いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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軍拡にタガが外れた日本 名古屋大学名誉教授・池内了

 ロシアのウクライナ侵攻以来、日本では「敵国」の侵略を抑止するためとして軍拡が叫ばれ、軍事研究推進の提案が大っぴらに、かつ矢継ぎ早に公表されている。これらすべてが実行されると、日本の科学技術が軍事に乗っ取られる状況となる雲行きである。そこで、これまでに公表された計画や提案をまとめておこう。日本の学術研究が、真理の追究と人々の福利という本来の目的から、軍事力増強のための先兵となりかねないという危険性を知っておいて頂きたいためである。

 

 日本の学界は、敗戦後軍事研究に携わらないことを信条として掲げ、少なくとも公的には軍事研究を行ってこなかった歴史がある。軍事協力に走って学問を堕落させた戦前の学術の所業を反省したためで、日本学術会議としてこれまで3度、軍関係からの研究資金を受け取らない、軍事研究を行わないことを宣言してきた(とはいえ、個人として米軍資金を密かに受け取った研究者がいたし、今もいる)。大学や研究機関の科学者が軍部から研究資金を得て軍事研究を行うことは、欧米各国の常識であることを考えると、日本の学界は科学者が軍事研究に従事しない異例な国であったと言える。

 

 それが破られたのが安倍政権時代の2015年で、防衛装備庁が「将来の防衛に役立てるため」の委託研究として「安全保障技術研究推進制度」を創設したのである。防衛省予算から、軍事装備品の開発を念頭においた研究費の支給を、委託研究制度として行うようになったのだ。近年では毎年100億円程度の予算が軍事開発のための「基礎研究」との名目で措置されている。この制度が創設されて約8年が経った現在、装備庁は次のステップとして、基礎研究から具体的に装備開発に繋げる「橋渡し研究」を行う新研究機関を来年にも発足させることを提案している。いよいよ本格的な軍事開発を展開しようというわけである。1年に1兆円もの予算規模とし、AI(人工知能)・無人機・サイバーなど軍事関連技術開発について、企業・研究機関・大学を対象にした中長期的な研究支援を行おうと計画している。アメリカにはDARPA(国防総省高等研究計画局)と呼ぶ、軍事研究について大学・研究機関と軍の仲立ちをする機関があるが、その役割を日本で担わせようとしているのだ。

 

 これとは別に、先に成立した経済安全保障推進法(経済安保法)の重要な柱として「特定重要技術開発支援」がある。このために5000億円の基金(本年度は2500億円程度)を用意することになっており、その提案書に臆面もなく「軍事技術開発への研究者の動員」を謳っている。経済安保法の下で軍事研究を推進することを主要な目的としているのである。ここでは、海洋領域、宇宙・航空領域、領域横断・サイバー空間領域、バイオ領域の4つの「場としての領域」を設定し、「多次元統合防衛力」として領域ごとに立てた半導体やロボットや量子情報科学など20の先端技術に関わるプロジェクトを、官民協議会を組織して進めることとしている。多くの研究者をこの協議会に惹きつけようというわけだ。早くも「経済安全保障重要技術育成プログラム」の公募が始まっており、具体的な課題研究へ研究者の動員体制の構築が進んでいる。軍事技術は当然秘密がつきものだから、機微技術に携わる科学者に対して関する守秘義務が課せられ、それに違反した場合には罰っせられることになっている。学問研究の場に、非公開の秘密が強要されていくのである。ここでは、アメリカと同様、専ら軍事研究を行う「国策研究所」を大学の外部に設置することも検討されているようだ。

 

 もう一つ、昨年12月16日に行われた安保関連三文書(国家安全保障戦略、防衛力整備計画、国家防衛戦略)の閣議決定にむけて、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」という物騒な会議が急ピッチで開かれ、昨年11月22日に報告書を提出した。議論の的の一つが、「科学技術分野と安全保障の協力枠組み」で、「国立開発法人を軍事研究の受け皿のハブにする」との構想が示されている。実は、アメリカにおいては、大学の内外にもっぱら軍事研究を行う研究所を設置し(例えばMITのリンカーン研究所)、大学そのものは軍事研究を行わない、という方式を採用している。これを真似して、日本では科学技術振興機構や新エネルギー・産業技術総合開発機構などの国立研究開発法人に軍事研究のハブを担わせ、そこに大学の研究者も参加させることが考えられているのである。上記の「国策研究所」構想と結びつくのではないだろうか。

 

 きな臭いのが、「福島イノベーション構想」と呼ぶ、原発事故で痛めつけられた福島の復興・再生のための特別事業が進行しているが、その一環として復興庁が来年度にも発足させるのが「福島国際研究教育機構」である。この法人では、ロボット(ドローン)・農林水産・エネルギー・放射線科学・原子力災害をテーマに掲げて産官学連携の拠点を作ろうとしているが、復興の名を借りて軍事研究を進める狙いがあり、地元の人々の多くが福島が軍事拠点になるのではないかと危惧している。

 

 今や、日本の軍事化の推進の好機とばかり、防衛省は多額の予算増を画策し、経済界と結託した官僚を中心にして、いくつもの軍事研究のための拠点を発足させる計画が目白押しに出されている。「国の安全のため」と称して安全保障に関連付ければ予算の大盤振舞いが行われる雰囲気である。軍事関連予算の増加は、財務省によって「既存の予算の節減」と「新規予算項目の新設」によることが予告されている。前者の「既存の予算の節減」とは、社会福祉・年金・医療費・教育費などを削っていくことで、年金も介護費も医療補助も減らされていくことになる。そして、「国民が国家の安全のために必要として要望している」との名目で、防衛関係予算項目が「新規予算項目の新設」として立てられようとしているのである。そして極め付きは、消費税の増税になるのではないかと思われる。

 

 さて日本はどうなっていくのか、しっかり監視しなければならない。

 

 

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 いけうち・さとる 名古屋大学名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。宇宙物理学者。1972年京都大学大学院博士課程修了。専門は宇宙論・銀河物理学、科学・技術・社会論。軍学共同反対連絡会共同代表。世界平和アピール7人委員会委員。著書に『科学の考え方・学び方』(岩波ジュニア新書)、『親子で読もう宇宙の歴史』(岩波書店)、『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』(みすず書房)など多数。

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