いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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震災復興巡る二つの道 意図的な住民離散と土地接収 市場狙う大資本

 東日本大震災から2カ月以上が経過した。福島第1原発災害にともなう住民の強制的避難が現地でも全国でも違和感を持って受け止められている。東北全体で見て沿岸漁業とそれに依存した水産加工その他の業種の破壊が、自治体を含む地域崩壊の問題となっているが、ここでも宮城県知事などから「漁港の集約化」とか「漁業権の民間開放」などといわれながら、仮設住宅や漁港整備が動き出さず、漁業再開のめどが依然立たない。大震災と原発災害というなかで、そこからどう復興するのかをめぐって、大矛盾があらわれている。この状況をめぐって記者座談会をもって論議してみた。
 A 原発事故を抱える福島県だが、国は福島第1原発から20㌔圏内を「警戒区域」として住民も含めたすべての人の立ち入りを禁止した。つづいて福島原発から西北に40㌔以上離れている飯舘村全域と川俣町、尾村、南相馬市、浪江町の1部など5市町村を「1年間の積算放射線量が20㍉シーベルトに達する恐れがある」として、計画避難区域に指定し、15日から避難を開始させた。
 人口約6000人の飯舘村は、1カ月以内に全村避難という強制措置だ。一次避難先として、乳幼児や妊婦がいる世帯には優先的に福島市周辺のアパート、旅館、ホテル、公的施設などが確保されたが、その数は全1700世帯の約4割も満たない。他の世帯に避難先は確保されず、ほとんどが県外に分散避難することになる。
  放射能は避けなければならない。しかし農業とか畜産とか生活基盤を放り出すわけにはいかない。飯舘村は高冷地で、長年の努力で飯舘牛というブランド牛を育ててきた。260世帯で約3000頭もの牛が飼われている。今年植えていた牧草は食べさせてはいけないとなり、昨年からの蓄えていた牧草はなくなる。結局、和牛の8割は6月いっぱいに競りに出すことになっている。300頭の乳牛は全部殺処分で廃業になるようだ。
 C 作付けが禁止され、田植えの準備や、田おこしも草とりもできない。
 A 住民説明会では、東電副社長が土下座をして、1世帯あたり100万円出すとしたが、「そんなもので生きていけるか」「いつ帰れるのか明確に示せ」と怒りが噴出した。村民決起集会が開かれ、震災前の状態に戻すまで村民生活のすべてを補償することを要求している。国と東電が「元に戻す」こと、「生活、財産の全てを補償」することを確約するまで村を動きたくないという村民は多く、国の強権との大衝突になっている。
  ある区長さんは線量計を4月はじめにもらったが、5月はじめまでの積算放射線量が0・883㍉シーベルトだった。1年たっても20㍉シーベルトにはならない。また役場が4月27日に飯舘村の各地域の農地地上1㍍ではかった線量は、高いところが15・マイクロシーベルト、低いところは2・37マイクロシーベルトだった。20カ所はかって平均では7・49マイクロシーベルトだった。平均して年間40㍉シーベルトとなる。なお今月、牛を出荷するのに放射線の検査をしたが、全頭異常なしだった。
  警戒区域にしても、いま一時帰宅が報道されているが、放射能の拡散は、気流や地形によって変化するので同心円で区切ることになんの意味もないが、放射線量に関係なく一律に住民を締め出した。住居や農地、牛などの生活基盤を捨てて、補償の見通しもなく、いつ帰ってこれるのかの見通しもなく、よそへ避難せよというのはかなり強引だ。村民の怒りが激しいのは当然だ。
 
