いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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失敗した保守2大政党への移行 野党殲滅のはずが立憲躍進 解散総選挙の結果分析

 

議席にとどまらぬ変化を反映

 

 解散総選挙の結果は、自民党が改選前と同じ議席を獲得し、野党第一党だった民進党の右と左が姿を変えて希望で50議席、立憲民主で55議席とそれぞれ半分に分かれ、公明、維新、共産が安倍晋三の放ったブーメランに当たって傷を負って終わった。

 今回の総選挙はモリカケ疑惑からの逃亡というきわめて不純な動機によって首相が解散を宣言し、そこから大山鳴動が始まった。「一強」といえど私物化政治に対して吹き荒れる批判世論は強く、安倍自民党のもとでは政治的安定が見込めないなかで、にわかに小池劇場と野党殲滅の謀略が動き、選挙後は自民党と希望の党による保守二大政党の支配体制を願望する動きがあらわれた。ところが、希望の党は世論に見透かされて選挙期間を通じて落ち目となり、その分、安倍自民党への批判世論を立憲民主党が拾う格好となった。記者座談会を持ち、解散総選挙を総括した。

 

謀略突き破る大衆世論 政治構造全体を揺さぶる

 

  議席の変化を見てみると、自民党は改選前と同じ284議席(うち比例66)だった。そして民進右派が衣替えした希望の党が改選前の57から50議席(うち比例32)へと減らし、民進左派が衣替えした立憲民主党が改選前の15から55議席(うち比例37)に伸びた。唐突な解散劇の煽りを食ったのが公明党で、改選前の35から29議席へと減らした。さらに第2自民党のポストを希望に持って行かれた「維新」も11議席へと凋落して泡沫政党の仲間入りを果たした。「日共」も21議席から12議席へといっきに半減した。これは比例票がガタ減りしたことが原因だ。日本のこころは得票率が2%にも満たずに政党要件を失って消滅した。極右政党などといわれていたが、最後は代表の中山恭子・成彬夫妻が希望の党に逃亡して表舞台から姿を消した。

 

  単純化してみると、安倍自民党はかつがつ議席を死守したが、その補完勢力や仲間たちである維新・公明・こころを傷物にしてしまった。そして、民進党のなかから新たな自民補完勢力として「希望」があらわれたものの、早くも正体が見抜かれてしまい、これも保守二大政党として登場することができず、むしろ針のむしろに晒(さら)されている。50議席をとったといっても、希望の党の独自候補として当選したのは比例の4人のみで、他は垢にまみれた元民進党関係者ばかりが勢揃いしている。これらが改憲勢力として自民党と手を組む場合、昨日まで主張していたことと真反対のことを叫ばなければならず、さらし者といえる。第2自民党勢力としては維新の党よりも寿命は短いことが予想される。


  政界は早くもグダグダの様相を呈している。議席だけでなく変化の質を捉えないといけない。結局のところ、支配の側にとって政治的安定は確保できたのか? というと、決して安定といえるものではない。ドタバタ劇の結末は、より欺瞞力を失った政治構造へと微動したというだけだ。欲にかられて希望の党に投機した元民進は落選したのが目立った。「慌てる乞食はもらいが少ない」というが、目前の損得に目がくらんでそれまでの政治的スタンスを投げ捨てていったツケが跳ね返った関係だ。前原に限らず細野、玄葉らは大威張りで踏み絵をやっていたが、あの醜態は政治理念の欠片も感じさせないものだった。党員でない者からしても見ていられないものがあった。それで何週間か前には新興の希望の党は大売り出しだったのに、世論に見透かされてからはメディアも担いだ御輿から手を離してしまい、風向きが変わった。劇場型は不発に終わったということだ。「やっとボクたちにも政権与党の可能性が!」と思ったのも束の間、野党殲滅の戦犯扱いになった。


  そのなかで立憲民主党が躍進したのは一つの特徴でもあった。これは受け皿がなくどうしようもない人人の力によって押し上げられた側面が強い。本人たちの実力以上の力が働いた。野党解体で前原みずからが民進党のカネや組織を希望の党に献上するなかで、民進党右派の性根が広く暴露された。希望の党の失速は小池百合子の傲慢極まりない振る舞いや「排除」発言もあるが、与党願望でみずからの党を解党したり仲間を売ったりする行為への嫌悪もあった。しかも、それらが安倍自民を有利にするのだから、なおさら怒りを買った。それでしばらくフリーズ(思考停止)していた民進党残留組や排除された側もみっともないが、世論に推されて枝野が立憲民主党を立ち上げることになり、これが反安倍のシンボルのようになって急速に支持を広げた。しかしはなから78人しか擁立しておらず、選挙の構造としては「自民圧勝」以外に転びようがないものだった。

