いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか(上) 東京大学教授・鈴木宣弘

 すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学教授に就任。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)、『だれもが豊かに暮らせる社会を編み直す 「鍵」は無理しない農業にある』(同)など著書多数。

 

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牛に給餌する酪農家(山口県)

 現在、日本の農業は後継者不足が問題になっているが、その実態、そして原因はなんだろうか?


 ある優良な集落営農組織の事例【表①参照】を見ても「総高齢化」が進んでおり、後継者がいるのは2件のみ。年齢に10を足せば、10年後に崩壊リスクが高くなる集落が全国的に増加している。中核的作業従事者の手当は年200万円程度で、「次の担い手が見つからない」という事態も全国各地で聞かれる。

 

 農家の時給(1時間あたりの所得)は、平均で961円【表②参照】。農産物価格が安い、つまり農家の自家労働が買い叩かれている。これでは後継者の確保は困難と言わざるを得ない。

 

 ここまで所得が低くなった理由は、自動車などの輸出のために食と農を差し出す貿易自由化が長年続けられてきたことにほかならない。1962年には81品目あった輸入数量制限品目が、2019年には5品目まで減った。それに合わせて当時76%あった食料自給率は38%に落ち込んでいる【表③参照】。貿易自由化が進んだことによって、国内の食料生産が減ってしまったという非常に明瞭な関係がある。

 

 

貿易自由化の犠牲にされ続けている食と農

 

 食料は国民の命を守る安全保障の要(かなめ)なのに、我が国にはその国家戦略が欠如しており、自動車などの工業製品の輸出を伸ばすために、農業を犠牲にするという短絡的な政策がとられてきた。農業を過保護だと国民に刷り込み、農業政策の議論をしようとすると、「農業保護はやめろ」という議論に矮小化して批判されてきた。

 

 農業を生贄にする展開を進めやすくするには、「農業は過保護に守られて弱くなったのだから規制改革や貿易自由化というショック療法が必要だ」という印象を国民に刷り込むのが都合がよい。このとりくみは長年メディアを総動員して続けられ、残念ながら成功してしまっている。しかし、実態は、日本農業は世界的にも最も保護されていない。


 近年は、農業犠牲の構図がより強まった。官邸における各省のパワー・バランスが完全に崩れ、農水省の力が削がれ、経産省が官邸を「掌握」していた。「今は“経産省政権”ですから自分たちが所管する自動車(天下り先)の25%の追加関税や輸出数量制限は絶対に阻止したい。かわりに農業が犠牲になるのです」と、私は2018年9月27日に某紙で日米交渉の構図を指摘した。大企業利益を徹底的に追求する構造は内閣の交代でむしろ強化される。

 

 「地方は原野に戻せ」と連呼してきた大手人材派遣P社会長のT氏、中小企業社長の名目で中小企業の淘汰を進めているA氏(中小経営淘汰=企業による労働の買い叩き<買手寡占>が問題と言いながら、処方箋は大企業への一層の生産集中という完全な論理矛盾)が新内閣の参謀である。

 

輸出規制に耐えられる食料自給率が不可欠と再認識されたのに

 

 新型肺炎の世界的蔓延(コロナ・ショック)は、バッタの異常発生による食害の拡大、異常気象の頻発と相まって、食料自給率問題の切実さを再認識させた。物流が寸断され、人の移動も停止し、それが食料生産・供給を減少させ、買い急ぎや輸出規制につながり、それらによる一層の価格高騰が起きて食料危機になることが懸念されている。FAO(国連食糧農業機関)によれば、昨年3月~6月までに輸出規制を実施した国は19カ国にのぼる【地図参照】。

 

  

 農業生産・流通については、欧米では移民労働者、日本では外国人研修生の不足、港湾での荷役作業の遅延、トラック運転手の敬遠、都市封鎖による物流の停止、中国からの業務用野菜などの輸入減、米国からの食肉などの輸入減など、グローバル化したサプライ・チェーン(流通網)に依存する食料経済の脆弱性が浮き彫りになった。

 

 日本の食料自給率は38%。われわれの体を動かすエネルギーの62%を海外に依存している。FTA(自由貿易協定)でよく出てくる原産国ルールに照らせば、日本人の体はすでに「国産」ではないとさえいえる。食料輸入がストップしたら、命の危険にさらされかねない。食料の確保は、軍事、エネルギーと並んで、国家存立の重要な三本柱の一つである。

 

