いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「漁業法」全面改正の意味するもの 全国漁業協同組合学校漁業法講師・田中克哲

 たなか・かつのり 1955年静岡県生まれ。東京水産大学卒業後水産庁に入庁し、沿岸課調整一班係長(漁業法、密漁対策担当)、企画課課長補佐(マリンレジャーと漁業との調整担当)、中央水産研究所漁業経営経済研究室長(マリンレジャーと漁業権等漁業制度に関する研究)などを経て退庁。現在、漁村振興コンサルタント、江戸前漁師を元気にする会代表、全国漁業協同組合学校理事、静岡県海区漁業調整委員会学識経験委員。

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「漁業法」改正のもくろみとは何か


 今回の漁業法改正が何のために行われたのか。なぜ、改正内容に漁業者からの意見を盛り込まず、水産庁が一方的に内容を決めて、具体的法案を示さないまま、ポンチ絵で漁業者に説明する形にしたのか。


 それは、今回の漁業法改正が、2015年から行われた農協改革に続くものであり、政府の国家戦略特区諮問会議や規制改革推進会議からの要請に応えるための改正だったからである。
 そこでは、どのような意見が出ていたのか。一部を紹介する。


・漁業権を有効に活用していない。漁協は、前近代的なやり方で漁獲している。
・漁業権の閉鎖性に問題がある。それは、漁協に漁業権を優先順位一位で与えてきたからだ。漁協と同等に企業に権利を与えるべきだ。
・新規参入し、競争させるべきだ。少人数の漁業者で漁業権を持てばいい。
・漁協は、入札で漁業権を取らせればいい。一番金を払った人が使える、というやり方が一番いい。
・漁業権を売買できるようにし、力のある人や会社にやらせて効率化をはかるべきだ。
・漁船のトン数を拡大し、大型化すべきだ。

 

 このため、2018年1月に行われた農林水産大臣の新年挨拶では、「漁業に関する制度を、新規参入がしやすくなる公正なシステムにしていく」という発言があり、同年1月22日の安倍首相の施政方針演説では、「養殖業へ新規参入が容易となるよう、海面の利用制度の改革を行う」という発言があった。

 

 それでは、主に企業参入の促進のために行われた今回の漁業法改正により、沿岸零細漁業者や漁協はどのような影響をうける可能性があるのか、筆者の考えを示すこととする。

 

定置網漁(山口県阿武町)

1、漁業権関係の改正内容

 

 ①漁業権の免許の優先順位の廃止

 

 区画漁業権と定置漁業権については、これまで、地元優先の優先順位が定められていたが、改正漁業法では、外部の企業の参入が容易になるよう、その優先順位を廃止している。また、改正漁業法では、既に漁業権の免許を受けている者については、それを「適切かつ有効に活用」していれば、その者に継続して免許が与えられることとしている(令和漁業法第六十三条第一項第二号及び第七十三条第二項第一号)。


 後者については、漁協を中心とする零細沿岸漁業者の保護のためということもあるが、一方で、免許を受けた企業の経営安定を図るための改正でもあり、定置漁業などで現在、既に免許を受けている企業については、これまでのように漁協の競願を恐れることなく、安定的に免許を受けられることになり、そのことによって、これまでのような漁協への協力姿勢を失う恐れがある。


 また、漁業権の継続性が増すことによって、抵当権設定の意義も増すこととなり、これまでほとんど行われなかった抵当権の設定と競売による漁業権の移転が活発になり、見知らぬ企業が地元にやってきて定置漁業や養殖業を営む事も想定される。


 なお、「適切かつ有効」についても数値的な判断基準でないため、独裁的な知事による恣意的な判断が行われ、漁協の有していた漁業権が取り上げられるという事態も想定される。


 一方、新規漁場であったり、既存の漁業権者が申請しない漁業権については、「地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」に免許することとなり、これまでのような地元優先でなくなったことにより、外部の企業の参入が容易になっている。さらに問題なのは、「地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」という認定が恣意的になされる可能性が高いことである(令和漁業法第七十三条第二項第二号)。


 なお、現行漁業法の免許の優先順位は、関係地区内の漁民世帯数など客観的な判断基準があったが、改正漁業法では、「○○と認められる」という主観的な判断基準とする規定が多く、恣意的判断の温床となることに留意する必要がある。

 

 ②区画漁業権を個別漁業権と団体漁業権に分離

 

