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安倍政府はいい加減にしろ 都議選経て潮目は変化

都議選最終日に街頭演説に出てきた安倍晋三に「安倍は辞めろ!」の横断幕を掲げ「帰れ」コールをする人々(1日・東京秋葉原)

 東京都議選の結果は、安倍晋三率いる自民党政府に対する国民的憤激を象徴するものとなった。単純に小池百合子の都民ファーストが支持を集めたという代物ではなく、自民党を叩きのめすという有権者の強い意志を反映した選挙となった。安倍政府の再登板から四年、国会では「安倍一強体制」といわれる状態が続き、そのもとで「戦争できる国」づくりに向けてさまざまな法律を整備してきた。一方では「一強」に奢り高ぶった者たちが恥ずかしげもなく国家の私物化をやり始め、首相周辺のお友達ばかりが税金にたかる様が暴露されるなど、日本社会を「オレのもの」だと勘違いしていることも明るみに出てきた。都議選の結果は、こうした腐敗政治に鉄槌を食らわせる力が強烈に働いたことを示しており、いまや情勢は潮目が変わっていることを物語った。記者座談会で特徴を論議した。

 米国いいなりで戦時体制作り進めた4年 次期衆院選に向け反撃の狼煙

  自民党が改選前の57議席から23議席へと転落したことが山口県内でも大話題になっている。「東京都民が反撃の狼煙を上げてくれた」「次期衆院選に全国が続いていかなければならない」「胸がスッキリした」等等、みなの表情が晴れやかなのがとても印象的だ。自民党支持者でも、この間のモリ&カケについてはさすがに問題視している人が多く、「思い上がりすぎている」「自民党は一度粛清されなければ、安倍晋三のもとでおかしな方向に向かっている」と口にする人もいる。公明党の応援がなければ、所詮あの程度の議席しかないこともわかった。

  豊洲問題とか東京五輪もあるが、首都決戦の最大の争点は自民党への審判だった。見事な大惨敗で、これは次期衆院選への影響は必至だ。しかし、よく見てみると民進党やその他の政党も受け皿になり得ておらず、威張れる結果ではない。そこを都民ファがさらっていった格好だ。有権者からすると、さしあたり持って行き場がないことから雪崩を打ったようにも見える。都民ファがいかなる勢力であるかは置いておいて、そのような投票行動になった。

  今回の選挙では公明党が早くから都民ファに乗り換えていた。自民党を見限って新しい都政のリーダー、つまり与党に与するという判断だ。与党大好きの政党として、その辺りの嗅覚だけは鋭い。

  早くから自民党では保たないという財界なり背後勢力の判断が動いていることを伺わせている。自民党が陥落する際には、必ずみんなの党とか維新の会といった勢力が引き継ぎ要員として登場してきた。支配の側にとって緩やかに体制を維持したいという意志が働く。都民ファについても、そのために目先の異なる小池百合子が持ち上げられてきた関係だろう。都政のドン・内田との対決なども小泉劇場とそっくりの劇場型だ。それで自民党東京都連とは対決するが、安倍政府とは上手に付き合うという形で区別して対応していたが、今回の都議選では小池が衝突を避けてきた安倍政府そのものへの審判が下された。維新が第2自民党であることはすっかりバレてしまったが、今度は都民ファで急場を凌ごうという大きな力が働いている。それを察知して、自民党や民進党崩れなどが投機的な野心を持って乗り換えているのも特徴だ。しかし、これらが都政の大半を占めたからといって好き勝手できるわけではない。

  都民ファをどう見るかもあるが、まず第一に「一強」体制で奢り高ぶった自民党を引きずり降ろした選挙だった。東京都民だけでなく全国的に「ちょっと酷すぎる…」という世論が鬱積していたなかで、その憤激が直接反映した。これは首都圏に限定されるものではなく普遍的な空気だ。だから秋葉原の乱みたいなものが全国的に大話題になる。

  秋葉原の演説で「安倍辞めろ!」「帰れ!帰れ!」のコールをくらって「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と安倍晋三がムキになって叫んだのが問題になっているが、本人からすると街頭演説から逃げていたのを「逃げている」といわれて悔しかったから、勇気を振り絞って最終日に出てきたのだろう。そこを組織動員であれ自然発生的であれ狙い撃ちされて、あんな事態になっている。首相がヤジに対してムキになって反論する姿についてみっともない…と思う人も多いが、批判されることに慣れてない育ちがそうさせるのだろう。国会で「やい、日教組!」みたいなヤジを投げかける自分については問題なくて、他人が自分にヤジを飛ばすのは許し難い行為だと怒る。このダブルスタンダードもどうかと思うが、そんな男なのだと思うしかない。しかし、あの映像を見た人人は「ホントに小心者だなぁ…」「器が小っちぇーな…」とつくづく思うわけだ。

