられず、「観光」か何かでお茶を濁している間に、為す術なく衰退してしまっている。


  その昔、デタラメな封建領主のもとで食っていけなくなった村人たちが逃散という形でよそに逃げていき、最終的に搾取する相手・年貢を納める農民を失った領主が没落するというのがあったが、下関市も脳天気にハコモノ散財や道楽趣味をやっている間に、税収がガッポリ減って足下はガタガタだ。それで財政が足りないといって教育予算を削減したり、福祉にツケを回している。さらに税金滞納者への差し押さえを問答無用でやり始めたことにも相当な批判がある。市民の暮らしが成り立ってはじめて下関市が存在し得るのに、追い剥ぎの如く叩き回している。


 E 市民生活の面では貧困の問題が切実だ。子ども食堂やフードバンクのとりくみが喜ばれているが、本来なら行政が全面的に身を乗り出さなければならない案件だ。満足に3食食べることができない子どもがいるというのは、政治家や行政を司る者にとって恥ずべき事態だ。子どもの貧困は親の貧困が問題なのであって、ご飯だけ与えていれば解決するという代物ではない。かつてのように終身雇用が保障されず、中小企業も苦境にある。商業活動についても、経済活動についても全般として都市部の大手が地方まで侵食するようになって環境は激変している。産業構造なり就業形態が変化していくのに応じて、暮らしも変わってきた。この結果に対する事後対応ばかりに追われて学校を統廃合したり、保育園を統廃合したり、行政の仕事をまちづくり協議会に丸投げしようとしたり、小さな行政を思考しているだけでは現状打開の展望は見えない。


  産業振興の戦略が何もないことに大きな問題がある。観光に傾斜して、駅前からあるかぽーとに至る地域は華やかになった。


 しかし、遊び場ができて週末営業都市になっただけで、それだけでは産業振興にならないことを20年来の市政は総括しないといけない。水産都市として戦後復興を成し遂げてきたが、基幹産業を寂れるにまかせて大河ドラマ誘致とかばかりにうつつを抜かしていたのでは、瞬間風速にしかならない。観光にしても、歴史的遺産は山ほどあるのだからもっと光を当てなければならないのに、明治維新関連を見てもおざなりで、旧四建ドックのような遺産も埋めてしまおうとしている。それで中途半端な遊園地をつくったところで、果たして下関の魅力になるだろうか。終いには岬之町や人工島にカジノを誘致しようという話が水面下で動き始め、今度はそっちに傾斜しようとしている。かかわって、超高級リゾートホテルと交渉しているという話もある。投機主義が支配的なものになっている。下関発信でなにかを生み出していくのではなく、資金にしても知恵にしても都市部から与えられるのを受動的に待っている傾向が濃厚だ。極端な話が、観光客の懐から如何に外貨を落とさせるかばかりに目を奪われてしまい、そこで暮らす市民の生活や市全体の産業振興が置き去りになってしまっている。


  旧郡部は合併から11年がたったが急速に衰退してきた。郡部全域で人口減少がひどく、銀行やガソリンスタンド、スーパーなども撤退し、これから町がどうなっていくのかという不安をみなが抱いている。高齢者ばかりが残されて介護もままならない。ところが行政の側は「地域内分権」を叫ぶだけで具体的な対策がなく、むしろ近年は祭りの補助金や自治会運営のための補助金を軒並みカットしてきている。結局のところ、選挙で叫んでいた「地域内分権」は中身が空っぽだった。言葉遊びで人を欺いた反動は大きい。


  産業振興を「観光」でごまかしてはならないし、実際にはごまかせない。ユーチューブにアップされているシティプロモーションの動画を見たらわかるが、市長の悪ふざけをはじめとして全国に訴える内容があのレベルというのは恥ずかしいものがある。市民生活といかに遊離しているか、遊び世界が蔓延しているかをあらわしている。産業振興の課題は単純ではないが、グローバル化とか都市一極集中の流れが加速するなかで、どう向きあっていくのか長期的な展望を持ちながら見据えていかなければならない。そのためには、現在の産業の実態に分析を加えたり、市民の暮らしにとってなにが切実なのかを捉えたり、行政が能動的にかかわることが必要不可欠だ。市民が求めているのは市職員が簿記三級をとることではない。