 

毎回多くの聴衆がとりまいた立憲民主党の街頭演説(21日・新宿駅前)

  東海ブロックの比例では立憲民主党の比例名簿の候補が足りなくなって、本来なら獲得できたはずの1議席を自民党に譲った。首都圏でも比例票は自民党の181万票に対して立憲民主党が140万票と肉薄している。できたばかりの政党にこれだけの雪崩現象が起きたというのは、相当に鋭い世論が包囲していたことを物語っている。それは街頭演説にも反映した。こうした大衆的な力に縛られて立憲民主は今後の立ち居振る舞いを余儀なくされていく。立憲民主の比例の総得票数は1108万票にもなった。2014年総選挙の民主党の比例票だった977万票を上回っている。第2自民党としての正体が暴露されつつ、それでも安倍批判をして回った希望の党の比例票が967万票。自民、公明の組織票はほぼ変化がないなかで、浮動票はこれらに分散したといえる。日共が比例で165万票減らしているのも特徴だ。


 C 立憲民主についていえば、政権与党になり、下野した後もフラフラしていたときには泡沫の一途だったのが、自民党との対決姿勢を打ち出した途端に支持が集まった。滑稽なのだが、そうなっている。やっと気付いたのか? という指摘もあるが、支配の代理人としてのステータスを一度味わい、未練たらたらで泡沫化していたところにトドメを撃ち込まれ、にわかに先祖返りした風だ。菅直人とか海江田万里といった民主党政権時代に世論から見放された連中を抱え、さらに無所属で出馬した元民進幹部たちも一定数が選挙区で這い上がっている。これらの離合集散もくり広げられるだろうが、いずれにしても民主党なり民進党は自民党側というか小池百合子から手を突っ込まれて解党に追い込まれた。自民党は野党解体の選挙で、かつがつ議席を維持しただけだったということもできる。

 

謀略選挙加担した連合 大企業の代弁者

 

  野党解体の過程で見過ごせないのは、民進党の母体でもある連合が希望と立憲の二股作戦でイニシアチブを握るという構図だ。連合は神津が働き方改革等で安倍政府と手を握ったり、隠然と立ち回っている。今回の野党解体劇にも一役買っている。こうして経団連であったり、支配の側を喜ばせていることについては、もっと光を当てなければならない。


 E もともと連合は総評解体のために作られた組織だ。共産党や社会党を排除して労働運動を完全にぶっ潰してしまった。連合傘下の組合といっても、いまや企業組合もいいところだ。民進党の選挙母体でもあったが、山口4区を見てもわかるように公然と安倍晋三を応援している組合もある。中電労や日立といった企業労組は連合内でも原発推進を叫ぶ。この「労働者の組合」を標榜する汚れ勢力が労働運動を抑える桎梏となり、支配の一翼を担っていることについても今日的な特徴がある。労働者階級vs資本家階級などといっていたが、いまや大企業の代弁者に成り下がってしまい、一定の発言権やポジションだけは与えられて飼い慣らされている関係だ。そして、野党殲滅でも神津が前原や枝野を両天秤にかけて、とどのつまり「自民圧勝」の謀略選挙に加担する。55年体制は右と左の二刀流支配だったが、その変質型はなお生きている。民主党への政権交代選挙では支配の側からも「一度民主党にやらせてみるか」という力が働いたが、基本的に自民党も民主党も代理人争いをしていただけだ。連合もその一角を為していた。対米従属には抗わず大企業天国を保障するという点で自民党と政策上も同じものになり、そんな性根だから今回の解党劇でも足下をすくわれたのだ。


  しかし選挙では保守二大政党の目論見は見事に外れ、立憲躍進という結果に終わった。目下、反安倍、改憲阻止勢力の救世主のように枝野や立憲民主を持て囃す向きもあるが、これらも野党殲滅作戦に慌てふためきながら旗を立ててみて、思いのほか世論に押し上げられて縛られている。そのように国会や政党を揺さぶった選挙だったといえるのではないか。何も変化がなかったわけではない。謀略じみた選挙構造のなかで、主権者たる国民が自民&希望による国会独占を許さず、さしあたり立憲民主を担ぎ上げて意志を突きつけた。その御輿の上に枝野がちょこんと乗っているような光景だ。この際、立憲民主の善し悪しなどどうでもよい。そのように動いた世論の力こそ見るべきものがある。別に打ち合わせした訳でもないのに、下から勝手にうねりを作っていく。政治不信がすさまじいなかで、はけ口を求めているからだ。


