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食料危機が突きつける農業再生の課題――正念場迎えた日本の食料生産 東京大学大学院教授・鈴木宣弘

 現在、世界的な食料危機の要因となっている「クワトロショック」(コロナ禍、中国など新興国による大量の食料輸入、異常気象、ウクライナ紛争)は、「食料は金を出して買えばよい」といって食料生産をないがしろにし、農産物の輸入自由化を進めてきた戦後日本の政策が、国民の命を守ることができないまでに国の土台を崩壊させてきた冷酷な現実を突きつけた。

 

 コロナ禍で起きた物流停止が回復せず、中国の食料輸入の激増による食料価格の高騰と日本の「買い負け」懸念が高まっていた矢先、昨年二月からウクライナ紛争が勃発し、日本がほぼ100%海外に依存する小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が日ごとに増幅され、食料やその生産資材の調達が困難の度合いを強めている。

 

 突きつけられているのは、高くて買えないどころかものが入ってこないという現実だ。「自国で作るよりコストが安い」といって輸入に頼る短絡的な発想は、その前提が崩れたときに打つ手がない。そもそも飢餓が発生して命を失ってしまうこと以上のコストはないはずである。それが分かっているからこそ先進各国は、公費を投じて国内生産を守り、高い食料自給率を維持し続けている。自国での生産を放棄し、買うことを前提にした「経済安保」など無意味なのだ。

 

 日本の食料自給率は38%と先進国で最も低く、こんな状況で食料危機に耐えられるのかという議論が始まっているが、実質の自給率はもっと低いということを認識しなければならない。国産80%といわれる野菜も、その種の九割は外国の圃(ほ)場で種取したものであることを鑑みれば10%。リンやカリウムなどの化学肥料原料の自給率はほぼ0%だ。畜産に着目しても、鶏卵は国産率97%だが、飼料(トウモロコシは100%輸入)が止まれば自給率は12%、ヒナも100%近く輸入だ。これら生産資材の自給率の低さを考慮すると、実際の食料自給率は38%どころか10%あるかないかという惨状である。

 

 このままだと2035年までには、飼料の海外依存度まで含めて考慮すると牛肉、豚肉、鶏肉の自給率はそれぞれ2%、1%、2%。種の海外依存度を考慮すると野菜の自給率は四%と、信じがたい低水準に陥る可能性があり、命綱ともいえる国産97%のコメも野菜と同様になってしまう可能性も否定できない。

 

 このような状態を放置して、もし海外からの物流が止まれば、国民の生命を守ることはできない。いつ餓死者が出てもおかしくないような薄氷の上に生きていることが、今こそ認識されなければいけない。

 

 昨年8月、私たちの命がどれほど脆弱な「砂上の楼閣」に置かれているかを裏付ける衝撃的な試算を、米ラトガース大などの研究チームが科学誌『ネイチャー・フード』で発表した。米露戦争の核戦争が起きた場合、直接的な被爆による死者は世界で2700万人。さらに深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出て、そのうち日本が3割を占め、人口の6割におよぶ7200万人が餓死するというものだ。非常にショッキングな試算だが、前述した日本の食料自給率の現状から考えれば当然の帰結と考えるべきだろう。

 

危機にやるべきことは減産ではなく増産

 

搾乳する酪農家(熊本県菊池市)

 その日本において今何が起こっているか。国内農業の生産コストは、一昨年に比べて肥料は2倍、飼料も2倍、燃料は3割高という暴騰に悩まされる一方、農産物価格はほとんど上がっていない。農家は赤字に苦しみ、酪農家はこの半年で9割が廃業してしまうかもしれないというほどの苦境にあり、米価暴落で赤字を膨らませているコメ農家も含めて廃業が激増し、物凄い勢いで国内農業が壊滅しかねない状況に追い込まれている。

 

 食料危機のリスクが高まっているときに国がやるべきことは、国内の農家を守り、国内生産を増強することであるにもかかわらず、この危機的状況下でも政治の動きは鈍く、むしろコロナ禍でコメや牛乳や砂糖が余っているから「減産しろ」と要請している始末だ。農家の意欲を減退させている場合ではない。政府が積極的に増産を促して買取り、コロナ禍で弱った国内の消費者を助け、飢餓人口が八億人に達する世界に向けて日本の生産力で作った食料を人道支援として届け、積極的に需要を作っていく――そのような「前向きな財政出動」こそ求められる。

 

 ところが「今だけ、カネだけ、自分だけ」(三だけ主義)で目先の自己利益を追求する巨大な日米のオトモダチ企業が政治を取り込み、彼らの利益のために農家や国民から収奪する政策ばかりが実行され、農家を支える政策が出てこない。

 

 「コメを作るな」「牛乳を搾るな、牛殺せ」と国内農家に減産を要請し、生産費も賄えないほどの低所得を押しつけておきながら、「ミニマム・アクセス」のコメ77万㌧、乳製品13・7万㌧の膨大な輸入だけは義務として履行する。ウルグアイラウンド(UR)合意で定められたミニマム・アクセスは「低関税適用」の枠にすぎず、輸入量を義務づけるものではない。それを日本だけが「最低輸入義務」といって入れ続けるのは、米国との密約を忠実に遵守しているからにほかならない。

 

 しかも、「安い」はずの輸入食料は、国際的な需給ひっ迫と円安効果によって国内の農産物より高くなっている。毎年33万㌧押しつけられている米国産のコメ価格は国内産の2倍であり、高くて使いものにならないからといってさらに税金を使って餌などに回すという信じがたい有様だ。

 