 輸出規制は簡単に起こりうるということが、コロナ禍でも明白になった。FAO・WHO(世界保健機関)・WTO(世界貿易機関)の事務局長は共同で、輸出規制の抑制を要請した。しかし、輸出規制は国民の命を守る正当な権利であり、抑制は困難である。飢えている自国民を差し置いて、他国に食料を譲ることなど道義的にも認められない。

 

 米国は、自国の農業保護(輸出補助金)は温存しつつ、「安く売ってあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」といって世界の農産物貿易自由化を進め、安価な輸出で他国の国内農業を縮小させてきた。

 

 それによって基礎食料の生産国が減り、米国等の少数国に依存する市場構造になったため、需給にショックが生じると価格が上がりやすくなる。それを見て高値期待から投機マネーが入りやすく、不安心理から輸出規制が起きやすくなり、価格高騰が増幅されやすくなってきた。高くて買えないどころか、お金を出しても買えなくなってしまったことが、2008年のリーマン・ショックに起因する危機を大きくした【図④参照】。つまり、米国の食料貿易自由化戦略の結果として食料危機は発生し、増幅されたのである。

 

 こういう構造ができているのだから、今おこなうべきは貿易自由化に歯止めをかけ、各国が自給率向上政策を強化することである。自給率向上策は輸入国が自国民を守る正当な権利である。

 

一層の貿易自由化を求めるショック・ドクトリン

 

 ところが、FAO・WHO・WTOの共同声明は、輸出規制の抑制と同時に、いっそうの食料貿易自由化も求めている。輸出規制の原因は貿易自由化なのに、解決策は貿易自由化だ、とは論理破綻も甚だしい。食料自給率の向上ではなく、なおいっそう食料の海外依存を強めよというのだろうか。コロナ・ショックに乗じた「火事場泥棒」的ショック・ドクトリン(災禍に便乗した規制緩和の加速)であり、看過できない。

 

 TPP11(米国抜きのTPP=環太平洋連携協定)、日欧EPA(経済連携協定)、日米FTA(貿易協定)と畳みかける貿易自由化が、危機に弱い社会経済構造を作り出した元凶であると反省し、特に、米国からのいっそうの要求を受け入れていく日米交渉の第二弾はストップすべきである。

 

 これを機に貿易自由化が加速し、多くの国の食料自給率がさらに低下するようなことはあってはならない。それなのにコロナ問題の目眩ましのように日英協定まで上乗せしようとしている。

 

畳みかける貿易自由化の現在地

 

 短絡的な貿易自由化の見直しが必要と認識すべきときに、我が国は何をやっているのか――。

 

 貿易自由化の現状をおさらいすると、TPPは2016年に署名されたが、推進役であった米国の国内で、「格差社会を助長する」「国家主権が侵害される」「食の安全が脅かされる」などの反対世論が拡大したため、大統領選挙の争点となってすべての大統領候補がTPPからの離脱を公約する事態となり、トランプ大統領就任直後の2017年、米国は離脱を表明し、TPPは頓挫した。

 

 それなのに、米国には「スネ夫」なのにアジアには「ジャイアン」になる日本は、米国抜きのTPP11を主導して発効させ、日米貿易協定の第一段階が2020年1月に発効した。これは第一段階だけで終わらない。次の段階で、すべての分野を含む米国の要求がさらに日本に対し突きつけられる危険がある。

 

 そうすると、食の安全基準(具体的には、防カビ剤の表示撤廃、病害虫発生を理由にした生鮮ジャガイモ輸入解禁措置の一層の拡大、食品添加物・残留農薬の緩和など)、金融・共済、医療を含むさまざまな分野に関する米国からの従来の要求が、さらに2国間で強力に突き付けられる状況を心配しなければいけない。

 

日米FTAの合意書を交わした日米首脳会談(2019年9月26日)

 しかもTPP11では、コメの輸入枠(米国への特別枠)以外の部分は、米国分も含めて日本が譲った農と食の譲歩内容を、米国抜きの11カ国にそのまま譲ってしまっている。だから日本が受ける食と農に関する打撃は、元のTPPとほとんど同じになってしまっている。米国も黙っておらず、「俺の分をどうしてくれるのだ」ということで、米国が2国間交渉を要求してくるのは当然セットだった(TPP11で米国分も入れて譲歩してしまったから、日米交渉では米国分が「二重」に日本にのしかかる)。

 

