いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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小規模漁業が輝く未来づくりをめざして 全国沿岸漁民連絡協議会(JCFU)事務局長・二平章

日本における小規模漁業

 

 2018年の漁業統計によれば日本の漁業経営体は全体で7万9142経営体。そのうち沿岸近くで操業する10㌧未満の小型漁船漁業経営体数は5万6966、海面養殖業は1万4007、定置網漁業は3237あり、これらが沿岸漁業に区分されます。この沿岸漁業経営体が全体の九四%を占めます。海面養殖業と定置網漁業にはごくわずか企業資本の漁業もありますが、沿岸漁業の圧倒的多数が小規模家族漁業です。小規模家族漁業を中心とする沿岸漁業経営体数は1993年の16万2795経営体からこの25年間で46%にまで減少しています。

 

 新自由主義者や規制改革推進論者らはその原因を魚類資源の減少と沿岸漁民の「乱獲」にあるかのように描きますが、それは間違いです。沿岸漁業衰退の直接的な原因は、安易な水産物の輸入施策、所得補償・価格保障政策の不備、そして稚幼魚の生息環境を破壊し続けてきた内湾の埋立や、海砂利の採取、森川海の連環生態系を破壊した河口堰やダム建設を進めた国の施策にありました。EUでは、共通農業政策・共通漁業政策にあるように、家族農業や小規模漁業を守るために①食料の安全保障、②持続的な発展の保障(所得補償・価格保障)、③環境の保全などを推進してきましたが、食料自給率に現れているように日本の農漁業政策には、このような家族農業、小規模漁業育成の確固とした基本目標がなかったのです。

 

新漁業法の狙いは?

 

 2018年12月に70年ぶりに漁業法が改定され、2021年から本格的に新漁業法のもとでの諸施策が動き出します。新漁業法の狙いはどこにあるのか、もう一度ふり返ってみましょう。

 

 新漁業法の基本にあるのは、「企業が一番活躍しやすい国をつくる」と宣言した安倍前首相の2013年の国会施政方針演説です。それを具体化するために、前首相は規制改革推進会議などに答申を出させ、まず農業や林業の分野で企業活動の邪魔になる法律を次々と改悪していきました。海での企業活動に障害となるのは、地元にある漁業権と漁協と海区漁業調整委員会の三つです。新漁業法はこの三つを弱体化して、企業が自由に海を使えるようにするのが狙いでした。

 

 70年間続いた旧漁業法を改正するのに現場にはほとんど国からの説明なしでした。全国には955の漁協がありますが、水産庁が法案骨子を説明した漁協はたった77漁協でした。地方公聴会も開催せずに全国の漁協組合長が内容を知らないうちに、自民、公明、維新の政党が法案を強行採決してしまったのです。安倍政権の横暴としか言いようがありません。

 

そもそも漁業権とはどういうもの?

 

 田畑は私的所有で、所有者は誰にも束縛されないで農業を営むことができます。しかし、海面漁場は共有であり無秩序に漁をすると漁民間での争いや資源を枯渇させることになります。昔から、「磯は地付、沖は入会(いりあい)」という慣習があり、沖は各村から相互に入会い自由に漁ができる場でしたが、アワビやハマグリ、小魚などを獲る各漁村の前浜は、集落で利用規則を作り集落漁民だけが利用できる漁場でした。戦後の旧漁業法はその慣習をベースにしています。岸から3㌔㍍以内は、地先専用漁業権として地区漁協に団体免許が下り、漁協内で協議し希望漁民に免許を与えます。県全体の漁協にまたがる問題は「海の県議会」といわれる海区漁業調整委員会が漁業調整規則をつくり管理します。旧漁業法は、条文に「民主化」という言葉が入る地元漁民重視の民主的な制度になっていました。

 

 漁業権には、アワビなど地域資源を守りながら獲る共同漁業権のほかに定置網を設置しブリやマグロを獲る定置漁業権やマダイやブリ、ワカメやノリ養殖のために一定の区画を専用に使う区画漁業権もあります。企業が主に狙っているのはこの二つの漁業権です。

 

 定置漁業権は申請により知事が免許します。申請者が複数の場合、優先順位があり、商人より漁民、個人よりは団体、よそ者よりは地元民に優先的に漁業権が与えられます。戦前のように、東京にいる資本家が他県に定置網を設けて稼ごうとしても、できない仕組みになっていました。地元の利益は地元に還元する、地方を大切にする制度でした。新漁業法では、この優先順位をなくして知事が「適切かつ有効」と認めさえすれば、東京の企業資本にも免許が可能となります。戦前の地主制度への逆戻りです。

 

山口県阿武町の定置網漁

沿岸漁民は企業参入に反対しているのか

 

