いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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地方の産地や食品製造業を淘汰  風土・食文化否定の流通支配

 破壊的な大手一極集中

 下関市では、老舗で知られるH豆腐が9月いっぱいで廃業するという連絡が取引先の商店やスーパーに入り、同業者である豆腐屋や他の食料産業に関わっている人人のなかで衝撃をもって話題にされている。90年代に入って大店法が撤廃され、日本列島の隅隅に大型量販店やイオンをはじめとしたスーパーが進出して商店街はシャッター街と化してきた。さらに飲食店でも金太郎飴のように全国チェーンが席巻するなど、流通が大きく変化してきた。このなかで、農漁業をはじめ食品製造業の実態はどうなっているのか、どこに展望があるのか、記者座談会をもって論議した。
 
 食料を儲けの具にする転倒

  H豆腐は昭和27年に創業し、57年の歴史を持つ老舗だ。市内でも億単位の投資をしている豆腐屋で、1日に1000丁単位の製造をしている。他の豆腐屋は多くても100丁単位で、格が違う最大手の豆腐屋といわれていた。
 同業者の話では、廃業を決めるきっかけになった要因の一つは、アベノミクスをやり始めてから為替が1㌦80円から100円までになって、米国産の輸入大豆が2割値上がりしていることだと話されている。それに加えて干ばつなどを理由にして国際相場そのものが値上がりしている。
 さらに、今度九州の方で何十億円単位の投資をして、1日に何万丁単位の製造をする豆腐屋が進出してくるという話で、とても太刀打ちできないから、借金がないあいだに廃業するということだった。
 H豆腐は手作業が多く、丁寧な作業をしているからおいしいという。だがその分従業員を20人くらい抱えている。労働者の職場もなくなる。
 B 学校給食に使う豆腐はH豆腐を含めた地元5社でまかなっていた。下関で一番大きなH豆腐がなくなると、まかなえなくなると心配されている。多いときで1日に500~600丁必要な日もあり、H豆腐がかなりの部分を占めていたそうだ。しばらくは残りの4社で回すが、いずれ近隣都市から安全審査に通る業者を探すようになるといわれていた。
 