 被爆市民は違和感 政府対応おかしいと口口に

 A 
広島、長崎の被爆市民が放射能被害の福島県民にたいへん心を寄せている。66年前の原爆投下によって放射能被害を嫌というほど経験してきたんだ。はじめ「安全」といってきた国やマスコミが、一転して「福島には人が住めない」という調子で騒ぎ立て、農水産物の出荷を制限し、住民を追い出していることに違和感を感じている。「自分たちは、原爆の廃虚の中で放射能まみれの水を飲み、野菜をかじって生きてきた。いまでは広島も長崎も立派に復興している。福島にそれができないはずはない。国がやることはおかしい」と語られている。
  放射能の怖さは体験していて一番わかる。しかしそこからどう立て直していくのかじゃないかということだ。不安を煽り立てて強制的に追い出すというのは絶対におかしい、別の目的が働いているという声だ。
 
 放射能対応も異常 原爆の方が強い放射線 諦め煽り追いだし

 A
 原爆によって広島、長崎が受けた放射線量は今回の比ではない。地上5、600㍍上空で原爆が炸裂し、中性子やガンマ線などの初期放射線が瞬時に四方に放射された。原爆は数千度の熱線と爆風のほか強い放射線でやられた。爆心地から500㍍以内の放射線量は、28シーベルト(ガンマ線)、31・5シーベルト(中性子線)といわれ、1㌔以内でそれを直接浴びた人人は、即死あるいは数日後に大半が死亡した。その後、1週間から10日以内に入市した人たちが脱毛、下痢、嘔吐、出血などの症状が出はじめバタバタと死んでいった。土壌に降り積もった放射性物質で都市表面が放射化し、残留放射線にやられた。よって直接被爆による即死よりも、その後の死者の方がはるかに多い。
 脱毛や出血などの急性障害は、被爆から1週間から1カ月以内がピークだった。東海村JCOの臨界事故で強烈な放射線を浴び、細胞増殖機能がやられて細胞が壊死し、無惨な死に方をしたのと同じだ。その後、数カ月~数十年後に白血病、数年後からは固形ガンなど晩発性障害による死者がいまも増え続けている。
 C アメリカの物理学者が「広島、長崎には70年は草木も生えぬ」と発表し、自治体が住民に退去命令を出したが、多くの市民は市内に残って生活を続けた。「放射能の知識もなかったが、他に逃げるよりどころはないし、なによりも自分たちが生きてきた故郷を自分たちの手で復興させていくしかなかった」「現に草木は生えてきたし、10年もたてば以前の賑わいをとり戻した。それが福島でできないはずがない」といわれる。60年たった今、広島、長崎に行けば放射能を浴びるというものはいない。早くからそうだ。
 A また、「現地の人たちの、故郷を離れたくないという思いは痛いほどよくわかる。現地の人人が体育館に閉じ込められたまま、なにもしないで復興が進むわけがない。働いて復興するんだ。国はそんな住民の生活を問答無用に取り上げて好き勝手なことをしている」といっている。