  選挙区の絶対得票率(全有権者のなかに占める得票率)は自民党は公明党の応援を受けて25%。比例では17%だった【上円グラフ参照】。これは前回とほぼ変わらない。そして、相変わらず国会の6割の議席を独占する。小選挙区制度なのでそんなものだ。絶望しても仕方ないし、絶望するほど絶対的な「一強」ではない。何が何だか分からないような姑息な陰謀を仕掛けて、かつがつ議席を保ったというだけだ。それで結局、何を争点にしてたたかった選挙だったのか? だ。改憲ももちろんあるが、争点が最後までぼけてしまい、600億円かけて安倍自民か、そうでない側かの国会内の椅子取りゲームに終始したという印象だ。そして誰も納得していない以上、モリカケ疑惑もそのまま引き継がれ、グダグダの国会運営が続いていくわけだ。安倍晋三は選挙に勝ったというが、私物化政治の象徴がどこまでもつかは疑問だ。支配の安定という面では総選挙前から行き詰まっていることは明らかで、はぐらかしてどうこうなる代物ではない。


  冷静に選挙結果を見てみると、投票率は前回とさほど変わらず50%に毛が生えた程度だった。そのなかで立憲民主躍進であったり多少の特徴は出ているが、五割近い有権者が引き続き選挙の外側に置かれたままだ。政党政治がそのように国民から遊離している。こうした現状について「国民が選挙に行かないから自民党圧勝になるのだ」「有権者の意識が低いからダメなのだ」と左翼陣営ほど文句をいっているが、果たしてそんな結論に収斂(れん)していて良いのだろうか。


 金力や権力をフル動員する選挙とはいえ、支持率17%の自民党に勝る政党がいないから国会の議席を独占するのであって、敗北する側はそれ以上に有権者からの支持がないという現実を直視しなければならない。選挙に行かない5割の有権者を引きつける政治勢力がいないし、その5割選挙の枠内で「どうにもならない」と考えているのだとしたら、永遠に自民圧勝が続くことになる。選挙区の絶対得票率25%を上回らなければ、小選挙区制度のもとでは議席奪取などおぼつかないからだ。

 

棄権者5割を引付ける勢力 政党政治崩壊の中で

 

  自民党の支持基盤が崩れるというのは、あくまで自民党自身の問題だ。その敵失で棚ぼたを狙うというようなものではなく、残りの5割の政治参加を促すような政治運動をつくらなければ展望にならない。国会や永田町の面子に依存して、その枠の中から誰がマシかを引き算するような次元のものではなく、街頭から、下から世論を束ねて、安倍戦争政治に対抗していくような政治勢力を束ねていくことが求められている。はっきりいってしまうと、対米従属構造のもとですべての政党が相手にされていないのが現状だ。この支配の枠内で安住している者が離合集散や小手先の野党共闘をしたところで、有権者は展望を抱いていない。民衆から浮き上がった状態で、善し悪しを悲憤慷慨していても世の中は変わらないという問題を浮き彫りにしているように思う。


  政治不信に風穴を開けなければ小選挙区制度によって担保された「支持率17%の一人勝ち」は基本的にびくともしない。冷徹ではあるがこの関係を示した。そして、小選挙区制度の歪んだ構造を問題にするのではなくて、その枠内で「野党共闘」などと小手先の野合ばかり考えていることについても、政治を志しているのになんとスケールが小さいことかと思わされるものがある。死票が多く民意が議席に反映されないという構造的な問題としてもっととりあげるべきだろう。絶対得票率を見ればわかるように、自民「一強」などではないのだ。


 B 全般的に政党政治が有権者から浮き上がっている。ここに大きな問題がある。改憲や戦争政治に対する危惧は高まっているが、選挙になると5割の有権者限定で組織戦が展開されてしまう。低投票率と小選挙区制度によって自民が勝っていくし、はじめから絶対的に有利なのだ。この政治不信をひっくり返すような、地に足着けた政治運動をやらなければならないのではないか。


  永田町の垢がついた面子に期待してどうこうなるものではない。維新とか希望とかの「反自民」詐欺で目くらましをくらうわけにはいかない。今回は立憲民主に世論が加勢したが、新しい政治勢力を登場させるしか展望はないことを突きつけている。新自由主義政策がたけなわななかで、大衆の生活がどのようになっているか知悉し、この声に耳を傾けて政策にしていく努力がいるし、貧困であれば貧困をもたらす社会構造そのものを捉えなければならない。米軍需産業のカモにされて戦争動員されるのではなく、対米従属と正面切って向き合う政治勢力でなければならない。親米売国ではなく反米愛国が重要なキーワードになる。


