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イージス・アショア候補地 農業生産基地のむつみを訪ねる

 山口県の北浦に位置する萩市と阿武町は県内でも有数の農業生産地域だ。昨年2月、この地域のど真ん中にある陸上自衛隊むつみ演習場にイージス・アショア配備計画が浮上した。演習場を囲む一帯は農業地帯であり、先人から受け継いできた農地を守り第一次産業を発展させようとする農業者たちの努力が続けられている。演習場のある萩市むつみ地区(阿武郡むつみ村が2005年に1市2町4村で合併)は、高俣と吉部(きべ)の二つの地域からなり、吉部の千石台は県内最大の大根産地、高俣のトマトは県内第2位の生産量を誇る。その他、水稲、スイカ、むつみ豚など農畜産業を基幹産業とし、県内最大の露地野菜の生産地でもある。今回、この活気ある生産地を取材した。

 

 萩市むつみ総合事務所などがある中心地から山に向かって5分ほど車を走らせると、広大な農地が広がり始める。そこが年間4000㌧の出荷量を誇る山口県最大の大根生産地・千石台だ。

 

広大な大根畑(萩市むつみ千石台)

 

 溶岩が噴出した玄武岩の台地で、面積は約3㌔平方㍍、標高400~500㍍にある寒冷地だ。徳川幕府時代に毛利藩によって開墾された土地で、1年間で穀物が千石とれていたことから千石台と名付けられたといわれる。

 

 その後、日本の海外進出とともに荒れ地となっていたが、1945(昭和20)年の終戦を機に入植が始まる。当時の状況は笹とススキに覆われ、電気も水もないなかで、鍬と鎌の人力で開墾した。当時の苦労は想像を絶し、当初の入植者は七十数名だったが、1961(昭和36)年の大雪を機に離農が始まった。

 

 厳しい状況下でも千石台に残った先人たちが、葉たばこ、陸稲、リンゴなどさまざまな作物の栽培をおこない試行錯誤をくり返すなかで、昭和40年ごろから大根生産が本格化した。年間平均気温12・8度、年間降水量2180㍉、準高冷地域で冷涼な気候と、きめ細かな黒色火山灰土壌には大根生産が適していた。現在では農業施設や生産技術も近代化が進み、山口県内最大の大根産地、路地野菜産地として、その名を広く知られるようになっている。

 

 大根は種を植えてから収穫まで70日前後を要する。千石台大根は5月から12月初旬まで出荷し、厳冬期を除いてほぼ1年中植え付けと出荷に追われている。とくに出荷が増えるのは秋から冬にかけての冬秋大根だ。千石台大根の特徴は、肉質は柔らかく、煮くずれせず甘みがあることだ。「健康な野菜は土作りから」をテーマに有機肥料や減農薬に努めているほか、「新鮮なものを消費者に!」という思いで夜明け前に収穫をおこない、真空予冷をかけることで鮮度を保つよう工夫している。

 

 30代の農業者は、「夜中の12時頃から畑をライトで照らしながら4、5時間かけて大根を収穫していく。千石台から見える海にはイカ釣り漁船が光を放っている。海と山で光の競争をしている感じだ」と満面の笑みを浮かべた。

 

大根の収穫はみな手作業でおこなわれる(10日午後9時)

 

深夜にかけておこなわれる収穫作業(同)

 

 今スーパーに行けば、1年中大根が並んでいる。千石台大根は山口県内をはじめ、広島県、福岡県の消費地をまかなっている。スーパーに並ぶ大根の産地は季節によって違い、真夏に出回るのは北海道、青森など北の産地のもので、真冬に出回るのは鹿児島など南の産地のものだ。その狭間の秋から冬にかけての需要をまかなっているのがむつみの千石台大根で、香港、台湾など海外にも出荷している。今からの時期は1日3万本、10月ごろからは1日5万本が出荷される。10日の夜から収穫作業が始まり、11日から選果場が動き始め、こうして本格的な冬秋大根の出荷が始まった。

 

新規就農者の若者たち

 

 現在、千石台の大根生産農家は12軒で、最近新たに20代、30代の新規就農者が5軒加わった。一度は故郷を離れた子どもたちが結婚してむつみに戻り、夫婦で農業を営んでいるケースが多い。

 

 9月5日、むつみの畑では2人の農業者が人参掘り機に乗って収穫をおこなっていた。人参も県内最大の生産量だ。午後からの2時間で800㌔の人参を収穫し、すぐに人参洗い機にかける。一度に200㌔ほどの人参が入る人参洗い機に入れると、泥だらけの人参があっという間に洗われ、最終的には薄皮までとってくれるすぐれものだ。「この時点で薄皮はとれているので、スーパーに並んだ人参は皮をむく必要がないんですよ」と教えてくれた。

 

人参の収穫作業

 

人参洗い機に入れる

 

綺麗になった人参

 

 その後、人参選別機で大きさを選別し、真空予冷で鮮度を保ち、翌朝に一斉に農協ルートで出荷する。

 