  飯舘村など今度の放射線量は確かに危険のあるレベルだが、広島、長崎と比べたら相当に低い。原爆は瞬間的で、原発事故では放射能の放出が止まらないという違いはある。しかし20㌔圏内だけでなく、30㌔、40㌔圏内でも緊急避難しなければならないほどのレベルなのかという疑問だ。明らかなことは広島、長崎のように現場の作業員を含めて髪の毛がなくなったという話は出ていない。
  国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた1年間で20㍉シーベルトという基準値も数十年後にガンが発症する可能性が出てくるというものだ。20年後に1000人のうち数人という確率だ。
  影響の出やすい子どもや妊婦などはもっとも警戒しなければならない。20年後に100人のうちの1人ほどがガンになる。しかし99人ほどはガンにならないというとき、50、60歳を超えた住民が「自分は残って牛や農地を守り、放射能を除去して次世代に村を受け継ぐ」という意志を持っている人がたくさんいることは疑いない。市の大半が30㌔圏内で「自主避難」「屋内退避」といわれてきた南相馬市でも、7万人の住民のうち5万人ほどが帰ってきている。政府の強制退避というのは異常きわまりないものであり、別目的が働いているのは疑いない。
  原発周辺でもっとも放射線量が上がったのは1~3号機が爆発した直後だ。飯舘の高いところで44マイクロシーベルトあったそうだ。さっきの区長さんが最近わかったといって怒っていた。政府もマスコミも、一番危ないときは「安全だ」といってばかりで、線量が下がった今ごろになったら「危ない」「危ない」「メルトダウン(炉心溶融)していた」「避難せよ」といい出した。
  これは情報操作だ。立入禁止の警戒区域で一時帰宅、つまり域外追放、飯舘の立ち退きというなかで、あきらめさせるための意図的な宣伝だといえる。国には電源喪失によって数時間後に炉心溶融するシナリオがあった。デタラメな安全委員長も今頃「前から炉心溶融はわかっていた」といっている。飯舘村も場所によっては、1マイクロシーベルトにも満たない地域もある。20㌔圏内でも低線量の地域もある。最近発表される汚染地図はアメリカのエネルギー省が上空から測定したものだ。日本側が地上でしっかり測ればよいのだ。
  アメリカ原子力規制委員会(NRC)が16日に、福島第1原発の緊急事態に備えた24時間の特別監視体制を終了している。あわせてアメリカ国民に対する福島第1原発から80㌔圏外への退避勧告を解除し、安全宣言を出した。「福島の炉心は安定した」と評価している。これが基本評価だ。それなのになぜ住民の強制避難を命令するかだ。