 輸入大豆が値上がり 下関市内で油揚げ作る所なし

  市内の他の小さい豆腐屋は油揚げをつくっていなくて、みんなH豆腐から仕入れて販売していた。油揚げをつくる技術を持っていない豆腐屋もあり、油揚げやがんもどき、厚揚げなどをわけてもらい、豆腐だけ自前でつくるという感じだった。H豆腐がなくなるということは、下関で油揚げをつくるところがなくなったということだ。
 コンニャクや豆腐、蒲鉾などを扱っている商店はすごく困っていた。油揚げを仕入れるところがないので業者を探しているそうだ。ちょうど島根から見本をとり寄せていて、「どんな物があるか吟味するために入れたんよ」と、おばちゃんがいっていた。H豆腐もスーパーに入れ始めてから売れなくなっていき、とくにPB(プライベートブランド)が出てきて、個人の製造業は資金力がないからやられてきたという。宇部にあったコンニャク屋もつぶれたし、下関のコンニャク屋はもうだいぶ前につぶれた。小売りや食品製造業がみんなつぶれていくということだ。三〇万都市の主要な中心部で、食品製造業が消えていく傾向になっている。
 北九州のK商店という乾物などを扱っているところが何年か前につぶれ、「トライアルなど大手にやられて中規模のところもなくなっていく。規制緩和から始まった」と話されていた。食べ物が支配されていくことに怒りが強い。
  かつて下関市内には40軒以上の豆腐屋があったが、今市内に残っているのは5社くらいだ。昔から豆腐屋はその町に一つはあるというくらいで、個人経営で朝つくっては売る商売だった。60代以上の世代では「鍋を持って買いに行っていた」という思い出を話す人も多い。豆腐は手作業だから大型化できなかったが、最近は機械化されてきて、何千丁、何万丁とつくるようになってきた。流通再編ともかかわって、大手が投資し始めている。九州に進出する大規模な豆腐製造企業が、他の豆腐屋にとっても脅威になる。
  H豆腐も以前は長門市場や唐戸市場、個人商店などに卸していたものが、だんだん商店がなくなって売り場がなくなり、仕方なくスーパーに納め始めた。値段は80円程度から下げていなかったが、隣に20円、30円の豆腐が並べば、1円でも安い物を探す時代になるとどうしても売れ残る。市内大手の食品製造業者が「丸和や丸喜くらいだったら、店舗ごとに地域の業者から仕入れるという形だったが、しだいに大型化してイオンなどになってくると、中国ブロック配送センターみたいなのをつくり、その規模の製造ができる業者でないとはじかれる。PBの仕事も回ってこなくなった」と話していた。流通が大規模化して中小製造業は疎外されていくし、地域同士の連関が断たれていく。
  大豆そのものがほとんどアメリカ産。戦後すぐは安く入ってきて値段など問題にならなかったが、70年代のオイルショックのときに急激に値上がりし、それにともなって豆腐の値段も20~30円くらい上がった。だがその後20年間ずっと豆腐の値段は変わらないのに、大豆の価格はどんどん上がっている。大豆の自給率は6%。自給率がきわめて低いからよけい強気で値上げしてくる。商社が値切ったりせずに「これで買え」と来る。小麦もほとんどそうだし、トウモロコシもだ。原油もだが、円高、円安など為替相場が変化することで大騒ぎになる。そうやって胃袋を支配されている。
  日本人にとって味噌・醤油などは欠かせない調味料。だが、今から醤油屋なども大変になるのではないかといわれていた。大豆の値上がりもあるし、PB商品もたくさん出ている。今から地方の食品製造は厳しくなるのではないかと。
 E スーパーに納める業者が「売れなかったら返品されるから、在庫がすごい」と話していた。そんな状態で従業員をたくさん抱えると経営は成り立たない。味噌や醤油はまだ日持ちするが豆腐みたいな生鮮食品を毎日たくさんつくると、機械化しない限りはたくさん人手がいる。

 土地によって味が違う豆腐

  H豆腐はおいしいと評判だった。「木綿はH豆腐と決めて買う」という人もいた。主婦からの評価もあった。ある商店のおばちゃんは「え、なくなるの? あの油揚げでいなり寿司をつくっている。油揚げのおかげでおいしいのに…」と残念がっていた。油揚げだったり味噌だったり、「地元の味」がある。それが消えていく。
 B 味噌もなぜ味が違うのか製造業者に聞くと、「土地の水や気候など、風土が大きく関係していて、科学的に割り切れないところがあるのだ」といっていた。昔、和歌山の業者が下関の味噌屋から従業員をひき抜いて同じ物をつくろうとしたが、できなかったそうだ。何十年も同じ場所でやっているから、麹が建物にも染みついていたりするそうだ。それぞれの味はどこでもできるものではないと。
  豆腐でもにがりや水など土地によって味が違うという。それを機械で何万丁もつくるのは無理がある。下関の人間でいうと、「味噌は彦島味噌」「うちは木原味噌だ」とか、豆腐なら「うちは彦島豆腐」「うちは笹野豆腐だ」とかのこだわりがある。それが廃業してしまったら、PB商品を買うしかなくなる。地方の食品産業を淘汰して、大手の流通資本が市場を独占していくなかで、今回のような廃業があいついでいる。
 