 人参掘り機を操縦していた30代の男性は、5年前にむつみに戻ってきた。大根の他に人参、馬鈴薯、キャベツ、スイカなどを作っている。「先輩たちのおかげで、千石台という産地の知名度は浸透している。過去にタバコやキャベツにもとりくんだ経験を先輩たちから聞いているが、持続的に安定した収入が得られるように新しい作物にも挑戦していきたい」と意欲を燃やす。

 

 むつみ出身で一度地元を離れたが帰ってきて農業に従事する40代の女性は、「幼いころ、朝から晩まで働く親の姿を見て農業はしないぞと思っていたが、故郷に戻ってきて自然を相手にする農業に魅力を感じている。楽しくて仕方がない」と笑顔を見せた。

 

 だが自然を相手にする農業は災害とも隣り合わせで、8月末の大雨による作物への被害も心配していた。天候に左右されやすい農業だからこそ、若い農業者は大根の他に人参やキャベツなどを栽培し、千石台の新たな可能性を探るために挑戦を続けている。

 

 そして若手のエネルギーになっているのは、むつみや萩市圏内で農業を営む若手の生産者との交流だ。「千石台ではトマトは生産できないが、他地域のトマト生産の苦労や工夫を聞くことも勉強になる。情報を共有しアイディアを出し合って、レベルアップにもつながる若手同士の交流がとても楽しい」と語っていた。

 

 農業人口が減少しているなかで、むつみ地区や阿武町は農業を志す若者たちが増え、専業農家として独り立ちしている。この状況はよそにはない例として注目を浴びている。千石台出荷組合の田村健二組合長は、「これまで千石台をつくってきた先人やわれわれが自信と誇りを持っていることが、若者の一つの目標となっているのではないか」と胸を張る。

 

 そのような最中に浮上したのが、むつみ演習場へのイージス・アショア配備計画だ。田村組合長は、「県内最大の食料生産基地のど真ん中にミサイル基地はいらない」と断言する。「むつみ演習場はここから4・5㌔のところにある。イージス・アショアが配備された場合、電磁波など人体への影響が懸念される。路地野菜の生産地であり四六時中電磁波を浴びながら仕事をすることになる」と危惧する。人体や生産への影響を心配し防衛省の説明を聞きに行ったが、「防衛上の秘密という理由で詳しいことはいわず、“安全です”という結論だけの説明で納得ができなかった。北朝鮮にレーダーを向けた場合、阿武町がすっぽりかぶることになる。近隣の福賀地区には保育園や小学校がある」とのべ、イージス・アショア配備に対して反対の意思を明確に示す阿武町長や町民の動きを注目している。

 

 田村組合長は「高俣では95%の人が反対署名をしている。保守的な地域性もあり、表だって声を上げられる人は少ないが」と断りつつ、「萩の農業の最先端をいっているわれわれが、萩の農業をもっと盛り上げていきたい。私たちは日本の食料自給率を上げること、畑を耕し農地を守ることが環境保全、国土を守ることだという責任と自覚を持ってやっている」とのべた。次代を担う子や孫に豊かな故郷、農業地域を引き継ぎたいという強い思いがみなぎっていた。

 

農業の未来左右する水

 

 一方、むつみ演習場の真下に位置する高俣地区は水稲とトマトの有数の産地で、近年は若い生産者が参加してきている。演習場周辺は自然豊かな湧き水が豊富で、人人の生活と生産を潤してきた。高俣地区の「羽月の名水」は70~90㌶の田んぼに水を供給しており、農業者たちはイージス・アショア配備やそれにともなう工事によって水源が汚されることを強く心配している。

 

 防衛省は昨年11月、むつみ演習場周辺14カ所の湧水や水源地の年代測定をおこなった。1年間に何㌧の水が出ているのか、雨水が地下水に何年かけて浸透したかなどを調べるものだ。水が途絶えたり汚れることが住民生活や農業の未来を左右することになるからだ。だが防衛省はいまだに年代調査の結果を明らかにしていない。

 

 演習場の真下に住む稲作農家の大田一久氏は、昨年イージス・アショア配備反対で高俣地区の280世帯を1軒ずつ回り、うち95%の住民から反対の署名を得た。「先祖代代この地域では、水源地は水神様ということでとても大切にしてきた。高俣は演習場の真下に位置しており、戦争につながるのではないかという声や、電磁波による人体への被害もみなが心配していた。農産物に対する風評被害もあると思う。日本を守るというが山口県はグアム、秋田県はハワイを守るための配置で、なぜ日本を盾にしてアメリカを守らなければならないのか」と話す。

 

 むつみ地区では豊かな自然と水を生かしながら農地を耕し守ってきた先人に対する畏敬の念が共通して語られている。そして山口県最大の食料生産基地を担う誇りと自信がみなぎっており、「農地を守り農業を発展させることこそが日本を守ることにつながる」という強い意志が人人のなかで語られている。

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