 漁民は養殖漁業に企業が参入することに反対はしていません。企業も地元漁協の組合員となり、漁協内の合意に基づき養殖業を営むべきだと言っているだけです。今でも企業は組合に加入してなんら問題なくマグロ養殖やサーモン養殖などを行っています。これまで養殖のための区画漁業権は団体免許として関係漁民全員が加入する漁協に知事が一括免許し、漁協が組合内協議で過密養殖にならないよう養殖施設の台数や設置場所を決めていました。混乱を起こさずに狭い内湾などで皆が養殖業を営むためには、漁協組合員全員の合意でその水面の有効利用と環境管理に努めなければなりません。養殖漁場を利用する漁民は個人でも企業でも、漁場管理のための漁場使用料納入や組合内協議参加、共同管理のための労役作業参加が義務となります。

 

 しかし、新漁業法では、企業が自由に海を使い養殖業をやれるよう、漁協に所属しなくとも知事から直接個別免許をもらえるようにしました。狭い養殖漁場に漁協に所属しない企業経営体ができ、秩序ある水面利用と環境保護のための漁協内協議にも参加せず、漁場管理の行使料も支払わない利潤追求だけの勝手気ままな養殖経営者が出現することになりました。利潤追求の私企業経営体は、漁協とは無関係となるので、漁協内取り決めにも従う必要はありません。地域の養殖秩序が乱れ、養殖魚の値崩れも起きるでしょう。やがて、漁協組合員からも、組合から離脱し知事から直接免許をもらおうという企業的漁民も出てくるはずです。企業経営者は直接出荷しますから漁協には出荷手数料なども入らなくなり、漁協自体が疲弊・衰退していくでしょう。日本の海岸線には、5・6㌔ごとに漁村集落があります。漁業は交通不便な離島や半島の重要産業で若者たちの大切な就業先になっています。漁協や漁業が縮小していけば、地方創生のかけ声とは裏腹に地方漁村は一層衰退していくことになります。

 

公選制から任命制に変わった海区漁業調整委員

 

 これまでは漁民が選挙で海区漁業調整委員を選んでいましたが、新漁業法では知事の任命制に改めてしまいました。漁民からは公選制を任命制に変えてほしいなどという要望は全国で一件もでていないのに、漁民の意向は無視してしまいました。任命制にしたら、県行政に辛口の発言をする漁民は委員に選ばれずに知事の息のかかった人ばかりになるかもしれません。強引な知事であれば、都合のいい人選をして海の埋め立てや開発を進めるかもしれません。

 

規模制限解除で強まる大型船の圧力

 

 漁船の大きさには大小様々あります。トン数が10㌧以下の船が沿岸漁業です。この経営体が漁船漁業、養殖漁業、定置網漁業も含め全体の94%です。20㌧以上の中型・大型船は漁獲圧力が強いので、漁業資源に悪影響を及ぼさないとの条件で特別に許可される大臣許可漁業となっています。大臣許可の船の数は2%足らずです。これまで大型船にはトン数に制限がありました。船の大きさを制限すれば、網もそれに応じた規模しか積めませんから、乱獲を規制する最大の武器でした。ところが、新漁業法では企業資本の要請を受けてトン数規制を外しました。これまでも、大臣許可の企業漁船は数多く沿岸漁場を侵犯し、漁具被害を与えたりして沿岸漁民を苦しめてきました。今後、企業漁船が大型化すれば沿岸資源への圧力は一層強まることになり、沿岸漁業は一層苦しめられることになります。

 

 マルハニチロやニッスイなどの企業まき網は6月から7月に日本海に集群する産卵クロマグロを大量に漁獲しています。この産卵マグロは身質が悪く、網で締め付け大漁に漁獲するため品質がよくありません。青森県大間のように沿岸漁民が秋から冬に一本一本釣るマグロのほうが脂ものり品質は良いのです。豊洲のマグロ卸の業者も、産卵マグロは身質が悪く値が付かないので出荷しないでほしいと言います。クロマグロ資源が減少していると言うならば、水産庁は産卵クロマグロこそ漁獲規制すべきです。しかし、企業寄りの国は決してやめさせようとはしないのです。

 

漁獲規制は公平にやられるか

 

 太平洋クロマグロには国際的な取り決めで漁獲規制がありますが、国内での漁獲割当は、国が決めています。水産庁は2018年6月、漁獲配分枠を沿岸漁民や漁協に事前相談なしに突然発表し強行しました。その配分は30㌔以上の大型魚では、産卵マグロを漁獲する48隻の大臣許可の大中型企業まき網船に3063㌧、一尾一尾釣る2万2511隻の沿岸小型漁船には733㌧と企業まき網を優遇する内容だったのです。小さい沿岸つり船ですと、この割当量では年間3日間も操業したら終わりとなる船もあり、漁業をあきらめ出稼ぎや船を壊す漁民も出ました。