 無視できぬ10万人署名 候補者縛る市民の力

  市長選は安倍と林の代理戦争を軸に動きを見せている。この争いはどっちが行財政の権限を牛耳るかだけだ。このなかで、安岡沖洋上風力に反対する住民たちのなかでは、10万人署名を選挙に反映させたいという思いも強い。この力を立候補者たちは決して無視できないし、中尾にしても前田にしても玉虫色の態度は許されない。重大な争点の一つになる。ただ、仮に第三の候補で松村正剛が出馬したとして、どれだけの得票になるのかは未知数だ。10万人すべてが投票するわけではないので、これも甘い見通しは禁物だ。


  中尾ブレーンだったのにどうして正剛がでるの? 中尾票が割れるのか、それとも反中尾票を吸収するための前田対策なのか? とかさまざまに語られ始めている。心配なのは、反対の会は政党政派に関わりなく、さまざまな人人が支えあってやってきただけに、選挙を通じて変に亀裂が生じたりしないかという点だ。あと、仮に上滑った場合、選挙の得票イコール反対意志の実数のようにして、事業者なり経産省が悪用し始めるリスクもあることが心配されている。10万人の力は確かなものだが、市長選で数字として「松村正剛」に反映されるのか否かだ。出馬するなら、恥じない得票を得ることが絶対条件になる。松村正剛の善し悪しや好き嫌いなど抜きにして、客観的に見てそのような立場だということだ。市民票を揺り動かすような大旋風を巻き起こさなければとてもではない。


  ホラとかうそではなく、洋上風力について「お前はどうするのか」とみんなでそれぞれの立候補者に問わないといけない。それこそ市民の暮らしをどうするのか、市長としてどうするのか曖昧にはできない問題だ。


  みんなが望むような文句なしに人間的にも素晴らしいリーダーや政治家というのがなかなかいない。それはだれもがわかっている。「どうしようもない者ばかりが選挙に出たがる」といわれる。だからこそ、みんなの要求を束ねて実行させていく力を示すしかない。少なくとも、公約破棄を平然とやるような人物については、一期で叩き落とすような厳しい審判を下さなければ、締まりのない政治風土がはびこる。下関の政治においてかさぶたになっているのは、誰の目から見ても安倍・林支配で、既存の政党や組織、宗教団体に至るまでが軒並みこの支配構造のなかにおさまっていることだ。その枠内で誰が代理人になるかというだけでは、同じことのくり返しにしかならない。


  中尾については、八年間の思い上がりをそのまま選挙で披露すればいいのではないか。500ページの市大論文も満を持して公表して、如何に自分が素晴らしい市長なのかを懇切丁寧に演説すればいい。決起集会でも「元気です!」「幸せです!」の明元素を参加者に唱和させればいい。とにかくあるがままの姿をさらして、下関のリーダーとしてふさわしいか否か有権者が判断すればいい。前田晋太郎についても、安倍事務所は隠れてないで正正堂堂と表に出てくるべきだ。安倍と林が仲が悪いこともみんなが知っているのだから、隠しても仕方がないだろうに…。「前田晋太郎が勝った気になっている」という声も聞くが、雑巾がけもせずに組織票の有無で決まるような選挙にしてはならない。


  このまま政策が空っぽとかホラ尽くしというのでは話にならない。これだけ下関の未来に危機感が高まっているなかで、「明るく元気な下関!」みたいな抽象的な言葉遊びをやった日には総スカンを食らう。選挙構図がどうなっていくのかはまだ流動的だが、有権者の思いを陣営に思い知らせることが重要だ。さめざめとした空気の根底にあるのは、いつまでも続く安倍・林代理市政への幻滅だ。下関のリーダーは東京で決まるのではなく、下関市民が決めるものなのだと力を示すことが求められている。

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