 漁業や農業で共通 大型店が価格を決定

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 流通支配の問題は様様な業界で問題にされてきた。漁業関係でも、だんだん画一化されてきたといわれている。昔は網で揚がるいろんな雑魚も流通に乗って食卓に届けられていたがスーパー流通になってから、アジやイカなど一般的に知られて大量に入る魚しか売らないから、それ以外の魚が捨てられるようになった。「下関は本当にいろんな魚を食べていた。しかしその食文化も幅が狭くなっている」という。
  豆腐屋に限った話ではなく、流通再編で売り場が支配されるなかで、魚屋や八百屋など小売商店が激減してきた。流通の形態からすると、商社が魚にせよ穀物にせよみな海外から仕入れてきてそれをイオンやイズミ、ダイエーなどスーパーにはかせていく体制になっている。日本列島各地でできたものを各地で販売していたのが、一極集中で産地をつかみ取りして、上から流通させていく。市場も産地から積み上げていく従来の方式で、産地市場から消費市場を経て仲買たちの手によって小売商店などに渡っていく流れとは別に、流通大手主導の逆流がある。相対取引や市場外流通で確保するから、価格形成の場としての市場機能が否定され、さながら商社の配送センターみたいになってきた。
 E 県内の漁港の仲買がいっていたが、イオンが一番ひどくて、2カ月前から魚の値段を決めて広告を出す。2カ月後に魚があるかどうかわからないのに。それで仲買が「そのときに魚があるかわからない」というと、「じゃ、おたくはもういいです」と取引を切られるから、「できます、できます」と引き延ばしていって、結局そのひずみは生産者に行くんだと話していた。安定価格・安定供給という市場の役割からして、本当はあり得ないことを無理矢理やっていく。
 C 魚で見ると、下関のような産地市場から博多や広島、築地など大都市の消費市場に飛ばされている。しかし水産市場の価格形成機能や供給機能が否定されている。スーパーのいい値で、競りをしない相対取引が全体の取扱量の7~8割を占めている市場が多い。競りにかけられるのはわずか3割程度だ。野菜も同じ。市場は価格を決めるところなのに、価格をスーパーや量販店が握ってしまいツケがすべて生産者に回っている。
 周南で大きな青果の仲買が二つつぶれた。仲買もスーパーの下請になってただ通過させるだけで、スーパーがつぶれたら共倒れという状態にみんなが限界を感じている。この10年の変化がすごいようだ。下関だけを見ても中央から地方に流通資本が押し寄せている。最近ではコンビニの店舗拡大競争がすごいことになっているが、あのようにして売り場を独占してしまう。おかげで地元の商店や飲食店がなぎ倒されている。全国チェーンの飲食店などは野菜もコメも外から調達してくる。地元の商店や飲食店が地元の魚や野菜を使う流通ではなくて、商社が輸入してきたものを大手飲食チェーンや量販店が日本列島の津津浦浦で売りさばいていく流通が支配的なものになっている。

 飲食店もチェーン店化進む

  商社のやり方を見てみると、東日本大震災で宮城、岩手で銀ザケ養殖が壊滅的な打撃を被ったさい、もっけの幸いでチリから大量に仕入れて、その間に国内市場を押さえてしまった。漁師が復興しようにも一年のブランクの間にチリの安い銀ザケが市場を押さえてしまって、せっかく復興して銀ザケが育ったのに、いざ売ろうとしたら価格が暴落して立ち直れない状況に直面した。そういうやり方で市場をとっていく。国内産業がどうなろうが知ったことではないというやり方だ。
 A 飲食店もチェーン店化している。福島の事故のあと、野菜の輸入が一気に増えたのもほとんど外食産業が原因だった。スーパーやコンビニがどんどん店舗を拡大しているのと共通性がある。地元の大衆食堂などがやれなくなって姿を消していく。一方で安い吉野家、すき家、ジョイフルなどにかわっていくし、居酒屋もワタミなどのチェーン店が増えて、どの町に行っても同じ店しかない。そして働く場というと雇われ店長、名ばかり店長とアルバイトだ。下関の新椋野にイズミが出店を計画しているが、230人の非正規雇用が雇われるという。
  居酒屋でも零細な地元の店はつぶされてきたが、チェーンの居酒屋は独自ルートで酒をとるから、中堅の酒卸業者もやっていけないとこぼしていた。
  下関で野菜を買ったり、酒を買ったりしないで、外側から持ってきて30万都市の商圏からお金だけ吸い上げている。出稼ぎに来て持って逃げるような格好。スーパーもそうだが地元には落とさず全部吸い上げていく。
  取引の手法もひどいことが生産者や食品製造業に関係する人人のなかで語られている。ある企業では、棒アイスを何千本もトラックに積み込んで鹿児島まで行って、1本でも破れていたらトラックごと返品してくるというような生産現場・生産工程を無視したやり方への怒りが語られていた。本当は労働者がいて物をつくっていて、生産価格というのがあるのに、流通の方が強すぎて価格も支配するし生産現場を振り回す。365日、いつでも注文してくるし、大晦日にわずか1パックの注文が来たりするそうだ。その1パックをつくるために従業員が出勤して電気をつけて工場を動かして…と対応を迫られる。経費や労力など頭にない。
 E ヨーグルトでも森永や明治など大手がつくるが、それを「いくらで売るか」から始まる。輸入飼料が上がろうが、子牛の価格が上がろうが、燃油価格が上がろうが、「1個60円で売る」というところだけは絶対に変わらないから、経費が上がった分は全部酪農家にツケが回る。でも売り先がないからなにもいえない状態だ。生産現場の人人は心の底から怒っている。
 