 東北全体でも共通  米国主導の「復興」計画」 災害使う新手法

  D
 住民の「追い出し」は、東北の被災地全体でも共通している。宮城県でも住宅地は浸水地域なので勝手に家を建ててはいけないという指令を出している。それ以上に漁港整備や水産加工団地などの復旧に手がつけられていない。産業インフラの復旧は放置されて失業者が溢れ、住む場所もない。そのまま2カ月もたって、被災民はしびれを切らしている。
  牡鹿半島の漁村では、県が仮設住宅は公有地だけといっていて、住民側が私有地の借用の話を付けて申し出ても、動こうとしない。気仙沼市では、県が内陸部に仮設住宅を建てる方針を説明したところ、市長は「そんなことは住民はだれも望んでいない。地元にある民間の用地に建てるべきだ」と断っている。住民を追い出すという力が働いているようだ。復興計画が住民の外側で、頭の上から進められているのが特徴だ。
  復興構想会議(議長・五百旗頭真防衛大学校長)では、「来るべき時代をリードする経済社会の可能性を追求する」「大震災からの復興と日本再生の同時進行」「国民全体の連帯と分かち合いによって復興を推進する」などの7原則を定め、復興増税案、津波被災地の国による買い上げ、高台への「エコタウン」構想、道州制の先行モデル化など、被災地頭越しに復興の青写真を描いている。
  菅政府は、東北に「経済特区」を作り、国の規制を取り払うことを盛り込んだ「東日本大震災復興特措法」の要綱案を作成し、規制緩和をさらに進める構えだ。宮城県の村井知事は、これに先行して「漁業権の民間開放」などの規制緩和や、東北を道州制の先行モデルにすることを提唱している。いかにも「被災地のため」「地元の要求」という装いで、これを機に一気に東北を大資本の市場にしようという露骨な動きだ。
  この災害復興のやり方の影には、アメリカが主導する「復興」マニュアルがかかわっている。大災害とか戦争とか大事件が起きたらそれをチャンスにして、人人が動揺している隙に、一気に政府、財界主導で市場原理改革をやるという手法だ。アメリカの新自由主義の旗手である経済学者ミルトン・フリードマンが提唱してきたものだ。
 1973年のチリのクーデター、2003年のアメリカによるイラク侵攻、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲った大型ハリケーン・カトリーナなど、世界各地の災害対応で実際におこなわれてきた。その乱暴さから「ショック・ドクトリン」ともいわれる。
 スマトラ島沖地震で被災したスリランカでは、復興に乗じて世界銀行とアジア開発銀行が、それまで議会で否決されていた「電力網の私有化」や労働規制の撤廃などを要求。また「海岸地区の再開発」の要求にそって、政府は多くの漁業者が住んでいた海岸地区に住居を再建することを禁止し、逆に観光リゾートやホテルの建設を許可する法律を制定した。パニックに乗じて、地元との交渉もないまま外資企業にタダ同然で手渡された漁業地区は、いまでは一大ビーチリゾートに変貌している。スリランカ政府は「残酷な運命のいたずらで、自然の力がスリランカにまたとない機会をもたらした。この未曾有の悲劇から世界有数の観光地が生まれることだろう」との声明を出している。
 アメリカのカトリーナ被災でも同じで、際立って進められたのは徹底的な住民排除と公的機関の民間への売り飛ばしだった。救援隊を送らず、被災地を長期間放置したので、避難所の体育館に何体もの遺体が横たわっているテレビ映像は世界中を驚かせた。食料供給がないため避難民が店などを襲って略奪しはじめたところに軍隊を出動させ、反発する住民を撃ち殺した。その後、ほとんどの住民を州外に追い出し、黒人貧困層の多いニューオーリンズ市では、人口が被災前の約半分にまで減っている。
 災害復旧では、米政府が、被災地においては「政府委託を受けた労働者に生活可能な賃金を支払う義務」を撤廃した。それによって復旧作業の委託を受けた企業が非公式に最低賃金以下の不法移民を大量に投入し、現地の人人を完全にカヤの外に追いやった。被災した軍施設や橋、仮設住宅などの建設、暴動対策などの警備、死体処理にいたるまで、どさくさにまぎれてイラク戦争特需でもうけたハリバートンなどの大企業に入札なしで委託され、法外な委託費を受けとりながら、作業は遅遅として進まなかったという。
 その他、公立学校の大部分を私立にしたり、公立病院の閉鎖、交通や電気などの公共インフラの復旧も放置され、賃貸住宅の家賃は40%も上昇した。低所得世帯が多い地域では、自殺率が以前の3倍にも跳ね上がったという。