 もう一つ、EUとの自由貿易協定が2019年2月1日に発効した。これは、TPP交渉が頓挫したときに格好がつかないからEUとの協定はTPP以上を譲っていいから早く決めてくれという官邸の指示があったので、EUが喜んで「それなら日本からTPP以上のものをもらおうじゃないか」とチーズの全面関税撤廃などを要求し、日本はEUにもTPP以上のものを譲ってしまった。日英でチーズ枠を新設すれば、EU(英国も含んでいた)枠に「二重」に追加されてしまう。

 

 だからTPP11でほとんどTPPの状態が実現し、それに日米FTAが加わり、日EUもTPP以上で加わっているのだから、TPPのときにあれだけみんなで大騒ぎしたのに、すでにそれ以上のものになってしまっているのが今の状況であることを重く受け止めないといけない。

 

 さらに、RCEP(日中韓+ASEAN+豪NZ)も大筋合意された。ここでは、日本の農産物の関税撤廃率はTPPと日EUの82%に比べて、対中国は56%、対韓国は49%(韓国の対日本は46%)、対ASEAN・豪州・ニュージーランドは61%と大幅に低く、日本が目指したTPP水準は回避され、ある程度、柔軟性・互恵性が確保された。

 

 今回の日米協定を、日本はウィンウィンだと言っているが、よく見てみたら、農産物についても、中国に売るはずだった余剰トウモロコシ300㌧の尻拭いも含め、ずいぶん譲った。そのうえ、米国側がTPPのときに日本に約束した自動車関税の撤廃は、日本にとって一番重要な唯一の利益といわれていたのに、反故にされてしまった。だから、日本は自動車でも何も取れなくなり、農産物では譲らされ、ただ失うだけになった。

 

 ウィンウィンなのはトランプ氏だった。大統領選が近いから、自動車は絶対に譲れない。農産物は日本からたくさん取ったぞ、中国の尻拭いもさせたぞということで、喜んで選挙民にそれを宣伝した。要は、トランプ氏の選挙対策のために、日本が一生懸命貢いでいる構造が今ある。

 

 ところが日本政府は、この協定を批准するに当たり、米国は自動車関税を撤廃すると約束したと言っている。合意文書には「Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiations with respect to the elimination of customs duties」(自動車の関税撤廃についてはさらなる交渉をすることになっている)と書いてある。この英文をどう読んでも「関税撤廃を米国が約束した」とは読めない。日本政府は最初この英文を公表せず、約束しているからと説明して署名してしまったが、署名後に英文(邦訳は非公開)が出てきてばれた。

 

 まさに「ない」ものを「ある」と言っているわけだが、それは「ある」ことにしないと、米国側の貿易額の92%をカバーしたとしているのが、自動車関連の約40%が抜けると50%台に落ち込み、関税撤廃品目のカバー率が史上最低となり、前代未聞の国際法(90%ルール)違反協定となり、国会批准ができないからであった。

 

 そもそも「自動車関税25%」というWTO違反の脅しに対して、EUのように提訴して断固たたかうべきところを、日本は「25%関税をかけられるよりはマシだ」と脅され、「犯罪者に金を払って許しを請う」(細川昌彦・中部大学教授)ような「失うだけの交渉」を展開したあげく、日米でさらなる犯罪行為(WTO違反)に手を染めて共犯者になってしまったといえる。

 

くり返される詭弁にもならぬ詭弁~政治・行政の立論の幼稚化

 

 我が国の政権与党は、「TPP断固反対」として選挙に大勝した後、あっという間にTPP参加表明をし(「聖域なき関税撤廃」が「前提」でないと確認できたとの詭弁)、次は、農産物の重要5品目は除外するとした国会決議を反故にし(「再生産が可能になるよう」対策するから決議は守られたとの詭弁)、さらに、「米国からの追加要求を阻止するために」としてTPPを強行批准し、「日米FTAを回避するためにTPP11」といって、実際にはTPP11と日米FTAをセットで進め、ついに「TAG(物品貿易協定)」なる造語で共同声明と米副大統領演説まで改ざんして「FTAでない」と強弁して日米FTA入りを表明した。日米経済対話やFFRは日米FTAの準備交渉だった。

 何度も何度も同じような光景(デジャブ)がくり返されている。

 

 霞が関の「幼児化」が進み、幼稚園児もごまかせないような虚偽を平然と述べる。学校で何を学んできたのか。大学は何を教えているのか。教える側の資質も問われる。

 