 TPP参加で拍車 一次産業禁止と同じ

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 企業論理による流通支配、食料支配がどこでも衝突している。90年代に大店法が撤廃されて各地の商店街が衰退していることが問題になってきたが、もう一段拍車がかかっている。この10年はとくにひどいというのが商店や食品製造業、市場にかかわっている人たちの実感だ。
  地元のある程度の規模のところまで根こそぎ倒されて、大手が支配していく。30万都市でさえ根こそぎやられるという状態だ。そこにTPPで外資が入ってくる。米国資本のモンサント(多国籍バイオ化学メーカー)などは、穀物や野菜の種子から市場をすべて支配してしまうが、独占しないと気が済まない。社会がどうなろうがもうける人間がもうかりさえすればよいというのが市場原理主義だ。
  トウモロコシや配合飼料がすごく値上がりしているが、酪農でもエサ屋は全部大手の商社系で、これからは「あの農家は伊藤忠系」というふうに資本系列で色がついていく時代になるといわれていた。エサ屋がそこの農家を押さえることで銀行がお金を貸す関係のようだ。とくに養鶏になると雑食だから輸入穀物への依存度が高いのでひどいそうだ。酪農・畜産もいずれそうなっていくといわれていた。
 A メキシコがアメリカと自由貿易協定を結んだが、農産物が入るだけでなく、加工から流通から販売までアメリカ型の資本が入って牛耳ってしまって、肥満率世界一になってしまった。アメリカが手を加えたら、どこも肥満率が高くなる。日本も肥満大国になりかねない。TPP体制に参加したら農産物が入ってくるだけでなく、すべてを米国型にしてしまうということだ。農業がやられるというだけの話ではない。食料自給率の低さが象徴しているが、食料産業というのが国内で魚をとったりコメをつくったりしてまかなうもの、という扱いではなくなっている。
 水産市場にしても青果市場にしても、戦後の食料難を緩和するため、産地を育成して安定供給・安定価格を保障するために行政が管理し、各中央市場、地方市場をつくった経緯がある。それが規制緩和で切り崩されて、大手のいいなりになってきた。農業でいうとコメの自由化が93年。それから米屋は倒れるし、それまでは生産者価格が一定の基準だったが、スーパーの特売価格が米価の基準になっていった。
 安いヨーグルトの値段が基準になって、酪農家に安い価格を押しつける。そしてトライアルとかダイソーと価格競争させられる。労働者の賃金が安いから、そこに全部合わせられていく。貧乏人が増えて、下関でもトライアル新下関店なんて一日中すごい賑わいだ。労働者の賃金を抑える労働政策に付随してデフレ産業がはびこり、「毒入り野菜」でも食べさせておけといって商社が低価格の輸入物を持ち込み、さらに産地を疲弊させていく関係だ。
  「食料産業がつぶれてもいい」というのは、例えば東日本大震災の岩手、宮城、福島の復興もそうだが、今度のTPPで漁業補助金禁止が問題になっているのとも共通する。「漁業補助金の禁止」と遠回しにいっているが、漁業禁止、食料産業禁止に等しいと漁業関係者のなかでは語られている。補助金で漁港をつくってはいけない、燃油免税もいけない、放流・栽培も公的な補助でやっているからみなダメだとなったとき、日本の漁業は成り立たない。
 食料産業というのはどこの国でも大切にしていて、先進国では自給率100%が当たり前。日本のように30%台の国などない。これがTPPで14%にまでなるというから、生産者は「第一次産業の禁止ではないか」という。独立国としての体をなしていないし、もっぱら輸入食物の商圏としか見なしていない。仮に天変地異や世界的な動乱が起きたときの備えなどは何も考えていない。福島原発が爆発して汚染水が漏れっぱなしでも「知ったことか」で原発輸出を叫んでいるのと同じように、社会に対して責任を負うというのではなくて、商社や量販店がもうかればよいといってここまできた。

