いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『築地ワンダーランド』(DVD) 監督・遠藤尚太郎

 日本人の食生活を支える築地市場。本作は、一般人が普段目にすることのできない築地市場の奥まで入り、躍動し活気に満ちた築地の営みと、その果たしてきた役割を、卸、仲卸、料理人など最前線の人人へのインタビューを通じて描いている。プロ同士が日日くり広げる真剣勝負に1年以上にわたって密着した映像は、長い歴史をへて築いてきた豊かな伝統と複雑に機能するシステム、それを担う卸や仲卸の矜持を、四季折折の旬の魚とともに伝える貴重な作品となっている。

 

 築地市場は、江戸時代の魚河岸に起源を持つ。関東大震災をへて1935年に新しい市場として誕生し、ピーク時には1日当り約3200㌧、約30億円相当の水産物が取引され、毎日6万人をこえる人人が買い物や仕事で市場に足を運んだ。現在では1日1万4000人が働き、約2万8000人が仕入れなど買い物に訪れ、およそ1万9000台の車両が場内に入場する。1日に2500万人もの人人に食を提供する世界一の魚市場だ。

 

 15年にわたり築地市場の研究を続けているハーバード大学教授で文化人類学者のテオドル・ベスター氏は「世界中の魚市場に行ったが築地のようなところは見たことがない。とにかく強烈だ」「仕事に対する情熱や志が、築地市場を特別なものにしている」と、築地の魅力を情熱を込めて語る。

 

 築地はたんなる魚の集積地・物流拠点というだけでなく、魚にかんする情報がすべて集まってくる。映画には有名な一流料理人や評論家などが多数登場してその魅力と役割を語っているが、なかでもクローズアップされているのが仲卸の役割だ。

 

 料理評論家の山本益博氏は、「釣るプロフェッショナル、運ぶプロフェッショナル、そしてそれを見分けるプロフェッショナルがいて、初めて調理するプロフェッショナルが存在している。彼らがいるから選別が効いて、僕らが本当においしいものをいただいている」と話す。日本全国、世界から集まってくる膨大な水産物を目利き・評価し、必要とする客に届けるのが仲卸の役割だ。長い経験の蓄積で魚に対する豊富な知識を持った仲卸たちがいる築地が、職人を育て上げた東京の食文化の礎だという。料理人にとって、仲卸との出会いが人生を左右するというほど、築地の仲卸たちは魚のおいしい時期、適切な調理法まで知悉している。

 

DVDの一場面より

 「魚は1匹1匹評価が違う。セリ場で魚の評価を見極めて、お客さんにあうよう分荷していく。それがわれわれの職責だ」「漁師さんも命がけでとっていて、いい魚をつくりたい。けど、その魚がみんなにとってのいい魚かどうかわからなくて、評価が出るようにお客様とつなぎ合わせて喜んでいただける方に渡していくのが役割だ」と、仲卸たちは自分たちの仕事について口口に語る。

 

 漁師に近い立場で、できる限り高く売ろうとする卸会社、消費者に近い立場からいい物を安く買おうとする仲卸など、それぞれ立場は違い、化かし合いや駆け引きもある。日日刻刻と変化する状況に対応して、セリ場には常に緊張感がみなぎっている。だが、共通しているのは「取引高が増えればいい」というだけでない、「いい物を届ける」というプライドや、信頼で結ばれた関係性だ。決済でビジネスが成り立つ欧米とは違い、産地から入ってくる魚に関する情報、仲卸がそれに魚の状態やおいしい食べ方などの情報を付加することが魚の評価を決めるなど、築地の商いは膨大な量の会話と、互いの信頼関係で成り立っているという。

 

 一流料理人に光が当たることは多いが、彼らが「仲卸なくしては商売が成り立たない」とのべるように、プロたちがそれぞれの持ち場で真剣勝負で、次の工程に最高の物を届けるというプライドを持ってかかわり、最後に受けとった料理人が「食べる人を幸せにする」使命感を持って調理に挑む。その信頼関係を基礎にした商売の伝統がいきいきと伝わってくる。

 

 またそれは「魚を生で食べる」という日本の食文化がベースとなっており、築地自体が日本の食文化そのものを伝える場所にもなっている。豊洲移転問題とともに、中央卸売市場制度の廃止すら俎上にのぼるなかで、それが日本の食文化なり蓄積されてきた知識や技術を失うことにつながることを考えさせられた。

 

 2014年から1年以上にわたり、600時間にも及ぶ撮影によって完成した本作は現場にかかわる多くの人のインタビューと、市場で働く人人の姿、ときにスローモーションで映し出される風景、そして食欲をそそる魚やウニ、エビ、貝類などの映像だけで、2時間をあきさせることなくつないでいる。ドキュメンタリーの持つ力を改めて感じさせる作品ともなっている。(DVD2枚組、本編110分、5400円+税)

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