 この「ショック・ドクトリン」は、人人に考える間を与えない。市場原理改革には、「衝撃と恐怖が決定的だ」といい、「みんなが手を付けられない間にやってしまえ」という方式だ。アメリカの災害対応はそのようにマニュアル化されている。即応部隊もつくられており、世界中で災害が起きるのを「市場化」の好機ととらえて待ち構えている。それがアメリカだ。
  震災発生以来、首相官邸には、アメリカ政府が派遣した「アドバイザー」が陣取っている。オバマが原発対応の目的で「受け入れろ」と圧力をかけたといわれ、身分も名前も一切公表されていない。ここに復興の指揮権を握る災害即応部隊がいるとみられる。露骨な内政干渉だ。
  震災直後、米軍と自衛隊の統合本部を置いて初期段階の司令部になったが、米軍はそれほどの働きはしていない。原発対応では空母は沖に逃げ、米軍は原発から80㌔圏内には近寄らず、遠く離れた気仙沼などの学校の体育館の掃除とか、上空からの遺体捜索、ガレキ除去などのパフォーマンスで「トモダチ作戦」といっている。別の意図があったということだ。
  放射能汚染の進路や風向きについてドイツやフランスなどが予報を出すが、日本では一切出さない。住民生活をする上では今はどっちに風が吹いているのか教えなければいけない。SPEEDIなど放射能影響予測地図も毎日出ているのに、首相官邸が発表を止めて、「たいしたことはない」といってわざと放射能の中にさらした。外国政府が「情報がない」と騒いでいたが、アメリカは知っていた。
  そもそもがアメリカGE製の原発だ。偵察衛星でも、無人飛行機でも勝手に飛ばして撮影し、アメリカの方がはるかに情報を持っている。初めからメルトダウンと知っているから、自国民は80㌔圏内から退避させ、空母も避難した。その一方で、「(20㌔圏内から避難指示した)日本政府の対応は適切だ」といっていた。目下の民族なのだ。
  復興を明らかに遅らせている。そして住民生活を干上がらせて各地に分散移住させ、土地を取り上げるという意図が見えている。福島県内では強権的な土地接収だ。ここは明らかに核廃棄物の処分場にするという意図がある。福島原発に関わる核廃棄物の量は膨大になるが日本中の原発も使用済み燃料の処分に困っており、それらも含めた核廃棄物の処分場にしたいという願望は強いものがある。そしたらほとぼりが冷めたらまたオバマの「原子力ルネッサンス」回帰という可能性が出るというものだ。
  飯舘村は岩盤が強いところで、今度の地震の被害は少なかった。飯舘村では2、3年前に東電が「核廃棄物処分場にしたい」と話を持ち込んでいた。「今回がいいチャンスだと見ている」「そうでなければ全村が強制避難というのはどう考えても異常すぎる」と語られていた。
 B 最大は今後何十年にもわたる福島原発の収束から廃炉まで必要となる大量の被曝労働者の確保だ。農地をなくし、食っていけない作業員をたくさんつくる。こういうことも意図してやるのがアメリカだし、財界だ。
 A 今も下請作業員は地元の人人が多く、東電傘下で仕事をしているので断りにくい。現地の下請業者は、「この緊急時に仕事を断ると、今後、原発以外の仕事ももらえなくなる」といっていた。
 C 南相馬の人がいっていたが、沖縄で収容所に入れられ、帰ったら金網が張ってあった、あれと同じじゃないかと。そしたら沖縄の人も同じことをいっていた。「自分たちが収容所から楚辺に戻ったら基地にとられていた。福島も同じではないか」と。また「インディアンを追い出して土地を奪ったのがアメリカだ。東北の人も同じ目にあっているんじゃないか」と。
  福島県の人たちも国のいいなりになっていたら大変なことになる。若い人たちは避難させるにしても、50代、60代の人たちは残って、農業、畜産業を継続するべきだ。汚染しており、風評被害があるなら、東電に全量買いとらせればよい。それは作物をつくることによる放射能除去作業だし、国が買いとっても良い。漁業も同じで、コウナゴとかどんどん捕るのが正しい。それは放射能除去作業だ。放っていたら小魚からアジ、サバそして鰹、マグロと大きな魚にどんどん放射能が蓄積して広がっていく。働いて除去すべきだ。放射能が低レベルになったら若い人たちも帰って村を再建できる。
  昔、徳山の水銀汚染問題で、漁民は魚をどんどん捕り、工場に運んで買いとらせていた。水俣もそうだった。東海村のJCO事故のときも周辺の農産物など会社が買いとった。当然のことだったのに今度は突っぱねている。コウナゴなどどんどん捕って東電本社の玄関前とか首相官邸とか経産省の前にトラックで運んでいって「買いとれ」「処分しろ」の行動などすべきだ。牛も農産物も同じことをやるべきだ。