 現行漁業法においては養殖業の大部分は、「特定区画漁業権」に分類される。この特定区画漁業権は、組合管理漁業権として漁協に免許され、漁場全体を漁協が一元管理し、その管理下で組合員が養殖を営む場合が最も優先順位が高かった。このため企業が養殖業に参入する場合は、漁協の組合員となり、漁業権行使料を支払うことが多かった。


 今回の改正では、漁業権の免許内容(漁場計画)の公示の際に知事が公示される区画漁業権を企業等に直接免許する「個別漁業権」として免許するか、あるいは漁協が漁場全体を一元的に管理する「団体漁業権」として免許するかあらかじめ決めることとなっている(令和漁業法第六十二条第二項第一号ホ)。したがって、個別漁業権として公示された区画漁業権については、企業は地元漁業者の団体である漁協に漁業権行使料を支払う必要なく免許を受けられることになる(協力金の支払いであれば可能)。

 

 ③漁場計画策定手続き

 

 漁場計画は、既に説明したように、どこにどのような免許をするか事前に決定・公示し、その内容に合致する申請に対し漁業権の免許を行う仕組みである。


 今回の改正では、「漁業権が存しない海面をその漁場の区域とする新たな漁業権を設定するよう努めるものとする。」という規定を設けて、新たな漁業権の設定を促すことにより、企業参入を容易にするとともに、計画の策定において、「漁業を営もうとする者」からも意見を聴き、知事はその意見を踏まえて、計画を作成することとされた(令和漁業法第六十四条)。これは、漁業権の沖出しを促すことにもつながるため、漁業権の沖側で操業する許可漁業や自由漁業者とのトラブルが生じやすくなる。


 また、漁場計画の策定に関し、農林水産大臣が助言を行うことを漁業法の条文として追加し、これに従わないときは、農林水産大臣が指示を出すことによって、企業参入を容易にすることが可能なシステムとしている(令和漁業法第六十五条及び第六十六条)。

 

 ④農林水産大臣による新規漁業権の直接免許

 

 都道府県知事の水面であっても新たに漁業権を設定するため特に必要があると認める場合であって、知事が同意したときは、農林水産大臣自ら、新規漁業権の設定を行うことができることとした(令和漁業法第百八十三条第二項)。これは、政府と結びついた企業が新たな漁業権を得ようとする場合の有効な手段であり、沿岸の零細漁業者にとって大いなる脅威である。

 

 ⑤海区漁業調整委員会の公選制廃止等

 

 漁業権の免許に関しては、海区漁業調整委員会の意見を聴くこととされており、さらに漁業権の免許の適格性の判断は、委員による投票で決められるため、多くの委員が反対すれば、企業が参入できなくなる。このため、委員の選任に関し公選制を廃止し、知事が全委員を任命するとともに、委員の反対で免許ができなくならないよう適格性に関する委員の投票制度等、海区漁業調整委員会の重要な権限を削除している。


 なお、委員の任命に当たっては、漁業者団体等による推薦だけでなく、新規参入を目指す者等からの応募した候補者についても尊重することとされた(令和漁業法第百三十九条)。このため、多くの応募者があった場合、推薦された者が任命されないこともありうる。

 

 ⑥漁業権に関する漁協職員の業務増大

 

 漁業権者の責務として、経営の高度化の促進に関する計画を作成し、定期的に点検することを義務づけられ(令和漁業法第七十四条)、さらに漁業権者は、漁業権漁業の資源管理状況や漁場の活用の状況等を都道府県知事に報告しなければならないこととなった(令和漁業法第九十条)。これは実態として漁協職員の業務増大につながるものである。

 

2、漁獲割当制度が沿岸零細漁民の生活を圧迫する可能性


 改正漁業法では、国が漁獲可能量の決定を行い、それを大臣許可分と都道府県分に配分することとなった(令和漁業法第十五条)。そうすると、国は都道府県分の意見は聞くものの、大臣管理漁獲可能量に優位に配分する可能性がある。

 なお、漁獲割当制度を導入しているニュージーランドにおいては、漁獲割当量の何倍もの漁獲が行われていることが問題となっている。したがって、たとえ適正な漁獲可能量が決められ、現在の漁獲量をベースに適正に配分されたとしても、現実としてその何倍もの漁獲が行われて、乱獲に陥る危険がある。


 さらに漁獲割当が行われている漁業については、一定の条件が満たされればトン数制限の撤廃が行われることから(令和漁業法第四十三条)、さらに乱獲の危険性が高まることとなる。


 なお、これまで、受動的な漁獲を行う定置漁業等については、クロマグロを除き、漁獲割当を「若干量」としていたが、今後、クロマグロのような数値による割当が行われれば、深刻な事態が発生するだろう。

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