 日米2国間のサイドレターによる合意により、米国企業が日本にやってもらいたいことは規制改革推進会議を通じて実行する約束になっているため、この法的位置づけもない諮問機関から「これをやりなさい」といって流れてきたことには、政治も行政も関連組織もまったく反対できず、審議会すら機能していない。「与党の国会議員になるよりも規制改革推進会議メンバーに選んでもらった方が政策が決められる」と与党議員が嘆いているほどである。

 

 そのため世界的な食料危機や国内農家の苦しい状況があるにもかかわらず、現場から上がってくる要求を実現させるための政策決定プロセスが崩され、人々の命、環境、地域、国土を守る根幹である食料生産を支える政策がまったく出てこない。米国の経済界と密接に繋がった、利害が一致する仲間内だけで国を切り売りする――その一部の利益のために、日本の食と農、関連組織、所管官庁までもなし崩し的に息の根をとめられてしまうという方向性は、まさに「終わりの始まり」である。

 

農業守ることこそ国防の要

 

 このような時こそ、地方自治体を含めて、協同組合や市民組織などの共同体的な地域の力が奮起し、自分たちの地域、暮らし、そして命を自分たちの力で守る動きを強める必要がある。この状態を放置すれば、いざ物流が止まったときに国民の食べるものはなくなる。地域の農業が崩壊すれば、関連産業も農協も自治体行政も存続できない。

 

 消費者の皆さんも「安い、安い」と輸入品に飛びついてしまったら、自分の命も守れなくなる。必要不可欠な食料を狭い視野の経済効率だけで市場競争に任せることは、人の命や健康にかかわる安全性のためのコストが切り詰められてしまうという重大な危険をもたらす。

 

 安さには必ず理由がある。日本のように米国農産物に量的に依存する状態が続くと、たとえそれらの食料に健康上の危険性(禁止農薬や防カビ剤、成長促進剤、ホルモン剤使用による健康リスク)があったとしても文句もいえず、「もっと安全基準を緩めろ」といわれたら従わざるを得ない。量だけでなく質の面でも食の安全は崩され、食料自給率が一%台になればもう選ぶことすらできない。それを考えれば、少々高いように思えても地域で作られる「ホンモノ」の農産物をみんなで支えることこそ、自分の命を守ることでもある。

 

 多国籍企業の要請を受けて国は種子法を廃止し、公共のものとして守ってきた主要作物の種子まで民間企業に委ねる方向を決めてしまった。優良な種子を多国籍種子企業に握られてしまい、有事に物理的に種子が入ってこなくなれば飢餓が起きかねず、「種を止めるぞ」と脅されたら従わざるを得なくなる。それはもはや独立国とはいえない。

 

 私たちは生産者、消費者、業者も自治体も「運命共同体」であることを認識し、地域の伝統的な在来品種のタネをみんなで守り、農家を支え、生産されたものをみんなで消費して支えなければならない。そのうえでひとつの核になるのは学校給食であり、自治体が主導権を握って公共調達にし、地元の安心・安全な食材を届け、食料を作る農家の「出口」として支えるなど、地域循環型のネットワーク作りが今こそ必要だ。

 

 「お金を出せば食料が買える」という時代は終わろうとしている。不測の事態(有事)に国民の命を守るのが国防であるなら、国内の農業、地域の農業を守ることこそ国防の要である。現在、安全保障をめぐって、増税してでも防衛費を5年で43兆円にする、「敵基地攻撃能力」を持つなどの勇ましい議論がおこなわれているが、足元を見てよく考えるべきである。日本は世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない。そのうえ現在のように農業を消滅させるような政策を継続するなら、敵を攻撃しようにも逆に食料を止められ、戦う前に餓死である。

 

 このような情けない現実を直視し、私たちは今こそ国として食料にこそ数兆円規模の予算を投入し、地域で頑張っている食料生産を支えなければならない。全国の小中学校給食のベース部分を国が負担しても年間5000億円。コメ農家を支えるためにコメ1俵9000円の販売価格と生産コスト1万2000円との差額を主食米700万㌧すべてに補填しても3500億円。全酪農家に生乳1㌔当り10円補填しても750億円だ。

 

 「国防のため」と称して、F35戦闘機(147機)に6・6兆円、オスプレイ1機100億円、防衛費として兵器購入に5年で43兆円を注ぐというのならば、それは微々たる金額だ。武器は人を殺すものだが、食料は命を救うものであり、国民が飢えたとき戦闘機やミサイルをかじるわけにはいかないのだ。何度もくり返すが、食料こそ安全保障の要である。

 

 財務省はこの国難といえる事態において、大局的見地でどこにお金を使えばいいかが判断できなくなっている。「農水予算など2・3兆円以上増やせるわけがない」と一蹴するような従来の思考停止議論を突破し、数兆円規模の予算をまず食料を守るために使わなければ日本は持たない。

 

 そのためにも「食料安全保障推進法」を超党派の議員立法として成立させ、財務省の縛りをこえて数兆円規模の予算を食料生産に投じることができるようにすべきであり、同時に地域の在来品種の種を守り、循環型食料自給を進める「ローカルフード法」を早急に成立させなければならないと考えている。

 

 今日本はたいへんな岐路に立っている。「三だけ」市場原理主義に決別し、種から消費までの地域住民ネットワークを強化し、地域循環型の経済を確立するため、それぞれの立場から行動を起こすべき時がきている。皆さんの地域での粘り強いとりくみが、その流れを変える非常に重要なとりくみとなる。それを誇りにして、私もともに頑張りたい。

 

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 すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)、『農業消滅』(平凡社新書)、『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)など著書多数。

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