 最大の漁業復興を放置 地域の疲弊を促進

  今度の大震災では原発の問題と漁業問題が大きいと思う。東北で最大の被害は沿岸域だ。農業もやられているが、漁業の方は全滅に近い破壊だ。この漁業に依存して市場があり、水産加工業が発達し、機械や漁網、運輸や通信、商業など地域全体が発達してきた。漁業がつぶれたら地域が成り立たない。自治体も税収がなくなり成り立たない。
  宮城県では、仙台や名取市などは優先的にガレキが撤去されたが、最大の漁業基地である石巻市では、漁港や水産団地が壊滅しているのにほったらかしだ。牡鹿半島など漁村部の沿岸漁業の盛んなところもほったらかしだ。被災地が自力で立ち上がる力を奪っていく。
  生活が干上がるのを待っているのだ。古い感覚で「政府は国民を心配しているのだろう」と思っていたら大間違いで、アメリカ指図の新自由主義のなかで「国民保護」の建前すら剥がれ落ちている。政府は大資本が市場を拡大してもうけることを助けるのが第一で、人命救助とか、復興だとか生命や財産、生活を保護するというのは二の次になっている。それが中曽根、小泉以来の新自由主義改革だ。
 
 災害利用し大改革 低賃金労働力作る意図 規制緩和の徹底

  復興構想会議は、東北を経済特区にするとか、漁業権の開放、株式会社による大規模農業にするなど好きなことをいっている。現地視察に行った南相馬市で10分で帰ったように、現地に聞く耳は持っていない。現地に住んでいる人たちがどう立ち上がっていくかは考慮がなく、宙に浮いた東京の発想を上から地方に押しつけるというスタイルだ。上というのは東京の大資本だし、アメリカだ。
 戦後の工業優先、農漁業破壊の政治によって、またトヨタなどの輸出優先、農水産物輸入自由化のなかで、農漁業はさんざんな目にあっている。東北の農業も漁業も高齢化している。借金を抱えたうえに船や漁具を失い、そこから立ち上がることは困難がある。海は優秀であり、働く意志のある人間はいる。だが経営が成り立たない。そこを狙って、さらなる弱体化をはかっている。
  宮城県では、村井嘉浩知事がおかしなことをいっている。村井知事は山口県に続いて1県1漁協をしゃにむにやってきた。復興会議では漁業権の民間開放を含んだ「特区構想」を提案している。漁港の集約化も漁民が反発しているが、それは大規模化であり、商社や養殖大手業者などが参入することで漁場を奪いとることだ。菅政府はTPPは先送りするといっているが、漁業にとって漁業権開放などはそれよりすごいことだ。
 C 漁業権というものは長い沿岸漁業の歴史のなかでつくられてきた日本の制度だ。それを大震災というなかでどう発展させるかが問題なのに、この機会に旧来の漁業をつぶして大資本参入による漁場剥奪にしようとしている。沿岸漁業がつぶれたら遠洋漁業もつぶれる。海運を担う船員もいなくなる。しかし漁業権変更は組合員の総会議決が必要な漁民の財産だ。黙って従うわけにはいかない。それは東北の漁民だけの問題ではなく全国に広がっていく問題だ。さらに魚食文化を民族の歴史とする魚を消費する側にとって重大な問題だ。
  宮城県の村井知事は、松下政経塾出身で、元陸上自衛隊でもあり、新自由主義を東北地方でやるバッターとして起用されているようだ。日本経団連、経済同友会が、東北地方への道州制導入や公共サービスの民間委譲、農地の大規模化、漁港の拠点化を大胆にやれと迫っている。
  ガレキ除去でも、国が失業対策も含めて現地民を雇用し、生活を補償しながら立ち上がるようにしていくという方向ではない。現地の力で地域の基盤を復興させて、それを農漁業、地域経済の復興につなげていくというのが当たり前だが、これをやらない。牡鹿半島では、個人が所有する山を住宅地として無償提供すると県に申請しても、まったく動かないと怒っている地域もあった。浸水した地域でも、資材さえあれば動き始める。個人被害は「自己責任」などといいながら、制限だけはする。自分の土地にプレハブを建てることも撤去命令だ。浜の住民がバラバラになることをみんなが警戒している。歴史的に培われてきた共同体を守ることが復興の第一の力だといっている。
 B 東北の沿岸域も、輸出競争力のある産業へ、などといって大企業参入を広げて農漁業と地域経済をつぶし、大量の低賃金労働力をつくるという明確な意図が働いていると思う。競争力のある産業というのは、正社員を減らして非正規雇用であり、それ以上に海外移転である。東北が途上国並の賃金になるなら競争力があるということになる。外国人労働者の導入も出している。東京の植民地として一段と大改革をするというものだ。
 E アメリカは世界中の災害対応の経験があり、味を占めているからパターンができている。政府復興会議の線は、規制緩和の徹底だ。被災した自治体は、住民がいなければ税収がなくつぶれてしまう。病院や学校が維持できなくなる。しかしこれを幸いに民営化を進め、私企業が奪いとってしまうという線を一気に動かしたいのだ。
 D 原発の損害賠償問題のスキームにしても、結局電気料金と税金負担で、東電救済だ。加害者が救済され、被害者が負担する。デタラメだ。復興計画全体を見ても、東北を突破口に全国の規制緩和を徹底するという意図だ。復興資金は増税で巻き上げ、数百兆円もの米国債や200兆円を超える大企業の内部留保は握って離さないようにする。

