いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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盲目的な対米従属に日本の将来はない 東京大学大学院教授・鈴木宣弘

 国民をないがしろにした対米従属
 

 先日の米国議会演説は衝撃的であった。近隣国を敵視する一方で、ここまで米国に媚びへつらい、従属の意思表示をすることで、何を得ようというのか。
 民間人を空爆・殺戮し、原爆を落としたことを是認する国を、「焦土と化した日本をミルクや山羊で助けてくれた」と感謝し、そして、日本国民や国会の同意も得ないまま、米国議会で「世界のどこでも米国の戦争を助けに行く」と約束してしまった。
 
 私益のために国民を生け贄にしてはならない

 TPPを無条件に絶賛する「太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。許さずしてこそ、自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。その営為こそが、TPPにほかなりません。しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません。」という節は、次のように言葉を添えると意味が明快になる。
 「太平洋の市場では、知的財産のフリーライドをさせないとの名目で、新興国のジェネリック医薬品の製造を遅らせて難病患者の命を犠牲にしてでも巨大製薬会社の利益を増やさねばなりません。新興国の安い製品は“過酷な労働や、環境への負荷”を根拠に排除しつつ、巨大企業への“過酷な労働や、環境への負荷”を規制するルールはISDS(投資家対国家紛争処理条項)で損害賠償させます。そうしてこそ、巨大企業の自由な支配、巨大企業の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。その営為こそが、TPPにほかなりません。しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、米国への従属・忠誠を誓うことで東京オリンピックまで総理を続けられるという大きな意義があることを忘れてはなりません。」
 さらに、「20年以上前、GATT農業分野交渉の頃です。血気盛んな若手議員だった私は、農業の開放に反対の立場をとり、農家の代表と一緒に、国会前で抗議活動をしました。ところがこの20年、日本の農業は衰えました。農民の平均年齢は10歳上がり、今や66歳を超えました。日本の農業は、岐路にある。生き残るには、いま、変わらなければなりません。私たちは、長年続いた農業政策の大改革に立ち向かっています。60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを、抜本的に改めます。世界標準に則って、コーポレート・ガバナンスを強めました。医療・エネルギーなどの分野で、岩盤のように固い規制を、私自身が槍の穂先となりこじあけてきました。」
 農家とともに頑張ったのが間違いだったと、まさに日本の農家の気持ちを踏みにじる発言をよその国の議会でした。間違いだったのは、頑張りきれずに米国の圧力に屈して自由化を進めてしまったことだ。米国による日本の食料支配のために、早くに関税撤廃したトウモロコシ、大豆の自給率が〇%、7%なのを直視する必要がある。同じく早くの全面的な木材自由化で自給率が2割を切った山村の苦悩を忘れてはならない。そして、農業・農協や医療を「岩盤規制」と否定して自分が槍で穴をあけたと誇る情けなさ。
 人々の命、健康、暮らしを守る相互扶助のルールや組織を「悪者」に仕立てて潰して企業利益の暴走を助けるのが一国の指導者の使命なのだろうか。世界標準に則るどころか、協同組合潰しは世界標準に反する恥ずべき行為と国際的にも批判されている。