 地元に流通しない地元野菜

 B 魚でも売り場をスーパーなどが独占していくことで対面販売がなくなっている。以前は魚屋の大将が「この魚はこうやって煮たらおいしい」とか、「これはこうやってさばくんだ」とか、旬の魚の食べ方などを教えてくれていた。「若い者が魚もさばききらない」というが、スーパーの売り場で説明してくれるわけでもなく、どう料理していいかわからないから、「肉にしよう」となる。食文化としてもすごく貧困になっていく。
  農業でも日本人は昔からさまざまな物を生産していたが、生産する品目がものすごく減っている。下関だけみても吉田のナス、垢田のトマト、清末のレタス、安岡のネギなどおいしいものはたくさんあるし、下関発祥の野菜というのもたくさんある。春菊も安岡が発祥の地だ。新しい野菜もつくっていた。だが地元の人間はどこに行けばその野菜が買えるのかわからない。豊北の農家の人も、「スーパーに行くたびに山口県産を探すが、全然ない。熊本、大分ばかり。いったいわしらがつくったブロッコリーはどこに行ったんだ?」と話していた。
  震災のときもタマネギなどが日本列島を行ったり来たりして、サプライチェーンの断絶が問題になっていた。一極集中型の弊害が一気に露呈した。野菜がそうだし、魚でも以東底引きが獲ってくるノドグロは漁連販売が買い占めて関東に持って行き、地元には流通しない。八月の盆以後くらいが一番脂がのっておいしいのに、地元では食べられない。
 少し前まで、「中国では金持ちは日本の野菜を買って、庶民は中国の毒入り野菜を食べている」といっていたが、最近農家の人たちは「日本がそうなりかねない」という。金持ちは高い国産野菜でも買うことができるが、庶民は安い中国野菜しか買えない。
  安倍晋三がロシアや各国を回って日本の食材を売り込み、生産者には「もうかる農業・もうかる漁業」といっているが、結局輸出でもうけるという話だ。いい魚やいい野菜は海外に出して、国内の圧倒的な貧乏人は中国の毒入り野菜、吉野家の牛肉を食っておけとなっている。食料はだれのために生産するのかが転倒している。海外にトップセールスをする姿を見て、「食料自給もままならない国が、バカじゃないのか」「外に売る前に自給率をどうにかしろ」と生産者は話題にしている。
 