 地方の底力見せるとき 全国共通の問題

  東北復興のためには、東北の人人が立ち上がるように国が動くことだ。沿岸漁業が困難だが、船や漁具を国が公的資金を投じて提供すればよい。農業や関連産業も同じだ。銀行がバブル崩壊で不良債権を抱えたら、何兆円もの公的資金を投入した。アメリカの国家財政を助けるために何百兆円もの国債を買い支えている。大企業の新技術開発とか海外へのインフラ輸出などには膨大な予算を投じている。なぜ農漁業、地場産業にはしないのかということだ。日本国民の政府かということだ。
  だが東北現地には、かなりの抵抗力がある。東北は歴史的に迫害されてきたし、明治政府以来の怒りが蓄積されている。明治政府によって会津藩は下北に追い出されたり、「県境も政府の都合で勝手に引かれた」といわれる。山口県では倒幕戦争を担った百姓、町人を裏切った「元勲」といわれる卑怯な連中がやったことだ。江戸時代も一揆がすごく起きている。東北で新自由主義改革を徹底することは、全国が同じようにされるということだ。よそ事ではなく、全国共通の課題だ。
  政府はだれのためのものか、国民のためのものか、アメリカや財界の金儲けのためのものかという一大世論が起こる趨勢だ。下関でも農水産物価格が極端に下がっている。東京の消費が冷えているというが、おかしい。流通機構のなかで買いたたきをやっている。政府は軽油免税の打ち切りも、農漁民の困難に輪をかけてやろうとしている。いろんな資材など工業製品も便乗して高くなっている。震災を利用して全国的な収奪がひどくなっている。大資本による収奪のチャンスと見なしているのは、東北だけではなく全国だ。
  全国的にも「東北を見習って辛抱しろ」といって社会福祉などを切るなど総合的に動いている。国内生産を守り、働く者の生活を保障せよ、米国債や証券でとられた数百兆円もの金はアメリカからとり返せ、大企業は内部留保を拠出せよなど新自由主義との全国的な大斗争が必要だ。
  原発問題では、「日共」集団などいわゆる反原発勢力が、「大変だ」「逃げろ、逃げろ」の宣伝役になっている。しかし生産を担い、その土地に生活の基盤をおく勤労人民はそういうわけにはいかない。放射能は危険だし汚染を避けなければならないが、それは汚染を除去し、生産と地域の共同体生活を復興するためだ。働き、労働をすることによってだけ現状を変えることができる。
 国益のためとか、社会のためというものがなくなった政府には統治能力がなくなったということだ。憲法で建前にしている生存権や基本的な人権の尊重、地方自治体も福祉のためにあるというような原則は「建前」からも消えてしまっている。税金を納めているのは働く国民だ。金融機関が預かっている1400兆円の金融資産のうち、1000兆円以上は家計の預金だ。働く者をつぶしたらいかなる支配者もやっていけない。
 今回の災害復興をめぐって、アメリカや財界がやろうとしている方向と、勤労国民が願っている方向と鋭い対立になっている。大企業利潤一辺倒から公益第一の方向へ世論は大きく動いている。超過利潤で浮わついた東京一極集中の構図を覆し、地方の力を見せなければいけない。働く者の全国的な大結集が求められている。

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