 1%vs99%といって世界的にも新しい運動が台頭しているが、右vs左というイデオロギー対決に惑わされるのではなく、上vs下という階級矛盾に切り込んでいくことが求められている。スペインでポデモスが街頭から政治運動を開始して注目を浴びてきたが、党首のパブロ・イグレシアスは39歳だ。くたびれた細胞では変革意欲は起きない。


  自民党も安倍晋三みたいな私物化政治が幅をきかせるほど腐敗堕落が著しいが、一方で左翼はなぜ敗走しているのか? だ。これもおおいに問題があるからだ。リベラルとか左翼などといわれる陣営の足腰の弱さについても、そろそろメスを入れなければならない時期にきているのではないかと思うものがある。いわゆる右傾化といわれるが、左翼がオールド化したりくたびれている問題についても解明しなければならないのではないか、と。これが力なく浮き上がっており、対抗勢力になり得ていないのだ。


 60年安保を経て、支配側は革新勢力の分断や壊滅に力を入れた。そして高度成長を経て資本主義もまんざらでもないと堕落や裏切りも進行した。とうとうたる裏切りの流れになる。ソ連や中国の変質に為す術なく、国際権威に寄りかかろうとした部分も崩れていった。そうして、いまや根無し草のように飛び跳ねている人人も少なくない。大衆的な基盤を失っているというのが全般的な特徴だ。


 この問題を深掘りすると共産党の50年問題であったり、戦後からこの方、今に至る歴史的検証が必要になってくるだろうし、日本共産党の歴史だけ見てもソ連や中国といった社会主義国との関係や、アメリカをどう見なしてきたかは切っても切り離せない問題を含んでいる。


 しかし、いずれにしてもその歴史的産物がくたびれ果ててしまっているし、権威を神棚に飾っているだけだったり、風化していたり、教条的に論だけを振り回していたりと、たまらないものがある。そんなものが大衆と切り結んで世の中を動かしていくことなどできるわけがないし、笑わせるなというのが実感だ。「とことん大衆に奉仕する」でいかなければ、腐敗堕落して社会の片隅に追いやられる。当たり前の話だ。


  いまや労働運動も壊滅的なまでにつぶされているもとで、みながバラバラな状態に置かれ、未組織になっているのも特徴だ。

 このなかで政治勢力を下からつなげて押し上げていくというのは少少でない困難さをともなうが、広く横に連帯して団結できるすべての力を結集する努力がいる。この選挙には限界性があったが、いつまでも同じような幻滅選挙にするわけにはいかない。そして安住できるからこそ自民党も腐敗しきっている。従って、自民党もだが、ボロボロの野党についても批判を加え、なり代わる政治勢力をつくらなければ有権者の展望にはならない。五割の有権者の心を動かし、結集していく政治運動を起こさなければ、日本社会の閉塞状況や政治の心停止状態は変わらないのだと思えてならない。自民党の腐敗堕落は、政治的に脅かす存在がなくなり、緊張がなくなっているからにほかならない。


  どの政党がポストをとっても対米従属の鎖につながれて立ち回り、アメリカや独占企業を忖度する政治を実行していく。55年体制が崩壊したもとで、選挙制度としては中選挙区制から小選挙区制に移行し、そのもとで自民、民主という二大政党制への移行が進んだ。しかし、民主党が一回政権与党になってみて、自民党とまったく同じ対米従属路線を進み始めて急速に支持を失っていった。最終的には野田が大政奉還をして今日の自民復活に至る。そしてアメリカと大企業の代理人という似たもの同士&くたびれた野党による椅子取りゲームを五割の有権者が棄権するのだ。


  安倍自民党が改憲を掲げ、北朝鮮対応をめぐっても日本列島を戦場にしかねない勢いでアメリカへの忖度をしている。日米FTAも交渉開始を迫られ、政治経済の全面にわたって課題は山積している。陰謀じみた選挙によって元の木阿弥になっただけだが、あきらめたり失望したりする必要はまったくない。世界的に見ても資本主義が過渡期にあり、アメリカとて大衆的な反撃機運がうねりになっているなかで、日本社会でどう次のたたかいに向けて大衆的世論と行動を押し上げていくかが重要だ。確かに政治は数だが、与野党の議席数だけに一喜一憂しても仕方がない。現在の政治構造は戦後72年の産物ともいえる。この植民地的な退廃というか主体性を放棄した政治構造を突き動かしていくのは大衆的行動しかない。近年は再稼働反対や安保法制など直接行動が盛り上がってきたが、特定の個人が持て囃されたり調子に乗るというような浅薄なものではなく、そうした運動のなかから地に足ついた形でリーダーを輩出し、裏切り癖がひどい政治家たちについても縛り上げていくことが必要だ。政治のイニシアチブを圧倒的な国民の側が握ることが欠かせない。

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