 

 欧州では、小規模漁業を守る観点から一度に大量漁獲する大型まき網漁船を強く規制し、沿岸漁業にはゆるい規制しかかけません。日本では漁獲割当数量を諮問する水産政策審議会に沿岸マグロ漁民代表を入れるよう求めていますが、水産庁は認めません。企業の大型まき網船に産卵マグロを大量に獲らせておいて、資源にやさしい沿岸つり漁船に厳しい漁獲規制をするのは納得できません。国は新漁業法に基づき今後、クロマグロ以外の沿岸魚種にも広くこの漁獲配分方式を適用していく考えです。

 

水産資源の減少は乱獲のせいなのか?

 

 日本の漁獲量が減少しているのは乱獲のせいだという意見がありますが本当でしょうか。漁獲量についての見方は、ベースにある魚の自然数量変動をどう見るかに左右されます。日本の全体漁獲量の変動はマイワシの増減によるところが大きいのです。マイワシは昭和50年代には大きく増加しました。その後減少し最近また増加しています。サンマも減少していますが、両種とも自然変動によるところが大きいのです。サンマが中国や台湾の漁船の進出によって減少したというのは極端な議論です。魚の数量変動は海洋環境の変動が主因で引き起こされているとする考えが世界の資源学者の主流です。

 

 沿岸漁業には漁船規模、漁具規制、禁漁期、操業時間など厳しい規制があり、獲れるだけ獲っても良いなどという考えは沿岸漁民にはありません。私が現役で水産試験場にいたころ、茨城県や東北各県では、30㌢㍍以下のヒラメは獲らない売らないというルールを決めました。今でもきちんと守られています。みんなで決めたことはみんなで守る。それが日本の漁村社会の良いところです。EUの研究者も日本の漁村社会における共同体としての自主的な資源管理のあり方を高く評価しています。

 

 沿岸資源の減少には、国土交通省などによる沿岸開発で内湾を埋め立てたり、河口堰を設けたりしたことが影響しています。例えば、関東平野はウナギの大生息地でした。ところが、利根川に河口堰を設けたために、ウナギが川に遡上できなくなったのです。ウナギを増やすためには河口堰を開けてウナギを陸域に上らせることが重要です。

 

 東京湾でもアサリが激減しましたが、埋め立てを防ぎアサリの生息場を確保していたらそれほど減らなかったでしょう。鹿島灘の外海ハマグリも同様です。昔は一日に1隻30万円もの稼ぎがあるほど発生していましたが、鹿島港を建設したため、海岸浸食が起こり鹿島灘全域にわたる遠浅の砂浜環境の生息場を壊してしまいました。瀬戸内海のイカナゴの減少は開発のため海底の砂利を取り過ぎたせいです。そういうことは政府の水産白書には一切書かれていません。水産資源の漁獲規制をすればすべてうまくいくというのではなく、一番大事なのは魚介類の生息場を守ることです。

 

家族農業・小規模漁業重視に転換した国連

 

 国連はかつて企業的大規模農業推進を目標に掲げていました。しかし、2006年から2007年にかけての食料危機以降、国連では大規模化で農民を土地から追い出し、大量に農薬を散布する企業的農業では世界の飢餓は救えないという認識が深まりました。そこで国連は全経営体の90%以上を占める小規模な家族農業が世界の食糧生産を支えていることから、その育成政策こそが重要であると政策を大転換したのです。まず2014年を「国際家族農業年」に定め、農業が持続的であるためには家族農業が大切だというキャンペーンを展開しました。国連の規定では家族農業には小規模漁業も含まれています。国連は、2019年から2028年の10年間を「国連家族農業10年」と決議し、家族農業・小規模漁業の振興を打ち出しました。各国は、2年に1回、家族農業振興政策の実践内容を国連に報告することになっています。

 

 このような世界の動きに対して、日本は農業分野での種子法や種苗法、水産分野での新漁業法に見られるように、家族農業、小規模漁業を重視し育成する方向とは真逆の方向に政策を進めており、日本政府は提案国に名前を連ねたにもかかわらず「国連家族農業10年」の取り組みには背を向けています。国連は2022年を「国際小規模漁業年(小規模伝統漁業・養殖業に関する国際年)」とすることを決め、国際的に小規模漁業の重要な役割を認識し、その振興政策実施を各国に求めています。「国際小規模漁業年」を前にして、離島や条件不利地の半島地域をはじめとする日本をとりまく沿海地域の経済を支え、豊かな水産資源と海洋環境を守り、国境を監視する役割をも担う日本の小規模沿岸漁業の大切さを考える一年としたいものです。

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