  権力者を街頭で迎え撃つという斬新な行動で、仕掛けた人間も大概のユーモアセンスだなと思わせた。それで暴力行為をするわけでもなく、日の丸を振って「安倍帰れ!」と叫んで丁丁発止を煽っている。そこに籠池が「どうしてもお金を返したい」と例の如くひょうひょうとあらわれて、一緒になって「嘘をつくな!」とか叫んでいる。案の定、安倍晋三が堪えきれずに「こんな人たち」呼ばわりした。演説は黙って聞くだけでなく、街頭でヤジを飛ばすことも自由だ。聞く耳のない暴走をするから、せめて街頭に出てきた時くらいは権力者に叫びを聞かせてやろう、あんた嫌われてるんだよ! と教えてやろう――といった感じだ。今回の都議選を象徴する出来事だった。選挙戦を盛り上げるという意味では一役買ったのではないか。煽ったらすぐに乗っていくというのも短絡的で、結果的に、感情をコントロールできない男の烙印を公衆の面前で押されたようなものだ。

  要するに安倍政府が追い込まれている。共謀罪を裏技で強行採決してしまったが、あれも動機はモリ&カケ問題の追及から逃亡するためだった。しかし、批判されることや「逃げ回っている」といわれることは我慢ならないから、逃亡しているくせに中途半端に出てきて「こんな人たち」とかいってしまう。逃げるならさっさと辞職してしまえばよいのに、未練たらたらでしがみつくから中途半端になる。そして、みずから火に油を注いでいる。正正堂堂とモリ&カケの疑惑解明に応じない限り、全国民的にも噴飯を買っている状況はおさまらない。潔く対応して、仮に首相の関与が明白になったら首相だけでなく議員も辞めると自分で主張した通りに実行しなければならないが、それをやらない。ズルズルやっているうちに傷口が広がって、東京都議選の大敗北まできた。次は衆院選に歴史的惨敗を持ち込むつもりなのかだ。

 自民党は存亡の危機に 「一強」の脆さ暴露

  粘れば粘るほど、道連れになる子分たちの数が増幅していく。界隈もろとも撃沈する可能性がある。しかし、今の状況で辞職するとスキャンダルがむしろ暴き立てられて袋叩きになりかねない。どっちに転んでも泥沼だ。引くに引けないが、引いて権力から離れるとなおコントロールを離れてしまうから怖い――という心境がそうさせるのだろう。それで最終的に私物化に関与していたことが明らかになったのなら、尊敬するお爺ちゃんと同じように巣鴨の拘置所あたりに放り込んだらよいではないか。歴史的に大衆の恨みを買った権力者の末路というのは悲惨なものがある。そうでもしないと統治が崩壊して、大衆的憤激を収めることができないとなったとき、その処遇は必然的に厳しいものになる。見せしめ的なものにもなる。大衆的憤激のガス抜きの標的として「全部アイツが悪いんです!」と指をさされて引きずり出されるという例はいくつもある。最終的にどんな事態が待ち受けているのかは想像がつかないが、小手先でどうこうなる局面ではないことは確かだ。当たり前に考えると、都議選まできて「安倍政府は終わった」と見なすのが普通だろう。

 A 自民党にとっては存亡の危機だ。昔から行き詰まれば首相の首くらいすげ替えて、目先を変えて次の首相を担ごうとする動きになっていたものだ。そんな動きにならないこと自体が異常だ。このまま安倍晋三やお友達と共に泥沼に沈んでいくもよし、好きにすればいい。国会の3分の2以上を占める「一強」が実は脆(もろ)い存在であることを暴露している。安倍晋三を擁護して自民党もろともぶっつぶれるのか、私物化等等を公然と批判して、自民党自身は是是非非で進むのだと態度を示して目先を誤魔化すか、選択は限られている。ズルッと逃げることなどできない。