 地域密着型に活路 皆の為に生産する誇り

  仙崎の市場でも水揚げされる魚が少なくて競りが20分で終わってしまうような状態なのに、国際貿易対応の「高度衛生管理型市場」に建て替えた。それで「どこに輸出する魚があるのか?」といわれている。高度衛生型にしたからといって消費市場からの魚の評価が変わったかというとなにも変わっていない。現場では使い勝手が悪くなったことだけが語られ、トロ箱も汚いといって禁止になった。発砲スチロールだから、仲買は荷物を移動させるときにカギつきの棒でコンッと引っ掛けることができない。いちいち腰をかがめて発砲を持ち上げなければならないし、逆に非効率にもなった。
  国民全体の必要性にとって農業・漁業がある。ところが、海外のセレブのために日本の農業や漁業があると見なしている者が政治や経済を牛耳って、食料自給率が数%になろうが恥とも思っていない。それと、「もうかる農業」で輸出するといっても個人ではできない。商社が介在して結局商社がもうけるだけだ。農家に聞くと、確かにもうかるにこしたことはないけれど、やっぱり新鮮な物を地域の人に届けたいという思いが強い。価格も飛び抜けて高い物ではなく、生産費がまかなえるくらいで、みんなに食べてもらいたいという思いだ。もうかるためだけに農業をしているわけではない。
  「食べ物」ではなく、もうける道具になっている。病院は医術よりも算術を追い求めるようになり、行政は公共性を投げ捨てて独占資本の奉仕係になっていく。鉄道や道路も利潤優先で安全を放棄し、笹子トンネルやJR尼崎事故みたいな出来事が起きる。それと共通で、考え方が180度ひっくり返っている。市場原理主義がここまで行き着いている。コメの先物取引をしようとして失敗したが、穀物にどっと投機マネーが流れて高騰させたりする。市場原理がいかに社会的なものを破壊し、生産を破壊するかということだ。
 E 生産者の原理は違う。もうかればいいというのではなく、「おいしかった」といわれるのが嬉しいし、励みになるという。みんなのために生産している。「都会から孫が来て、ワシが獲ってきた魚の刺身をうまい、うまいといって食べた」とか、保育園の給食に地元の魚を出すと、それまで残していた子どもたちがぺろりと食べるようになったとか、生産者の喜びはそこにある。地元の野菜や魚を食べたいという需要はすごくあると思う。100円市場や道の駅が繁盛するのもそういうことだと思う。下関漁港の魚祭りになるとあれだけの人が買いに来る。 
 逆にそれだけ買う場所がないということをあらわしている。商社の出先機関的な流通形態に対抗する流れをつくろうと思ったら、一人でやろうと思ってもできない。
 C これだけスーパーが出てきて、一方で貧困化と高齢化が進み、車を持たない人が増えている。買い物難民も多い。今スーパーが成り立っていても、10年後にどれだけ残っているかわからない。大手が牛耳るようになって下関の町が衰退した。商店街もひどい目にあったし、生産者も同じだ。みんなを苦しめている根源は同じだ。
 ちょっと前までは大型店が出店するとき、「雇用が生まれるからいいじゃないか」という意見もあったが、今は「もういらない」というのが圧倒的だ。雇用といってもパート・アルバイトの非正規雇用ばかり。正規の職場がなくなって、非正規雇用の職場ばかりになってきた。
  食料だけでなく、土木建築などいろんな分野を見ても、中央の支配、大企業支配が強まり大手がみな地方から持って逃げて、地元経済が循環しなくなってきた。地産地消というが、これに対して正面から対抗する形が求められている。下関は政治を見ても略奪型で、その典型だ。
 A ここまできて、「仕方がない」といっていたら、本当に下関の町はつぶれてしまう。略奪型経済の大きな仕掛けがあって、産業が衰退し経済が回らないようになっている。アメリカ発の新自由主義というのが、金融資本の強欲さをむき出しにしたもので、産業を破壊し、社会的なまとまりを破壊するものだ。社会を成り立たせるためには、そういう強欲な金融資本とその代理人政治を規制するしかない。
 農漁業者や市場、仲買業者、消費者との地域的な結束を強めて、この略奪商法に対抗する地域密着型の流通を構築していくことが待ったなしになっている。そのための論議を広げて形にしていくことが重要だ。

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