 反故にされた国会決議

 TPPをめぐっては、米国内のTPA(大統領への一括交渉権限付与)法案審議、米国と新興国間の薬の特許保護期間での対立などは残っているものの、日米交渉については、安倍総理の米国議会での無条件のTPP絶賛と合意への強い意思表示からも窺がえるように、すでに合意され、発表のタイミングを待っているだけとの見方が有力である。
 そこで、当然問題になるのは、「重要品目は除外または再協議」という国会決議との整合性である。もちろん、国会決議の「除外」は、関税撤廃の除外であって関税削減や一定数量内の無税枠の設定は否定していないという姑息な理屈も当初から準備されていた。しかし、では、「1%残すだけでもゼロでなければいいのか」ということになる。それに対しては、「国内対策も含めて重要品目の再生産が可能」であれば、国会決議は守られたと解釈できるのだ、という理屈のようである。つまり、国内対策との合わせ技で「文句は言わせない」ということである。
 では、百歩譲って程度問題で考えて、「国内対策も含めて重要品目の再生産が可能」かどうか、主要品目ごとに検証してみよう。まず、コメについては、日本側が5万㌧、米国側が20万㌧前後を主張とリークされているのだから、最終的に、「中」をとって、10万㌧を少し超える程度の「落としどころ」が想定される。米国以外のオーストラリアやベトナムへの枠も必要になるから、数字はさらに大きくなっているかもしれない。
 これに対して、すでに多くの農家が稲作継続が困難になると悲鳴を上げている現在の超低米価に直面しても、政府は何も抜本的な対策は採らないと言い続けているのだから、何も抜本的な対策は採らないつもりだろう。これでは、輸入増加分を海に捨てることでもしないかぎり、さらなる米価下落は避けられそうにない。
 それにもまして、牛肉関税は現行の38・5%から9%程度、豚肉の差額関税は最も安い価格帯で482円/㎏から50円と大幅に引き下げ、高価格肉の4・3%はやがて撤廃というのは厳しい。冷凍牛肉の38・5%から9%は4分の1、豚肉にいたっては、482円/㎏から50円と、約10分の1である。しかも、一番低い価格帯を50円にするということは、一律50円の関税になり、差額関税制度はなくなり、かつ、高価格部位の関税の4・3%はゼロになる、ということである。
 今は、差額関税の適用を回避するため、低価格部位と高価格部位とのコンビネーションで4・3%の関税しかかからないように輸入が工夫されているが、50円なら、低価格部位だけを大量に輸入する業者が増加する可能性がある。セーフガード(緊急輸入制限)がそう簡単に発動されるような発動基準数量でない(非常に大きい)ことが報道されているので、今回の合意内容は極めて深刻なものと言わざるを得ない。
 豚肉への影響の深刻さは尋常ではないが、牛肉についても、乳雄牛肉はもちろん、和牛も大きな影響を受けることは、過去の和牛価格と輸入価格との連動性を調べればわかる。もし、このまま事態が進むならば、牛肉や豚肉に現在も実施されている生産コストと市場価格との差額を補てんする仕組みを大幅に拡充して支えないかぎり、今でも、すでに40%程度まで下落している牛肉・豚肉の自給率は、壊滅的に低下する事態になりかねない。しかし、関税収入も減る中で、財源が問題になる。すでに農水省の財源確保の要請に対して財務省が難色を示しているとの報道もされている。
 乳製品については、バターや脱脂粉乳の枠外関税は維持するが、米国向けの無税のTPP輸入枠を追加的に設定する(オーストラリア、ニュージーランドなどにも)ということのようだ。米国は、米国自身もオーストラリア、ニュージーランドよりも酪農の競争力が劣るので、全面的な関税削減で競争するよりも、枠を確保して、オーストラリア、ニュージーランドから米国に輸入が増える分を、日本とカナダに輸入させて帳尻を合わそうとしたようだ。
 酪農対策については、現行政策は「不足払い」と言いながら、加工原料乳への固定的な補給金でしかないので、牛肉や豚肉のような「コスト―市場価格」を補填できないため、飼料価格の高止まりの下で乳価が十分に確保できず、酪農生産基盤の縮小が危機的状況になっているが、今も抜本的対策は一切採らない方針を貫いているので、TPPは枠の拡大だけだから何もしないということになりかねない。せいぜい、加工向けについて、一部から要求の強い生クリーム向けの補給金などを検討する可能性があるくらいであろう。しかし、牛肉関税削減の影響も勘案しないといけないし、これでは、酪農生産の縮小は止められないだろう。また、韓米FTAのように、無税枠が毎年複利計算的に増加するような可能性にも注意しないといけない。
 以上の品目を検証しただけでも、「国内対策も含めて重要品目の再生産が可能」と言い張ることはけっしてできない事態に直面していると言わざるを得ない。
 
 国民を欺く猿芝居

 しかも、そもそも、牛肉関税は現行の38・5%から9%程度、豚肉の差額関税は最も安い価格帯で482円/㎏から50円と大幅に引き下げ、高価格肉の4・3%はやがて撤廃、コメの77万㌧の輸入枠とは別に米国向けの特別無税枠を10万㌧前後設ける、乳製品については米国向けの無税枠を追加的に設定する、といった内容は、すでに、昨年4月のオバマ大統領の訪日時に、一部メディアが「秘密合意」として報道し、一度は合意されたとみられる内容と、ほぼ同じだ。つまり、安倍総理とオバマ大統領は、昨年四月に、実は、寿司屋で「にぎっていた」のである。
 そのわずか2週間前に日豪の合意で、冷凍牛肉関税を38・5%→19・5%と下げて国会決議違反との批判に対して、19・5%をTPPの日米交渉のレッドラインとして踏ん張るからと国民に言い訳しておきながら、舌の根も乾かぬうちに九%にしてしまっていたのであるから怒りを通り越して、呆れてものが言えない。
 確かに、その後、米国の業界の「ゼロ関税じゃないのか」の反発で一度「ちゃぶ台返し」になったのも事実だとしても、基本的には、昨年の「落としどころ」は生きていて、双方が熾烈な交渉を展開し、必死に頑張っている演技をして、いよいよの終盤の出すべきタイミングを計っていただけの「猿芝居」だったという見方には整合性がある。「これだけ厳しい交渉を続けて、ここで踏みとどまったのだから許してくれ」と言い訳するための「猿芝居」を知らずに将来不安で悩み、廃業も増えた現場の農家の苦しみをどう考えているのか。
 さらに、2015年3月に米国の国会議員はTPP草案の全文が閲覧できるようになったのを受けて、米国同様にTPP草案を国会議員に閲覧可能にすると内閣府の副大臣が話した直後に米国からも叱られて否定したのは何たることか。
 米国では開示して日本では秘密にしろとは許されない。このような背信行為が当たり前のように次々と続くことの異常さを国民はもっと深刻に受け止めなくてはならない。

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