  モリ&カケにしても、既に大概のことは暴露されているのに開き直るから世論は激怒している。今治に建設している獣医学部の総工費は192億円で、そのうち県と市が96億円を補助金で出すという。坪単価150万円ともいわれる高値の建設事業を請け負ったのは、加計学園がある岡山選出の逢沢一郎衆院議員の親族企業であることも最近暴露された。下村元文科相の関わりであったり、芋づる式で新事実が暴露されている。世間一般から見るといい逃れできないだろうと思っているのに、手練手管で逃げ回るから、余計にでも疑いの眼差しは強まる。

  しかし逃げ回っているのに開き直っている。文科省では、松野大臣が「総理のご意向」を記した行政文書について「個人のメモを共有した」という理由で次官以下の三人を厳重注意したという。首相へのおべんちゃらをしていた元TBS記者の山口敬之による準強姦疑惑のもみ消しに加担したといわれる北村内閣情報官も栄達だそうだ。森友学園問題で国会に登場した財務省の佐川理財局長も国税庁長官に出世したそうだ。税の公平性に疑義が生じているのにこんな者がトップについて税を徴収できるのだろうかと思わせている。納税者が激怒するような人事を平然とやる。それも含めて、国の形がぶっ壊れているような光景に世間は唖然としている。「美しい国」ではなく汚れきった国の姿を感じている。「これはさすがにまずいだろう」と自民党支持者でも痺(しび)れている。

 対米従属で政治が劣化 私物化意識が蔓延

  政治がなぜこれほど荒廃しているのか考えたとき、それは支配の側全体の荒廃と切り離すことなどできない。安倍晋三とか政治家というのは日米独占資本の代理人みたいなもので、個人的な能力が優れていると思っている者は1人もいない。あんなもんでも首相が務まる国になった――と捉える方が正解だ。安倍晋三が日本社会において絶対的な権力者などと思うこと自体がバカげている。戦後の日本社会ではアメリカに忠誠を誓う者だけが為政者のポストを与えられ、対米従属構造に縛られて政治、経済などすべてが機能してきた。これが新自由主義政策が花盛りになった今、公共性とか社会的な利益、国民全体の幸福であるとかを公然と否定して、独占大企業からして社会的に生み出した富は全て「オレのもの」といって握って離さない。その隅っこで安倍晋三界隈までが真似して「オレのもの」をやっている関係だ。

  私物化が支配的イデオロギーとしてあり、当たり前と思っているわけだ。強欲資本主義という言葉があるが、まさにこのイデオロギーとぴったり符号する。規制緩和とかが連続して、社会的規制であったり規範までみな緩めてきた結果、政治もしまりのないものになっている。終いには選挙で選ばれたわけでもない安倍昭恵みたいなものまでが勘違いしている。秘書を使って財務省に問い合わせを入れたり、厚かましいの一言に尽きる。世間的基準では彼らの「オレのもの」イデオロギーは異質なもので、みなは公共性であったり社会的な利益を基準に考えている。ところが支配の側は「オレのもの」が当たり前と思っている。この認識の乖離も甚だしい。世間一般が捉えている常識と非常識がひっくり返っている。そうして行政が歪められ、統治全体に私物化意識が蔓延して今日に到っている。

  深刻なる政治不信が蔓延していることを逆手にとって、低投票率で自民党・公明党が組織票で勝ち抜ける構図が続いてきた。その下で再登板した安倍政府がもっとも熱心に進めてきたのは、集団的自衛権の行使を認めた安保法制、米軍指揮下で自衛隊が地球の裏側まで出動することを定めた日米ガイドラインの改定、国家権力の秘密が暴露されることを恐れた特定秘密保護法、国民弾圧とつながったNSC設置、共謀罪の強行採決など、一連の戦争体制づくりだった。メディアへの圧力もこれまでにない攻撃性を持ったものだった。憲法解釈の変更等等先行して体制整備を進め、改憲は実質的に後付けのような格好でやろうというものだ。

  この改憲の任を負った安倍政府が目指しているのはどのような国か。
 「戦争ができる国」にせよというのは第一にアメリカの要望だ。グローバル化・新自由主義の破綻に瀕して内政も外交も行き詰まっているアメリカが、「世界の警察」として軍事力を展開する力を急速に失っている。そのような事情を反映して中東やアフリカなどの紛争地帯に「自衛隊を送り込んだらいいじゃないか」と鉄砲玉にしようとしている。要するにアメリカが引き揚げる地域に自衛隊が出かけ、あるいは海外進出した多国籍企業の海外権益を守るために、命をかけて兵站も含めた最前線任務を担う関係にほかならない。そのために日米合同訓練をくり広げてきたし、自衛隊と米軍の総合司令部を横田基地に置き、陸海空が連動して作戦を展開する体制も秘密裏に進めてきた。学問分野でも軍学共同を強め、研究費を締め上げて軍事面の研究開発に科学者たちを動員していく方向が露骨なものになった。