 すべての国に同じ条件を適用するMFN(最恵国待遇)原則が経済学的に正しいとして、2000年頃まではFTAを批判し、「中でも日米FTAが最悪」と主張していた日本の国際経済学者は、TPP礼賛に変わり、ついに日米FTAまで来てしまった。こうした事態の展開をどう評価するのか。当時、政府のFTA関係の委員会で「変節」への説明を求めた筆者に「理屈を言うな。政府の方針なのだ」と一喝した経済理論大家は、また、そう発言するのだろうか。

 

農業過保護論の虚構~国家戦略の欠如

 

 農業を生贄にしやすくするために「農業は過保護だ」という嘘がメディアを通じて国民に刷り込まれ、保護をやめれば自給率が上がるかのような議論がある。日本の農業が過保護だから自給率が下がった、耕作放棄が増えた、高齢化が進んだ、というのは間違いである。過保護なら、もっと所得が増えて生産が増えているはずだ。

 

 逆に、米国は競争力があるから輸出国になっているのではない。多い年には穀物輸出補助だけで1兆円も使う。コストは高くても食料自給は当たり前、逆にいかに増産して世界をコントロールするか、という徹底した食料戦略で輸出国になっている。つまり、一般に言われている「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」というのは、むしろ逆である。

 

 だから、日本の農業が過保護だからTPPなどのショック療法で競争にさらせば強くなって輸出産業になるというのは、前提条件が間違っており、そんなことをしたら最後の砦まで失って、息の根を止められてしまいかねない。コロナ・ショックを機に、我が国が早々と関税撤廃したトウモロコシ、大豆の自給率が0%、7%である現実を、もう一度直視する必要がある。

 

 農業政策を意図的に農家保護政策に矮小化して批判している場合ではない。客観的データで農業保護過保護論の間違いを国民が確認し、諸外国のように国民の命と地域の暮らしを守る真の安全保障政策としての食料の国家戦略を確立する必要がある。

 

 虚構①「世界で最も高関税で守られた閉鎖市場」→OECDデータ【図⑤参照】によれば、日本の農産物関税率は11・7%で、多くの農産物輸出国の2分の1~4分の1である。こんにゃくの関税1700%ばかりを強調して、関税が高いというのは間違いだ。野菜の関税率は3%程度がほとんどで、極めて低い関税の農産物が全体の9割を占めるのは日本だけだ。「農業が高い関税に守られ、鎖国のようになっている」とは正反対の現実がある。食料自給率38%の国の農産物関税が高いわけがない。


 虚構②「政府が価格を決めて農産物を買い取る遅れた農業保護国」→WTO加盟国で唯一価格支持政策をほぼ廃止した哀れな「優等生」が日本であり、他国は現場に必要なものはしたたかに死守している。しばしば、欧米は価格支持から直接支払いに転換したといわれる(「価格支持→直接支払い」と表現される)が、実際には「価格支持+直接支払い」の方が正確だ。

 

 つまり、価格支持政策と直接支払いとの併用によってそれぞれの利点を活用し、価格支持の水準を引き下げた分を、直接支払いに置き換えているのである。なんと価格支持をほぼ廃止したのは日本だけである。特に、EUは国民に理解されやすいように、環境への配慮や地域振興の「名目」で理由付けを変更して農業補助金総額を可能な限り維持する工夫を続けているが、「介入価格」による価格支持も堅持していることは意外に見落とされている。

 

 「支持価格水準が低いから機能していない」との見解もあるが、機能している実例がEU主要国の生産者乳価の比較【図⑥参照】だ。このグラフの「最低価格」が介入価格である。イギリスのサッチャー政権で一元的な生乳販売組織のミルク・マーケティング・ボード(MMB)が解体されて、多国籍乳業と大手スーパーに買い叩かれ、乳価は暴落したが、最低価格で支えられたことが読み取れる。介入価格よりも乳価が下がらないようにバターと脱脂粉乳の買入れが発動されるからである(日本ではMMB解体の惨状を「反面教師」にせずに、指定生乳生産者団体の解体の方向性を2017年に法制化し、かつ政府による最低限の買い支えも完全に廃止した)。

 

 米・カナダ・欧州は、穀物や乳製品を支持価格で買入し、援助や輸出に回す。特に米国は、政府在庫の出口として、援助や輸出信用も活用している。多い年には、輸出信用(焦げ付くのが明らかな相手国に米国政府が保証人になって食料を信用売りし、結局、焦げ付いて米国政府が輸出代金を負担する仕組み)でも4000億円、食料援助(全額補助の究極の輸出補助金)で1200億円も支出している。