 A 安倍政府は追い詰められているが、大慌てで改憲の前倒しや緊急事態条項とも関わった首相権限の強化を打ち出したりしている。安倍晋三の権限を強化したら、余計にでも私物化政治がはびこるだろうが! と世間は驚愕しているが、これをゴリ推しすることで保身をはかろうとしている。「緊急事態条項」というのは、内閣が必要であると見なせば非常事態を宣言し、国会やすべての法を超越して国民の権利や経済活動を制限するという戦前の国家総動員体制の焼き直しだ。宣言を発した場合は国民は否応なしに従うことを義務付け、政府の判断如何で、平等権、思想、信仰、学問、集会・結社・表現の自由などの自由権、生存権、労働基本権などの社会権、請求権、参政権などのあらゆる人権が制限できるという代物だ。ただ、モリ&カケで困ったからといって首相権限を強化し、国民の権利を制限するというのは本末転倒だ。

  4年前の総選挙をへて再登板した安倍政府は、TPP交渉参加を表明し、原発再稼働にも踏み込み、集団的自衛権の行使を閣議決定だけで解釈変更し、特定秘密保護法や日本版NSC設置、集団的自衛権行使を盛り込んだ安保法制、日米ガイドラインの改定など一連の戦争体制を進め、共謀罪も強行採決した。これから総仕上げで改憲にとりかかろうとしている。

 歴代の政府はみなアメリカいいなりで、対米従属構造こそ諸悪の根源であることは疑いないが、このいいなりになる限りにおいてはポストを保障され、私物化は許されるのか否かだ。日本社会のなかできっちり落とし前がつけられないほど、統治機構がすっかり劣化している。前川事務次官のように官僚としての矜持を持って是是非非をのべる人間がいたことは多少の救いかもしれないが全般として安倍王国に成り下がっていることをこの間の騒動は浮き彫りにしてきた。

  何度もいっているように、安倍晋三界隈に国有財産が無償提供されたり、補助金がふんだんに注がれるというなら、納税者は何に対して納税の義務を負っているのか問わないといけない。その税金を国有地無償提供を擁護する佐川理財局長みたいな男がとり立てるならなおさらで、誰のために納税しているのか?が問われる。

 新しい政治勢力を切望 戦争のない社会へ

 C 自民党が次期衆院選において大惨敗の道を突っ走るなら、それは好きにすればよいことだ。一方で、選挙になると野党も含めて国政政党がみな親米派に成り下がり、目の前の選挙構図からして期待できるものが何もない現実に目を向けなければならない。都議選でも民進党がまったく相手にされなかったことは、その裏切りへの失望感や怒りを表している。もともと、自民党の失点で与党になっただけで、棚ぼたともいえた。そして今度は民主党の失点で自民党が返り咲き、なんだか勘違いして4年が経過した。アメリカのサンダースであったり、イギリス労働党のコービンであったり、国民世論をいっきにさらっていくような政治旋風が起こる土壌はあるのに、政治勢力として目に見える形で登場していない。その悶悶とした空気のなかで、はしたない私物化政治がくり広げられ、世論から総スカンを食っている。

  過渡期といえばそれまでだが、こんな状態は長く続くものではない。与党であれ、野党であれ、消滅すべきものは消滅の過程をたどればよいし、それに成り代わる政治勢力の台頭こそが切望されている。日本社会の進路は、米軍の下請に成り下がったり、武力参戦して世界で孤立していく道しかないのではない。非戦の国是を貫かせ、アジア近隣諸国との友好を強め、変わりゆく世界のなかで反グローバリズム・新自由主義の国際的なうねりが台頭しているのと連帯しながら、貧困と戦争の連鎖を押しとどめる道を進むべきだ。個人の小さな幸福とか私物化、いわんや一握りの独占資本や金融資本だけの幸福社会ではなくて、万人の幸福を実現できる社会に向けて歩みを進めることが必要だ。そのために大衆的な世論と運動を強めて政治を下から揺り動かすこと、個個の政治家たちが抗えないほどの基盤をもって政治構造を縛り上げ、大衆運動によって国のあり方を決定づけることが問われている。

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