 

 これと同じく、実質的な輸出補助金にあたる不足払いによる輸出穀物の差額補填は、多い年では、コメ、トウモロコシ、小麦の3品目だけの合計で4000億円に達している。つまり、これらを足しただけでも、多い年には、約1兆円の実質的輸出補助金を使って「需要創出」している。海外向けの需要創出だけで、これだけの予算を投入しているのは我が国(ほぼゼロ)とは比較にならない。

 

 さらに、米国では農家などからの拠出金(チェックオフ)を約1000億円(酪農が45%)徴収し、国内外での販売促進をおこなっているが、輸出促進部分には同額の連邦補助金が付加される。これも「隠れた輸出補助金」で300億円近くにのぼる。しかも、この拠出金は輸入農産物にも課しており、これは「隠れた関税」だ。

 

 酪農については飲用乳価を高く支払うよう全米2600の郡別に最低支払義務を政府が課しているのも、乳製品価格を下げて輸出を促進する点で「隠れた輸出補助金」だ。

 

 虚構③「農業所得が補助金漬け」→日本の農家の所得のうち補助金の占める割合は3割程度なのに対して、EUの農業所得に占める補助金の割合は英仏が90%以上、スイスではほぼ100%と、日本は先進国で最も低い【表参照】。「所得のほとんどが税金でまかなわれているのが産業といえるか」と思われるかもしれないが、命を守り、環境を守り、国土・国境を守っている産業を国民みんなで支えるのは世界では当たり前なのである。それが当たり前でないのが日本である。

 

 フランスやイギリスの小麦経営は200~300㌶規模が当たり前だが、そんな大規模穀物経営でも所得に占める補助金率は100%超えが常態化している。つまり、市場での販売収入では肥料・農薬代も払えないので、補助金で経費の一部を払って残りが所得となっている。日本では補助金率が極めて低い野菜・果樹でも、フランスでは所得の30~50%が補助金なのにも驚く【表⑦参照】。

 

生産コストを満たせない農産物の買い叩き

 

 土地の狭い日本の農産物は、海外よりは割高で、消費者は輸入品に飛びつき、コストが海外より高いのに小売の力が強く、農産物価格は農家の所得を十分に満たせない水準まで買い叩かれてきた。

 

 食料関連産業の規模は、1980年の49・5兆円から、2011年には76・3兆円に拡大している。けれども農家の取り分は13・5兆円から10・5兆円に減少し、シェアは27・3%から13・7%に落ち込んでいる。

 

 酪農における農協・メーカー・スーパー間の力関係を計算してみると、スーパー対メーカー間の取引交渉力は7対3で、スーパーが優位。酪農協対メーカーは1対9で生産サイドが押されている。だから2008年に餌危機のとき、餌代が1㌔㌘あたり20円も上がって、生産者が何とかしてくれと言ったが、小売大手がダメだと言って、酪農家がバタバタと倒れた。これは日本が最も顕著だった。

 

 他国では小売価格も3カ月のうちに30円も上がって、皆が自分たちの大事な食料を守るシステムが動いた。このシステムが働かないのが日本である。これも「今だけ、金だけ、自分だけ」の「三だけ主義」だ。買い叩いてビジネスができればいい、消費者も安ければいいと。こんなことをやって、生産者がやめてしまったら困るのは国民である。皆で泥舟に乗って沈んでいくようなものだと認識して、どうやって自分たちの食料を守っていくのかを考えなくてはいけない。

 

 カナダの牛乳は1㍑300円で、日本より大幅に高いが、消費者はそれに不満を持っていない。筆者の研究室の学生のアンケート調査に、カナダの消費者から「米国産の遺伝子組み換え成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられた。生・処・販のそれぞれの段階が十分な利益を得たうえで、消費者もハッピーなら、高くても、この方が皆が幸せな持続的システムではないか。「売手よし、買手よし、世間よし」の「三方よし」が実現されている。

 

 (ただし、カナダがこのようなシステムを維持するには、海外からの安い牛乳・乳製品を遮断する必要があるため、TPPで断固たる対応が必要になり、カナダはそれを押し通した。カナダはTPP参加国に対する無税の輸入枠 [TRQ] を新設するが、それを超える輸入に対する高関税には手を付けずに維持することに成功している。EUにも同じ。新NAFTAでも同じ。)

 

(つづく)

 

「日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか」(中)

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